アイデア出し続けていくためのマインドセットとか

今回はアイデアを出すためにしていることを書いてみます。

一般的に発想法とか言われる分野ですが、発想法を使うと出るといってる人は稀です。というのは、結局ツールなのでツールを使ってどうアイデアが出るかを練習しないといけないからですね。

例えとしては、車の運転を知識で覚えても路上で走れないのと一緒ですかね。やれば必ずうまくなる(ただし上限はないのと、成長スピードは保証できない)のは、アイデアだけでなく多くのものごとがそうですね。

アイデア自体の出し方、プロセスとかハウツーっぽいのを知りたい方はこんな記事もありますのでどうぞ。

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アイデアを出すための投資をする

投資とは、何かを得るために時間を使うとか、お金を使うとか、そういう行為を指します。株式投資みたいなマネーリターンを求めるものというよりは、行動自体をふわっと指しています。

例えば、新聞やニュースを読むかです。「日経を読んだらアイデアが出る→日経を読もう」は、筋が悪いです。もちろんやらないよりはいいのですが。

この場合は、「日経をなんで読むか→ポイントはこうだ→そのためなら、では自分は別の方法がいいかも→実践する」なら筋がいいと言えます。そのくらい自分で考えてやることが大事ですね。

こういった何かをせずに「勝手に出てくる」とアイデアマンが言うこともあるのですが、アイデアマンバイアスと思ってください。あとは編集されて「センス」みたいにされちゃった文章とか記事ってことですね。

実際は、どうでもいいことを考えぬいたり、仮説を立てて何か言い出したり、ぱっと見ちょっと変じゃないかというところ、こだわりがあったり、頑固だったりという感じです。

それらをさぼる、やらないでアイデアを得られることはないでしょう。むしろそういう小さな発見をストックすることでしか、アイデアは得られないと断言出来ます。

日経を読むでなくても、ネットニュースを見たり聞いたり。人の話から知ったり。その時どう感じるか、考えたかがめちゃくちゃ大事です。風が吹けば桶屋が儲かる理論もありますが、それくらい自由に物事の起こり→終わりまたは続きを考えていくのがいいですね。これも一つのインプットとなります。

アイデアがでない人に限ってインプットが足らないケースが多いです。またアイデア自体がインプットと関係ないと言ってしまうケースも多いと思います。あとはインプット自体が「何か読んだこと」であって「考えたこと」がない場合もダメでしょう。

言葉のズレはありますが、インプットということにおいて、定着したり疑問に思ったり人にすぐ言えるというのは、考えて何か脳でコロコロさせないとまずインプットになり得ません。本を見るのか読むのかの違いといってもいいですね。

大企業、スタートアップなど組織規模でアイデアの出し方は変わらない

僕が全部経験していれば説得力があるのですが、残念ながらありません(笑)

世の中の人が色々な経験、例えば大企業で新規事業をやったぞという人がいてその人のアイデア生成やアイデアの作り方、アイデアの生み出し方を見れば属人性はあれどわりとパターンは見えてくると思います。当然僕も調べています。

小さいチーム、とくにスタートアップとかも同様だと考えています。結論的には、どれも一緒です。一緒というのはアイデアについてです。

例えば、アイデアを生み出す方法やアイデア自体が新規事業では重要と言われるか、またはリサーチや検証が重要視されるか、ゴールによりけりです。

ここで冷静に考えてください。アイデア自体を生み出すのは、1000人でやるのでしょうか?一人でしょうか?それとも?

答えは、数人のチームです。もちろん、一人のアイデア→チームで揉んで整えていくとか、新規事業部のメンバーが考えた会話から生み出したとかってあると思います。

これらは多くは、アイデア自体は一人か数人レベルであって、沢山の人ではないんですね。その後沢山の人で検証されたり、筋がいいかどうかをチェックしたりとなります。

アイデアが生まれること自体は、むしろ大規模でなく、小さい、少人数、一人とかのほうが最適だと思います。会話するのもいいですが、それもブレストとかでなく、普通の会話というか、一対一とか、3人とか4人とかくらいなんじゃないかなと。例えばイベントで50人集まっても50人でやらずに、4-6人くらいでグループ作ってやりませんか?コミュニケーションの数なのかと。単純にいって。

何を言いたいかというと、結果的に所属したり何かしていても、チームという少人数構成でアイデアを出すことになります。アイデア自体は主観性というか、生み出すときからマスっぽい感じでわーっとやるのでなく、熱量を持ったもの、偏見というか問いというものから始まるということですね。

