雑誌「広告」1円を買って考えたことメモ

2019年の7月に話題になってしばらく寝かせておいたのですが、博報堂が出している雑誌「広告」が1円で出された話です。

僕は面白いと思って速攻買いに行ったら普通に買えたんですね。今は半年は経っていますが中古で3,000円くらいしたり(新品は完売ということですね)しています。

その価値も本雑誌のテーマなんですよね。色々面白いのでメモがてらアウトプットしておきます。価値ってなんだろうをあーだこーだ考える話です。

価値について考えを巡らす内容だった

実は内容はnoteで無料公開されていました。

『広告』リニューアル創刊号 全文無料公開

この取組がどうかはおいておいて無料化するものってわりとあったりするので、これが通例化すると効かなくなる(目新しくなくなる)可能性もあります。実際はコンテンツの価値があるからこそやれるのですけど、ただ無料なだけではというのはどっかで聞いた話ですね。

読んでない方も読めるのですが、普段の広告というか、いわゆる学術系の固いものでなくて、「広告業界」的なテーマでなく、人類学であるとか、学問的な切り口で様々な人にインタビュー、コラムがあって普通に面白いです。

テイストとしては、編集長によって変わるのですけど、面白い感じは変わらないって印象です。

一番おもしろかったというかメモったのは、価値の使用価値と交換価値の話ですね。noteへのリンクを貼っときます。5 どんぐり100個600円

noteではさらに、転売されていることについても書かれていて面白いなあと。雑誌『広告』1冊2,500円

メルカリで色々売れるというか、売るという視点も面白いですけど、そういえば流木とかのネタも先回書きましたけど、マーケットが変わったりターゲットを変えると価値が変わってくるのはやはり何度見ても面白いなあと思います。

これを面白いネタとして捉えて終わるか、自分なりに考えてこうすると売れるとか、価値が上がるとかって楽しくないですか?僕は楽しいですね。

取引が記録されているのが面白いという指摘もなるほどなあと。視点を変えるというのは、例えば読書感想文を買うとか、不満を買うみたいなものも、お金は関係してるんだけど、仕入れて売るのもいいし、そこから新たな価値を材料的に仕込んで作るというか。そういうのってクリエイティブだなあと感じますね。

アイデアの売買については何度も書いてますが、やはり交換価値にはなりづらく(あなたのアイデアとわたしのアイデア交換しましょうとかってできなさそうです)、とはいえ使用価値もアイデアを使うのもなかなか(多くは実行性が疑われるし、できないのも多い)だなあと。

販売などの仕組みを考えてみる

価格も変わったりしますが、広告は普通は680円とか1000円しない価格帯で売られている印象です。バックナンバーとか調べてもいいかもですが。

それで1円になると、まあ粗利というか売上にならないので、withnews記事では1.5万部あって、1万冊を書店に並べて、取次はNGっぽかったというところですね。1万部だから売上は1万円ですよね。1円雑誌が問いかける価値 全680ページ、売り切れ続出…編集長に聞く

書店に直接送るとかも手間ですし、書店が売った場合の価格はどうするか(タダではないでしょうから)、わりと企画の部分で詰めておくことでしっかりできるし、そこをやらなかったら成立しなかった企画といっていいでしょう。

仮に700円であったら、書店には2割ほどで140円。取次は1割り程度で、残りが著者1割で出版社が6割くらいが妥当なラインのはずです。ここでは博報堂が出すので印刷をどうするかとかはありますが、印刷代+送料+書店へのインセンティブ?という感じになりそうです。

実際は1万部って多いかというと、配本するエリアとか書店が協力してくれるところがどこまであったかによるのですが、大型書店をいくつか見たところ結構置いてあった気がするので、仮に100店舗とかなら100冊。大型店などチェーン店で売るともっと会社単位で流通できるので楽な気がしますが、あまり多くはないというところですね。

カンの良い人は、光本さんの実験思考なんて思い出す人がいるかもしれません。似ているようで実際は個人で負担して(確か2000万くらい負担する)みたいな回収は出来ているし、売り上げたからいいもののまあなかなか出来ないアイデアですよね。印刷代のみの本が400円くらいだった気がしますが、僕も買ったのでよく覚えています。

そこまで実験ではなくて、価値を考えるというところの企画性をうまく、販売する雑誌自体をもメタ的に考えていくのが面白かったといえそうです。

価値とはお金なのか?

