なぜシゴトクリエイターを始めたのか

シゴトクリエイターの大橋です。

なぜ僕はシゴトクリエイターを始めたのか、あまりちゃんと書いた覚えがないので改めて書いてみます。なぜビジネスを自分でやり始めたか。そのあたりについて整理出来てない部分もありますが、書いていきたいと思います。

長くなりますが、お付き合い下さい。

大学時代に社会起業家の存在を知る

大学時代から見ていきましょう。小中高とはざっくりいえばわりと優等生っぽく育ちます。内心は社会なんて馬鹿野郎だとか思っていたので、とくに問題を起こすわけでもなく、むしろ自分の考えをどう出していくかが大事なのと、賢い大人とそうでない大人がいることは概ね分かっていました。今でも変わりません(笑)

まず大学受験は普通に勉強が足りずに、浪人をしました。浪人後に入った大学では心理学を専攻しました。「高校時代に思っていた人間についての理解」はここでほぼ解消されます。解消というと変ですが、哲学者について学んだり、本を一定数読んだ気がします。ただ哲学の講義自体は正直良くわかりませんでしたけど(笑)哲学者と考え方のセットがどうも頭に入るって感じではなかったからですね。

ちなみに、経営学という講義もマクドナルドの経営とモスバーガーの経営についての違いなどではないですが、普通にうまくテストで受からずでしたので、単位が取れませんでしたね。

さて話としては、そんな大学生の頃に、漠然と社会起業家とか、自分のミッションに生きる人がかっこいいと思いました。多くの社会起業家として、当時大学生くらいだったかものはしプロジェクトの方とか、わりとそういう人の話を聞く機会が「名古屋」という土地でもありました。名古屋とは閉鎖的なイメージが強いですが実際にその通りで、誰でも歓迎ということはなさそうです。ただ、名古屋に住む人がみなそうではなく、何か違ったことや自分が面白いということを貫く人も確実にいることを当時感じていました。

一方でそういう社会起業家に憧れると同時に、嫉妬ではないですが「そうはなるまい」というある種の天性の天邪鬼心がありました(笑)怖いもの見たさではないですが、近づいてもそうなるまいみたいな心理、またはそういう状況があったんだと思います。あなたもないでしょうか。そういう矛盾ではないけど良くわからない状態が。

僕の中では、シンプルに「あの人みたいになりたい」というのは、ある種「負け」というか、軍門に下った(笑)みたいな気分があり、ある人に師事してそれを達成するとかっていうのが無理でした。これは今でもそんな感じがします。気質としては、誰かに仕えるなら小さな城でもいいから作る。そんなものをひしひしと持っていたと言えますし、今もこれは変わりません。

とはいえ、社会起業家は事業を作り出しており、それは社会に対して直接または間接的に貢献している。営利企業とは違う切れ味や切り口があり輝いて見えたのは事実です。「では、お前はそれがやりたいのか?」と言われてると非常に歯切れが悪い。今もそんな歯切れの悪さは消えていません。どんなものであれ、言い切ることで失われることが嫌なんだと思います。そのドロドロしたはっきりしない感じが嫌いではないということです。

何かしらコレ!というのは分かりやすいですが、実はその瞬間に無理したりまた言い聞かせているのもまたどうかなというところです。もちろんこれはうまく落とし込んでいる人はこういうことは言わないでしょうし、人それぞれですし、社会起業家が駄目とか、そういう人たちであるということではないです。一つ言えるのは当時はそういうひねくれた感が強かったということでしょうか。

大学時代には起業をしたかったけど、文字通り「できなかった」んです

そんな心理学や社会起業家、それらはユニークな人たちとの出合いが溢れていました。とくにインパクトがあったのは、自営業でありフリーランスで仕事をしている人たちです。彼らがどう食べているか、どう仕事をしているかが疑問でした。直接聞いたことはありませんが、何かしら仕事をしてお金を得ている。当時は会社員とか公務員など「勤める」ことでしかお金を稼げないと思っていましたから、衝撃的でした。今でもご縁が消えてないと思っているので(笑)消えてないでしょう。困ったら結局そういうつながりだろうなあとか思います。

当時は金持ち父さんのキャッシュフローゲームなども流行っていて、ゲーム会に参加して意識を高く、やっぱりビジネスとか自分で何かするのが大事だと思っていました。当時作ったサイトやブログなどの「物言い」は今とあまり変わりません。当時から変わってなかったとも言えます。

学生起業家という言葉も流行っていました。社会起業家とは違い、Webサイト制作などであったり、ITに関連したビジネスで成功する、または目立つまたはそれで仕事を作る人達だったという印象です。ITバブルなんて言われた言葉が出てた頃かもしれません。

