あそびを増やすとアイデアが出やすくなる仮説

「なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか」を、選書サービスのヒントになるかなというところで何気に手にとったところ、かなりヒントというか気づきを得ることが出来ました。それを共有してみます。

選書サービスのヒントにはもちろんなったのですが、どちらかといえばアイデア出しのヒントにもなったのでもりっと盛り込んでみますね(笑)

アイデア出しのヒント、本屋や選書サービスなどの本っぽいサービス作りたい人などにはヒントになるかもです。あと、アイデアが見つからないという人は、「あそび」を文字通り増やしてみると見つかるかもという話です。

ネット書店は速くて便利。リアル書店は遅くて出合いがある

端的に言ってしまえば本書の主張はこうです。

ネット書店とリアル書店の違い

紙に書いてみました。

まずネット書店です。氷山の一角的な図ですが、「欲しい物がみつかる」とは本書の言葉です。一方リアル書店は「何が欲しかったかが分かる」という表現です。これは言い得て妙だと思って、かなり腹落ち感がありました。腹落ち!

もう少し説明すると、ネット書店はAmazonだのECサイトですね。そういうところは、言語化にあるもの、これが欲しい、あれが欲しいとあれば買いやすいんですね。もちろん、「見ていたら違うものが欲しくなって買ったことがあるよ」というのはありですが、そういう思わぬ買い方の率が低いのではないか。またはサジェストされたものもあくまでデータレコメンドなので、偶然性が低いってことですね。

これらは効率的なシステムであり、キーワードを入れれば反応する、逆にいえば出てこないキーワードには反応すらしません。レコメンドやおすすめはデータに基づいています。もちろんそれで買ったことがある人もいるはずです。僕も買ったことがあります。しかしこれは偶発性としては弱いと言いたい。当然比較としてリアル書店に比べてということですね。

次にリアル書店です。リアル書店とありますが僕は図書館も同様だと感じました。実際にビジネスとか違う面も多いですけど、そこは省きます。偶然的であり、アナログです。一意でなく任意であり、抽象であり、根っこと僕は書きました。

ここで反論としてありえるのは、ではリアル書店で調べる方が本質に迫れるかというと、思考の上でいえばそこまでは言い過ぎだと考えています。著者も述べているのは、どちらかが良い悪いでなく、そういう性質、特徴がある、持ち味ですよね、うまく使えばいいってことですね。

例えば仕事で急ぐ場合はネットで。広げて散策したいならリアル書店でとかですよね。もちろんそういう「狙い」がなくぶらっとすることができるかしやすいのはリアル書店ってことですね。もちろんネット書店を意味なく観るのもいいですが、探しづらい(探してないのですから)ですよね(笑)

基本的にこれだけなのですが、この気付きはかなりありがたかったです。もちろんネット書店でもアナログ感を出すことでハイブリッドにできるのもありますし、融合させるのも良いアイデアですよね。本書が2013年発行というところを踏まえるとなかなかの鋭さだと感じました。

本質的という人間の欲としてはスローか

このバランスでーというのは変わらずで、ネットだけだと余地や余白がなくなると思うわけです。リアル書店だけだと効率化したくなるのではないかと。その付き合い方はアイデアを広げる意味では、偏るっているなら逆側に振ればいいとなる。

効率的な追求をすると、そのカウンターで非効率や偶然性が求められる。アプリでランダムや偶発性とかは面白い考えなのだけど、本質としてはそもそも偶然やスロー的な楽しみは人間の本来の欲求なのかなと。

スローってシステム化されてない、その人や感覚でマイペースと言ってもいいと思うんですね。それが多分コンピュータでない人間らしい生活、まさに「自然」になるのかなと。もちろんその自然ってめちゃくちゃ手入れして住める人工感が満載ではあるものの、人工でないと人は住めないし、このあたりの矛盾は楽しみつつ。