だから、人数が多いからとか、ブレストをして出せばいいとかっていうのは形式過ぎる印象です。ブレストをしてオッケーなのは、「アイデアを出しましたと何かの報告書に書ければいい」パターンもあるので、単なるガス抜きでないか(笑)そのあたりは冷静に判断したほうがいいですね。

もう一個大事なのは、最近聞かなくなった気がしますが、新規事業部にいないからビジネスや起業は出来ないという話です。これは嘘というか、あまりにも形式的かなという印象です。もちろん何かしらやり方があれど、そのやり方って魔法じゃないですから。となると、アイデアを考える→試す→売る仕組み→継続なだけです。これが複雑化されたり、組織ルールや手段、リソース、手続きに時間がかかる、法的なチェック、稟議など色々なものがあるだけということですね。むしろそのスピードでは死かもしれません。

むしろ逆でそのように「形式的なところでやらないと出来ない」と思う人は稀だと思っています。なぜなら、どこからやっていいか分からないからまずはエントリ、入門してみるという意識が多いはずだからです。ただ、エントリする、試してみるのは超大事です。一方でそれが違うとか、なんか違うよねという人も同時に多いのかなと。何かしらの入門本もですが、入門であると同時に入門のフィルタリングという感じもしますね。

あと蛇足ですが、センスという言葉は嫌いですが、何かしらの現象を読み解いてこうではないか、ああではないかって考えること。試すこと。もしかしたらこうかもと思えれば専門の訓練って自分でできるというか、結構なことは自分で出来るはずです。なぜあのパン屋は流行っているかは答えがないはずです。自分で考えていくしかないんですね。それ起業もそうですからという話ですね。

アイデアを生み出すには?

インプットありき

何度も書いているのですが、インプットが必要です。プロセスはありますが、インプットがあって、そこから問いなり仮説を生成します。そこからどうインプットしたものが結びつくかは論理性はないのですが、「仮説→アイデア1×人の会話×見たもの」で磨かれたり、捨てたりとか、「アイデア×そういえば・・・→仮説っぽい何か」となったりとか、粒度、形態はバラバラです。

これを一言でインプットにおける生成物、またはインプットから出てくるアイデア的なものと命名しておきます。名前をつけてもいいのですが、アイデア自体の粒度が違ったり、アイデア以上の企画レベルのものだったりとばらばらなのがいい気がします。後から整理はできるが、整理すると「勢い」を失う概念なイメージです。ものすごくアートっぽいですけど(笑)

最終的には何かしらの目的というか、これを考えたいという問いかけや何をしたいんだっけというシンプルな質問になっていきます。これはそうせねばならないというよりも、「クライアントが言ってることはこういうことだよね。じゃあこういうことではないか。それならこうです」という論理展開でもあります。これを外すとまあ評価がダメなんですが、外すことはいくらでもあるので、どうニアピンくらいにつけ続けるかみたいなことになりますね。

ポイントは、アイデアはインプットをするところから全て始まっているのですが、アイデアが欲しいという人であまり出ない人はここがないケースが多いです。

つまりないものねだりということになります。これについては、アイデアを出すポジションでいる僕がいうと怒られるかもしれませんが、そこはスルーしておいて(というよりも向き不向きの問題でしょう、後で書きます)、結局準備してなければ大体出来ないとなります。

アイデアがそのまま落ちてるわけじゃない

インプットがないから何か出てこないと。インプットと言われたから本を読んだが何もなかったぞとか。実際に読み方や捉え方、観察、問いの持ち方は、ぶっちゃけ訓練すればいけるんですが、それってすぐ身につくとは思いません。時間がかかります。なぜなら、日常や今のあり方に疑問を持つとかって普段やってないなら、革命的な思考の変化ですから。

それをいきなり出来る方がおかしいので、多くは出来ないので、そのままインプットはしてます。アイデアは出ませんとなります。インプット×問い→アイデアとしてのアウトプットという感じですね。

またアイデア自体が落ちているとも僕は書きますがこれは正確ではありません。ただしアイデアマンには通じるプロトコルや伝達手段、規格だと思います。

具体的には、

  • 何か日常で発見した、何度も見た
  • 自分はこう思った、感じた。もしかして・・・
  • やはりそうだった、
  • じゃあ検証してみようか、それとも提案してみるか
  • アイデアが落ちてたのでそれをまとめてみたんですが

この最初から4工程が飛んでます(笑)これは分かるわけがないですよね。

一方で、アイデア自体が本当に原石のままあるかというとそれはないわけです。4工程で磨いたからアイデアになったというべきで、アイデアがそのままあるがままにあるわけじゃない。磨くべきこれかもなというのしかない。

