マインドセットは変えられる

先回、人は生まれつき優れた人と劣った人がいるという違和感で書いた時に、読んでいた本、マインドセット本を読み終えた。

マインドセットについては、簡単にいえば心構えや姿勢といっていい。ただ信念や信条ベースともやはりつながっていると思っていて、例えば失敗した時にどうするか?はわりと「こう考えればいい」といっても、そう考えられないわけだ。例えば、自分が外せないと思う受験や進路決定の面接において失敗したくないはまあ思いがちだろう。そのうえで失敗したとする。その時「自分はなんてダメなやつだ」と落ち込む人も多いわけで、その時どうするか?

実は心理学ではこのあたりの原因帰属とかで色々学ぶ気がするので、めちゃくちゃ目新しい話でもない。が、マインドセットという観点や視点があり、かつそれは後天的に学べると思えば大分気が楽になると思う。とはいえそれは本を読んで得てすぐ明日に変わるような代物じゃあない。しかししかし、それは確実にやろうと思えば成長し学べるものといっていい。

今回いくつか気付いたことをメモしておこう。

中学時代の教師X氏

本書には、教育話がある。要するに教育する教師がどう子どもたちに接するかという話だ。そこでそういえばと思って大分納得がいったのが、僕が中学時代に担任であった仮にX氏としよう。

彼はおそらく硬直したマインドセットを持っていたのだろう。若い教師とはいい難いが、古臭く言えばやや熱血漢のあるところだったかもしれない。しかしその熱血漢は僕には届いていない。

事件は起きた。当時、今もそうなのだろうか?、日誌のようなものを毎日書いて届けるみたいなことがあった。毎日だったかは覚えてないが、多分そうだったような。そこに自分のコメントというか意見のようなことを書いた。

簡単にいえば、学校規則(馬鹿げている物が多い)の中で、こんなのは辞めてもいいし、緩和すべきだというようなことを書いたのだ。そうしたら、職員室に呼び出しをくらった(笑)

僕は当時「優等生」という位置付けだった。というのは成績が悪くないというだけであって、特段意識はなかったのだ。ただ学級委員などを務めるというところをなぜかそのX氏は推してきて彼の言葉は今でも憶えているのだ。悪い意味でだ。

「学級委員のお前がそういうことを言うようでは困る」

本書を読んだ人ならまさにまさに典型的な硬直したマインドセットと思わないだろうか?そう僕には彼は関心がなかったのだ。僕も同様にその日を境にほとんど彼に関心がなかった。そう白紙くらい記憶がない(笑)もちろん学級委員など仕事はしたし、勉強も普通にやっていたと思う。

また彼はあるイベントの時に、軍隊のように!登壇している時に生徒の姿勢をチェックして(彼のアイデンティだったかもしれない、そのように物理的な姿勢がいいかどうかみたいなことが)それが悪かったら、後で注意するということをしていた。確か僕は座席にのけぞっていたのでそこを注意されたと思っている。

なんともバカバカしいような話だが、30年くらい経っている気がする今も中学校や中学生はこのようなことで色々と思い、考えるのだろうか?そうすると、なんとも教育とは変わろうとしなかったし、大人、まあ僕もそうなのだが変えていかなかったのだという反省すべきところで、非常に忸怩たる思いとなっている。

彼がなぜ硬直していたかは知らないのだが、問題はそういう教師が教えると生徒に硬直したマインドセットを備え付けるからだ。もちろんあんな「○○」とあだ名で読んで軽やかにいける生徒もいるが、まあなかなかそうはならないのも確かだ。彼は権威として、教師として君臨しているからだ。というそもそも生徒と教師で上下が出来ていることがおかしいのだ。しかしたちが悪いのはそういう人ほど「自分は垣根をなくして」なんていったりする。サイコパス的でもあるだろうか(笑)

硬直したマインドセットを撲滅せよということではないが、影響が大きすぎるとも言える。人を伸ばし、学習を好きになる、学びや成長が楽しいと思えるような人であり、かつそのように指導できるのはまあ簡単ではないだろうが、そのような人が教えるということをしないと、まあ今後がなんとも暗くなるのは感じる。

とはいえ、ポイントは僕はこのX氏に違和感を抱いたのだ。中学生当時においてだ。それは見極められたのだ、また同時にこのような人になってはいけないという反面教師でもあったのだ。そういう意味では全く記憶に残ってない。上のようなどうでもいいことしか覚えてないのだから(笑)それはいいのだが、硬直したマインドセットを持つと難儀ではると感じた話だ。

完成させられない人

昔、ヘタでもいいから小説を完成出来る人は小説家になれるし、出来ない人はなれないみたいことを書いた。これはどこかにあった話だと思うけど、実際はそのとおりだと思う。

またこの話は例えば小説が身近にある人はより成功に近づく、ここでは小説家になれるか、それに近いことをやれるという意味としよう。そのとおりだと思う。最近でもないが2019年にそのあたりの「近さ」については、近いOSでサバイブするでまとめておいた。簡単に言えば自分の興味や純粋にやっていることを大事にしようということで、その延長がチャレンジに近い。実際はチャレンジと思っても思わなくてもいいのだが。

話を戻そう。硬直したマインドセットの人はおそらく完成させられないのだ。なぜかといえば、挑戦が怖いのだ。怖いのはいいとして、出したものが批判されるとか、悪口を言われるとか。そういうことになる。その気持は分かるのだが、しなやかなマインドセットがあれば、その失敗的なことから学ぼうとする、または出した上でどうしていくかを考えてみるという感覚になる。真逆だ。

だからしなやな人はそのまま出せる。出してその上でやはりまだ未熟だったのだなと思える。そして学ぶのだ。そして次のVersion2はもっと完成度を高める。そのまま出さないことはない。出すのだ。そしてVer3に持っていくように。

あなたはどちらのタイプだろうか?