窮屈さはシステム化やデジタル化にある

逆にそういうスロー部分が本質的なものだとすると、この効率性を詰めていけば、結局全て効率化されて、その効率化部分をシステム、つまりコンピュータが行っていれば主従として、コンピュータのカレンダー通りに動くと効率が良くなるため、その時人間の判断は主でなく従となるのではないかと。

もちろんカレンダーアプリを使うことがすなわちこの意味になるのではないけれど、突き詰めると予定を入れるのをさらに効率化したり、出合いや情報を効率化していくことになるわけです。

分からないでもないのでそれをやっていくと、人間のアナログ的な、興味や関心などのファジーな曖昧然としたものがほぼ消えているか、ないため非常に窮屈になるのではないかなと。だから、デジタルデトックスなり、デジタルなものに触れすぎると疲れるのかなと。まあ精神的な意味もあるのですけど、特定の手段だけというのはやはり脆いという考えでもいいですよね。

システムが合理的すぎると破綻する

考え方として、プログラミングなどもそうで、合理的な感覚で行う。しかし、合理的なものであるので、たまに間違えるとかの余地は人間が設計する必要がある。

ゲームなどもそうだろう。当たり判定がきつすぎるのは、合理的ではないが、人間がプレイするときには「シビアなゲーム」となり、辞めてしまう人が多いだろう。そのバランス調整などはとても人間的だと思う。

つまり、システムやデジタルを使おうがアナログ感覚は求められるし、というかそれをより考えないと人間を魅了するゲームは作れない。バランスとは思うが、言語化と非言語化の率が9:1とかはなくて、というかそう思っていても、おそらく言語化出来ているものは本当に少ないと思える。よって、言語化されたものはわずかであると考え、非言語の部分を大事にする。

それがまさに「無駄」であり、その蓄積となるのではないかと考えた。

本書もその主張だと言っていいと思う。割合まで提示していないが、感覚的には時代としてデジタルや言語化よりで見えるものによりすぎるので、そのカウンターの提示でもある。もちろんスピリチュアルに見えない世界を大事にしようみたいなことではないのだけど、見えないから、興味関心だからというのはぶっちゃけ理由はない。好きに理由はないのであって、その感覚を信じる部分は、わりと「信じる」ところでしかない。

これは全く合理的ではないからこそ、非合理だし、アナログで効率化出来ないとも言える。そういうものを失ったらわりとロボットになる、コンピュータと一緒という感覚かなと。

ペアドクとかはアナログとデジタルの融合かも

ペアドクというサービスはネットでのイベントだが、本を読むことで集まるのはデジタルで合理的。ただ読まずに参加できてかつ誰と共有タイムをするかは分からないので、偶発的。

言葉でいえば、デジタルとアナログの融合だし、ネット的とリアル的の融合となってありふれているのだけど、意図的に組み合わせるのは結構難しい。

効率的なものだけでは人は惹かれないといってもいい。非効率や感覚だけでもまた面倒くさすぎる。わがままだけど、そのバランスが刺さるところがあったり、またははずすことがあるのが面白い。

選書サービスもこういう感覚のものを入れるか、少なくともアナログや本質の欲重視でいきたいなあと思ったり。

そういえば他でも似たようなことが書かれていたわけで

まずは平野啓一郎氏の本で書かれていたスローな本の読み方。

創造的な誤読という話をしていて、単に著者の意図が理解できないという貧しい誤読でなく、著者の意図をより深めたりする「創造的な誤読」を著者は提唱している。速読と対比しているのだが、先のネット書店でいえば、言語化された文字に書かれたものしか受け取らないのに対して、スローリーディング、創造的誤読は、水面下の非言語化を想像し考える深い読みとなる、と僕は解釈した。

例えば辞書を引いたほうが良いというのは、紙のもののほうがいいのだろうが、それは他の意味はなんだろうかとまさにリアル書店でいう他の棚、本を観る、違う情報に出会うことにある。電子辞書を否定するわけではない(持ち運びは便利だし)、一方で余白や余地は圧倒的にスローリーディングに軍配がある。