社会起業家と呼ばれる人に直接話を聞いたこともありますが、当時印象的なのは、学生でカフェを経営するなどをしていた人たちでした。主張が面白かったのは、学生だけど起業家。起業家として扱って欲しいという主張です。新聞で取り上げる時そんなことは関係ないので「学生起業家」となります。それがマスコミであり、報道、いや取材でしょう。それはともかく、学生起業家もやれやれ大変だなという部分と、結局学生で起業してもしなくてもタイミング次第だなと考えるようになりました。

学生起業家などの得意分野であろうWeb制作等はやったこともなかったですし、当時はプログラミングをずっとやってきたからそのプログラミングで仕事をするにしても良くわからない、どうすれば仕事になるかが分かりませんでした。

だから、当時はまずは会社員などで就活して就職しよう。それでどうかを見極めよう。5年くらいで会社は辞めようと思って、当時大学3年生で就活をして、最初に内定をもらった中堅のシステムインテグレータ(システム開発会社)に勤めることになりました。

学生の時に起業できなかったのは単なるスキル不足以上に、アルバイトと正社員の仕事の違いが分からなかったように、知識や経験不足もありました。多くの学生はそんな感じだったでしょう。今の学生もそう変わらないと思っています、多分。そうでない人もいるでしょうが。

例えば、学生時代の僕の友人づきあいは親友一人を除いてかなり取っ付きにくい感じだったと思います。同級生とは話が合わず、あまり仲良くなった気がしません。同窓会とか普通に今は参加する気はありませんし、合っても話が合わない感は消えてないでしょう(笑)

それはいいのですが、そういう学生時代では、アルバイト、彼女を作るなどの恋愛、あとはサークル活動くらいで、非常にモラトリアムとしても限定されたものという気がします。例えば僕は自転車で日本を縦断しているのですが、当時やらないと出来ないだろうと思ってやったのは今でも良かったと思っています。この話は長くなるのでまた機会があればということで。

とにかく、当時の思いとしては、学生で起業をするのがいいけど、営業とかなんか怖いし、そもそも売り込みとか良くわからないし、対人スキルに自信はあるけどなんかずれてるんだよなあという感じでした。

そんな考え方があり、卒論も出し、無事大学を卒業し、会社員生活が始まりました。

社会人1年目がめちゃくちゃ面白かった。成長の1年だと思う。

社会人1年目で、1ヶ月くらいは社内で研修感覚でのんびりでした。とはいえ単にプロジェクトに入るまでの待ちであって、電話取りなどしてあとは簡単な手伝いをして終わる毎日でした。非常に楽でした(笑)

その後、5月半ばくらいからあるプロジェクトのメンバーに加わりました。あとで知ったのですが、同期が同じ部署で10人くらいいて、新人の割当は取り合いというかおそらく面接や内定者研修などの結果や相性などをみてリーダーが選んでいたようです。僕は最も教育が定評があったとされている(後で知る)今でも尊敬していますが上司=プロジェクトリーダーの元で働くことになります。

1年目はスリリングでした。プログラミングの仕事なので、プログラミング言語がある程度知識がないと勉強しないと辛いですが、当時は学生時代もやっていたVisualBasic5.0を使っていたので普段やっていることに近い言語環境でした。要は趣味でやっていたのと近かったんですね。

そこで、趣味のプログラミングと、仕事のプログラミングの違いは何かということをものすごく考えた気がします。これは簡単でして、趣味はお客さんがいないので何か要求に応えることはない。締切も品質も自由。当然お金は出ない。だからこそ自分が作りたいものを作れます。

仕事はこの逆です。お金は出ます。お客さんの依頼だからです。だからその通りに基本的に作る必要があり、品質や納期もあります。作りたくないのでやりませんとは言えません。くどいですがお金がもらえます(笑)

同じ「プログラミング」を会社でやるとお金がもらえます。家で趣味でやる「プログラミング」はお金がもらえません。高校生の頃にそのVisualBasicを使ってフリーソフトを作り、当時はまだまだネット回線も貧弱でしたから、フリーソフトなどは雑誌のCDROMからインストールするというのも普通でした。その掲載誌が家に送られてきて感動した覚えがあります。

ちなみにショックだったのは、同期の中でプログラミングが好きという人はかなり少なく、家でプログラミングを演る人がいなかったのがショックでした。下手するとパソコンがないという人もいました(笑)要は仕事でやっているからそこまではやりたくないって感じなんですが、僕はこの事実を理解するまで結構時間がかかっています。

そういう仕事に対する疑問や尊敬出来るリーダーだけでなく、先輩もとても面白い人達で、個性がありました。なんていうか会社員なんですけど、僕が当時考えていた「会社員=サラリーマン=不自由」みたいな感じは覚えませんでした。もちろん、人によっては「ただ言われたことだけをする」みたいな人もいるわけですが、冷静に考えても当時いたプロジェクトメンバーは「出来る」人たちが揃っていて、自分もその中にいたので出来たかどうかはおいておいて、やはりそれが普通という感覚でした。

