今の状況でいいのだと井の中の蛙感があるのはやはり選択肢が生まれないので詰みやすいのではないか説

普段の生活で頑張らないと駄目だ!みたいなことは主張としてはないんですが、今の状況でいいのだ、というので割り切ってしまうと成長はないよなという話です。
とはいえ、もう限界だ!という人が頑張ってもうつになるだけですし、ここは自分の本当に心のあり方とか、自分が心でどう思うか(心でとは、本音でありのままをどう感じるかということであり、正解があるとかではないです)なんですよね。
今回はいくつかの観点?ネタから考えてみます。
タイの産業がうまくいってない話
最大の原因は、タイの製造業が低付加価値の受託製造段階にとどまり続けたことだ。当初はそれで成長できたが、どこかの段階で技術レベルを上げて、高付加価値製造へと転換しなければならなかった。一方、成長とともに人件費は上昇してくる。タイは、製造拠点としての魅力を失い、外資が離脱し、しかも強い自国ブランドも少なく、製造業が衰退し始めている。
中所得国の罠にはまるタイ。かつてのアジアの虎は、なぜ低迷を続けるのか
中国ネタが多いメディアですが、今回はタイの話題で面白いです。上に引っ張ってきましたが、シンプルに高付加価値みたいな、より価値がたかいものに転換できなかったということが書かれています。
例えばバナナみたいなのがあって、農園でバナナを作ってそれを輸出する。まあよくある話?というか産業ですよね。バナナ自体は品質を高めるとか、高級バナナとかもあるわけですが、まあ限界はあるわけです。多分ですけど。
バナナでの付加価値となると、例えばバナナの栄養素を抽出したサプリとか、成分として売るとかのほうが商品として応用しやすいと。それは自国では売りづらいので、輸出先の市場やニーズを見ないといけないですけどね。
バナナ農家が駄目とかではなくて、バナナを作ったらそれを売っていればいいというビジネスで終わると、付加価値を高められないとなっていく、そんな解釈です。
上では、工場、つまりメーカーや製造業の工場となったのはいいので、そこでタイが力を蓄えてじゃあこんな製品をとか、こんな価値を高めていくとか、そこをやらないといけなかった。
これって国の産業の話ですが、シゴクリとしても、自分のスキルだとか、持ち味を活かすとか、磨くということとも一緒かなと感じたんですね。
一言でいえば、今やれることをやっていればいいのだ、は詰む!までいわないですが、成長がないので、伸びしろは感じづらいですよね。逆に、今やっていることをやれば伸びていくという確かな予感とか、見込みがあればそれでGOですよね。そこはケースバイケースです。
ただ一般論も踏まえて、今やっていることだけでいいのだは、詰みやすいとなるのかなと。
同じ仕事をやり続けると、専門性より適応性が低くなる
これは同じ会社とか組織とかでも一緒です。それが即ち悪いという話ではないですよ。ただ、人間ってそこで同じ、同質化するし、同じような人となるし、そこで留まっちゃうのであれば、そこでしか生きられないわけですね。
それはとても気持ち良いかもしれない。コンフォートゾーンというか。それはいい感じに過ごせて刺激があるとか、そういうことであればいいのですが、多くはぬるくなっていって楽なんでしょう。
お世話になった人から言わせると、シンプルですが、「頭が良くないとか、何か事情があればそれでもいい」のだけど、仮に色々できるのであれば、社会的損失なわけです。あなた一人がどうこうしようと社会は変わらないかもしれない。しかし、一人からしか社会は変わらない。
すごく大きな話にしてますが、わりとこれはいい線いっているのかなと。ここで「それで私はいいのだ、この仕事でいいのだ、このままでいいのだ」という人に、無理に成長!成長!そこを脱せよ!とまでは思わないですね。それはその人が選んだことですから。
大手企業に今の人、40代未満で、居続ける人はおそらくまれでしょう。大手でなくてもいいですけど。転職を普通にしている。それがないほうが今は「怪しい」と思われるわけです。怪しいというのは適応性、社会性についてです。一応断っておくと、即ち怪しいわけでなく、ですね。
適応性とは、今の社会において、変化していくところで、する気があってもできなかった、する気もなかったししなかった、様々な言い分があれど、していなかった。これは僕も色々言い訳をしたくなるとか言いたくなるのは分かるんですよ。でも、結果だけみれば、変えていなかったとなる。それだけです。
範囲を絞ると、自分の中で、何が言えるかだけなんですね。
専門性は高まるのは間違いない。でも、専門性ってどれをどう活かすかとか、結局それだけではなく他のサポートとか色々なものがいる。故に、適応性を減らしてまで高めたそれがどう使えるかなんですよね。適応性なんていらないよ、という人はそれでいいかなと思います。良いとは、それがうまくいくのでなく、趣味嗜好であり、哲学や矜持、考え方の話ということです。
