みんな大好き抽象と具体の話

今回はみんな大好きシリーズ(笑)として、具体と抽象の話を書いてみます。

今回の注目点

結構ブログに書いていますが、今回は、とくに、具体って実は「感覚」「情緒」的である、思うに似ているのではないかということです。

当然「具体的に考える」ということは、「具体的に思う」わけではないという反論は期待されつつも、実は「具体的」に思うことのほうが、具体的に考えるに近いことではないかなというところです。

一方で抽象的に考えるは、なんかすごそうですが、実際には抽象概念だけでは理解は無理で、その概念理解に必ず具体化がないと身体化できません(腹落ちしないし、浮ついた理解になるということ)。

よって、別に具体が駄目とか、抽象が良いとかって話でなく、両方大事なんだけど、でもそれぞれの境目または相対性をちゃんと理解するか、またはこれらを理解するための思考って感じです。

具体は見える、抽象は見えない

前提として、まず具体的なものは可視化できます。抽象は基本見えません。

例えば「炭酸水」は具体的ですが、炭酸水を知らない人にとっては「何それ」であって、分からないものです。炭酸水を抽象化すれば、水、または液体、水分みたいな概念になりそうです。「水分」という概念は、具体的な「炭酸水」も含みますが、「コーヒー」「お茶」も水分ですから、一つに決める事はできません。

このまとめたような概念自体を抽象といっていいと僕は考えていますが、「水分欲しい」という会話は成立しますし、「お茶でも、ジュースでも」水分なら許容されるはずです。本当に水分を欲しているのであれば。

なぜこんな事を言っているかというと、なぜか具体に寄りがちだからです。炭酸水だけの話をすると、炭酸水だけに頭がなって(笑)そこから色々と視点を他に転じられないんですね。もっといえば、思考がロックされたといってもいい。

アイデア発想においてという文脈を一応断っておきますが、具体的なアウトプットは超大事です。しかし、そもそも具体的に考えるだけでは、やはり心もとない。視点はかなり抽象度が高い概念であって、「他の視点を持て」は、抽象的なんですね。

しかし、これは間違っていなくて、抽象的だから「アドバイスは抽象的」でなくて、受ける側がそれを具体的に落とし込むのはその受ける側の作業な気がしています。全てを任せてしまうところがやや問題という感じでしょうか。

それは極端なケースと思ってなくて、思考停止とは、具体的なものを考えられないというよりも、具体的なものしか見てないという感じです。実際には抽象として概念化したり、視点をずらすには、抽象が避けられない、必須となるはずですが、具体的なものだけを見る習慣があると、やはり正解を探してしまうんじゃないか、という仮説を一旦提示してみます。

抽象の圧倒的不利(笑)

あなたが具体的、というイメージまたは抽象的というイメージはどういうものでしょうか?別に具体、抽象という「的」がなくても構いません。

僕は上のようになるんじゃないかと考えてみました。

具体とは、有益、短期、感覚、価値、分かりやすい、身体としました。

抽象は、無駄、長期、考える、意味、分かりづらい、精神、メンタルとしました。

これが絶対でも必ずこうではなくて、一旦こうしてみます。

細かい話は以下で分割してみます。実際に境界線はなく、相対性もあるので、人によっては全然違うかもしれませんが、恐れずに行ってみましょう(笑)

有益と無駄

まず、有益というのは役に立つくらいの意味です。抽象は無駄というのは役に立たないというわけです。乗っけからひどいですが、そういうイメージがありそうです。僕はそう思ってないのですが、思われていそうというところです。

具体的なものは役に立ちやすいです。例えばトイレが壊れた場合、治して欲しいわけで、「トイレの機構がどうこう」の説明は嬉しいけど、治らないなら要らないわけですよね。JAFを呼んで車を治してもらうためであって、車の構造の説明を聞きたいわけでもないですよね(笑)またはトラブルの状態を整理するとかでもないですよね。そういうことが一部あるかもしれませんが。

というわけで、具体的事象に対して抽象的なものって、役立たないというわけです。

勘違いしてほしくないのは、だから抽象思考、抽象が要らないって世界でもないし、僕はそう考えていません。

他の項目を見ると分かるのですが、例えば短期では役立つが、という条件付きです。

短期と長期

具体的なものは役立つと言いましたが、先に書いたように短期的にはです。例えばJAFの話でいえば、車は治ったが、予防はできるかですよね?JAFの人がそういうテクニックを持っているとか、そうアドバイスをしてくれるかは分かりませんが、バッテリーは上がらないようにしてくださいなんて、言うかもしれませんが、それくらいかもしれません。

