試すことは面白い

何事も試してみないと始まりません。一方でそうは言われてもという不安や戸惑いというのも分からないでもないんですね。じゃあ、自転車に初めて乗るように親切に手ほどきをしながら・・・ができるか分かりません(笑)

正直それは人によって自転車に乗りたい気持ちやイメージと、実際に自転車で転んで痛い目にあってもいいから乗りこなしたいかどうか。短期の痛みは過程でしかないと信じられるか。

いやー何をいっても刺さらない時は刺さらないですしなんともです。とはいえ、試してなんぼですというところをやってこそがシゴクリというわけですね。

今回はたまたま見かけたネタを元に、試してなんぼというところを書いてみます。

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砂鉄や流木は売れるのか

面白い取り組みというかある会社さんの社員さんようですが面白いなあということで紹介してみます。なんでこの記事見つけたかすらも忘れてしまったんですが(笑)

流木、売れるかな?【マーケットで売ってみた編】

砂鉄、売れるかな?【マーケットで売ってみた編】

詳細は読んでもらえばいいのですが、結論をいうと売れましたというわけですね。おしゃれな自由が丘なストリートで市があるのでそこで試して売ってみたという記事です。

流木ならインテリアや飾りに使えるということで300円と値付けされても安い。砂鉄もなかなか手に入れられないかもしれないのとどう提案してみせるかなんだろうなあと。

一番おもしろいのはそれを試してみることですよね。面白い物が売れる。その一次体験が価値となる。これはなんどもブログでは書いてますが、一次体験の価値をなめられないというかすごいというところだと思います。自分が持っているだけに価値を見出しづらいのは分かるので、どこかに出す、話してみる、アウトプットしないと見えない領域でもありますよね。

記事面白かったです。

試すことで見えた世界

何が見えたか。偉そうにかくわけでもなく、この記事がなんと999記事目だったりします。もう1,000でいいじゃんって感じですけど、体感としては100記事くらいは最初インポートした気がするのでまあまだなんですけど、まあいいやっていえばそれでいいくらいの数字だと。

ブログをやりたいというよりも、ブログという場で自分のアイデアなり様々な企画、仕事の作り方、やっていること、アウトプットをしてきました。その一つ一つが試したといっていいでしょう。今もやり続けています。試す習慣があったからこそ、試せてそれがたまたまブログだったり、またはブログで出しているだけだったりしています。ブログがないとだめとかいう話ではないです。

試すことで蓄積されたものは色々なものになったというか、生み出していったと言っていいでしょう。失敗ばかりですが確実に蓄積されたものが思わぬアイデア、気づき、面白さを生み出します。

それが試す醍醐味といっていい。試す、実行する、遊んでみる、やってみる、どれも一緒の意味合いなんですが、試すという感じとても好きです。軽さもありつつ、とはいえやる本質は見失わない。やってみてじゃあどうかという検証余地がある。いいじゃない、いいじゃないって感じです。

自分が試すことが良かったというよりも、人が試すことも、そう今年は励ますがテーマなんですけど、寛容というか今までもそうなんですけど、より寛容になった気がします。もっとやっていい、もっと緩やかでいい、もっと寛くあっていいみたいな感覚です。自分に対してもアップデートやもっとやっていいという感覚があります。やりすぎはだめなんですけど、やらなさすぎというマイナスのベクトルもあるのかなあというところで。

端的にいって見えた世界とはバラ色の何かというよりも、試すことで自分が開拓してこういうことがいえるかもという、しっかりとした土台っぽい(それも土台とは人によっては言い切れないのでしょうが)ものです。それが世界といってもいい。その感覚が分かれば十分というか、試すという醍醐味はもういいのかなというところです。別に試したくないわけでなく、試すということで自分として納得して、痛感出来たという意味合いですね。ええ。

何を試したのだろうか

さてブログ開設からだと2016年となり4年を経過しています。早いようでまだ4年という感覚でして、もっとやっている感覚があります。実際ブログ歴はもっと長いのでそりゃ当然です。

ざっと思いつくところでも、今も試しているわけですが、どこまで自分がプレゼンスという存在感をお客さんなり必要とする人に提示できるかは大きな狙いです。要するに仕事が生まれるかどうか。シゴトクリエイターの醍醐味といってもいい。

他には自分のアウトプットの定着としての本をレビューする企画であったり、アイデアノックもやっています。仕事実績のアウトプットもするし、ITやWordpress系のネタもメモがてら突っ込んでます。

当初はもっと方向性は定まってなかったのですが、コンテンツが絞られてきて日記っぽいものは消えていった気がします。そこまでなかったかもしれませんが、日常ネタはアイデアノックなどアイデアコンテンツに加工したりと変えてるわけですね。僕の日常なんて検索して見たい人などまあいないでしょうから。

こういうコンテンツも書いていって試してなんぼなわけです。何も反応がないこともあれば、意外な手応えがあることもある。それが楽しいと思えば多分やれるのでしょうし、微妙ならやれないというかやらない。わりとシンプルだなと。

最近書いた記事もほぼ同じで自分で考えようねってことだけで、それは自分に言い聞かせているのもあるんですが、本当その通りだなあと。考えてどうか仮説を立てて試してみよう。そればっかりやってるなあと、数年でなく20年くらいといってもいいような、そんな感じです。それが楽しいから続いているのだし、これからも続けていくと。そういう決意はわりと苦手なんです。つまり残っただけなので、濾過されたものとされなかったものみたいに、フィルターの上に残ったものは置いていっただけで、通過したものがまさに通過して今あるって感覚です。

選ばれたというよりも、残った。長い年月で残ったり、やられたり、今もあるものってやはり強いというかいつでも取り出せる。常にいる相棒みたいな感じになる。それがアイデアであり、ビジネスであり、会話であったりコミュニケーションだったり、文章だったり、哲学でもいいし、思考でもいいし、戦略や戦術でもいいし、抽象や具体でもいいし、まあなんでもいいのですけど、それが僕だなあと。

つまり、このブログも残ったのだし、残り続けているという感じで、結局明日あるかも分からないくらい不定形な感じなんですけど、さすがにあるよなーという感じです。一応バックアップはしてます(笑)

試すって大したことではない

とりとめもないことだからやらない、というのはあまりにも天の邪鬼的すぎるのではないかと(笑)小さいことだからやれるのに、それをやらないということは・・・そう精神論でいえば本気度が足りない(笑)

それ以外で理屈でいってもあまり意味がなくて、やりたいことなら体が動くって本当その通りで、心が反応するんですね。スピリチュアルっぽいですけどまあそのとおりで。それをやるのがまさに大事だなと。

試すことが億劫で、でも試したらいいとかもあるのでなかなかこれって話ではないんですけど、まあ試すことで可能性や確率がぐっと上がる感じ、いや正確には微増かもねくらいなんですけど、やらないと上がらないのは確かでしょう。それをギャンブルになにかするわけでもないから、純粋に自分のリターンになると考えるとまあ100%損しないと言っても怒られないはずです。

ということが分かったら試すしかないと。

0から仕事をつくる実践記

クラウドソーシングでアイデア出しをメインにシゴトづくりを3年してきた気づきをまとめました。

企画やアイデアをシゴトにしたい人の一つの参考にしてもらえれば嬉しいです。

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