分かりやすい説明には気をつける

分かりやすい説明=悪だとは思わないですが、考えるとか学ぶとかいう観点では、「分かったつもりになる」ことは、結構危ないです。

とはいえ、分かったつもりならば、それを何か確認したり、示すと「あー自分分かってないな」と思うのでその状態がだめというわけではない。

ただし、脳って錯覚すると思っていて、自分が考えたわけではないものを綺麗に図解されると、「そうそう、それがいいたかった」みたいなことってありますよね。つまり、自分が考えてないのに、代打説明が上手いとか。正確には、自分より言語化が優れている人に対してということですが、それはいいと。

でも、自分が思考した上でなら代替説明は「使える」けど、自分で考えてないのに「さぼる」と、やっぱそれはサボっていると。ツケはどこかで来るのかなというところです。

考えるということは力を使う

こんな記事が話題になっていました。

わかりやすい説明をすると「結論を理解する労力」が「その結論を導き出した労力」と誤解されるときがある

タイトルがかなり物語っていますが、「誤解されるときがある」なので、絶対誤解されるとかではないんですね。そういう意味でかなり丁寧なタイトルですよね。釣りとか煽りではない(笑)

端的にいえば、試行錯誤をして導いた「キレイな」「分かりやすい」「結論」「見えること」を見ちゃうと、思考していないのであとできついと。例えばここではマニュアルがあって、それを作ってないけど利用していたと。でも変更したほうがいいと思っていて、その場合きれいな感じで変えようとすると。

でもですね、キレイな感じでまとまったものは、試行錯誤、僕の言葉でいえば水面下ですが、取り組みがあって初めて意味がある。土台とか根っことかですね、つまり水面上見える優雅さは白鳥式なんですよね。めっちゃ水面下では藻掻いているわけですよ(笑)

だから、このマニュアル変更時はシンプルに藻掻けばいいのであって、それが試行錯誤です。そこがなくて、なくして、水面上で「すーっと」キレイな資料は作れない。もっと泥臭くていいんじゃないかって。

ということを思ったので、基本的にタイトル通りなんだろうなって思っったわけです。

同時に、考えるということを侮ってはいけなくて、頭使う=脳内物質使う=疲れる=文字通りハラヘルし、頭も酷使すれば痛くなると。そういうわけですよね。

アイデア思考も同様

ここで思い出すのが、アイデアの思考です。

2016年と古い記事ですが、「アイデアを出す」と「アイデアを考える」の違いとは何か?は人気記事となっています。それくらい地味に求める人がいるのだなと感じます。

思考という意味で考えるというところをいえば、アイデア出しという時、何か楽に、簡単にって感じがしませんか?というところがあるので、楽だと思われる(笑)もちろん「辛い」とか「苦痛で辞めたい」なんてことはないのですが、デフォルトで楽と思われるのはシャクなわけですよ。このニュアンスはなかなか伝わりづらいかもしれませんがまあそのためにトレーニングをしているし、相応のことをやっている、という感じだけですね。

アイデアもネタを集めてそれで考えないとアイデアは生まれないということが、自分の中で明確になっています。

つまり、先の話でいえば、楽にすーっと優雅にやろうとする人こそ、アイデアが出ないんですよね。そしてそういう思考は結構泥臭い。例えば「ワクワクする感じがしないぞ、なんでだろう」みたいなところから入ってもいいし、身近なネタをちゃんと見て考えるところから入るのもいい。正解とかはないんですが、ちゃんと考えるのが大事だと。

考えるとは、試行錯誤とは、頭でどーこーもあるのですが、それと同時に試したり、何か参考にしたらその参考した程度以上に自分で考えると。例えば参考になりそうな記事やサイトとか画像とか見て終わるのでなく、「こういうことが出来そうだ」とか「こうしてみたらいいのかも」とかがないと、それはあなたのアイデアにはならないですよね。このあたり悩む人が多いところだと思っています。

思考しないアイデアは、単にアイデアが左から右へ流すだけで、負荷、カロリーはかかってないんです。このカロリーが熱量として、例えば思考ってことで、実際に頭が熱くなる(笑)なんて物理的な感じで理解してもらってもいいんじゃないかなと。

分かりやすいは正義でもない

逆に哲学みたいに分かりづらいとか、色々こねくり回してとかが良いって話でもないです(笑)

ただ、分かりやすいってことは、色々端折っているんですね。その省略が怪しいと。省略して分かったのでなく、理解として一旦仮定してそういう例えなり情報を制限したと。それで理解ではなくて、「端折った」という前提の理解となると。

逆に分かるとは、分かってないことがあること、わからないことがあることの同居とも言えます。僕はアイデア出しをどうすればいいかを考えているのですが、つまりどうすれば学んで鍛えて身につくかというところで、これって分かったわけではないですし、わからないことも多いんですよね。

つまり、分かりやすいって、ある種分かっているところを水面上で綺麗に並べただけで、そのまま脳に入ってくる。でも、思考がない、引っ掛かりがないので、面白いように「忘れる」はずです。分かったという発見や重みでなく、「分かったつもりになる」方が、「分かりやすい」を揶揄する感じが強いです。

分かりやすいので良いとかって評価はあり得るのですが、分かりやすいというよりも、学びになるとか、そういう視点で考えるでいいわけで、「理解しやすさ」って人によるので、あくまでそれも評価の一つくらいにしかならないよね、という確認でしかないです。

まあ、批判的に捉える人であれば当然のことかもしれないのですが、分かりやすくないかどうかは、分かる人が決めることであって、わりと偏ることもあると。一方で分かる人が分かりやすいといってそれが参考になればいいのですが、そうでないズレもあると。そこで色々と問題になるわけですよね。

おわりに

自分で考える癖をつけていれば、分かりやすい説明かどうかなんてどうでも良くて、自分が分かったのはここで、逆にここは分からんという感じで「相対的に」捉えられるからです。

端的にいえば「分かりやすい説明」だから「分かった」みたいな謎なことにはならない。分かりやすいのは自分の主観でしかなく、客観的な評価ではないってことですね。

分かりやすいからとか分かりづらいとかって言葉は、曖昧です。それが一体何かを詰めていけば、まあ色々と崩壊するので、崩壊させたいのでなく、別に分かる部分がある、分からない部分がある。もっといえば分かっている振りとかも入るのでここが面倒くさくなるのですが、丁寧に考えていくとこれらは建設的な批判とか議論になるんですよね(笑)

というわけで、分かりやすいみたいなものは、より気をつけてみるというネタでした。

ライター

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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