僕は速読に興味がないのだが、情報を得るのが主眼であればその時代は既に終わっている。情報はどこにでもあるからだ。

とはいえ、実は図書館司書本では情報についてはネットにはあるがそれも表層に過ぎないという指摘をしている。確かにそうで、深い知見とは一問一答的なものでなく、まさに関連や違うものとの結びつきだと思う。これはクリエイティブジャンプ、創造性とまさに一緒だ。キーワードを入れても広げられないから、想像して広げてからキーワードを入れないとネット情報は常に表層となり続ける。汚染されたワードや結果を見ていても創発は生まれない。意外な発見は意外なものがないか、偶発性を計画したいのだけど、キーワードを入れる工夫で少しは出来てもそれはやはり図書館とかリアルには勝てない感もある。ここでもネットが駄目とは思わなく、システムやデータベースは超便利だから使っておいて、でも創造性、創発、想像などはやはり偶発的な出合いもだし、リアルは強いよねという認識は強化できそう。

入矢玲子著「プロ司書の検索術」P.23より

ダークウェブ的なものは論外として、ここでいう深層ウェブがまさに水面下の情報、インターネットといえる。サーチエンジンは言語化したものに対応できるからそこだけを見てしまうわけだ。これはデジタルネイティブであればあるほど「表層ウェブ」で完結してしまうかもしれない。実際は分からない。

図書館や本という知の巨人があるところでは、それこそ様々な網目、視点がある。想像してみれば分かるが、サーチエンジンにかからない、アクセスが殆どないサイトの方が多いわけだ。それだから存在していないのではない。例えばアクセスがあまりなくても価値あるサイトもありえるし、会員サイトなどはそもそも非公開だと思う。

話はこれくらにして、見える部分だけで判断するのでなく、見えない部分も「ある」ことを認識しないと、やはりどちらかに偏ると言えそう。表層情報がきっかけになることも当然あるので表層が悪ではない。また深層だけ見ていては具体的な分かりやすい形に落とし込めないこともある。どちらも大事であり、結局これは表層が具体なら、深層が抽象という関係性で説明できるのだと思う。

という他の本から引っ張ってこれるのも、併読をしているわけで、結びつけてしまっただけだ。著者の意図を踏まえつつも、横断させると深みになる感覚が伝わると面白いと思う。少なくとも、スローリーディングはビジネス書ではないだろう、またプロ司書の検索術はビジネスマン向けではないと思うので、情報としての点を線、面と融合させていくと面白い知見が生まれたりすると強く感じる。

他に興味深い点をメモ

以下は、気づいたメモです。本書にその言及があるというわけでなく。

書店をDBとして扱う

いわゆるアイデアデータベースというかアイデアプールですね。つまり、著者は本屋に色々出向いて漁っているというところでした。これをやるかどうかはおいておいて、色々な本屋にいくことで解像度は高くなるので面白いかなと。

最近行ってない本屋もあるのでたまにはいってみようかなと。大型書店と地元書店を使い分けるのはもちろん、さらに個性派書店みたいなところもいいですよね。新刊書店は数がないので、やはり古書店なども範疇に入れてもいいかもしれないですね。古書店だと在庫が限られるのと文脈棚は難しそうですけどね。

ビジネス書に役立つビジネスアイデアはない

これは僕が考えたことですが、つまりアイデアを求めたりビジネスアイではどこだーといって探すと、ネット書店的、つまりネットのように「どこかにないか?」「ない」なんですね(笑)そういう性質のものではない。

よって、ビジネス書を見ればあると思い込む人も無きにしもあらずでしょうが、まあないです。もちろんテーマや考え方のヒントとして読むなら「アイデア」になることもあります。ですがこれはそもそも、アイデア自体はないことの証明でもあります。つまり、アイデアは載ってないんですね。ヒントはあるけど、それは抽象的になるし、あなたが考える、求めているものではないはずです。つまり具体的なアイデア、すぐ使えるアイデアなんてないんですね。これビジネス書に限らずなんですけどね。

