作文の苦い思い出を乗り越えて自分が書きたくなったら書いてみよう

「思ったまま書けばいいはずが…」学校で書いた作文の思い出に共感の声「上の人間に忖度して、読みたいであろう文書を仕上げる訓練だったのかな」

今回は文章ネタです。

言葉で書くことの壁が存在する

思ったように書くことはできない

小学校などの作文指導の話ですね。この通りだと思っていて、思ったことを子どもがそのまま書けることってないんですよね。少なくともここでは、教師が「感じたまま書いてご覧」というのだけど、子どもからすると、「何も思わない」ので書けないんですね。

世の中そんなものですというわけでなく、ここでは教師がいい悪いでなく、多分指導方法がある。

例えば、「何も思わない」ということを書くことが否定されるわけですが、少なくとも「この文章読んだのだけど、何も思わなかった」と書くことは否定されるべきではないと。

そして、何も思わなかったってなんだろうか。心の動きは確かにあったかもしれないが(本当にないこともありますが)それを表現しきれない、とくに言葉でですよね、そうなると結果的に「何も書けない」となると。

これって子どもだけでなく、大人でもあると思っていてかなり重要な話なんですよね。

奇しくも?この元ツイの方は作家なので別ですが、本に興味を持って書いてみたいと思えたからであり、それがなければ今の仕事はなかったわけですよね。

どうやって書くのか?

文章が得意な人は、書いています。あと読んでいます。よって、自分が思ったこと、書きたいことに対して、思ったこと→書き言葉に対して抵抗がない。

少なくとも、作家などプロ、または文章をよく書く人はその抵抗感がほぼない。摩擦係数みたいなのがないので、摩擦していない、そのままスムーズに出て来やすいといってもいい。

僕についていえば、記事自体はどんどん書けます。ただその内容がいいかどうかはおいておいて、考えたり感じたことを書くことをずっとやっている。それだけです。

だから書くためには、論点や伝えたいこと、これなんだろうと思わなきゃいけなくて。ただそれは強制ではないんですね。自然に思う、感じるわけです。

だからトレーニングとして、見た文章や感じたことを、言葉にしてみる。これを繰り返すしかないんですよね。そうやってうまくなっていくしかないと。

いつでも学べる

文章を書いてみたいという人が多くなるかはおいておいて、やはりうまいの定義も様々ですよね。表現も様々。

一方でいつでもいいので、興味を持ったらそれが学べるほうが良いと思ってます。そういう仕組やアイデアがあれば、別にかしこまった形でなく、まず書いてみるとか、まずやってみる。そこから始めていけばいいのだろうと感じました。

そこにアイデアやヒントがありそうですね!

僕自身も添削みたいなことはやっていますが、添削も何を目指すかですし、何をしたいかですよね。面白いものです。

文章に対して指摘ができる人はそこそこ言えることがあるか、やっている人でしょう。それができないならば、そこまで関心度が高くないかもしれません。

ぜひ文章が書くのが面白いと思う人はどんどんチャレンジして欲しいですね。新しいシゴトをつくりましょう!

筆者プロフィール

シゴトクリエイター
シゴトクリエイター
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は400超。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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