自分の考え方や思考パターンなどをざっくり書き出してみた

シゴトクリエイターの大橋です。

自分の考えや理念って結構「そんなのあまりないですよ」と思ったりするんですが、冷静に突っ込まれたり考えたりすると「あるわあるわ」です(笑)

そこで、今回は自分のこだわりとか、理念、考えってなんだろうということを書いてみます。もちろん、個別の考え方はブログでアウトプットしているわけですが、もっとパターンだったり、属性だったり、傾向だったり、方向性みたいなのを感じてもらえれば幸いです。

座右の問い

ある人の言葉で、座右の銘でなく座右の問いが良いみたいな話があってなるほどなと思い、たまに使っています。でも、座右の銘もほとんど使わないので久しぶりに書きますね。

僕が好きな座右の銘は「虎穴に入らずんば虎児を得ず」です。また「情けは人のためならず」も本来の意味で好きです。本来の意味とは、自分のために情けをかけるということです。素晴らしいと思います(笑)

さて、座右の問いになるとどうかですが「それは本当だろうか?」だったりします(笑)なんて疑い深いのだろうと思いますが、そうではなく、世の中の人はなんて「信じやすい」のだろうという方に注目してください。つまり、自分は騙されやすい方ではないかくらいがマインドセットとしてあるのでより防衛する。その結果かどうか分かりませんが「それって本当なのか?」ということは常に無意識レベルで考えている気がします。

本当だ、本当だ、みたいな前提でいくと脳も何も活動しない気がします。そうでなく、その話や情報は本当だろうか。認知的に違うように見えるだけではないか。色々と視点を変えて見る。そういう感じで活かせている気がします。

基本的に負けず嫌いである

負けることは嫌いなので、勝つ試合をやりたいわけですね。ただ勝つ試合も相手が弱いとか勝てる試合だけをやっていたら物足りないのでチャレンジしていきます。

座右の銘が虎穴に入らずんば虎児を得ずでしたが、チャレンジしていくことが普通だと思っています。チャレンジというのは、頭で考えるのが意味がないのではなく、頭で考えるのは当然、でも動いてみてどうかをやらないと分からないよねという感覚です。

チャレンジしていれば、そういう慣れが出てくるので、頭で考える精度も全然違ってくるからです。

負けた場合勝つまでやるタイプです(笑)とはいえ誰にでも勝負を仕掛けるほど愚かではないと思っています。この負けず嫌いって性格だよねで終わりそうですがこれも僕の考え方に影響を与えていると思います。

まず負けず嫌いエネルギーというかパワーがものすごいです。例えば、「あーやられたなあ」とか思うと、「ナニクソ!」「このまま負けっぱなしなのか」(笑)みたいな感じで反応します。それで相手に嫌がらせをしてやろうというのは下策ですしやりません。そうでなく、そうならばこちらも行動で示すということでやり返すわけですね。別に喧嘩ではないのですが。

相手に負けたから相手と違うところで勝つのもそのうちの一つでしょう。そしてその負けん気エネルギーはやはり大きなパワーとなり、自分を動かすモチベーションとなります。

勝ち負けなんて大したことないとか、そこにこだわらなくていい。そういうのもあるのですが、冷静であろうがクールであろうが、めちゃくちゃ負けたくない。そこを出さなくても出しても、自分の中ではグツグツと煮えたぎるものがある。そこを大事にしています。

社会の捉え方

興味の熱はありますが、偏っているところ状態があまり好きではありません。それは集中して物事をやるということでなく、物事の見方が偏っているということです。

例えばそれはステレオタイプみたいなもので、国や行政が悪いに違いないとか、政治が悪いとか、自分は何も力がないとか、言っても意味がないとか。もちろん実際はそういう面もあったりしますが、それは全てではない。反例として、そうでない部分もありますよねー?というところを見ているかどうか。

それを見ずに一部だけ大きく取り入れるとやはり偏ります。それはそれで一興みたいな面もありますが、真実は一つ。それを伝聞する形でエラーが入る。そこですよね。

僕の社会の捉え方とは何かですが、そういう人たちがたくさんいる中で、どう見るか。自分の立場というよりも、どう社会の中で生きているか。自分の軸を主張したいというよりも、社会の関係性や適応していくものって何か。そういう部分に興味があります。

つまり、社会に対して実験家であり、自分もその社会の一人という意識です。これは当たり前だという人もいれば、そうういう感覚はあまりないという方もいるかもしれません。少なくとも社会という時何をイメージするかですし、世間って言葉も大分死語になりましたが、人にどう思われるかって気に過ぎると駄目ですが気にしなさすぎでも駄目かもしれないと、もうどうしたらいいのよくらいが適切だと思ったりします。