中身はそうでもないですが、企画的なものとか、販売とかってのはわりと本質ではないので、本質的にこの価値って何か。テーマが価値なんですよね、それを考えてみたいと思います。

これは1円レシートが象徴的であると思って、しっかり撮っておきました(笑)

このレシートを得るまでの体験は
実は得難い「価値」と後で知ることになる

体験としてはこうです。

  1. 1円で買うというおもしろ雑誌があるぞと知る
  2. これは買わねばということで本屋にGO
  3. 見つけたのでさくっと買う。「お一人様1点限りという注意書きはあった気がする」(あー転売する人もいるんだろうなあと)
  4. レジへ持っていく
  5. 商品である広告を出す
  6. 店員さんに「1円になります」と言われて、若干現実感でない、バーチャル感を受ける。(面白いよねと思わず言ってしまいそうになるが、1円を請求されたので支払う準備をする)
  7. 財布から1円を取り出す。現金で1円をトレイの上にのせる。シュールな絵面にみえる
  8. 丁度ちょうだい致します。ありがとうございました!
  9. いえいえ、こちらこそ!

という感じで進んだ。この時点で非常に稀有な体験が出来た。本屋で1円のものはないし(多分)、1円で買うことは多分今までなかった。

あまりないが、1円玉はたまに落ちているので、1円がなくて買えない場合も探して買うこともできる(倫理性はこの際置いておこう)わけでなんか面白い。

早速読んでみると普通におもしろい。価値についての話であってとても読後感も良いし、1円の価値ではない。どこへ消えたのだ?ということになる。つまり、価値とは価格ではないということもいえるし、価値自体はお金で換算している全然見えてこない。しかし、可視化や定量化で見えるものに価格をつけている行為は分かりやすく、勘定しやすい。それだけなんだろう。取引では便利だ。

書店員は裏に書かれた、いやバーコード等で読み取れば価格自体を意識せず「バーコード」を意識すればいい。書店員にもバーコードでない、価値を意識することになっていたのかもしれないが、そこは分からない。

便利だからこそ慣れてしまっているけれど、価値を何かということに関して考えるネタとしては十分にあったと思う。そしてとても楽しませてもらった。

価値とはなんだ?

さて、価値とはなにか。これは超難しそうで実はそれほどでもないかもしれない。友人はよく価値をバリューといってるが、まあ一緒なんだけど、広告は1円で買えた。だから1円の価値なのかというとそうでもない。

では680円だったら680円の価値かというとかなり怪しい。コロッケが80円なら80円の価値なのかもしれない。人によって支払い能力とか、食べたい食べたくないとか状況によって変わるからだ。つまり、固定的にある時点で決まるものではないのだろう。変動して変わっていく。

昔は価値がなかったものがあるとかもあるし、逆もまた然り。価値が変わることは面白い。一方で失うと大変だから努力するし、得たいからより変えていくのかもしれない。

雑誌を読んで考えた思考やここのメモやアウトプットはいくらなのだろうか?お金ではなく価値として。ある人にとっては面白いから価値があるし、面白くなかった人には価値にならない。期待値の問題かもしれないし、決められない。

アイデアなどもそうである人にはお金を払っても要らないが、別の人にとってはお金が積めるだけ積んでも欲しい場合もある。価値というのは哲学的で答えがない。考える数だけ、人の数だけ価値があるというところになりそうだ。

価値価値いっているが、自分の価値とか、人生の価値とか、仕事の価値とか、色々な価値がある。ここで僕は価値を低く見積もらない方がいいんじゃないかというふわっとした考えを入れておく。価値でなく価格が1円だと「価値がない」と判断する人もいると思う。これは示した額とそのものの価値が違うのに、判断してしまうってことだ。仕事自体を安い額で受けるときの注意はそこというよくある話でもある。最もお金を取る罪悪感からそのような感覚もわからないではないが、ここは価値を考えると非常にクリアになるかもしれない。

