ブレストは連想と伝えるを繰り返す高負荷ゲーム

ブレスト自体はわりと創造性がどうなん?みたいな批判的なものがありますが、多分これって研究での課題や実験シーンもそれ評価できるのかなー?くらいで保留感が僕の中にはあります。

ちなみに僕はブレストが好きって感じではなく、本来アイデア出しはもっと自然にあるし、それを取りきれてない、捕まえられてないので、「ブレスト」と意識したら駄目だなって感じを持っています。

という人がブレストについて少し考えてみたというか、ブレストってめっちゃ高負荷だから、こりゃ出来ないなという話です。

結論

結論としては、

  • ブレストは高負荷がかかるので、ちゃんとやるとめちゃくちゃ疲れる
  • ブレスト自体を高負荷をかけてやるべきかは、状況次第で何もいえない(好きならやればいいし、微妙ならやらないというか)
  • アイデア出しの理解のされなさと感じるのは、多分この脳内処理が言語化しづらいせいだと思う

みたいな話です。

ブレストは高負荷ゲー

簡単に手書きスライドです。ちなみになんでわざわざ手書きにしているかというと、パワポスライドを否定しませんが、そっちより「思考感」が出るからです。これは見た人はどっちかでなく、僕の完全趣味です。手書きで書いたほうが色々見えますよ、本当に。全部そうでなくてもいいですけど。実際ブログはめちゃくちゃ打ち込んでますからね(笑)

このスライドで言いたいのは、ブレストって、脳の嵐みたいなすごい名前ですけど、実際のブレストが何かは一旦おいておいて僕も知らないので、ブレストって実は?めちゃくちゃ負荷かかるんだよなって話です。

連想モードは余地や余裕をどこまで楽しめるか

まず連想モードです。これは、後でやってみますが、めちゃくちゃ余裕や余地が試されます。余裕とは、経済的に余裕みたいなことでなくて(笑)あなたの関心事とか、その人の視点とかですよね。それが試されます。試したい!とかでなく、それが求められるイメージです。

よって、連想は文字通り出てきたお題、その場の発言、なんでも素材にしていいんですね。その上でそれらをどう取り込んで広げられるか。それだけです。

連想も発散も余地も実際にはことなりますがここでは同様のイメージです。ここで、アイデアが生まれます。ブレストに期待される一般的イメージはここですよね?とにかく広げる。なんでもいいから出す。

文字通りこれは「広げる」「拡げる」フェーズです。

コミュニケーションモードで、伝える見せる

残念ながら、連想モードは全て自分の頭の中の「脳内の嵐」です。「うわーすげーいいアイデア思いついた!」といって、「はい、XXXXXです」という伝わらない言葉を言ってもだめですよね(笑)という意味で、言語化したり、ビジュアルなり伝えるツールはなんでもいいのですが、伝える、見せることが必要です。

これって、気づくと思うんですが、実は連想モードは自然、未開拓、荒れ地、自由(笑)みたいな本当何でもありなんですが、このコミュニケーションモードでは、めちゃくちゃ社会的じゃないですか。

つまり、一人ブレストではないならば、二人以上いるなら、ここが求められる。伝える必要があるんですよね。

だから、狭めると書きました。

アイデアの収束というのも、狭めることになるんですが、混乱するので、一旦ここでは、取り扱いません。ここでいう狭めるとは、コミュニケーションとして、思いついたアイデアを伝えることを示します。

人は広げながら狭められない

マルチタスクだとか、能力とか才能とか、知らないですがあるんだと思います。ただ、僕は「これめちゃくちゃいいアイデア!」だから「伝えた」瞬間は、かなり早くても、やはり同時には出来ないです。良いアイデア!→伝える→良いアイデア!→良いアイデア→伝えた!→あ、これも伝える、みたいなやはり瞬時であろうが、このプロセスは一緒ではないんですね。

守りながら攻めるみたいなことなので、慣れればある程度はと思いつつもやっぱこれはちょっときついと思ったりします。

ですが、連想したぞと思ったものは伝えないとブレストではないので、ひとりブレストでもメモはしますよね?だから、言語化なにかしらコミュニケーションする(誰かか自分にですよね)ことが求められます。