哲学本とかで「哲学すれば人生の答えが書かれている」という期待をする人はいませんか。ビジネス本とか例えば企画書の書き方とかの本で自分が書きたい企画書が書けるようになるって期待をして買う人はいませんか。

分かるんですが、その答えってないんですね。人生の意味とかは、その人次第ですし、幸せに生きるもあれば、何か残したいっていうのもあるし。企画書自体はペライチが良いのもあれば、200ページ必須とかもあるわけで、その見極めのほうが実は価値かもですが、そんな感じで正解がないんですね。

だからこそ、アイデア自体もどこかにそのままある、正解があるとかって思ったら多分その瞬間にアイデアが出ないか、はまってるはずです。禅問答みたいですが、あると思えばない、ないと思えばあるみたいな感じですよね(笑)

アイデアを一回出すのか、出し続けるのかで大きな違いがある

アイデア出し、企画を考えるに限らずですが、僕としてはやりたいことをやっているという感じです。とはいえ、やりたいこと自分ありきでなく、人のニーズや依頼に合わせることでそこをカバー出来ます。つまり、社会や人の役に立つということでお金になるという仕事化ですね。

アイデアを出すというのは実は簡単なんです。ただそれを出し続けると話が違ってくる。狂気といってもいい(笑)と僕は思っています。これは自分のことがすごいみたいな話でなく、純粋にやり続けられないという意味です。

なぜなら、

  • アイデアを考えてもそれを誰も評価してくれない
  • アイデアだけなら誰でもと言われる=評価されない
  • アイデアを考えても形にする機会がない
  • アイデア以外のリソースが必要で形に出来ない
  • アイデアを自分がいいと思っても、人が認めてくれない
  • アイデアを出すためのインプットが大変だ
  • アイデアを出すために考える時間が足りない

我が社にはアイデアが足りないとってアイデアを従業員から集めるけど評価せず、仮に良いアイデアも上司や上長、役員や社長がもぎ取る(笑)みたいないけてない仕組みがあるとかないとか。それじゃアイデアに失礼なのと、アイデアマンにも失礼ですよね。

アイデアが簡単に出るものと、それを実現するか形にするか別問題なんですが、なぜか「アイデア出す→実現する」セットみたいに考えがちです。これは不思議なのですが、おそらく「アイデアを求められるシーンがほぼない」からこそ、「アイデア何かくれ→何か困っていて解決する具体的な行動や現実性が求められるから」という状況や文脈で使われる言葉だったからではないかと推測します。

つまり、アイデアありがとう→こうやってみたよというフィードバックってあったことありますか?ない人がほとんどで、逆にあるならば、かなり良いチームやパートナーなんじゃないかと。フィードバックの価値を認めてないとまあこれは起こらないですしね。

そんな感じで大変ということになって、思い入れや何かがないと結構簡単に「はあ、アイデアを出すとかもだけど実現って大変だね」で終わります(笑)

難しいから辞めましょうっていうことではもちろんないです。それくらいアイデアについての誤解、またはアイデアを実現する企画的な部分のマインドセットや経験や考えが不足しているという感じでしょうか。

一方で会話レベルでアイデアを出す場合、会話をしていると文字通り思えるだけなので錯覚しますよね。なかなかおもしろいところであり、また妙なところでもありますよね。

10年くらいやっていても本筋は変わらないっぽい

アイデアの生成とかアイデアの出し方、見つけ方とか、要するに0から1というのを知らない人からみれば、「こんなアイデアもある」「あんなアイデアもある」は魔法のように見えるはずです。しかし、魔法はありません。単なる見えない部分での生成結果であって、燃料や材料が燃えています。その産物です。原油があって生成するからガソリンとかになるだけって感じです。

僕のモチベーションとして、自分がやりたいとか、好きなこととかをやるにはみたいなラフな問いがあって、それをやるにはどうも仕事を作る必要があると感じました。なぜかといえば、「自分に仕事を合わせる」か「仕事を自分に合わせるか」という二択があるとき、自分の考える力がなければ勝手に後者になると考えたからです。

乱暴ではあるものの、楽すれば後者。考えると前者みたいなイメージです。考えたら絶対そうなるとは思ってなくて僕がそう考えただけです。

そこから、マイ原理原則を策定しました(笑)仕事とは、人からである。その人を通して仕事が生まれる。そしてお金が生まれる。人→仕事→お金ですね。よくお金のためにという考えはありますが、お金のためはあるとしても、それだけに本当にフォーカスしていると、人とか仕事とか出し抜いたり打算的な感じになり、まあ心象も悪くなり僕はスルーする感じです(笑)それは良くないですね。