だからこそ、無駄、つまりあそびですよね、余白や余地を大事にする。ダンゴムシ研究者には失礼ではあるんですが何に役立つかを問われる時やはり役立つことって分からないんですね。その時点ではまたそういう観点では「無駄」となります。なのですが、分からないもの、今判断できないものが「価値がないか」は正直分からない。つまり、分からないことだらけなんですね。その研究によって、実は人間のある知られてない行動が分かるようになる可能性もあります。他の不思議な動きをする虫に対して理解が進むかもしれない。だから「今分からない」から「分からない」はいいけど「無駄」とはいえないんですね。哲学っぽいですけど、即時性で判断すると多くが無駄で、結構詰まってくるという話でもあります。ではその無駄が詰まったものがどうなのかとなるのですが、当然無駄ではないんですよね。

本書では、クリエイティブジャンプと言っているのですが、例えば調味料の販売促進として、ギャルママ向けのレシピサイトというアイデアが書かれています。これはたまたまギャル雑誌を見ていた著者が思いついたわけですが、それは「奇抜」というのでなく、そもそもギャルママは子供のために色々やりたいという考えがより強い、らしいんですね。そういうところを得ていたのでヒントになって、企画となった。こういうのがクリエイティブジャンプです。そのままマーケティングして合理的に考えるとこういうアイデアは浮かんできません。

これだけみると、無駄なことをどんどんやりましょうとなるのですけど、当然ながら、無駄なことだけをやっていても、意味付けは必須です。少なくとも、上の場合、そういう依頼やネタがあって「どういうやり方がいいだろうか」という問いかけがある。それを考えて結びつける力は要ります。ただその時距離があればあるほど飛距離があるのでパワフルとなりますよね。

無駄なことというか使えないことだけをしていればいいという主張ではないです。僕も同感です。同様に、無駄っぽいことをしてもそれはどこかで役立つかもしれないなくらいのニュートラル感がいいかなと。つまり役立つ役立たないとか、使える使えないみたいなラベルが0か1だと苦しい感じですね。これらって常に表裏です。ある情報が使えることもあるし、時にはそれが邪魔をすることもある。

併読もあそびを増やす

併読は読書を何冊も同時に読むことです。文字通り本を2冊並べて読むのでなく、1冊読んでいても、他の本を更に読んでというパラレル読みってことですね。これも本に慣れるというか読書量とか読み方の話なので、慣れないとか、好みもありそうですけど、僕は結構やっているのでより意識してやってもいいかなと思いましたね。

つまり、全然違う本を同時に読んでいるとその連結が起きて思わぬヒントになる、という偶然性を計画しやすい、誘発できるってことです。アイデア出しにこれは必須ですね。

迂回性を大事にする

言っていることは同じです。無駄っぽいことを貯めて、それらで道草、寄り道をするので、色々と楽しい思い出になる。本書も書かれていますが、旅的ですよね。そういう旅感を楽しむ、出張旅行一直線弾丸ではないということですね。

その無駄プールが貯れば貯まるほど豊かになるという感じです。雑学王になれってことではなく(笑)ニュートラルに楽しんでいくということは結局そうなるのかなと。何でも面白がるとかも同義ですかね。

P.76 好奇心を放棄する

これは選書サービスでの気付きです。つまり本のおすすめみたいなものと捉えると、それって選書する側は楽しいですけど、される側はそのおすすめを選ぶことを放棄する、すなわち好奇心を放棄していることになるのかなと思ったところでした。

文脈的には自分で何か選ぶことが楽しいというところなので、確かにそうなのですが、実際に本を選ぶ側は楽しい作業として、それが楽しくない人には価値となるはずです。

ここで選書サービスが、選書自体が苦痛とかなら楽にしてあげるのが価値ですよね。他の刺激が欲しいのは選書でなくても出来たりしますよね。つまり著者なら濃ゆい無駄っぽいネタを集めた雑誌を出す(ケトルはそんなニュアンスのようでしたね、今は休刊の模様)。選書自体を楽しんでもらいたい、つまりおすすめ本を選ぶ体験をして欲しいならば一緒に探すみたいなほうがいいのかなと。