面倒でも、アイデア!→メモor伝える→そっからアイデア!→伝える→を延々と繰り返します。

想像するだけでめちゃくちゃ疲れそうです。これが、先の高負荷の理由です。これ連想の方が疲れそうですが、僕の肌感では、連想したから疲れたでなく、それは多分報酬系では「メリット」だからそこまで疲れない。多分それを言語化する、誰かに伝えるところで社会に戻る、現実化するので、そこで疲れるのだと思います。燃料がいるイメージです。

連想燃料は実は自分の好奇心や面白がる心とか、あとは知識や経験などストックと多少考えるでいいでしょう。そういう意味で連想燃料はわりと少なくていい。むしろ走れば楽しい、景色が変わるから、飽きないかもしれない。それは腹が減っても燃料が減ってもいるのですが、感じづらいからってのもありますよね。

でも、伝える燃料ですね、コミュニケーション燃料の方が実は消費すると。ここで「うーんとこれどう伝えるか」みたいなことで、止まると。またはそこで高負荷になって疲れると。

これを行き来すると考えるとめちゃくちゃ疲れます。

付箋で貼る行為は両方の意味がある

例えば付箋でアイデアを書いて貼るとしますよね。他のやり方でもいいわけです。オンライン付箋でもなんでもいい。そこは適したもので考えてみてください。

その場合、「あひる」と書いて、あひるの良いアイデアが伝われば良いとか願ったり、あるイメージしたものの断片であったりするわけです。

これは、連想したアイデアである「あひる」と同時に、言語として伝えたい、コミュニケーションしたいアイデア「あひる」を伝えていることになります。

もう一度言います。

付箋でなにか書いたものはあ、アウトプットしたアイデアだけでなく、それを伝えることも入っています。連想とコミュニケーションが両方入っているんですね。

ここで僕の感覚として、アイデアスケッチなどがアイデアソンなどでよく見られたときに違和感がありました。今でも消えてないのですが(笑)それはなにかというと、アイデア自体が面白くなくても伝えるビジュアルが面白いものが選ばれやすい(笑)ということです。アイデアを否定しているわけでもないのですが、僕の感覚ではです。

これって、絵が上手ければいいんじゃないの?ってなるんですけど、基本的に「はい」となります。投票は人気投票でしかなくて、「アイデア」の評価とは異なるので、厳密に「人気投票」といったほうが僕は嬉しいです。アイデアの評価ではないってだけです。

つまり、アイデアスケッチのアイデアとそのスケッチされた表現は分けたほうがいいってのが僕の感覚なんです。もちろん、うまく表現したコミュニケーション側を否定するわけではないんです。ただ、アイデアが面白いのに、「伝えられない」からそこで詰まったり、どもったり、なんかそこでくすぶるのってやっぱ勿体ないと。

これは、ビジネスでいえば、マーケティングが良ければなんでもいいんでしょ?みたいな極端な話でもいいですし、デザインが良ければ(見栄えの意味で装飾程度の薄い意味合いですね)売れるでしょみたいなのです。実はこれ前近代的なものと思いたいのですが未だにそう考える人は多いはずで、この考えがあるかどうかで色々分かりそうです。

それはさておき、付箋なら書いたアイデアとその表現、アイデアスケッチならそのアイデアとスケッチされた絵みたいなもの、これらは別であると。でもですね、アイデア自体を知らない人は、その創発者、起案者のアイデアは分からないので、コミュニケーションされる絵、言語を見て考えていくしかないんですよね。

本当それだけなんですが、それをブレストは両方やっているので疲れるのだなと。

言葉「あひる」とイラスト付き「あひる」で遊んで見る

ちょっとここで遊んでみましょう。軽い気持ちでどうぞ(笑)別に堅苦しい話をしたいのではないんですよ。あとこれ別に正解がある話でもないので。

そのまま「あひる」と書いてみました。これが例えば実際に出てきたらどう思いますか?

「先輩聞いてください、良いアイデア出ました」「あひる」「んん?」

ってなりますか?それとも、

「あーそれいいね!」なのか。

当たり前かもしれませんが、テーマも分からないですし、ここで「あひる」が良いアイデアかは全く不明です。僕もたまたま出てきた言葉を出しただけですから(笑)

ここで大事なのは、「言葉」自体は、記号に過ぎません。哲学の話ではなくて(笑)「あひる」って伝わるのは、あひるという記号と、「こういうのがあひるですよ」という概念、とくにイメージですよね、それが想像できなければ伝わらないんですね。

