出す場が違うだけで評価は変わるから、どんどん違う場なら出していこう

出す先、出す場、出すところ、出すタイミング・・・つまり出す「ところ」が違うだけで、評価が変わる。
ということを知っている人がどれくらいいるか分からないが、社会で生きていれば感じるはずだ。それこそ、特定の状況では子どもは親から怒られづらい。例えば夏祭りなどみんながニコニコする時だと、怒りっぽい親でさえ、色々と許してくれる。だから「祭り」が好きという人ももしかしたらいるかもしれない。良いかどうかはおいておいて。
それくらい、タイミングであったり、出す場とは大事だ。
これらの行動ややること、つまりアウトプット自体、コンテンツやアイデアといっていいが、それと別に、環境(場、そこの状態)とまとめられそうだ、と思う。
つまり、
アイデア×場=評価
となる。ここで、アイデア自体は全く変わらないとして、場が違う、場Aと場Bとしよう。それこそ、子どもでいえば「成績が良かったテストを見せた場」で、「switch買って」というと、評価してはOK。しかし、「悪さして怒られた場」で、「switch買って」はまず通らないだろう。これは文脈ともいえるが、単に親も感情の生き物だ。それこそ、君?が子どもならば、しばらくして反省したら実は買ってくれるだろうと思うならば君は賢い(笑)
それはさておき、「アイデア」自体が変わってないのに、「場」が変わると、次の評価が変わるのだ。面白いと思う。
僕はここで、場とは人の集合といってもいいし、色々言えると思うので、「人」が違うなら言ってもいいと思う。全く違う反応があることがある。僕はそれが楽しいと思うので、同じネタでもどんどん言っていくのがいいという理由にしている。
もしこれが違わない、場で変わらないなら、同じアイデアは言う意義(意味)はあまりない。
事実として、違うのだ。それくらい人は違うと思っていい。そして同じようだと思っているけど実は違うことも多い。ゆめゆめ疑うなかれ。
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