1年目は社内で受注したプロジェクトを行い一旦それらは終わると次のプロジェクトとなりました。プロジェクトベースで行われる仕事もスリリングで、「なるほど一定の業務を行うけれどそれはずっとやるわけではないのね」というプロジェクトベースの感覚もものすごく良いなと思いました。

そういう職場でしたから、多少行くのが面倒(職場の近くで一人暮らしでした)とかでも、徹夜するとか、残業が激しくて嫌だとかはそこまでありませんでした。あっという間に1年前が過ぎていき、仕事に対する考え方はよく1年目で決まるとか言われますがそこで確かに決まったと思うし、鍛えられたのかなと思いました。

会社員2年目からは、読書会企画をプライベートで始める。

1年目が終わり、少し仕事に余裕が出てきたのか、同時に僕は一人で常駐プロジェクト、つまり直行直帰で社内にはたまに戻ってくる(交通費精算等+部会+飲み会)だけで、基本外のお客さんのところでプロジェクトに入りそこで仕事をする形となります。

これが良くも悪くも大手メーカーの子会社などのシステム開発部門でしたので、ゆるいというか楽でした。経験がある人は分かると思いますが、仕事って一緒にする人やお客さんのレベルで全然変わってきます。例えば、1年目の時にあり得ないことが起こったりする。それは仕事のルールとかでもそうですし、やり方や進め方、進捗管理もそうですし、どういう問題提起やスケジューリング・・・もう色々です。ざっくり仕事のやり方というとき、そういう違いを感じました。当然ですが、色々な人とプロジェクトを変えることで経験出来るのは感覚として楽しかったです。

つまり1年目が厳しくて2年目がその分楽だったということです。

それで余裕が出てきて、当時友人と何かやるぞーということで、読書会企画としてカタリベカフェというのを始めました。当時開始当日からいきなり新聞取材を受けたので未だに記念として新聞を持っています。それはある種趣味であり、土日でそういう企画をすることで楽しさを味わいながら、日中はカタカタプログラミングで常駐している。そんな形で2年目は迎えたかなと思います。

さて、起業熱はどこいったのか。仕事においてアルバイトとの違いは何か見えたのか。そんなことを忘れたわけではありませんが、まだこれで起業をするとか、何かが見えたわけではありません。とはいえ、日中のプログラミングや仕事にすでに飽きが出てきて、これを一生の仕事にするのか?と考えるとちょっとしんどくなっていました。つまり、起業しなくてもそもそもプログラミングをこの会社にいて続けるとか、システムエンジニア等のキャリアステップを踏んで上がっていくイメージが全く見えませんでした(社内的にはそういうレールはもちろんありますが、自分としてはそれでいこうとはやはり思ったことはありませんでした)。

飽き始めていて、同時に社外の勉強会などにも出た気がしますが、そこでは現場で使わないようなレベルの話や知識がゴロゴロしていて、そこまで自分はプログラミングをしたいのだろうか。もっと楽に付き合いたいかもしれないとか色々と考えていた時期でした。

細かい記憶はありませんが、2,3年目はそんな常駐先でのんびりしていた気がします。

4年目に突入。そして会社員を辞める

そして2年ほどいたプロジェクトも終わり、次はどこにいくかということで、ちょっと県外のプロジェクトへ常駐することとなりました。そこまで通勤は辛いわけでないですが、やや田舎です。

そこには実質1年居ませんでした。丁度リーマンショック等があり、メーカーのプロジェクトにいたので(実際はお客さんのお客さんで、孫請けみたいな)、クライアント自体は大手メーカーで社員食堂ありの大きなところにいました。

ただ、仕事自体は面白みはほとんどなく、どう立ち回ればいいか分からなかったのが実際でした。クライアントから見れば、孫ですが、まあそれは暗黙であれど、お客さんの社員という扱いなので、自社所属感が限りなく0に近くなっていきました。1ヶ月に1回社内に戻りプロジェクト会議がありますが、とくにこちらで手綱を握っているわけでもなく、単に作業メンバーとしているだけというところでした。これは仕事の内容もそうですが、僕のモチベーションを大きく下げていたと思います。

やや話が前後しますが、このプロジェクトに入る前に、上長に辞めたいということを伝えました。1年前くらいに言っておいて、あと可能なら新規事業部などに異動(小さい会社で、開発メインでしたがそういう部門があったのです)願いを出しましたが受理はされませんでした。

真意は不明ですが、これは結果的に受理されないほうが良かったのかなと思います。新規事業とはいえあまり成功しているわけでなく、全く違うものであり、僕も中堅どころになりつつあり期待されていた面もあった(はず)からです。そううい人材をよく分からない事業部に放出はあり得ないし、そもそもリーダーとしては管理的にNGだったのかもしれません。

それを伝えた上での上のプロジェクトへの加入でした。1年の予定で、つまり4年目の終わりでやめていく流れで考えていましたが、9ヶ月で終わったので急遽早めて、実質会社員は約4年でピリオドとなりました。当時のプロジェクトではとくに何か成果を出したつもりはないので申し訳ないところです。同時にこれでお金をもらってはいけないだろうという感覚もありました。

