自分なりのやり方を見つけた人は見つけようとしていて試している

タイトルがまどろっこしいですが、2つに分けてみましょう(笑)

自分なりのやり方を持っている人(またはそのように見える人)っていませんか?その人は最初から持っていたわけではないってことです。

そのために、見つけようとしてただ「どこかにある」のではなく、試行錯誤でたどり着いたから、検証した結果でもあるので、その人にとってやりやすい形になっていると。

そんなことをふと思ったので書いてみます。

自分のやり方を持っている人は仮説がある

仮説というのは、その人が考えた思考の結果、ここでは過程といってもいいですが、そういう考えや企みも含めた全てです。

例えば「あの人はこういったけど、本当はこっちではないだろうか」とあの人を否定しているのでなく、自分の考えを対等に持ってきてそれを試してみるかというマインドセットといっていいかと思います。

仮説があるとは、それを検証しようとしていること

これも頭の中で「仮説」があることを言っているのではないです。その仮説を試してどうかとか、違ったなあとか、今度はどうだ、少しはいけるぞというようなリアルタイムであったり、少し寝かせるなりなんでもいいのですが、そういう仮説と向き合っていることを指します。

だから頭だけで「世の中はこうなるでしょ」みたいなのはちょっと違いますね。アウトプットの仕方もありますが、頭だけでは駄目ってことですね。手足や身体を動かして頭と一緒に使うということですね(笑)

自分なりのやり方はその先にある

以上から、試行錯誤してもがいた人は必ずといっていいのですが、そのやり方を何か持っています。こうすると自分は何か成果を出せるという確実性でなく、「力を出せる」「力を出し切れる」ってことです。伝わります?

例えば僕は提案が出来ないとか、待ちという状態が苦手なので、営業が得意ではないですが出来れば提案してアイデアを入れる方が得意です。それが仮にもらったものでも「こうしたらどうでしょうか」と入れたい。入れたいとは、適当に入れればいいのでなく、自分が介在したことで少しでも良くなるように(この場合の良くは絶対的では当然ないです)したいって感じなんですね。だから、少しでも良くなるようにすると。

この提案って儀式的、行為としてのそれではなくて、提案をするところの前後またはその最中に、アイデアを入れること、自分ならこうすると考えること全てが僕の中では大事ということです。

これがない世界だと僕はしぼんで静かになって、「ああ、帰ろうか」(笑)となって帰ってしまうので、そうならないようにしようってことです。ここで僕が帰る世界は持ち味が出せない=力が出せない=力を出しきれないというところで、そういう環境におかないようにするということでもあります。逆にいえば自分が提案を出来る環境を作れば僕は生き生きするのでそういう環境を作ってそこに身を置こうというのがいいのかなという感じですね。

これが僕でいえば僕なりのやり方です。環境依存というか、環境構築によって自分を規程する感じですね。規定かな。そうやって枠にある程度ははめるのはいいと。ただその枠を作るのが誰かとかでなくあくまでメタ的には自分が作ったこと、または自分で認知した世界というのが大事です。人が作った世界にいては「やらされている」感が強くなるので、耐えられないからですね。

仮説として動いて検証した「道具」みたいなものです。石器とかでもいい。石斧とかでも。それを何度も使ってやりやすいようにカスタマイズする。そういうイメージです。お気に入りの道具って目に見えると分かりやすいですけど、ここではそういうモノだけでなく「考え方」「パターン」「自分の得意シナリオ」みたいなのところを意味しています。僕なら、「自分が提案出来る環境」であるし、それはほぼイコールで「自分が提案出来る環境づくり」も指しています。

仮説がない、試してない、頭だけ口だけだとやり方は見つからない

インターネットもですが検索すれば答えが出てくる(ようにみえる)世界では、頭でっかちになります。検証が疎かになるということです。

それっぽい仮説を立てても「で、それをやったのか?」と言われるとやってないことが多くなる。相対的にこれらが多くなると身体が動いてないのでストレスや色々と精神的にも良くないかなと。そしてさらに身体性不足を埋めるために「さらに検索する」ことになります。これは悪手だと思っていて、悪循環でもあるのでループを断ち切ったほうがいいでしょう。よくこの悪循環の断ち切り方は書いていますが、一言でいえば、構造を一旦整理して、どこか一点やれるところにリソース(時間やお金)を投下するがわりと筋が良いと思ってます。それでもできないこともあるでしょうが(笑)、まずはやってみようと。

試してないのも身体が伴ってないと同様です。口だけとか頭だけもそうですね。やっている人はそれらの「だけ」にはなってないです。頭と身体が動いているので、説得力もあるし、何より楽しそうです。ストレスになりづらい、溜まりづらいって感じですね。

当然そういう人がやり方が見つかっているというか、やり方を持っているように見えます。実際は持っていなくてもですね。やり方というか、こうやって得意パターン、もっといえば勝ちパターン(別に勝ち負けではないんですけど)に持っていくといいと。そういう勝ちパターンを持っていると、冷静に見られるんですね。これはいけないぞとか、これは駄目っぽいけど実は良い仕込みなんだぞ。周りがどういっても関係なく、周りの声はノイズというか凪で、かき消される=ノイズキャンセリングされるという感じですね。まさにゾーンですね(笑)

あとやり方がどこかに落ちていることはないです。人のやり方は参考になりますし、先達の知を否定するわけではなく。ただそれも知っているつもりであればまあそこまでの価値ではない。価値に転じるのは、自分がやったり、そこで得た気づきですよね。結局その気付きの上にやり方のようなものがあるだけといえます。

だからやり方という顕在化したものに目を奪われているだけでは、即ち自分のやり方というものはまずないんですね。これを悔しくても学んでいって繰り返すしかないというかなり地味な話ですけど、実際にそうなのかなと。だから地味やすぐ効果が出ないものを否定したり、分かりやすいものに飛びつくって人はいるしそういう考えも分かるのですが、まあそれなりというか、多くは何もなかったことになりますからね。それこそまさに頭だけで反応して身体として何も試してなかったり、それこそ頭だけ楽して身体も楽したら何もしないのと一緒ですから、文字通り何も検証せず、自分が考えたのでなく人が考えたものがあって、さらに行動もせず人のやったことがあったら、「あなた」はそこには不在ですから、まあ文字通りあなたのやり方には一生ならないと。

というわけで、自分なりのやり方とかって難しいことでなく、愚直な実践という、しかもそれは毎日一個でもいいのでやると。そんなところから積み上げでしかないかなということでした。

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