僕は一つ感じたのはアイデアを出すとか、新しいことをやるとか、失敗してもいいと思える人などは、しなやかなマインドセットを持っていると思う。なぜならそうでないとそもそも体が持たないからだ。自分の才能を示してやるとか、勝てばいいのだとか、評価されないことを怖れる人はまず挑戦が出来ないだろう。

その上で、何かやろうとしたり、学ぼうとしたり、成長しようとしたり、アイデアを出したりという人を単に否定するのはまずないだろうなと感じた。そもそもだめなものはだめなのだが、だめといってそれで何が始まるというだけだ。成長としてそこからどうするか、どう学んでいけるか、改善していけるかはわりと努力やどう行動していくかでしかないからだ。だからこそ、アイデアマンが涵養ではないけれど、うまーく育っていく仕組みを作ることに最近は興味を持っている。

完成する人にはどうすればなれるのか?答えはしなやかなマインドセットにあるが、しなやかなマインドセットも簡単に身につくものではない。ただ、ポイントとしては、やはり失敗したらそれで終わりとか、全く自分がだめみたいなことでなく、失敗は当たり前でそこからどう学ぶかというような「考え」があるので、それを自分で試してやってみること。とはいえ、子どもだけでなく成人でもこれらについてかなり未熟というか初心なこともあるので、そういう人はメンターなり心理的安全を確保できる指導者的な人があったほうがまあいいだろうなあとは思う。

日本にそれがあるかはかなり謎だ。いわゆる相談系サービスとか、カウンセリングとかそれに耐えられるかというと、コーチングとかでもいいけど、ピッタリ来るものではないかもしれない。まあ実際にどうかはわからないが。

自己防衛としての鎧をはずす

最後に鎧の話をしたい。これは最近でも書いたがとはいえ2019年だが、こころの鎧を外してみようで書いた話とリンクする。

この場合の鎧は自分を守るバリアみたいなもの。自己受容をしないといっていい。本書でいえば、しなやかなマインドセットがある人はこの鎧を適切かまたは適性に壊しているといっていい。硬直したマインドセットがある人はここを頑なに磨き上げて誰も攻め込まれない(笑)ようにしている。もちろん攻め込まれたほうがいいのだが、自己防衛として完璧な自分、人から評価される自分、圧倒的に勝てる自分、才能がある自分を守っている。守る自己がまさに硬直化しており、柔軟性がないということだ。

本書でもやはり鎧という観点でみれば、しなやかなマインドセットであるならば鎧は不要ということになる。不要というよりも、守るのは大事ではあるものの、まずは自分が変化できる(=鎧のように固くて壊れない、変化しないものではない)ということを認めることだ。そして受け入れて自分で試して学習する。そして変化して変わっていくことを楽しむことだ。

本書の最後にはそれを受け入れて変わっていくというところで、少し効果が出たからすぐに硬直したものに逆戻りし、悪化するというケースも書かれているが、実際はそういうこともありえるだろう。

簡単に自分を受け入れる、認めることなんて出来ないと思う。硬直していればしているほど。だからこそ、心の鎧も少しずつだと思う。硬直してるから一気に変えるのは多分得策ではない。少しずつ変えていくことが出来るという希望や方向性こそが、僕が一番本書から得られたことだと思う。

自分も人も考えは変えられる

簡単にそれらは変わらない上でとはいえ、変わっていける。今までだめだったことも成長して学習してやればできるかもしれないと思えること。または思えてやってみたら意外にできてしまったこと。もちろんやはり駄目だったり、うまくいかなくて悩んでしまうこともある。

けれどこれらは才能や天才や素質で決まっているわけではない。

努力できることが才能というけれどある種正しいが、そう決めつけてしまうと「努力できる才能」となって話が硬直する(笑)そうでなくて、努力や学習や学ぶ、練習する、勉強することもトレーニングだ。だから、鍛えると出来る。学べるし成長できる。人は変われるのだ。学んで賢くなれる。それを言いたい。

そう考えれば今できてないこともできるようになるといえるし、昔できなかったことも出来ているかもしれない。

これはまさに希望だと思う。ある種社会の停滞感とは、経済成長における停滞といっていいわけで、その上で経済成長ではない、人としての成長みたいなものはやはり教養であったり、自分を変えて学んで賢くなっていくことみたいな方が筋が良いと思えてきている。そのためにマインドセットは超大事で、まさに「やればできる」と考えられる、思っている人はできるということになる。

何もこれは自己啓発として「思えば叶う」みたいなことでもない。もちろん思わないとかなわないのだが、実際にはそれは心とか精神というよりも、考え方の癖みたいなマインドセットといっていい。もちろんこれはメンタルフレームワークみたいな色々と直感で見ないようにしたり、バイアスで見てしまったりとエラーも起こり得る。なのだけど、どう転んでも学んでいけるとは、つまり誰でも文字通り変われるということになる。

学ぶということは、多分このマインドセットがしなやかな状態があって、その上で色々と取り込んで成長していく感覚が近いなと感じる。ここはとても大事な気がする。

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