辞める時何を考えていたか

今は転職って普通にやられているイメージはありますが、とはいえ、会社員で転職せずに一社にいる人もいると思います。同時に初めて会社を辞める時は色々と悩んだの事実です。

とはいえ、最後には「自分が成長できたり、学びになるところに行かねば腐ってしまう」という想いで、とくにこれをやりたいとかはなく、まずは辞めようという判断でした。辞める時って次のステップを決めてから辞めるとかっていいますけど、人や立場や状況によってそれを待っていたらそもそも駄目ということもあります。他人のアドバイスもほどほどにというところでしょう。

当時の部長からは「辞めて何するのか」と聞かれましたが、「決まってないけど何かする」とか適当に言ってました。ノープランでした。ただ、プログラミングで何かするということはないなと思いました。プログラミングは好きなんですが、仕事としてやれないかなというところがあったわけですね。

また当時のリーダーからは面白い言葉をもらいました。今でも覚えています。しっかりと書いておきますね。「個人としての俺はお前のやりたいとか起業とか分からないけどそういうのは心から応援したい」と言ってもらいました。一方で「会社の立場としてリーダーとしては、人材を育てる、人を育てる、中堅どころのメンバーを失うのは痛い。だから会社としては辞めて欲しくない」と言われました。

つまり、上司としては、個人的には応援であり、会社的には辞めるなということでした。もちろん、「それは分かるのですが、僕は会社自体が嫌というのでなく、自分のやりたいことをやったほうがいい。そう思っているだけです」ということでやり取りは終わりました。未だにまともに挨拶もしていなかったりしますが、どうなんでしょうか、僕としては先輩や上司にお世話になった分は後世の人、僕より若い人に何か伝えることで循環させていこうという感覚で生きています。

会社員中に友人と起業会議を始めていた

辞めることで仕事がなくなる不安とか、この先どうなるかとかって正直そこまで考えていませんでした。とはいえ仕事はしなければいけないし、どうしていくか。色々不安はありつつも、僕はわりと計画的でもあります。何かしら大胆にやっているように見えますが、実は4年目のモチベーションが激減している時(例えば普通に出社が面倒でギリギリまで行かなかったことがよくあります)、友人を誘い、仕事は定時で終わることが多いので毎週水曜日に起業会議を始めていました。

名古屋駅に今はないですがあるエニータイムというカフェがありまして、そこで水曜日の夜に19時頃集まり、起業ネタや今考えてるビジネスネタなどを話しあっていました。友人は就活をしている時に出合った人で、そんなに頻繁に社会人になってから合ったとかはないのですが、たまに家に来たりして、ちょくちょくタイミングに応じて話をしていました。

学生当時は起業をするとかはなかったと書きましたが、友人は結果的に経営とかに興味があるということで、今では買収されましたが、当時99円ショップというブランドでやっていた会社に勤めて店長をすぐ任され小売の現場でガツガツやっていました。友人の名前は鈴木です。

この起業会議はモチベーションチェックというのを提示していました。何かというと、「この会議はカフェに集まってやるわけだけど、俺も鈴木君も、やる気がなかったら来なくなったり、面倒になって終わると思うんだよね。それらを続けられるかチェックって大事だよね」ということで、僕も友人の鈴木も起業するとかこれでやるとかそういう確信はありませんでした。まず何かやってみることを大事にしよう。その上で話し合ってアイデアを出していこう。そういう場でした。

起業会議9ヶ月後、法人設立へ

結果的にこの会議は9ヶ月ほど続きます。毎週水曜日の夜に集まって話す。週1ですがもし起業とか何かしたくないならすぐ終わったと思います。9ヶ月というのは、実際に「もうここまで来たらやってみないと分からない。まずは法人枠を作っていくのはどうだろうか」ということで、同時に一緒に住処をルームシェアとして探してそこで集中的にやっていこう。そんなプランとなり、実際に行動に移しました。

今でもその議事録があります。当時何を考えていたかは恥ずかしいくらい強烈に(笑)残っています。当時の思いとしては、以下のことにまとめられます。

仕事とお金と人の関係は、まず人と関係があって、仕事が生まれる。社会ってそういうものじゃないか。そして仕事の対価でお金がもらえる。この順番は変わらない。

これは当時作った会社の理念でもありました。今でもこの考え方は変わりません。仲が良い人から仕事をもらうとかそういうことでなく、まず人と人の関係性があってから仕事が生まれる。関係性とは仲が良いから仕事になるとかそういうことではないです。実際に僕は人と仲良くなっても仕事をやりあう関係って結構ありませんから(笑)そして、その仕事からお金が生まれるのであって、お金は最後についてくるということになります。違った言い方をすればご縁とかって言葉がしっくり来るかもしれません。