予防とか今後将来的なものは、もっと根本を見る必要があります。原因を無視して、今だけ治ればいいはやはり短期的です。

感覚と考える

今回の一応メイントピックです。

具体的に考えるという言葉は当然成り立ち、具体的に思うってあまり言いづらいですよね。だから思うとは違うと言いたいのですが、一方で具体的なものって、情緒や感じたことがかなり出てくると思います。

例えば、企画でいえば、ゴミ拾いをしたことがない人が、「ゴミ拾い企画」を考えると、とても上っ面の企画になります。例えば、ゴミを拾うことに対する羞恥心とか、ゴミの臭い、夏場はきついとか、回収したゴミをどうするか、それらが抽象的になり上っ面だけになります。それが悪いわけでなく、具体的な、感覚的な、体験としての立体感がないんですよね。そりゃ当然でやったことがないならそうなりますよね。

だから、具体性とは、実は感覚がかなり大事ではないかってことです。観察観察と言っているのは、かなり具体的作業です。一方でそこから得る知見や切り口は抽象的な方が望ましい。なんとなく伝われば嬉しいです。

次に抽象です。抽象は考えるにひも付きやすいかなと思います。切り口という話が出てきましたが、ではゴミ拾い企画を考えるとは、上っ面の企画を出すだけと思われがちです(笑)ですが、考えるとは、実際には具体的に感覚を示しつつそれがどのようになっていくかも含むかなと。ここではやや抽象が上位な印象ですが、いつやるか、どのように拾うか、何をゴールとするかが「みんな楽しく、夏頃、わいわい手で拾う」くらいの粒度よりも、もっと細かく書いたほうが当然具体的ですよね。そしてより伝わります。

ここでいう抽象的とは、おそらく企画の全体やヌケモレがないとか、あとはそもそも俯瞰して謎の企画になってないかということになりそうです。

価値と意味

まず価値とは、評価と言っていいと思います。他者評価です。自分でなく、誰かが決めたものという理解で良いです。それが具体です。

抽象は意味です。意味とは、自分が見出すことで出すものです。

感覚として、具体のほうが意味っぽいですが、ここでは価値を具体としました。

なぜなら、具体は短期的であり感覚的であり、すぐ求められるというイメージです。JAFの例では、すぐ車を治してくれる価値があるのであって、それ以外は一旦求めてないはずです。あるかもしれないですが、主要因って感じです。

JAFの例に意味を求めるとは何かですが、例えば安心したというのは、仮に「安心を買うのがJAFです」といっても分からないわけで、当事者が「文字通り体験したり、その場に立ち会って分かる」わけです。価値といいたいですが、これは主観的意味づけという意味で、価値とは異なるのではないかというところです。

もっといえば、価値は誰かが言ったもので、意味は自分が決めたものというところでしょうか。

他に例を挙げてみます。年収1000万円が欲しいは価値です。価値観ですよね。でも、これは実際には年収で何を得てどう生きたいかは別ですよね。意味とは、人生の意味とか、働く意味、仕事の意味、生活する意味、趣味をして見出す楽しさの意味とか、そういうことになります。

お金を得て何をするかの意味付けが弱ければ、年収1000万円を目指した人はそれ以外考えてないならそこで色々と壊れるかもしれません。その価値は、文字通り他人の意味付けだったと知るからです。

それを否定してないのですが、価値は社会に影響を受けるのでそういうのもいいけど、意味付けが弱いとかなり脆いというところです。

意味は考えることによって出ますし、あと正解はないからこそ、思考になります。そういう意味でこれも追加したほうが良さそうですね。

分かりやすいと分かりづらい

なぜかといえば、具体的なものは状況が限定されているからです。当然知識がないと具体的な医療現場のオペレーションを言われても分からないです(笑)僕も分からないです。

しかし、分かりやすく具体例をあげれば分かるかもしれないという余地がある。

抽象は提示したところで、その言葉の具体的なものが分からないと、または抽象レベルで考えたことがないとわからないでしょう。

例えば、原因があって結果がある。これは何でも言えそうですが、暑いから水を飲むのか、水を飲んだから暑いのか。意外にわからないものです。おそらく、前者ですが、後者のように感覚センサーがあまり働かないなら、水を飲んでいって渇かないようにするのはありですよね。

それはともかく、概念を提示される抽象は分かりづらく、具体的なものが示される具体は分かりやすいです。

だからこそ、具体的に話す人が分かりやすいと言われそうですが、具体的なものを「で、それで何が言いたいの?」となりがちなので、結局まとめ的な抽象は必須なんですよね。両方いるという感じです。