社会とは色々な人がワイワイ生きているそんなイメージです。考えが違う人が生きているのが当たり前だし、一生出会わない人もいるでしょう。僕はわりとそういうところが面白いと思うのですが、人って不思議ですし、社会も不思議です。

心理学や社会学や哲学に興味を持ったのもそういうところが根本的にあったといえるでしょう。つまり社会への興味であり、他者への興味です。なぜその人はそう考えるのかは基本的に大好きな問いです。おせっかいとか推測という人もいますが、そもそも人の考えは自分とは違っているのだから「無視」でいいかというと、それは違うなということです。なぜそう考えたのか、そこを考えることでより思考を磨くというか、より知りたいというところなんでしょうね、きっと。

尊敬できない人とはシゴトをしない

ある時ふと思ったんですが、僕も大人ですから多少ちょっかいをだされたり、嫌なことを言われても「ねーな!」とかお思ったりしません。大人ですから。

それはいいのですが「嫌なことを言われた」時に思ったのは、「その人」次第だなということです。つまり、相手がある程度尊敬できたり、良い部分があれば「仕方ない」というか、尊敬があるから軽減される、むしろ「個性だよね」くらいで見合うんですね(笑)

それが尊敬もできない、悪い部分が多い、人としてどうなの、というところがあれば「ねーよ!」となります。当たり前かもしれませんが、相手の何か言動に対してチェックしていてどうということでなく、相手次第だよねということです。

これは発展させればどうなるかというと、基本偏見をしないようにしています。そうなってしまうときもありますが、自分を修正していく、そこを恐れずに行くということが大事ですね。

尊敬と言わなくても何か本音言ってないなあとか信頼を置けないということは何も「キラリと光る何か」でなくても、「人として良い」という何か、それは面白さといってもいいし、楽しさでも、魅力でもいい。そういうのがなければやはり厳しい。そんなのすぐ分かるの?ですが、分かります(笑)百戦錬磨の詐欺師ならともかく、人とコミュニケーションに慣れているので分かっちゃうんですね。これは自慢でもなく、慣れている方は概ねそうだろうと思います。

鶏口となるも牛後となるなかれ

チャレンジに似ていますが、これも大事な教訓です。

やはり長いものには巻かれろというのは一理ありつつも、それもナニクソと(笑)思うわけです。大きな会社の兵隊になるくらいなら、小さな城で脅かしてやる(笑)ゲリラみたいですね。

そういう気持ちです。社会に対して別に革命をとかは思いませんが、長いものにはひれ伏すことは出来ません。多分そういう血があるのではないか、別に先祖代々虐げられたとかそういうことではないですが、やはりひれ伏すことはできない。軍門に下るとか、傘下に入るとか、出来ないですね(笑)そう見えてもそう思ったら駄目というか。面倒くさいところですけどね。

小さな組織のトップにたって、お山の大将かみたいな見方もあると思います。大将であるべきですが、とはいえそういう揶揄された立場に立つべきではないでしょう。お山の大将は、どちらかといえば、成長がなかったり、単に天下りではないですが労せず得た立場みたいなもので、調子に乗っているだけの状態という捉え方です。

例えば仮想質問として「大きな会社で営業部長をやってもらいたい。報酬はこれだけですが、どうか」と言われたら、「ヤです」で速攻断ります。1秒以内で回答するでしょう。

金塊を積んでも無理ということです。ゴールドバーでも、日本紙幣の束でもです。まあそういうのをもらって寄付するとかは面白いのでそういうのならありですが、とはいえタダでもらうならともかく(そのお金はなんだって話はスルーして)、営業部長にならないということで。

お金は大事。それにとらわれてはいけない

よくお金で何でも買えるって話は批判されがちです。でも、一理あります。一方でお金がなくても大丈夫というのもあります。とはいえこれも原理的になるとどうかなと思います。

中庸やバランスなどを説くということでもありますが、僕はバランスは5:5ということでなく、1:9でもいいからバランスと言っています。左にすごいよってるけど倒れないみたいなヤジロベエをイメージしてください。ヤジロベエが分からない?コマとかなんでもいいのでそういうイメージで。

お金で何かを買うとは確かに価値を払っています。ただ、お金が価値だというのを相手が信じているから出来る行為ですよね。お金でないものでも価値を感じられるなら、アイデアでも違う仕事でもオッケーです。そういうところを突き詰めていくと、資本主義は駄目となりやすいですがそうは思いません。