好奇心自体を奪うのはやりたくないなと。もちろん選書サービスは奪いたいのでなく、それによってより好奇心を刺激するのかなとも思います。この捉え方が点的か、線的、面的か、短期的か中長期的かの軸で変わるわけですけど、どちらかといえば無駄、あそび、余白を楽しむところをやりたいので、即効性とか即時性のものは僕の感覚では向いてないのかなというところでした。

ここまでいうと、一緒に何かを探す、本を探すというか、楽しい何かや情報を探すというか、もっと曖昧でいいので、例えばとりあえず話したら思わぬヒントを得たくらいの価値や体験がいいのかなというところですね。期待せず入った店が美味しかったみたいな(笑)まあそういうのってなかなか意図的には出来ないですけどね。

P.115 本屋大賞の企画の話

この本屋大賞の企画自体は、どうやって生まれたか。それは書店員さんと話をしていて本を売りたいという欲があったからと著者は言っています。つまり、そういう欲をしっかり捉えたから成功したというわけですね。それをせずに適当になんとか大賞とやっても駄目なんですね。そりゃそうで、その欲がないから動かないわけですね。

欲望ハンターというか、こういう欲を捉えるほうが、「インサイト」とか分かりづらい言葉よりいいかなと感じましたね。もっといえば、N=1だろうがなんだろうがその事象の意味がなにか。その洞察というか深く掘っていく、見ていくとまあ何か生まれるとは思うんですよね。絶対とは言わないですよ(笑)けれど、そっちの方向でないとまあ筋が悪いだろうなあとかは言える感じがしました。

つまらないことを面白くするのは発明レベル

例えばつまらないことがあるとします。でも、それを面白くできる、楽しめるという人はアイデアを持っているといっていいはずです。

なぜか。簡単で、寄り道をしたり色々と道草すれば面白い、日常の通勤ルートが全く違うものに見える時、それはアイデアで、工夫をしたといえます。気づくことが多ければ結局そのルートは豊かで、旅と一緒といえるんですね。毎日旅しているのは、実際に旅行をしなくても可能です。そういう豊かな日常でアイデアが生まれるということもいえると。

つまらないな、それで終わるのでなく、強制や無理めの話でない前提で、どうすると面白くできるかを考えてみるとぐっとアイデアレベルが上がるはずです。こうすると面白いのではないかと気づいたり試すことが出来るだけで全然違うからです。それが1%程度しか変わらなくてもですね。

面白いと思えるとは、つまりあそびや無駄っぽいものでも同じです。これ使えるのではないか、もしかしてあれが良いのかという思いがけないことが生まれます。これ全く体験していない人のほうがレアだと思うのですが、仕組みとして成立できます。

どうするとアイデア体質になれるか

本書で行っている無駄的なことは、クリエイティブになる条件ともいえます。それをもっと詰めて考えてみました。

パターン1:知っていることを増やすのはNG

NGというと駄目ということなのですが、アイデア体質という問いかけに対して筋があまり良くないくらいです。最も全く知識がない土台や前提がないなら話は別です。知っていることを増やすという戦略をするとき、知っていることが増えるだけで、あそびが増えていません。

あそびがないとどうかは後で説明します。これは筋が悪いのではないかという仮説です。

パターン2:あそびを増やす

あそびを増やすのが下のパターン2です。知っていることはそのままでいいので、知らないことでもいいし、それこそ本屋でたまたま見てしまった「サメの生態」とか。そういうのを雑学といってまとめてしまうと微妙なのですが、サメの生態は雑学じゃないですよね。なぜならサメ学者には本業です。またサメを扱う漁師とかは仕事として必須ですよね。水族館とかだと知識が問われます。つまり、情報自体は役立つかどうか、は筋が悪くて「表裏」があるので、どっちでもない。

