運が良いと思ったり、運が良いと思っている人と一緒に居たほうがいい

自己啓発的な感じですが、トータルで見て逆の「運が悪いな」という感覚はないほうがいいかなというところです。

理由はシンプルで、結局悪いとか良いとかは、人間が思うことであって、事実は変わらなかったりします。よってそこからラーニングして、「例えばこれはチャンスなのかも」と捉えると、チャンスとなって動けるわけです。これは「失敗を学びの種」と捉えるのとほぼ同様です。

よって、失敗することは学びになるとか、成功の精度を上げるとか、そういう考えの人はおそらく「自分は運が良い」と思っているのではないかなと僕は考えています。

逆に「失敗は学び」だと思っているけど「運が悪いな」という人はあまり聞いたことがないので、メンタルやマインドセットをどこかで無理をしているかもしれません。

当然これらは信条であって、成功している人でも「運が悪い」と思っている人もいるかもしれないですよ。でも、運が悪いから学ぶのって「それは運が悪いだけ」となるので、学びもしづらいんですね。つまり他責、他のせいにしてしまう。コントロールをする余地がないんですね。

つまり、精神論でなく、わりと合理的な話もであるってことですね。

自分は運が良いか?

僕も運が良いと思って生きています。生きていることにも感謝くらいはやりすぎかもしれませんが、基本的にそう思っています。ありがたいー、ありがとうございますの数でわりと決まってくるので、ちゃんとありがたい時はありがとうというのは悪いことにならないからです。商売だから言うとかではなくて(笑)客の立場だから言わないとかもないですよね。

それで運が良いと思っているというところで面白い話があります。ある本で書かれてた気がしますが、運が良いと思っている人を採用する。確か松下幸之助氏の話なのか忘れてしまったのですが、誰かです(笑)

採用ですよ。面白くないですか?

僕も身近な経営者が同じことを言っていて、「あーなるほどなあ」と思いました。なぜか?

僕の考え、解釈ではこうです。

「採用というところは結局その人と一緒に仕事をするわけだ。そうすると、長い付き合いになる。そういう人が基本的に運が良いと思っていないと、色々と悪い運を持ってくる。また運が良いと考えられるなら、なにかあっても乗り越えやすい」

まあこれも限度もありますよ。なんでも乗り越えられるなんて言ってません。比較すべきは、「運が悪い」人でなく「運が悪いと思っている」人ということですね。実際の運の強さなんて測れないので、迷信っぽくなるんですよね。なのでそこは測ってなくて、測れないですからね(笑)どう思うかというあなたの態度がどうかということです。

運が良いと思っている人と一緒にいたほうがいい

もっと解釈をしていくと、その組織、つまり運が良いと思っている人を採用している企業は運が良いと思っている人達が集まりますよね。

そうなると、その組織は運が良いという集団になります。くどいですが「運の良さ」なんて数値はないですから、そう思っている、正確には「運が良いと思っている集団」ですね。しかし測れないのですから、思えばいいんです(笑)これをせこいとかそんなの意味があるのかという人は合理的なのですが、実質というか本質的には、運が良いと思っていて行動を促進したり、改善したり、粘ったり、アイデアを出せたりという次の行動に焦点があります。

極論は「運が悪いのだ」と思っている方がパフォーマンスが出るならそっちがいいってことです。僕はなんか微妙な気がするのでそうは考えてないです。あと運が悪いぞーというやり方でなにか結果を出した人がいたとしても、「そういうやり方もあるのだな」くらいで、それを批判するとかはないですね。パフォーマンスが出るならそこまでというところですが、あとはなんか楽しそうとか、良さそうと思えるかですかね(笑)

僕もそういう感覚でいるので、運が悪い方に考えるんだなーとか、それをそう捉えるのは「ひねくれる」だけならいいが、本当に真面目に「運が悪い」と思っているのだなーとか、そういう人は割と割けています。運気も交換出来ると思うので、良い人には良い流れが出来てくると考えています。

それは自分のツキが良くないときも、引き上げてくれたり、逆に相手やその場が微妙でもこっちが良いならツキを上げられるわけです。こういう雰囲気や流れってあるので、否定する人は少なそうです。リズムを変える、トーンとか音楽、気分、メンタルってコントロールしづらいので、やはり少しでも利きそうなものは試すべきなのかなというところです。

もっと引いてみれば、運が悪いとは、運というコントロール出来ないものに対しての見方、試金石といっていいかもしれないです。つまり、そういうものをランダムであるとか、より高められるのか、またはネガティブ的なものとして扱うのか。例えば、運が悪いと思っているだけで、それだけでネガティブな感覚になりそうです。ネガティブが駄目なわけでなく、なんでもネガティブに捉えると・・・まあ新しいことはできないですよね。

これをしたら失敗するのでやめておこう、言われたことをやっても怒られるのではないか。ちょっとくらいはいいのですけど、やりすぎるとこれもある種の病気とも言えます。ポジティブすぎるって逆に病気となるかというと、あまりなさそうです。至って健康な感じですね(笑)実際にどうかはおいておいて、結局社会性のある生き物である限り、快活に過ごせるのはポジティブだと言えそうです。二択ではないのですけどね。

自分が運が良い、そして周りに運を広める

上の2つをまとめてみると、

自分は運が良いのだ。そしてその運を周りに広めましょ。

くらいでよいのかなと僕は考えています。

そうすると、自分に対しては最高のラーニングが出来ます。つまり、ちょっとした失敗も、アクシデントも、思いがけないことも、楽しめるんですね。さらにそこから新たなアイデアが生まれるかもしれない。そうではない、良いことならより感謝できるし、さらに運を上げられるかもしれない。

そういう時分でいれば、周りにも影響を与えます。具体的にはありがとうをよく言ってくれる人だ、よくこちらのことを配慮してくれる人だ、あなたがいると明るくなる、そういう状況でも踏ん張れるという人、そういう存在が支えとなる、あなたと入れてよかった。

こういう感じになるんですね。何も魔法ではない。単に運の良さを認め、それを広げていくって感じです。僕も無理はしてないです。

周りに運を広めている人が、評価されないことはないでしょう。むしろ、触媒であり社会的に感謝される立場でしょう(笑)

逆に運が悪いぞー、そうしてやろうという社会を運が悪くしてやろうという人はこれはイケナイですね。かなりレアですがそういった方も見かけるので、そっ閉じしていくくらいで関わらないか、どうしてもなら距離を置けるだけ置く。少なくとも記憶からは消していく(笑)とか、コントロール出来るところはしたほうがいいですね。

運の良さだけでもちろん生きられないですけど、運の良さを侮ってはいけないなあと。そしてこれは運の実際の良い悪いは誰も分からないです。だから、運をどうあなたが捉えられるか。僕は良いと思っている方が、いろいろ得られるんじゃないか、そっちのほうがいいんじゃないすかね、くらいの話ですね。

あとこの話が簡単なものと思える人はおそらく軽んじていると思っていて、実際にあなたはどうでしょうか?実際にこういう感覚は後からじわじわくるのと、実際にはこういうメンタルやマインドセットはなかなか変えづらいです。変わらないです。意識的に学んでいかないと、そして蓄積も大事ですから、なかなかなんですよね。逆にポジティブに考えられる人はそれなりの経験を乗り越えたり、何かしら運をコントロールして生きていると僕は考えています。そうでないと、自分が死ぬというか、ストレスフルになりすぎて、まともに動けないからですね。いや、本当に(笑)

そこまで分かる人なら、この話がしみていると思っています。そうでないから駄目でなく、じわじわくるんだよなあというところでした。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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