今実現されている何かを昔は自分も考えていたは、微妙なアピール

たまたま見かけたなのでメモ程度に書いておきます。

それは「今実現されている何かを昔考えた」アピールということですが、アピールという言い方が微妙なら、そういった自己紹介であるとか、書き方についてどうかという話です。

結論としては、冷静に考えてやはりあまり意味はないわけですが、それ以上に自分のバリューを下げてしまう可能性ありだと思います。

スポンサーリンク

今実現されている何かを考えていた!は意味があるか

結論は意味なしというところですが、それについて考えていきましょう。

あるサイトで、「昔私が考えていたものが今形になっています」というものがありました。別にそれ自体なんともないのですが、それをアピールに使っているのが違和感だったのだと思います。

例えるならば、僕はアイデアや企画を出している実績があるから多少「ドヤ」といっても怒られるというか、嘘ということはないですから、否定されることはないでしょう。それが実績がゼロの状態で「こんなこと出来ます」というと、信頼されづらいです。

誤解してもらいたくないのは、実績ゼロでは何をしては駄目だではないんです。それならそれでそこには触れず、こういうことを考えている、やっていきたい、という話でいいかなと思います。それを昔考えていたものが今できているから、自分は出来るという風に思えるのでどうかなというところです。

例えば、今iPhoneが完全に普及したわけですが、iPodであるとか初代のものを見た時は「何この重たいウォークマン」みたいなイメージでした(笑)それはいいのですが、iPhoneでもなんでもいいのですが今普及しているものを「アイデアは昔自分も考えた」という主張は、思いつきがあった程度だと思います。逆にいえば、その考えていたというのは誰でも言えるので、取り立てていうことでもありません。

むしろ、それなら過去で自分がやったことをちゃんと見せるほうが誠実な印象ですし、価値を下げることはないでしょう。

昔は良かったという回顧録に近い

僕も昔はこうだったという話が嫌いではありません。友人との思い出とかは面白いわけですし、とくに出合いの話などですね。

回顧録というか、昔の思い出として「昔こういうことを考えた」だけでは、オリジナル性もないわけです。もちろんそこで手を動かして形にした何かがあれば意味が違います。また企画書を書いたレベルなのか、プロトタイプは作ったのか、それとも製品化したのか、それとも誰かと共同開発をしたのか、社内であれなんであれどういう行動をしたかが問われます。というか、僕はそこが大事だと思います。

ユニクロのようなものは流行ると思っていた、あのアイドルは流行ると思っていた(笑)

というような、芸能ネタなら笑い話くらいですが、ビジネスネタとなると、それも芸能ネタに失礼ですが、行動や自分でやったことで語るしか道はないと思っています。

もちろん、くどいですが未経験や経験がゼロの人が何かしては駄目なのではなく、考えただけでは駄目だということと+それをアピールしては駄目だという話です。

自分はそれを出来なかった証拠にしかならない

さらにいえば、自分がそれを出来たのにも関わらずできなかったとします。その理由が何であれ、できなかったのですから実現力や企画力がなかったとしかなりません。厳しいようですが事実でしょう。

僕も人がやっているビジネスや企画にあーだこーだいうわけですが、とはいえ自分ならこうするといっても、それに対してやってないので実現していくところについては全く同じ土俵にいるとは思っていません。

一方で自分が出来たものがどんな小さいことであれそれは実績ですし、考えたことが0に近いところであればそれはものすごく大事にしていいと思います。もちろんそこからどんどんバージョンアップしていけばいいだけのことですから。

自分が出来ることや自分はこういうことを出来そうだ、そういう期待感、または信頼、親近感、近さということで心理的にグッドな方向に持っていくのが自己紹介やアピールだと思っています。

それをあえて逆アピールというならともかく(相当テクニックがいりますが)、自分が考えたものが出来ていないのをあげることはないでしょう。

自分の価値を下げてしまう

シンプルに考えると、

・私は1年間アイデアを考えた1個の企画を形にしました。

・私は昔考えていたアイデアが今実現されるほどのアイデアを出せます。

これらを比較するのはナンセンスですが、後者はよく分かりません。で、あなたは何をしたのか、何を考えたのかとなりますし、しかも仮にそれが具体的な今の実現されているものと、あなたが考えた当時のレベルのアイデアと比較しているならともかく、多くは出来ていません。