分かりやすいものが支持されるのは分かるのですが、分かりやすいものだけが世界ではないよね、というところが好きですね。

身体とメンタル

身体もややメンタル的なものがあるのでやや乱暴かもしれません。

ですが、具体的とは身体、手振り身振りというジェスチャーから、痛いとかかゆいとか分かりやすいです。実際に痒い原因が何かはまた別でしょうが。

抽象的な見えない意味で、メンタルはまあ分からないですよね。不調だから仕事が出来てないのか、それとも。キライだからやりたくないのかなとか、心は想像が求められますし、それが異なることもよくあります。

これはあまり言い過ぎると異なる感もあるのでこのあたりで。

正解と答えはない

具体は正解がありそうな気がします。正解がない具体とは何かというと、やっていってもわからないみたいなことでしょうか(笑)

抽象的なものは、答えがないというか、答えが変わるという感じです。

絶対と相対

具体的なものは、絶対感が強いです。具体例の話で、JAFで車を治してもらった話は絶対的です。当然他にも同じようにレッカーされたり治れたりすることはあれど、そこしか見づらいですよね。

相対的な抽象は、その事例を相対化します。1日に結構な数がレッカーされるからその一部でしかないというと、別に絶対的な経験だけど、レアかどうかはもっと引いてみないとわからないわけです。

当然レッカーされた経験を持つ人は自分の経験は絶対と思うしそこに嘘はないです。ただ、引いてみたらというところですよね。

思う反応が具体的になりがち

色々挙げてみましたが、人によってズレはあると思います。あくまで僕の見え方です。

さて、今回は、具体的にが「思う」のではないか。感覚に近いのではないかという話です。

思うとは、情緒とか一時的で、あまりコントロールがしづらいものといっていいと思います。逆に考えるは、逆で、冷静で客観的、長期でコントロール出来るものです。

ということで、考えるといっているが、実は悩んでいる=思っているパターンも多いのが事実だと思います。

具体的に考えるところで、実は具体性はより自分の経験や絶対的なことですからね、あとは感覚を思い浮かべたりしますから、どうしても、短期的、一時的なものになるんですよね。

じゃあ具体的に考えるってどういうことか?となるのですが、

情緒的に感じてもいいが冷静さや客観を入れること、または短期に走らず長期に寄せること、引いてみること。あとはそれを相対的に見てコントロールすること、となります。

つまり、思う→考えるの遷移のようにして、具体的なことでやってみるってことですよね。

ここでおそらく、具体的にといった瞬間に思ってしまって、冷静さ、客観、コントロール、長期の要素が吹き飛ぶんじゃないかなと。慣れてない人ですよね。

それって性格でもなんでもなく、鍛えれば出来るので、これはもうトレーニングしかないかなと。反射でやっていると、実は客観ってトレーニングできないので、一旦ヨイショと書いたり持ち帰ってそこで吟味する。みたいな感覚が必須かなと思います。

何か具体的なことを言っているけど、違和感があるなという時、僕は感情的とか、短期的とか、あまりコントロール出来てない、要は冷静でないんですよね。

もちろんこれは、熱とか想いとかって、具体的ですしそのまま情緒的です。これそのままで短期的になり得ることもありますよね(笑)だからこそ、熱を持続化するとか、冷静に見て話せるとかはものすごく強みになります。

そうです。具体と抽象を両方実現していて、それぞれの良さを出しているからなんです。どっちかに寄り過ぎるとふわっとするのは想像出来ると思います。

抽象的すぎると、現実感がない。具体的だと今に引っ張られるみたいな感じですよね。

アイデア発想はどう関係するか

最後に、アイデア発想の話です。

具体的な観察は必須ですが、それらは具体的なまま実は使えないです。そこから冷静に他で転用できないかを考えます。これが視点移動といったり、バイアスを外すと言っていますが、まとめてしまえば、これは「抽象化」しているといっていいと思います。

JAFの例でいえば、車のトラブルに合った→助かったみたいなことを体験した人がそれで「あーよかった」は全然ありえますよね。ただ、ここで企画とかアイデアを考える人なら、「トラブルが解決された」ということで蓄積されます。またはそこで不満や気づいたことを振り返って、「もしかしてこういう不満を抱えているのではないか」と考えることができます。

例えば、レッカー車が来るまでの時間が曖昧で分からなかった。それが分かれば安心するのに。実際は教えてくれると思いますが、例えばの話です。そうなると、「時間を教えてくれる」サービスが考えられます。それ以外でも、その不安な気持ちをどう抑えるかというリラックス音楽でもいいし、他事で気を紛らわすという特化したサービスも出来ますよね。