つまり、価値を決めてそこに価格をつけるだけでいい。価格と価値を分離するというか、価値と価格は独立しているという考え方だ。例えば僕がアイデアを出すときの価格を1万円としよう(大体それくらいでやっている)。1万円を高いと思えば払わないだろうし、見合うとか高くても価値があるなら出す。この時、1万円=アイデアの価値と考える人もいるのは分かる。買う側はそうだからだ。しかし売る側としては、「1万円」は価値を表す案内板の指標に過ぎないと思っている。というか僕はそう考えている。

1万円で買えるけれど、価値が1万円かは判断ができないからだ。これが「1円」でも買ったり売れたりするだろうが、ここで1円ではおそらく「1万円」ほど売れないのかもしれない。怪しさや無料に近いので「良いアウトプットが期待されない」などもあるからだ。これは分からないし実験ができないのと、あまりやる意味がないからしないけど、まあ安ければ売れるとか高いから売れないとかは「価値」をちゃんと考えると「そうではないだろうな」ということが言えるということだ。

1万円の価値かどうかでは話としては面白みはない。二択だからだ。あるかどうか。そうではなくて、アイデアの価値はどれくらいなのだろうかというとき「価格」ではない「値段」ではない、本質は何かということだ。それを独立した価値として、サービスとしてものとして、仕事として、切り分けてみるのはいいのかなと考えた。

例えば、ある人には100万くらい出しても欲しいかもしれないわけだとする。すると、1万円は破格である。ある人には100円でも欲しくないなら、1万円は暴騰しているということだ。しかもそれは「その人」からみた価格価値でしかなく、僕が考えている「価値」は全く別であると。

例えば100万円を出したら1万円より100倍価値があるアイデアが出るかというと、それはない。100円なら100分の1になるかというと、それもない。それほど調整ができないのだ。もちろん「伏せ字」にするとか、ちょっとなんかエグい感じ(笑)のことはできるけど、それは本質ではない。そもそもアウトプットするものがアイデアだから分かりづらいともいえるが、例えばみかんが1個100円を4分の1にしたから25円売れるかというと、保存状態などもあると価値がなくなるかもしれない。部分の総和は全体かという話とも似ているかも。

では僕はアイデアの価値をいくらにしているかなんだけど、正直決まっていない。価格は提示しているが、そういう商品性(価格が分かりやすい、再現性がある、品質が一定している)とはちょっと異なるからだ。しかし、これも考えていくと決まる話でもないだろうなと思っている。だからこそ、あえて価格を安くするとか、高くするとかはなくて、適切な価格で提供して、価値自体は最大化できるように尽くすというところでしかない。

つまり、安売りとは価格の下落ではなくて、本質的な価値自体を下げることといっていいのだと思う。これを避けたいというか、避けられる場合は、仮に安い値段でも価値が高いなら、価格が結果的にあがる。なぜならその価格では安いから人気が出て殺到するからだ。もちろんそうでないこともある。一方で、高い値段でも価値が低いなら、価格も下がる。

価格ありきでなく、価値ありきと考えたり、これらを独立して切り離しておくと、メタっぽく考えることになる。

こうやって考えることが面白く、雑誌広告のテーマとしての価値はこれだけで十分に成功したといっていいのだろう。多分こうやって考える人は1万人いたかはおいておいて、手に取る人は何かを考えたり、価値かーということで色々問いが生まれたのではないかなと思う。

つまり、広告にとっての価値は生まれた問いや購入者や話題にした人が考えることの総数であったり、その切り口であるんじゃないかと。そうすると、こうやってややだらっとして書いた記事も「広告の価値」を上げていることになる。1円という価格=価値のないものなら、このようなメモや記述や思考は生まれないはずだ。だから、1円は額面の見せかけの価値=本質的価値は非常に高い、と僕は考えた。

もちろんこれは哲学や考えることが面倒な人にとっては、非常に価値が低い。面倒くさいことをひねっているだけにも思われるからだ(笑)その人にとっては価値がないし低いのだろう。

では価値の哲学は広告を1円でやらないと生み出せないかというとそういうことではない。お金の価値、色々な価値を考えることをすればこのような価値の話はできる。逆に考えるきっかけやヒントや自分で考えるということをしていないならば、一生出会えないかもしれない。

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