適応性を高めたいとか、それを削りたくないなら、やはり同じ場所にとどまらず何か仕掛けていくと。そっちかなと思ったりします。
この入山さんの話が面白かったですね。ジョブホッパーみたいな数が多すぎるとどうかはありそうですけど、まあ色々やるのは良いという感じで僕は捉えています。
あくまで僕の感覚ですが、一個のことや職人みたいにずっとやるのが好きな人もいそうだし、またそれを良しとする雰囲気がある。でも、それはどうなのか?ということは、マルチポテンシャライトではないですけど、やっぱり自分のあり方や考え方を大事にしてそこでどうにかしてみようとする。のが大事かなと思います。
自販機事業全体が縮小しつつある
自販機ビジネスが危ういという話があります。危ういというのは単に自販機が売れてないということで、これが戻る兆しは・・・多分ないのではないか。プラスの材料は見えづらいのがデカいですね。
自販機販売数量 10年で1割減 サッポロHDが事業売却、DyDoは2万台撤去
この話題は、DyDoという会社の業績が良くないということで、ダイドー自体は自販機事業がメインなんですね。ある種自販機特化でニッチで切り開いてきたは評価されるのですが、自販機がコケるとめちゃくちゃ危ないんですね。
という意味では、ものすごくベタな話ですが、一個や一本特化って危うくて、3つくらいには分散したいと。友人と話していてそのあたりも「顧客を一つに依存しない」ということであり、投資などでも「同じカゴに卵を入れない」というやつですね。分散するというのが基本なわけです。
逆に集中投資することで、恩恵を得られるのも分かる。ただ、それは選んだのならいいけど、それしかないなら選択肢がないですよね。選択肢がないとは一本が消えると終わるということでもある。
補足すると、ダイドーが終わるとはもちろん言えず、自販機事業がある中で下げていくけどそこをどうするかとなるわけですね。全部消えるとかはない。書店みたいなもので、全部消えるとかはないんですよ、きっと。飲みたいですし。
でも、高いし、そこであえて買うかとなると買わなくなる。それだけですね。
これも、社会や状況から次の策を仕掛けるとか、何かやっていくわけですね。何かやろうとしているとは思いますが、そういう仕掛けていくことをいくらやっておかないとまずいということでもあるんですね。ダイドー自体がこうやって仕掛けていくとかまでは調べてないので分からないですが。不採算自販機を下げるからどうしていくかですよね。これは売上は下がるし収益率(営業利益率)は高まるけども、トップライン=売上が増えなくなるのでジリ貧になるんですよね。難しいですよね。
一個のことを集中するとか、その中でやっていく。悪くないのですが、それだけで終わらないのが社会だし、企業だし、ビジネスだし、人の一生でもあるのかなと思ったわけですね。
まとめ
ここで言えそうなのは、客観視みたいなことかもしれません。今自分はどうなのか?適宜振り返りをしていったり、今を見ていく。そこであれ?とか、これはどうなんだ?、なぜこうなっている?と考えていくことが大事ですね。
そういうことをがあって、今の仕事やビジネスをどうかを見ていく。当然立場や状況で自分が介入できることは少ないのが多くですよね。でもそれなら、自分でやれる裁量を作り何かしていくしかないんじゃないかと。それだけですよね。
なんか小さいなと思えば大きなところにいってみる。違うなと思うなら、おもしろいところを探してみる。仕事に不満があれば自分で作ってみておもしろいことをやってみる。日々の体験がマンネリしているなら変えてみる。
逆もありますよね。刺激的過ぎる、多すぎて疲れるなら、量を減らすとか。まあそっちはあまりないかもしれませんけどね。
これらの客観視があれば全てうまくいくとかはないです。ただ、自分の状況を見られていない時ほど、悪手というか、それじゃない、そっちじゃないということを選んでしまうかもしれません。選ぶというか、結果的に選択肢がなくて、ただ「そのまま継続している」だけみたいなことですね。
自分なら自分について考えて色々変えていけばいいと。また人のことなら、人の振り見て我が振り直せですね。自分がそうなっていないか?井の中の蛙になっていないか、コンフォートゾーンにいないか?チャレンジしているか?
そういうことを自問していくこと、そしてアウトプットしていくことは悪くないというか、良い感じになるマインドセットなんじゃないかなという話でした。
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