決して、お金が欲しいから、仕事を得たり作って、そのために人と関係性を作る。ということではないんですね。

結果的には、もちろん人→仕事→お金だから、そこまでいったら、お金をもらうために仕事をして人とつながっていることになります。

でもちょっと待って下さい。そもそもそれだとやりたくない仕事というのが生まれてしまいます。人との関係性があったり、コミュニケーションがある程度出来ていれば、「つまらない仕事あげるよ」とかってならないわけでして「こんな面白い仕事あるけど」ということになります。これは視点や見方の話だったり、良いパスやキャッチボールをしているかという話になりそうです。

会社員時代からそうですが、「仕事」自体に面白さがあるのでなく、それをどうやり手側、つまり自分がどう思うかだけです。自己啓発本ぽく読んだビジネス書「フィッシュ!」あたりに載っていた気がしますが、(何か魚屋さんとかで楽しそうに魚を売る話だった気がします。多分)実際にその通りです。作業と思うのか仕事と思うのか。それだけで全く意味が違ってきます。僕は作業をやりたくはない、仕事をしたいとずっと思っていますし、つまらなくなるように仕事をしたくはないからですね。仕事って面白いじゃないですか。

友人とそんな哲学やら生き方やらを話して、コミットメントというか賛同というか、一緒にやろう!となります。なおこれらはテンションが高まっているのは事実ですが、友人はあまり表情に出す方ではないので、クールな感じで物事は進みました(笑)

法人設立後、仕事がないのに困る

そんな僕らは無謀にも大海原にイカダ一つで航海しようということをやったようなものです。この航海は死者は出ませんでしたが、現在地から移動して違う場所についただけかもしれないという結果でした。

じゃあその時僕や友人はどうやって食っていたか。非常にシンプルでアルバイトだったり、知り合いの人から仕事をもらったり、それこそクラウドソーシングなんかが出始めていたので色々とトライしました。

当時は短期バイトなのか長期バイトかはおいておいて、試験監督のバイトなどをよくやったものです。幸いルームシェア生活なので家賃は安く押さえられたので、収入が会社員時代より減っても死ぬことはありませんでした。とはいえ、会社を作ったとはいえはて「どうやって仕事を取ってくるか」が僕らにはノウハウがありませんでした。

営業をすればいいとなるのですが、営業として何をすればいいかもよく分かりません。また僕はプログラミング何かしたいわけでもなく、とはいえスキルとはそれくらいしかないと思っていました。また友人は小売業や接客から店舗を作れば色々出来るかもとかそういうアイデアはあったはずですが、店舗をいきなりつくって出来る資金もないし、どうしたものかというところでした。

ちなみにこういう起業当初は怪しい人からFacebookで勧誘があったり、新しいサービスを使うとネットワークビジネスの勧誘があったり、怪しい話がゴロゴロ寄ってきました。臭いを嗅ぎつけてくるんですけど、新生活や新社会人やそういう「おぼこい」感じを彼ら彼女らは聞き分けてくるんですよね(笑)しっかり断りましたね。

友人もアルバイトまたは知り合いのツテで仕事をしていました。つまり、僕らは会社は作ったけれど、実質自分の食い扶持は何かしら稼いでくる、あとはどうするかという形になってしまいました。これは起業をするならありそうなパターンです。ジリ貧とまでは行かないのですが、どうすればいいかが見えてこない。法人は形としてあれど営業活動やそこから売上を作る事ができない。もどかしい思いでした。

当時は企画業をするということで知り合いの方とか、それらも手伝ってことがありますが、これらもうまく形にしたり企画してフィーをもらうとかって自信が持てませんでした。何も起きずゼロだったわけではないですが、そこまでやった感はありません。今はフィーをもらうことに抵抗はありませんが、当時は「もらってしまっていいのだろうか」感覚が強かったです。その分の仕事やメリットや価値を提供したり成果を上げたということができなかったからですね。

とはいえ焦ってもしょうがないので、やりながら見えてくるものがないか。粘りましたが、3,4年目くらいからそういう景色があまり見えてこなくなり、とくに会社としての営業活動がほぼ出来なくなりました。個人の動きで精一杯で、一つこれをやるということまで出来ませんでした。

もちろん何もしていなかったわけでなく、それこそ人のつながりということで、当時友人らとやっていたビジネス交流会(今聞いても怪しい響きですね(笑))を始めたり、イベント企画などは色々関わった方です。非営利系のプロジェクトは、非営利とか関係なく仕事としてきっちり売上が生まれる仕事が作れれば全然違ったのですがそれが出来ませんでした。友人の旅人をプロデュースしようとか、本当に色々手当たり次第?やった気がします。これらは全て企画書とか、記録が概ね残っていますし、自分の血肉になったので後悔はありません。むしろやってよかったと思っています。