言葉って便利ですよね。でもですね、「あひる」だけではアヒルを知らない人は伝わらないと。鳥なら伝わるかもしれない。そのあたりは伝えたいイメージとコミュニケーションのズレが生まれます。

このズレを余地とか余白と言っています。誤配みたいな言葉でも良いと思います。このズレがあればコミュニケーションは大変です。ただ、ズレがあるからアイデアが生まれるともいえます。

色々条件がありますが、あひるから色々と連想出来ることは前提で、あひるからあひるじゃないものを想像してもいいわけです。ただそれは相手が伝えるあひる的なアイデアを受け取ってないのも確かで、ここにおいて、広がったアイデアを得るのか、狭まったアイデアを得るのかで変わってきそうです。

あとこれは情報量が少ないと思いがちです。盤面の情報量は「あひる」だけですから。でも、あひる専門家なら、あひるについてここからめちゃくちゃ色々な知識や体験を披露できるはずです。あひる好きならもっと色々言えますよね?「あひる」は奥が深いとか(笑)でも知らない人は「鳥だっけ」くらいしか分からない。

だからこそ、受け手はこの時点ではめちゃくちゃインプットが求められる気がします。ただ発案者のコミュニケーションがここでは入ってないので、そこはもっとしてもらう必要があると。とはいえ、このズレをどう楽しむか、情報力が少なくても補完は全然出来るということもいえると。

次に、あひる+イラスト付きです。イラストが上手いとはいえませんが、僕のお手製です(笑)

こうやって、なんか鳥っぽいものがいることで、「これは鳥?」かとか、後ろにいるのは子どもか?とか、あひるは水面にいるのか?とか、色々情報が増えます。漫画ってこういうイメージですよね。

ただこれが宇宙空間か、田んぼの池なのか、動物園なのか、貴重な天然記念物なのか(笑)大きさも何も分かりません。

こちらのほうが頭に入って来やすい人もそうでないひともいると思います。ここが面白いですが、余地や余白とは、情報量に相関するとはいえないし、このイメージ付きでくるとこのイメージを否定しづらいのもあるからです。

例えば、「あひる」って熊がいてね、というエピソードはこっから出しづらいですよね。ただ、これは熊を飼ったという謎エピソードがある人には「思い出しづらい」わけです。でも「あひる」という文字ならそっちも出来るわけです。

情報量があればいいわけでもなくてもいいわけでもない(笑)

何も言ってないのですが、情報量が少ないならいいとか、多いなら良いわけでもない。

また、デザインとして、情報整理や伝えたいコミュニケーションとなると、より複雑化します。だから何も言えないのですが、わりと高度なことをやっているよねーというところの再確認というところです。

楽しく遊びとして面白がれるなら良い

もっと感覚的にはこれらのやりとり、ブレストがですね、面白いとか楽しいとかなら多分、両者がうまく出来ています。連想しつつ、それを伝えると。まあ恥ずかしくて言えないなんてザラにありますらね。そこも含めて楽しむと。

余地や余白がありすぎても、今度は限定されないので脳が動かないのもありますから、正解がないんですよね(笑)コミュニケーションも狭く伝えると、法律文章みたいになってまあつまらないと。とはいえ、誤解だけでもストレスですよね。

色々言っていますが、結果的に楽しさとか、面白さがそこにないならやっぱ良いアイデアとかもですし、良いコミュニケーションにもならないと。だから雑談を入れて余地や余白を作ったり精神的ゆとりや心理的安全をつくるんじゃないかなと思います。それは大事ですよね。

実践では、どちらかを無意識化すると良い

あくまで僕の感覚です。

連想時は余白や余地が必要です。誤読、誤配ですね。だからこの時、ストックや体験など色々ある方が良くて、「それそういう観点なの!?」って方が刺激になります。この時、無意識化するというのは、普段からそういうネタを集めることってくらいの意味です。意識して集めているでは遅くて普段から既に集めていて、たまたまここの場で出したよくらいがベターです。伝わりますかね?

