AIと人が一緒に仕事をする時代になるが、人がやれることはまだまだ一杯ある。

今回はAIとの関わり方みたいな話を書いてみたい。
どちらかといえば、明るい方かもしれないが、別にあえて暗い話をしたいわけでもない。
簡単にいえば、AIを使うことが当たり前となって、仕事とは人がやるものが、人とAIでやるものとなる。
当たり前かもしれないが、そういう感覚になった時、または特定の人がでなく、社会の多くがそうなると、そりゃ全てがガラっと変わる。劇的に良くなるという意味でなく、やり方が変わるのだ。今までの維持も意味が異なるわけだ。
そうなるとどうなるか?シンプルに、人がやれること、抽象的なこと、マネジメントや調整、コミュニケーションなど、人にしわ寄せがくる。これは良いことかもしれない。しわとは、AIができることが増えてそちらのAIができることはAIにやらせるが普通になるわけだ。残ったことを人がやる。
そう書くと仕事の奪い合いとなるかもしれないのだが、多分実際は、人がやることは無限にある。それこそ、静かな場所を探してそこにアテンドすることだって仕事になる。そんなことが?と思うかもしれないが、AIでは難しいことは一杯あるからだ。そして、それを専門にしなくても、都度仕事をつくり提案するでもいい。安定感というと、正社員で雇用みたいな感覚が当然あるのだろうが、一方でそういった仕事が溢れている(選べるし、気分でもOKなのだ)なら話が違ってくる。
そうなるとは言ってないし断言できないが、AIで仕事を作り出せるならかなり不安が減るのだろうと感じている。
ざっくり大枠はそんな感じで。
AIと一緒にやることが普通になる
これは偉い人もどこかで言っている気がするので、僕が言ってもどうかと思うが、まあ確かにそうなると思う。
一方で、AIを仕事に使うという感覚は何もプロンプトを打ち込んで、というシステム開発のコーディングなどの業務だけではない。色々やれるのだ。
次にAIで効率化される。なぜかといえば、文章をつくる=書き出す時間がかかったのが、それはほぼ一瞬となるからだ。
しかし、読んで判断する時間はそうは減らない。読まずにOKとするのはまずいので、それは今回は省くが、ちゃんと見るし判断するとする。人が。
読む時間や判断する時間が増えるといってもいい。これを重荷として、やりたくない人もいそうだが、どうなるかは分からない。ただ文章を書いて、読んで、判断してというパッケージや一連の流れを仕事だと思っていた人には色々と意識や改善というか、見方を変える必要がでてきそうなのは確かだ。
そして最後にそのアウトプットだ。それが事業計画でもいいし、プログラムでもいいし、接客マニュアルでもいいし、または接客体験そのものでもいい。なんでもいいのだけど、ある仕事Aに対して、AIの関与度が必須となり、人が単独で行う業務のほうが珍しくなってくる。それだけの話でもある。
しかし、品質という意味で、そのアウトプットが面白いとか、価値があるとか、有益とか、知らないのだけど、そういう何か良さそうだというのをしていかないと買ってくれない。AIを騙して売るとかではなく、人もだけど、人に評価してもらわないとそれらは買われない。仕事にならないわけだ。
従来は人が色々やって人が価値を判断してくれた。
今後は、人とAIで色々やって、人が価値を判断してくれる。ただ、正確にいえば、受注者がAIと色々やって、発注者が判断するというわけだ。もっといえば、発注者も判断するから、より正確にいえば、
受注者がAIと色々やって成果物をつくり、その成果物を発注者がAIと一緒に判断する。
ということになる。たまにいっているが、人→AI→AI→人ということで、AI同士がやりとりする構図もでてくる。ただ最終的には人だ。AIがAIエージェントとなってもいいし、人が(AIエージェントと人)となっても正直どうでもいいのだが、人の要素が1mmでもあることに意義がある。
人とAIが一緒にやることが前提でないなら、それはどこかでアップデートされるかもしれない。もちろん代替されないこととか、人がやるからいいのだということは多くある。しかし多くはAIが入ってきて変わっていくというわけだ。
人がやれることは意外に多い
今考えられることでも、AIと人と一緒に仕事をすると言っているわけだが、AIがやれることはざっと以下のようなことじゃないかと。
- 大量にやる
- 同じことを繰り返す
- パターンを一杯出す
- 簡単なタスクをやる
ある種プログラムに近い。しかし、エージェントとなってくるともっと色々できる。ただ時間がかかったりする。あと当然だけど、一杯やってもそれを判断するのが人だから、100タスクやってといっても、100タスクの結果を判断するのは大変なのだと思う。この場合は、結論だけとか、形として見える形にするなど工夫が必要な気がする。
逆に人は、
- 感情や感覚があるもの、エンタメとかは強い
- 人同士でないと価値が生まれづらいもの。AIインタビューは面白いが、気持ちが乗って瞳孔が開く?(笑)かは謎だ。多分きついだろう。なんかぼーっとする感じがありそう。
- マネジメントや抽象的なこと。AIもできなくはないが、接地問題として、あらゆる概念が頭の中?だけでやられているので、なんちゃってしかやりづらいのだと思う。
- 意図や意思、精神的なもの。例えばこれをやりたいなどの好奇心などは難しい
- 創造的なこと、何か新しく生み出すこと(AI的創造はできるが、それを取り入れて人が面白くするという前提だ)
という感じだ。
フィジカルAIみたいにロボットだとか身体がでてくると違ってくるが、まあもう少し先になりそうだ。
仮にAIが有効だと思っても、それを導入したり使えるという形にもっていって、指示したり、メンテナンスするのは結構手間だ。よって、人に頼んでやってもらうという、アナログ?な人に指示してやってもらうというのが「アナログ」といえるのが面白いけども(笑)
そう考えるとやれることは多い。人が。
人は、AIのメンテナンスもだし、その結果をどうかの判断もいる。それらが動くようには、経験も体験もいるからだ。そういう意味では、とても面白い。
AIチームやAI部下を持ちたい人はどこまでいるか?