これが観察として、具体的なものを感じた人が抽象化するというイメージです。少なくとも僕はこの感覚は特殊でなく、多くの人は学べると考えています。

逆に抽象化しておけばポータブル、つまり持ち運び可能です。上のJAFの例でいえば、不安なときに何かあったほうがいいよなとテーマや課題を持っておくと、他の事象にあったときに、スパークします。つまり、今までの知見が融合され一気にアイデアや解決策が出るという状態です。

例えば、夏場で暑いから日差しを避けるために帽子をかぶっている。しかし帽子は髪型が崩れるのでつけたくない。こういうのも先の不満と一緒ですよね。不満を解決する帽子を作るのもありですが、日傘を提示してもいいわけですし、そういう状況に応じてタクシーを提案してもいい。これはいわゆるジョブ=本来顧客が感じる課題は何かということに気づけばいくらでもアイデアは出てくるはずです。逆にそこに目がいってないと、表層的なものにとどります。この表層的というのが具体的といってるわけです。アイデア自体は具体的であったほうがいいですが、実はいきなり具体的は無理で、具体事例の経験→抽象化で連結や想像や連想やアナロジー→具体的なアイデアという、具体→抽象→具体ということを頭ではやっているのではないかと、僕は考えています。

そうすると、今度は日傘の例から、JAFの例が統合、連想されて、それらのアイデアが深まります。そういうちょっとした経験というと曖昧ですが、個別の具体的な例を丁寧に考えていくといいわけです。これは思うのでなく考えましょうということですね。

具体的に考えるとは

最後にここまで考えると、具体的に考えるがもっと明確になったかなと思います。

つまり、具体的に考えるとは、

  • 具体的な事例や情緒、感覚が思い起こされる。または体験そのものがある
  • 今までの、他の、何かしら経験や感情が思い出される。統合や連想。
  • 最後に、具体的なアイデアや対応策として、思いついたり、アイデアが出てくる

例えば、車が故障したらどうするか。そういえばJAFってあったな。呼んでみるみたいな事例です。

ここで、JAFでなくても誰か他のドライバーに応援を頼むでもいいわけですし、保険会社に連絡するでもいいわけです。契約したディーラーでもいいわけですし、そのあたりは今までの知識や経験次第ですよね。

最終的には、その中で連想したアイデアや考えたことから選んで試すということになります。

よって、具体→抽象→具体というわけです。

ここで、真ん中の抽象は、「何か具体的なことを思い浮かべている」から具体と言えそうですが、僕はそういうこともあるが、やや抽象寄りだと感じています。具体的ではないとは思わないのですが。

なぜなら、この瞬間、つまり「車が故障した」後にどうするかは、一瞬で判断するわけですが、そこでおそらく「あーどうしよう」ということを言っている人は次の行動はできないわけです。情緒や感覚は具体といってるのはそういうことです。

実際には「冷静に車が故障したのか、確認できないか」みたいなこととか、「前、同じことがあった気がするから、そこをまず調べてみるか」とか、そういうことになるんですよね。これはちょっと冷静ではないですか?さらに客観的に考えているといっていいわけです。具体的に考えているといってもいいですが、考える要素が入っていればここでは十分です。

そういう意味では、

思う→考える→思うという感じでもいいかもしれませんね。

とくにどちらかにしたいとかはないので、こういう考え方をしているぞという話で一旦終わりたいと思います。

おわりに

今までも具体と抽象は行き交うということを何度も書いてきました。

今回は、思うとか感情的なことは具体に近いから、そこから具体に引っ張られやすい。故に抽象的、または考える作業が苦手な人が多いかもしれないのはそういうことではないかなと。

アイデア発想においては、テーマが出されるとそれに対する反射的にそこですぐ役立つものを言わなければ、というのがまさに具体思考です。そんなものは最初はないので、具体といっても自分の話をしたり、ずらす必要があります。またはそこでずらしてもらう必要があると。

つまり発散段階とは、反射的であればあるほど、抽象化されたものや自分の話をするか、他のことを冷静に考えていく必要があるって感じです。抽象化しすぎて、「それ考えても意味がない」(笑)なんてことをいってもありかもしれませんが、それは雰囲気次第ですよね。

実際はすぐ答えはでない抽象が求められていて、一旦ずらして発散しつつ、最後にまとめればいい。そこでは具体と抽象もいい感じに統合されているんじゃないか。と考えています。

ちょっと分かりづらいかもしれませんが、僕の中ではしっくり来た考えなのでアウトプットしてみました。

多分ですが、具体的であれば良いと考えて絶対的にそう思っている方は受け入れがたい考え方のはずです(笑)僕は具体は大事だけど、抽象も同程度に大事と考えています。具体だけで回るわけではないというところですよね。とくに発想においては、両者がないと詰まると思っているので、ここは譲れないところです(笑)

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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