そういうマイ原則があるというか決めたんですが、焦るとすぐお金になりますよね。そういう欲に純粋であったほうがいいみたいな話はありますが、かなり眉唾で、自分のパターンや考え方をうまく受け入れつつ考えると「これでオッケー」みたいな考えってないですね。少なくとも人の何かしらの考えだけに依拠するのはないはずです。

アイデアの出し方というか、やり方を変えてもメモの仕方とか、アウトプットの仕方くらいで、インプット自体が変化してもそれって本筋である「インプット→考える→アイデア」みたいなことは変わらないんですね。脳的にそういうものかなと。そういうものというのは、論理的に説明しても、まあ伝わらないわけで、やってみてそうかもくらいの共感してもらう何かくらいでしかないと。

アイデアを潰し合うのでなく出し合う環境が多分いいかも

まだこうすればいいよとか、ああすればいいよと偉そうに言えることはないのですが(というわりには書いていますが(笑))、多分これじゃないか説はあります。

一つは、アイデアを出したらちゃんと褒めるとか、拾ってくれるとか、聞いてくれる人、場に行くことです。これはどこかにあるよってことでなく、自分の感覚や勉強や学びにあわせていったほうがいいというか。仕事もそうですし、なんでもそうかもですね。

最初はミスるしうまくいかないんですが、色々やっていると、文字通り試行錯誤でうまくなってくるはずです。アイデアを出し合える場を見つけるのがうまくなるって何か変なスキルなんですが、かなり得られるものがあるはずです。

例えば、アイデアを受け入れるというのは簡単そうですが、

  • 人の話を理解しようとする人であること
  • アイデア自体が見えない、既出でないなら新しい概念を理解しようとしないと分からない
  • 人の意見を受け入れること
  • さらにそれを発展させる、ブレストやアイデアを膨らますならば、アイデア自体の理解や自分もアイデアを出すということをやってないと出来ない
  • アイデア自体を楽しんでいる

など結構問われることが大きいです。ちなみにアイデアを潰す人というのが明確に存在するわけではないと思っていますが、潰す人は「それ実現できないから」で収束しちゃうんですね。これもトレーニング次第ですが、「出したところでダメなアイデアはダメでしょ」みたいにいうのはよく分かります。ただ、人もですが、アイデアもですが、そのポテンシャルや可能性として、まず「出す」そこからやってみて、どうかまでいかないと、腐りますよね(笑)

例えば不良が何も悪いことをしなくても見た目が悪いからお前は悪いやつだって(笑)そりゃグレますよね。決めつけですからね。そういう決めつける人が居る場にはあまりいないほうがいいでしょう。少なくとも相対的に受け入れる人の場に近づいたり多くいたほうがいいですね。

こういった場はプロジェクトというか、何かをやろうとしている人や場に多くあります。ただ何かやろうとしてもまずその何かがやれるのか、やり遂げられるかはかなり怪しくて多くは何も出来ないことが多いです。それくらいアイデア>>>>行動って感じの壁があるんですね。

この壁はなんだろうと思ってきたんですが、見えてきたのは、人に対する理解(マーケティングっぽいですけど)かなと。人の理解が甘いと人が簡単にさぼったり、モチベがなくなるとか、飽きるとか、休むとか、他ごとするとか、そういうことが理解できないはずです。実際にプロジェクトに関わるメンバーは他のことをしているわけで、そのプロジェクトと自分とか、プロジェクトと社会というように、プロジェクトを中心に置いてる人と、そうでない人は全く別景色なんですね。これらは今の社会では大分変わってきているように思いますがどうですかね。プロマネとして出来る人はこのあたりの人間観察がかなりやってるはずかなと。

他にいえば、心理学とか人の理解です。歴史でもいいし、目の前の人とコミュニケーションを良くするとかでもいいですね。これがなければ壁がいっぱいあってすぐ諦めちゃうかなと。

あと、環境があるとぬるいとか、傷のなめあいとかって言えるんですけど(笑)それはあんまりないですね。その場が停滞するとか、成長してないならそのとおりですが、基本各自が成長したり、問いを発していればまずだれないはずです。むしろ、どうやっているかを切磋琢磨していくほうが、実現出来る気がします。

もちろんコミュニティなり所属しないと絶対ダメとかは思ってなくて、人間が社会的生き物だからこそ、どこかに所属するのかなとすら思っています。それくらい本能レベルってことですね。