あそびという定義をするには、「なんだろうなこれ」くらいでいいし、当然「へーそうなんだ、おもしろいなあ」くらいがベターかなと思うんですね。

それが意外性を生みます。つまり、あそびでの情報やストックがアイデアをもたらすという仮説です。

こちらがあそびの大きさで説明したものです。

つまり、パターン1は知っていることだけを増やす戦略です。相対的にあそびが小さいと思ってください。パターン2があそび大、つまり遊びを増やそうとした結果です。

あそびの定義をあまりしていませんが、無駄、役立つかどうかわからない、ニュートラル、「へー」と思うこと、違和感なんでもいいです。少なくとも「誰かが役立ちます!」「これを読んだらいい!」みたいなものではないです。当然ですが、そういう「へー」も、知っていることになるというツッコミはできるのですが、時系列としては今知っていること、他の知らないこと=あそびという感覚です。他に知らないことのほうが当然多いですよね?(この認識も大事ですけど)

あそびが少ない場合は速さがある

あそびが少ないと駄目ではないです。ただアイデア体質にはなりづらいです。点をつなげるのがアイデアだと書いたのですが、実際にはあそびにも、知っていることにも「点」があります。これらの結びつけがあればアイデアとなりやすいです。

さて、結合度とは、それらの結びつけやすさです。あそびがないと、点がないです。だから物理的に結合しづらい。また結合しても、当然この点は遠い位置でも「論理的」は結合できますが、直観的に点自体の距離感は短いはずです。よって、距離が遠いとは、より遠い距離へつなげることができないという意味合いが理解しやすいですね。

速さは、どちらかといえば、あそびより知っていることでしょう。それは知っているからすぐ出せる。まさにネットの検索であり、表層ウェブ的であるし速読的といっていいでしょう。ここがポイントです。だから遅いネットとか、遅いシステムって価値が出づらいですよね(笑)

最後は往復度です。これは点を行き交うかどうかで、行き交うことはほぼないか1回限りでしょう。

ところで、この距離や速さや往復度ってなんだ?となりそうですが、前に書いた具体と抽象で賢さは説明できるという本がありまして、賢さとは抽象と具体の往復運動だったで詳しく書いてみますが、その考えをアレンジしてみました。多分そこまで無茶ではないかなと。つまり、賢さでなくここではアイデアの出やすさ、結合しやすさということになります。結合しやすくかつ距離が長い(クリエイティブジャンプ!になりやすい)、速くて往復度が多いなら、アイデアになりやすい。アイデア体質を持っている人といえます。

あそびが多いとアイデアが出やすい

次に右側のあそび大の話です。点自体が多いので結合しやすいです。あそびネタとして雑学的なものも含めて、観察をして色々な視点を得ること、気づくこと、一石三鳥精神で物事を観ること、コミュニケーションを楽しむこと、インプットとアウトプットのリレーを楽しむこと、色々ですけど、こういうことで点が増えます。

点だけでは断片的です。それらが結合するには、問いかけやアイデア自体を考えることが大事です。つまり点としてあるだけなら雑学コレクターです。別にコレクターになりたいならそれでいいのですが、ここではアイデアを出せる体質なので、ここで問いかけを入れることで点が移動したり、変化してきます。ある種のざわつきを起こすわけですね。

距離はこれらの点が多いのでそれぞれがつながります。それによって長い旅が出来るんですね。上でも書いたように、司書の検索術的な視点と速読と遅読の話と、今回のネット書店とリアル書店をつなぐことは全く別の事柄のようで実はつながっていた、とは僕の読み方です。これもある種の「あそび」から生まれているといっていいと思います。より、違う視点や切り口になるわけですね。