多くの起業家はそういう打ち手の中でこれがいけるかもという何かが見えてくると思いますが、少なくとも僕はこういうやり方でやればいけるんじゃね?というのが見えなかったです。行動量が足りないと言われれば終わりですが、これはもう仕方がないでしょう。むしろ逆で多くの人は失敗してそこで諦めるから、多くはチャレンジ1で失敗1で終わるのではないかとも言えます。そこでチャレンジ1失敗1でなく、さらにチャレンジをプラスして次はどうか、次はどうかとチャレンジ体制があるかだけなんじゃないかとも思っています。

そうこうしているうちに、会社を持っていても仕方がない。なぜ会社を作ったのだろうか。仕事を作ってからあとで法人枠なんか作ればいいのではないか。そんな当たり前のことに気づきました。今思えばそうですが、当時テンションが高かった時は「会社を作らないと進めない」と思ったんですね。これは事実です。ですが、作ったことは後悔していません。逆に自分で登記などもしたので一定の要領は分かりましたし、会社は作れることは理解しました。これは今でもやってよかったし、なかなか出来ない経験だと思います(プロに任せればお金はかかりますが簡単ですが)。

そして、友人の鈴木と話し合い、解散することになりました。結果的には友人をたぶらかした(笑)みたいなことにもなりかねませんが、僕らまたは僕のスキルが足りなかったことは事実です。そして、スキルではなくても行動から何か見えるかというところですが、それが見えなかったのも事実です。全く見えなかったわけではないが、やれる範疇ではやったというところです。

さて馬鹿な先達からのアドバイスとして聞いてもらえればいいのですが、もし起業をするとか自分で独立してやるとかそういう人がこれを読んでいるなら、ぜひ自分で仕事を作って少額でもいいので稼ぐという経験を何でもいいのでしておいてください。僕はこの経験値がほぼない(サラリーマンは自分では稼げませんから)ために、結果的に会社プロジェクトをやりながら、どうすれば稼げるかの検証をし続けたとなります。

辛かったかどうかは正直辛いというよりも、ノープランでやると何も生まれないよねという大いなる確認だったのかなと思っています。だから、法人とかどうでもいいので、個人でもなんでも自分で何かやってお金をもらえることを最低限やっておいてから独立したり、会社を辞めるのがいいでしょう。

友人との会社は解散。その後僕はどうしたのか?

結局友人とトラブルとかはなく、「まあ、そうだよなあ」ということで終わりました。友人の心のうちとして、やってきたことが失敗というかうまくいかなかったことにたいしての話はちゃんと聞けたかは分かりません。

ただ一方で、僕としては確かに会社作ったり、色々もがいてやったことでうまくいったということはそこまでなかった。とはいえ、「大海原にイカダで突っ込んで、またもとに戻ったのだろうか」というと、答えは「NO」です。仮にここでYESといったら空白の5年間だったり、意味がなくなるので決してYESではないんです。NOです。

何をするとお金になるか、仕事になりやすいか。そもそも起業をどこまでしたいのか、僕は何をしたかったのか。稼いでいる人や怪しいビジネスをしている人、お金だけが欲しい人色々な人に会いました。

例えば選択肢はそんなに多くありません。選択肢というとちょっと違うかもしれません。

僕は会社員を辞めて起業をして一応イメージでは(笑)成功者みたいになっているつもりでした。その成功者とは笑っちゃうような自己啓発本やビジネス書に出て来るようなイメージです。現実はそうなっていません。ですが、不幸なのか?というと、全然違います。

僕自身は人に恵まれている方だと思いますし、周りにユニークな人たちがいるせいか、「それは君らしくない」とか「君らしい」みたいな感覚トーク、またはその人の考え方を尊重する(自分と意見が違っていても)人ばかりでした。これこそ人は宝というか、一生モノだと思います。

そして選択肢として会社員などに戻って「再就職」することというのがあるわけです。と、同時に「それこそ軍門に下った」わけだと思うので、ここは譲れません(笑)つまり、僕はそれは選ばず、何かしらもがいていくことを選びました。

これ、カッコイイわけでもとんがっているとも全く思っていません。単に不器用なだけなんじゃないか、そう思う一方で自分らしいんじゃないか、非常に気持はニュートラルで、周りがどうとかがノイズというか気にならない形になっていきました。ある種の悟りです(笑)悟ってないとやってられないのも事実です。

こういうスタイルを貫くと世間とか社会的な何かとか、一般的な何かっていうのはもはやどうでも良くなります。反社会的に生きろってことではないですよ(笑)常識とされていることは本当だろうか、結局自分で考えて判断するという当たり前のことが「生きる」ということであり、肌感覚でビシビシ伝わってきます。

次のチャレンジとしてのシゴトクリエイター始動

僕自身、そこまでチャレンジするぞ!とか思ってませんが、個人事業を始めました。なんとか勤めながら最低限の食い扶持は稼ぎつつでもそれだけで終わると自分は死ぬなと思いまして(自分の考えたことや自分枠がないと死ぬということです。死ぬというのは、生きているけど死んでる。軽々しく死ぬとか言うものではないのですが、自分が生きるなら思い切り生きたいというところがあるので、ワガママ!と言われようがそこは譲れません。それが僕の譲れないところだと言えばまさにYESです)、結局自分枠で個人事業をやろうと思いました。