1年間で1個の企画っていいか悪いか分かりませんが、形にしたのならそれは大きなものです。しかし、出せますでは出してないし、形にしてないのでやはり形にしてくださいね、で終わります。

結果的に信頼や伝わることも伝えられず、ということになります。

こういうパターンは、単に自分のプライドの問題でしょう。自分はプライドがある、自負心ですね。自分は馬鹿であるとか、アホであるとか、出来ない自分を認めたくない。僕も自分は馬鹿だと言って回りたいわけではありませんが、一方でものすごくアホではないかと(笑)思ったりすることもあります。

そういうのはバランスなので、馬鹿やアホというところ、もっと上品にいえば頭がよくない部分や知らない部分も多い。それは謙虚さとしてカバーできますし、自分が出来る、俺は賢いという人は天才肌や圧倒的な何かを持っているケースを除き、やはりそう突き抜けることは難しいわけです。

自分のプライド、見栄といってもいいですが、それをどこまで張るかどうか。張っても張らなくてもいいかもしれませんし、自分を下げすぎて自分は馬鹿だから駄目なんだといってもなんともしようがありません。

個人や小さな会社であれば、自分という存在やキャラクタが出るというかそれも一つの材料となるので、自分の見せ方は大事になるわけですね。

自分が考えたものを小さくてもいいから出そう

解決策というわけではないですが、結論としては、そういう「世の中にあるもの」を「自分が既に考えていた」というのは、本当の意味での「そろそろ本気出す」くらい恥ずかしい感じはします。冗談でいうならともかく、本当に本気を出している人はそんな言葉を言わないし、既にやっています。

だからこそ、本気であればというと精神論なのですが、「考えていた」って話はしないはずですし、そんなのは遠回りでかつ何もやってないアピールしかなりません。格好が悪い。それだけですね。

その人は何をすればいいかですが、結局自分の小さなプライドはちょっと置いておいて、自分は何をしたいか、何をしてきたか。そういうことを棚卸ししてまずは整理することになります。

起業やシゴトづくりにおいては、最初は誰でも初心者ですし、未経験です。僕も偉そうに言っていますが、アイデアや企画をシゴトとして対価を貰えたことがものすごく大きな原動力となって、自分も捨てたものではない、または自分にだって出来るんだということが大きいんですね。

逆にいえばそういう経験が1回でもあれば、1mmでも感じる話があれば多分色々と書けたり、見せたり出来ると思うんです。

おわりに

もちろんこれを私は出来るのだというのは怖さや不安もあります。その不安については、出来るというと期待値が上がったり、またはものすごい高度なことを求められるのではないか。または相談などで自分が出来るかどうかを判断出来ないのではないか。依頼者に迷惑をかけてしまうのではないか。

こういう不安は考えれば考えるほど増加します(笑)全く考えるなとかとはいいません。ただ不安は消えないので、ある程度考えたらそっとしておいて、あとは行動していきましょう。

具体的には「私は出来る」といって、そういうことが出来るといい切ってしまいます。ここは怖いかもしれません。でも、大丈夫です。あなたやあなたの会社を知っているとか、面白いとか思うからこそ依頼があります。そうでない人は多分「この人は違うな」と僕も同様に思われるわけですが、そういう人からは依頼は来ません。つまり多くの想定する不安は杞憂です。持たれてもそれは来ないんですね。

もちろんこれは想像力はなくてオッケー。お客さんのことは考えなくてオッケー。自分満足でやっていけばいい。なんてことではありません。

あくまで、綱渡りっぽいところでも、えいやっと渡れば意外に冷静に出来るものです。もちろん綱渡りを本当にしろなんてことはいいませんので例えに過ぎません。

ビジネスって面白い、アイデアの価値ってもっとある。そんなことを自分なりに伝えられないかという思いから、シゴトクリエイターをやっています。一緒に楽しいビジネスを生みだしていきましょう。1記事でも何かヒントになれば嬉しいです。

ビジネスアイデアに悩むあなたに!

本ブログの1年間(2016年4月から2017年3月まで)で人気だったアイデア記事をギュッと10個にまとめました。A4で72ページ(約44000文字,読了目安は110分)。ぜひ新規企画や新規アイデアを考える際につまみながら読んでもらえれば嬉しいです。
スポンサーリンク