AIエージェントが色々やってくれるという時に面白いと思う人は一定数いると思う。僕もだけど、このブログを見ている読者なら、あなたはそういう人じゃないだろうか。つまらないなら、こんな記事読んでない(笑)
そういう人はそれでいいのだけど、実は世の中には意思、意図、何かやりたい、好奇心、こうしてみたいという人は意外に少ない。感覚では1割だ。何か分からないけどやってみるかという人が極めて少ないとも思うが実際はそうなのだから仕方がない。
1割もいるのかしかいないのかはおいておいて、だから良い悪いはいえない。そういう少ない状態ということは確かだから、周りには驚くほどやりたいことがない人が多いのだろう。またはやりたいことがある人ばかりいるなら、集団が偏っているかもしれない。だから駄目ではない。
そうやってこういうことをしたい!がなければ、AIチームもAIエージェントも不要だ。というか意味がない。用がないといってもいいだろう。無理に用をつくってもでAIを触りたい人とは全く価値観が違うのだ。
という意味で、マネジメント自体もそうだし、人を指導するとか、教えるという人も少ないのだ。そういう仕事は今後さらに価値が高まると思う。当然その価値として、お金がより貰えるかはまた別問題なのだけど。
AIで何かしたい人はすぐやったほうがいい。事業をつくる、シゴクリでも良いのだけど、なにかやってみる。そうやって見て欲しい。AIに事業を任せて経営してみる。自販機などを運営させてみる。実際の補充は人間がやればいいという感覚だ。それで儲かるかというとまあ厳しいと思うけど、試すのが大事だ。AIのスペックもあるだろうが、何より自分が人が経営をしたことがあるか、ビジネスをしたことがあるか、その経験が大きいと思うからだ。
AIで仕事を作り出していく
シゴクリしかないとは個人的には思っている。といっても誰もがやるとは思えない。シンプルに意思や意図をもって創造やなにかやってみたい人が少ないからだ。大きなことをやれというわけでもないのだけど、そこに語弊がある。
毎日少しでもいいから変わったり、学びがあったりを大事にできているかどうか。そういう小さいことでいいのだけど、そういう改善はじわじわと効いてくる。宝になるからお勧めしたい。本当に些細なことでいい。
AIで仕事をつくるのが簡単とは思わないが、文章を一杯書かないとというなら、それをAIに書かせて推敲を自分がして、またはAIにある程度させて、アウトプットを高めていけばいい。それだけだ。前少し書いたのだけど、自分で箇条書きで書いてそれをAIに書かせてはいいのだけど、書く流れで自分の思考を揉んだり、より考えることが失われると思ったので、僕はあまりAIに文章を書かせたくないと思っている。
当然テンプレートやフォーマットがあってそこに書かせるとかは楽だからそれでいい。しかし自分で見て判断しないといけないし、少なくとも楽出来たからそれで終わりでなく、思考自体や問い、アイデア自体はAIに依存してしまうのは危ないと思っている。要は付き合い方、バランスの問題だ。インスタントラーメンばかりでは体を壊す。それだけだ。AI=インスタントラーメンではないのだけど。
ハードルが下がる。チャレンジをしたいけどできなかった。まさにチャレンジをしたい意思がある人にはプラスでしかない。それだけだ。あとはどううまく使えるかのアイデア勝負という気もする。
そこまでAIを使い込んで本質的に高めている人は正直あまり知らない。おそらく黙っているか、僕が知らないだけか、あとやってもそれほど成果とならなかったか。個人的には「AIと遊んでいる」という人のセンスは良いと思う。文字通りセンスだ。だから、感覚を鍛えるとか、遊んで楽しいという人はどんどんやるから強い。
自分があったらいいなという仕事でもいいし、改善して欲しいことでもいいから、それをAIとなにか考えたりやりとしたりして何かつくれないか。形にできないか。形にしていくということが、ますます問われると思う。そこに人のチャンスがあるし、人がやることはまだまだありそうと言えることだ。
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