それがシゴトクリエイターです。やっとシゴトクリエイターの話になりました。長くてすいません。

シゴトクリエイターとは、企画やアイデアというところで試行錯誤やもがいてきた経験から、何かしらお客さん、クライアントに事業や企画や仕事を作るというものです。相談であり、ブレーンや参謀であり、頼れるアイデアマンという位置づけです。

正直いきなりそれだけで食えるとか甘い考えは全くありません。客観的にみれば、当時友人と勢いで作った会社との違いは経験値くらいであって、大事にしている考え方はそのままです。人→仕事→お金であり、作業はせず仕事をする、そんなところですね。一方で、そんな僕もパラレルキャリアということを掲げていきたいかというと、そういう見られ方はしてもいいけど、「これがいいんですよね」というのは違うよねと思っています。パラレルキャリアとか会社員とかフリーランスがどうということでなく、自分の生き方を考えた時、例えば棺桶に入るまでが人生ならば「俺は俺の生き方をしたって思いたい」のがゴールです(笑)

その時に「自分で仕事作ってよかったなあ」というのが僕の想定です。つまり、鶏口となるも牛後となるなかれであって、やはり誰かの元にいるのは長くなっても一時的であるという考え方なんです。今のスタイルもこのままやれていればいいなんていうのはやはりヌルい考え方だと思っています。要はコンフォートゾーンでぬくぬくやれるとかって多くは駄目パターンだろうし、筋が悪いことが多いです。つけみたいなものがあってガッとあとから奪われる。逆にいえばコツコツ仕込んでいたら思わぬフォローやサポートがある。そういう神様を信じています(笑)

そんな自分に厳しくせずに、楽にしたらというアドバイスは間違っています。というか、そういうことをいう人はあまりいません。むしろそんなことを言う人がヌルい(笑)みたいなことを思いました。友人らは当然前者の人たちばかりですね。

単純に僕はそれが嫌なだけなので、というかそれが馬力やパワーとなります。億万長者になりたい!とか札束で人を殴りたい!(笑)とかそういうことはありませんが、仕事を作るという上で、アイデアや企画で闘うことでやっていきたいと強く思いました。それで貢献出来る部分が見えているからですし、その可能性にかけたいと思ったからです。当然敵が強くて負けることも多いでしょうし、困難であったり詰みそうなことがあった時、簡単に諦める粘りのなさでは「軍門に下る」感じがします。だから、そこは譲れないし、負けられないし、仮に負けても負けを認めないくらいの「負けず嫌い」パワーが出てきます。

だからそれは譲れないし、認められない。カッコイイ悪いはおいておいて、僕は自分の企画や事業やアイデアにおいてクライアントに貢献したい。これは嘘ではなく、実際にお客さんに喜んでもらえるツール、武器がそれだからです。ぼっとしているわけではなくその実績も淡々と積んできました。自信以上に実績がそれを語ってくれます。豆腐メンタルではないですが批判されたりすれば凹みますし、悪い評価であればやっぱ萎えます。が、とはいえそこで軍門に下ることは良しとしません。

どんなかっこ悪くても、良しとしない仕事をやるとかはギリギリオッケーでも、生き方や哲学を通すことってやっぱ自分を殺すことになります。だから出来ないんですね。これが僕の不器用たる所以だろうと思います。

僕はあなたと共にシゴトを作りたい

今まで色々な人と仕事をしてきました。仕事とは非営利からお金をもらってやる営利的な仕事まで色々です。ボランティアも仕事だと思います。会社員も仕事です。なんでも仕事ですよね。

そういう中でやはり気持ちが良い人っていいなあということです。僕はわりと初対面の人にクールで良くわからんとか言われますが(笑)ただ緊張しているだけで、面白そうなら色々と話したいし、構ってほしいだけなんです。そこから仲良くなった友人らとは最初とだいぶ違うとか言われますが、まあそれはそれとして。

そういう仕事をして来た人の中で、やはり馬が合うというところもありますが、波長があったり、対等の関係(もちろんお金は頂くし、その分しっかりと仕事をさせて頂くわけですが)であり、この人のために何かしたい、何か役に立ちたいという瞬間がたくさんありました。

戦略的でもないのですが、例えば初対面だったり話があったり面白かった人にはお金を出すわけでなく、面白いネタとかこんなのどうかということをこまめに送ることをよくしています。些細なことですがそれで喜んでくれると非常に嬉しいわけです。そういうところや小さなところでお役立ちをしたいんですね。

どんな仕事でも結局そういう小さな部分の貢献や喜んでもらうことが生き甲斐なんだろうと思います。僕はそういう意味では、アイデアでお役に立ちたいし、ビジネスとして考える企画で勝負していきたい。それはもちろん出来る出来ないがあったり、あなたと一緒にといっておきながら上手くお役立ち出来ないこともあると思います。