次に、コミュニケーション時です。伝えるのも、得意なものでいいので、絵、イラスト、文字なんでもいいので、そこを磨くと。ここでの無意識とは、「あひる」のイメージを文字で想起するのか、「イラストあひる」を描き出すかってことです。一般的にイラストの方が情報量は多いですよね。そういうのを慣らしておいて、ぱっと書ける、ぱっと描けることで、無意識ツールとします。そうしないと、「あひる」と出てきてもあひるとかけないんです。捕まえられないくらい、あひるは猛スピードで走っていきますよ(笑)

連想時でも、コミュニケーション時両方あれば最強ですが、無意識とは、慣れとか訓練ですから、それを割ける、時間を割いて出来ることの方がいいと思います。本当好みですね。

そうすると、無意識化でできるので疲れが減ります。自動モードが楽なのは確かで、それを使うイメージです。

僕は連想はほぼ自動化されると思っています。脳内もそういう処理で勝手にされると。ただこれも刺激によってなので刺激が必須です。コミュニケーションは、僕が言語好きなので言語で出てくるので文字が速いです。なのですが、別に文字にこだわりたいとかはなくて、イラストが同時に出て来ればそれを描けばいいと。これって手癖でしかないので、ちょっとやれる範囲でやっていきたいなって感じです。これは僕の課題というところです。別にイラストがないと駄目とかでなく、あると余計狭まることもあるので、絶対これがいいとかではないですよ。ただあったほうが楽しい、エモさは伝わりやすいというか(笑)

思考、アイデアなどのイメージ生成は分かりづらい

これらはもっと図解して言えるかもですが、結局わりと良くわからないこともあります。つまり、アイデアって確かに生まれるけどその仕組みまであまり説明できない。

僕で把握しているのは、そういう連想を使って出せるけど、面白いけど、それって何だ?と。でもインプットが組み合わせて面白いものとか、思い出して出てくるもので、一回でなく何度もやり続けるプロセス、というのがアイデア出しの実際です。

だからこそ、これ分かりづらいですよね?身体的というか、なんともアート的ですよね。なので、そこに関心がない社会、またはそこを大事にしないという社会であれば、やっぱこれらは資本主義的には「金にならない」(笑)からあまり歓迎されない。というか、端的に分からないから支持されない。何が起きてるの?で謎扱いされると。

そんな世界観かなと思います。それだけではないですし、もっと色々言えることもありますが、世界観として、アイデアはコミュニケーションして、何か伝える必要があります。ないと、「念じて伝われ!」となるので、コミュニケーション技法がやはり求められます。

アーティストなんてそういうものですよね。どういう手段で伝えるかってことになる。発想や原点が色々あっていいので、どう伝えるかって感じになると。

分かりづらいから価値がないのはかなり乱暴です。分からないのは、ただ分からないのであって、価値がないと決められるかですよね。その人が価値がないと思うのはいいのだけど、もうちょっと引いてみるとそうでないことも普通だからです。

ここのあたりは、アイデア出しの醍醐味を伝えることで、面白さを伝えれればいいと思いますが、なかなかそこまでいけてないですね。これも僕の課題になりそうです(笑)

おわりに

ブレスト自体は上の通りで、連想とコミュニケーションをちゃんとやると滅茶苦茶疲れます。不毛だなーという会議的ブレストは多分、コミュニケーションが重視されすぎて、連想がほぼないんでしょうね。逆に連想モードが強すぎて妄想会議みたいなものもありそうですが、これはこれでコミュニケーションが難しい気がします(お笑いとか大喜利になりそうです。悪いわけではないですが、両方やるところが大事だとするとズレる気がします)。

ブレスト自体は否定してなくて、ちゃんとやると疲れるので、疲れてないなら相当の猛者で疲れ知らずか、ちゃんとやれてないだけと言ってもまあいいんじゃないかと。

そして、連想はわりと低燃費でいけても(実はここでつまづく人は多いわけですが)、コミュニケーションでやっぱ疲れる感じが僕にはあります。疲れるとは人に疲れたみたいなことでなくて、説明コストがかかるみたいな話ですよね。まあそれも慣れっちゃ慣れですけどね。むしろそれがあるから、色々とアイデアを出せるのかなというのもあります。

そんなところで、ブレストネタをちょっと考えてみました。結論は以上で終わりですが、ブレスト自体は実は連想とコミュニケーションという2つの視点が入っているんだというのが僕の気づきでした。だから分けて考えると、実はその場でやらなくても、連想は連想だけしておいて、コミュニケーションとしては自分でまとめて、つまり一旦自分で考えてそれを考えた上で持ち寄るブレストですよね、これ前やったことありますが、結局メンバー次第というか、熱量依存になっちゃうんですよね。でもここまでやれば、創発率はかなり高くここからアイデアがスパークするんじゃないかって僕は考えています。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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