アイデアの仮説検証をやり続ける

結果的にこれです。

まだまだ売り込みの連絡を頂くことが多いですが全てお断りしています。発明アイデアの売り込みとかの話ですね。

一方で対応するケースも稀にあります。それは仕事になるとかでなくて、どこまでやったか、やっているか、そして何が課題かを考えている方の場合だけです。だからといって売り込みされても困るのですが(笑)

逆に言えば、多くの人、勝手にいえば90%くらいは、おそらく「アイデア」がそのまま「売れる」とか「受け入れられる」とか、「売り込み先さえあればいける」とかっていう期待があると考えています。それは文字通り「甘い」です。

本当に売り込み先さえあれば、というのもあるんでしょうけど、そういうのってぶっちゃけトップレベルのアイデアというか、かなりの人がいて上の上澄みくらいだけでしかないので、あまり意味がある話ではないでしょう。

逆に10%くらいの人しか、そのアイデアを実現するために手を動かしてどうかとか、やってみたけどダメだから諦めるんですね。どんな微妙なアイデアでも磨けばいけることもあるはず(ダメな時はダメってこともありますが)です。

もっといえば「取り組み」みたいな話です。アイデアを出す向き不向きって多分あって、0→1系の人と、1→10系の人は考えは同じであっても、実現するパターンやゴールを違って捉える気がしています。または役割が違うほうがいいくらいかもしれないなと。

取り組みとは、アイデアに対してどこまでやったかやろうとしているかだけですね。事前準備然りなんでも。行動量だけであれば行動すればいいって話になりがちですがそういうことでもなく、とはいえ想い、ここでは「アイデアをどこまで実現したいか」は実はすぐ分かったりします。

ちょちょーっと考えたものを形に出来ればいい。そりゃ出来ないです(笑)甘いものではないということですよね。なんでもそうですね。ビジネス的だからでなく、非営利活動でもボランティア活動でも同じことが言えます。

仮説検証を1回だけなら結構な人が出来ます。アイデアを考えた人の7割くらいは出来るかもしれません。しかし、2回目となると「ゲーム的にいえば、また同じ道を戻って闘うのか・・・」となり途端に人が減ります。2回目だと、モチベーションが異なります。刺激のないルーチーン化したともいえることを再度やるからですね。でもやりたい!なら2回目です。

ここでも2回目でも成功することは稀でしょう。次は3回目。もはや色々なパターンが見えて嫌になってくるくらいですよね(笑)ここでももっと人が減ります。

なんの話かというと、仮説検証です。自分の問いや設定はどうだろうか、社会に受け入れられるかられないか。それを見極める、投げるだけでも大変なんですね。そこからさらに続けること。続ければいいというよりも、基本消える、潰れるので、また違う角度でもいいからやること。

これなんですね。よく成功の秘訣は、続けることだ。失敗と思わないことだってありますけど、アイデア的にはこういうことになります。何度も仮説検証していって知見を蓄え、成長していって、またチャレンジする。

少なくとも断言出来るのは僕の今の感覚において、アイデア→実現するを繰り返した結果、見える景色が少しずつ拡張したり、または見えなくなったり(笑)、じゃあこっちかなという繰り返しです。それを一定の水準や基準からみて成功失敗を判断するのは簡単です。ただ一人の人生というか、人生的にいって面白いので、成功と考えています。そういう感覚を無理せずに心から言える人は、こういう実験というか、何かを実現するのにやり続けるのは向いています。

一方で向いてない人は、心から思えないとか、自分にはちょっと辛い(タフネスやマッチョが求められる感じがする)なら辞めたほうがいいです。また僕も勧めているわけではありません。これが向き不向きの話ってことですね。

自分に向いている何かで、やり続けても面白いまた面白くなる、アイデアが溢れてくる、そこをやってみたいというモチベが消えない。これらはわりと淡々と実験してきた結果、アイデアを出して役立ててもらうのは、やっぱ楽しいなと。世の中のクリエイターなり何かを作る人は表現っぽいものが面白かったり、コミュニケーションとかが面白かったりとかになるかもですね。僕はアイデアというものでコミュニケーションをとってくことで懐に入っていてそこからどうかという感じが楽しいですね。

以上、アイデアを出す話からマインドセットまでざざっとまとめてみました。

0から仕事をつくる実践記

クラウドソーシングでアイデア出しをメインにシゴトづくりを3年してきた気づきをまとめました。

企画やアイデアをシゴトにしたい人の一つの参考にしてもらえれば嬉しいです。

アイデア仕事の当選率などのデータもあります。
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