速さは残念ながら狙って出来ないです(笑)だから遅いので、これは負けます。ただ、これはもう必要悪?というか必要善といったほうがいいでしょうか、そういうものですね。では少なくしてあそびがないなら変化すぐいけるかというと、実際には結合しないのでアイデアが生まれづらいので、いつも同じことを言っている、となってしまうんです。そういう速さはここでは評価できないので、速くないけどそれは評価しなくていいかもしれません。一応三角としてみました。

最後は往復度です。いくつもの点が、動いて結合する?しない?というところなので、何度も往復します。むしろここが真骨頂といってもいい。使えるというのはある情報がどういう場面で役立つかくらいの一時的な問いかけ、ということですけど、そういうのを何度もやるわけですね。それこそいつも使えるわけではないけどたまたまヒットしたとか、気になって調べたらなんかうまいアイデアになったぞというそういう創発が生まれることで説明できそうです。

ジェームス・W・ヤング的にいえばアイデアの作り方としては、このあそびではないけれどあそびを含めて点として情報を増やすと調べていくと。アイデアハンターとしていえば、アイデアハントの旅にでてアイデアを狩りにいくと。その狩場であったり、得ているものが全く同じならアイデアは生まれないはずです。同じ本屋でも違う情報が、つまり出入りしているので生まれるんですね。ネットでキーワード検索を同じにしていると同じ視点の同じものしかないので、そこでだけの創発はきついはずです。少なくともキーワードを変えるか、他の情報を掛け算するしかないというわけです。

あそびって何か

なんとなく遊びを増やしたほうがいいなあというところで、仕事せずに「遊ぶ」(笑)というのもありです。ありなんですけど、現実的にいえば、バランスがあるので、遊びだけやりたいなら、例えばスキーだけをしたいなら、それを仕事化する必要があります。つまり、プロスキーとして魅せるでもいいし、インストラクターで教えるとかです。仕事化する時に、この「遊び」が仕事になると、本質が変わること「も」あります。人によって違うようです。

実際に仕事があって遊びとしてスキーが好きだったら、その関係性において成り立った好きだったのでしょう。好きなことを仕事にしなくてはいけない法律やルールがあるわけではないのでそれは人の信条です。そこは一旦おいておいくと、あそびとは何で、と正解を知りたくなるんですよね。

もちろん何があそびとかはないです(笑)考えてくださいというわけですが、僕としては、何度か書いたように「今役立つ」「欲しかったもの」が明示的に分かるとか、そうだという以外全てです。つまり、誰がこの商品買うんだろう?→あ、あの人買った→なるほど・・・というような気付きや観察は多分「あそび」です。

一方でそういうあそびで得たものを仕事的に活かすと、企画やクリエイティブジャンプであるとか、様々な企画に生かせることになります。

あそびを増やすってそれっぽい話をしていますが、「あそび」がなにかわからないと結構難しいんですね。趣味でもなんでもぶっちゃけよくて、あなたが好きなことでもいいし、今までやったことがことでもいいし、なにかやってみると、「こんな世界があるのだ」とか「そんな人がいるのだ」ということってありませんか?毎回深い気付きでなくてもいいわけで、「くだらないな」ということでもありなんですね。真面目であるということでなく、不真面目というか常識的でないとか、ずれてみるとか、人と違うことをやるのも「あそび」といっていいでしょう。

そういうずれ、僕は余白や余地という言葉の方が好きですが、スペースとなって、アイデアの土台というか、余裕となります。そういうスペース、つまりバッファですよね、余裕領域こそがあそびです。会話を楽しむとか、ちょっと人を楽しませるとかもやはり余裕がないとできません。余裕がなくても笑いを入れることで余裕を生み出すこともできるかもしれませんね。

もっと理屈でいえば、あなたが直接役立つとは思えないこと、をやってみたり、その領域を閉じないことがあそびです。別に酒を飲み歌って何か消費をしろということでもなく、ここはあなたなりに考えてもらうところですね。

少なくとも僕はこの仮説を元にして色々と「あそぶ」ことでさらにアイデアを出してみたいと考えています(笑)

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