本質的には、アイデアや企画のおすそ分けというのが僕の頭にはあります。つまり、普段からたくさん出て来るし考えるのでそれをちょっとシェア出来たらいいなというところです。それをシェアするからぜひそれで仕事を頂く、報酬を頂く。そんな気持ちでシゴトクリエイターの仕事をしています。

ここまで考えると、誰でもいいわけではなく、お客さんに選んでもらう依頼してもらう必要がありますが、同時に僕もお客さんに対して「あなたとならできそうだ。あなたとなら色々な困難を乗り越えてでも一緒に企画や事業を考えたい」という人と仕事をしたいと考えています。それはとても偉そうに言っていて上から目線かもしれません。

しかし、これが上から目線を感じる方は逆に僕はお付き合いできないなとも思うので大丈夫です。

僕が依頼する側なら依頼側のことを考えてくれたり、無理なオーダーや違うな?という違和感を持ったままやってもらうのは違うと思うので、至極当然のことかなと思います。

だからこそ、あなたとシゴトをしたいと思える人、少なくともしたくないな、なんかヤだなという人とはやらないこと。それがモットーになります。

なぜシゴトクリエイターをやっているのか?

最後に僕がそう問われたらなんて答えるかを書いておきます。企画とかアイデアを出すシゴトっていうと奇異の目で見られることに慣れてきましたが(笑)それはおいておいて、

「そこにアイデアがあったり、企画があったり、もっと世の中は面白くできるし、もっと良い形出来るんじゃないか。そういう可能性が常にあって、それを形にすることに消極的になりたくない。むしろチャレンジしていきたい。そういう時にアイデアや企画や事業を考えることが無性に面白いのでその部分で貢献したいから」となります。

これは友人と会社を作った時に考えた「社会を面白くしたい」ということと何ら変わっていません。面白いとは、人が活き活きしていたり、なんか死んだように生きていない、ワクワクして生きているということです。そういう感覚を当時色々な人に説明しても、良くわからないという人も多かったし、説明をして分かってもらえる感覚がありませんでしたが、今はやはりそういう社会に生かされているのであり、自分もそういう社会に自分なりの貢献をすると、そんな気分です。というか、それくらいというか、それがいいというところです。それでいきたいというか。

当然、自分がやりたいことがすなわちお客さんや世の中のニーズがたくさんあるかとは別問題です。それはもちろん承知の上で、というかそういうのは基本期な問いとして、ではどうすればニーズに寄りそった形で僕を活かして使ってもらえるか、どういう部分であれば貢献できるか、むしろ何を欲しているか。その部分をお話し頂く、ヒアリングだったりご依頼頂くことで「仕事になるならない」が明確になっていくと思います。

長くなりましたが、僕の生き方、考え方、シゴトクリエイターの姿勢が参考になれば嬉しいです。僕としてはシゴトクリエイターは個人事業でなく、自分の人生の旗を上げる感覚に近いです。もちろん屋号で登録しただけではもちろんなく、小さいながらも仕事をさせてもらっています。

自分で仕事を作る、それで売上を上げる、それでお金をもらう、そしてお客さんに感謝してもらえる、または貢献する、そしてそれによってそのお客さんの事業やお客さんから社会がより豊かになったり、面白くなっていく。そういうイメージです。

その実現には、僕はシゴトクリエイターとして旗を掲げなければまたこれも友人と会社を作った時と同じで、何も進まないと思いました。客観的に見れば個人のフリーランス業であり個人事業主として大勢いる一人や一部に過ぎません。ですが、誰一人としておそらく全く同じ人生ではないし、生き方もないし、仕事もないし、スタイルもありません。

僕が個性やオリジナルがあるとすれば、上のような思考や哲学、またはプロセスで今まで生きてきたことが示しているものから汲み取ってもらうしかありません。

お客さんに喜んでもらいたいというのはエゴですが、お客さんが喜んでくれることが、仮に企画を立てたり新規事業を考えたり、アイデアを出し合うことであったりであれば僕はお力になれると思います。それで喜んでもらえれば、シゴトクリエイター冥利に尽きるというところです。

ぜひ、僕と一緒にシゴトを作りませんか?社会を面白くしたり、社会に仕掛けを作ったり、シゴトって面白い、世の中面白くするって面白い。そんなやつと一緒に企ててみませんか?

そして面白そうなやつだなと思ってもらえればぜひ暖かく見守ってもらってもとても嬉しいです。何か面白がってもらえるなら何かしらご縁が出来たと思います。

シゴトクリエイター 大橋弘宜

お問い合わせやご感想等頂ければ嬉しいです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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DMMにてオンラインサロンをやっています。シゴトづくりや大橋の考え方などを学びつつ、またこのコミュニティでお互いを切磋琢磨しながら学んでいきましょう。