お金で買える価値もあれば、買えない価値もある。色々な価値がありそれらは誰にとって唯一の正解というものもない。相対的であり、絶対性はない。ここまで考えれば、お金だけで何か動くことはないよねと考えられます。しかしこれが中途半端だと「いやお金欲しいからお金だけでもいいからやる」みたいなことになります(笑)甘い言葉に引っかかる人は大抵ここの踏ん張りや誘惑の先の何かがあると思っているんだと思います。

もちろん僕は仙人ではないのでカスミを食べて生きられません。だからこそ、仕事の先には売上があり、お金というのが結果的に頂きます。ですが、お客様がいてその満足や価値を感じてもらった。そしてお金というもので価値を交換しているだけというライトであり、シンプルな見方をしています。

よく、お金を先に見てしまう人がいますが、お金が欲しいのは分かります。でも、人はお金でないし、お客さんもお金ではない、全てお金ではない。お金はその人が心が動いたり、有り難いという気持ち、感謝や感心があってから頂けるものです。感謝がなければお金は頂けませんというとカッコイイですが、そこまで原理的にやるつもりはないものの、基本的にお客さんが喜ぶためにやっています。喜んでもらうとは、お客さんに耳障りなことを言わないとかでなく、従順な下僕(笑)ではなく、お客さんに価値があることをするというだけです。

そこをシンプルに突き詰めていくと、お客さんは他人でなくパートナーとなります。これも言葉でいうと上っ面ですが、実際に信頼関係を築き、一緒に仕事をする方とはそういう感覚が常にあります。逆に関係性が築けない場合はそうなれなかった、つまりお互い(こちらもそうです)でお互いを考えられなかった。単なるミスマッチもありますがそう考えています。そのパートナーに恥ずかしいというか、心寂しいことはできません。

またお金だけでないというと、お金が駄目と思われる人がいますがそうではないでしょう。お金儲けが汚いということをまだ言う人もいそうですが、そんなこといってたら何も出来ません。植え付けられた何かっていうくらいに思っておいて、商売やビジネスをすると、妙な怪しいビジネスでない限り、人は喜び、社会は豊かになり、自分にも返ってくる。自分にも返ってくるのは社会の発展という大きなことにつながります。もちろん何かすれば社会の発展というインパクトがあるかは別で、多くは小さな小さなインパクトにもならないことが多いです。

このあたりのお金や精神的な価値というバランスが乱れるとどうもよくありません。またどちらかに偏りすぎても、妙な方向に走ります。そういう意味では軸があるのですが、とはいえ自分が常に正しいなんていう傲慢な人間ではない、と思っていますし、そういう節があるかもしれないとか思って内省していくというところです。

お客さんのために役立ちたい

商売の面白さで、儲けるというのは、信者と書きますから、ファンを作ることだという話があります。良いなあと思います。

実際に儲けることは、僕のファンになってもらうことです。ファンですから、簡単になってくれることはないでしょう。またチラシを街角で配って「ファンになって!」はちょっとどころか大分引かれるでしょう。面白いですけど、実際にやるのは辛い。

だから、あなたに興味を持ってもらってそして役立てそうかどうか、そのあたりをじわじわと関係を作っていく。そのためのブログであり、この文章であるわけですね。

お客さんのためと有りますが、基本知らない人でも関係を悪くしたい人っていないと思っていて、おすそ分けというか、どうぞって。困ったときはお互い様だよねという感覚ですね。旅が好きなので旅人の感覚に近いかもしれませんが、良い感覚だと思っています。例えば初対面の人でも何か善い行い?をするのは見返りを求めて無いからに過ぎません。

しかしそういう見返りを求めてない人は見返りがないかというと、実はあります。そういう態度がそもそもその人の生活であり世界観です。見返りは関係なく、そこで構築される人や関係性は良い集まりでしょう。困ったら助けてくれるでしょう。そういう人だからこそ、見返りがなくても出来るんですね。

見返りを求めないとというと、タダで何かやってくれると思われるし、そう舐めてくる人もいるのですが(笑)そこまで甘くありませんよね。

おわりに

とくにまとまりはないですが、僕が感じているパターンや性格の傾向みたいなもの、大切にしていることなどをざざっと書いてみました。

だからといってそれで仕事がどうかってことにはなりませんが、キャラクターの理解としたり、僕の仕事の仕方という点で捉えてもらえると嬉しいところです。