AIを自分は使って良い。しかし、他人は使っては駄目なジコチュウ的態度。

AIを使われるのは嫌だけど、AIを自分が使うのは良い。
いくつか現象がありそうだし、ところどころ違うのだけど、AIがオープンというか共有財???としてあるなら、それらはインフラのようなもので、「電気使ったな!使うな!!」とかにはならないわけです。
「AI使ってるんですね!AI使うな!」といいながら、「自分は良いんです」ということですね。
自己中心的ともいえるし、ジコチューともいえる。だからその態度でAIに対してでなく、他もそうなのでは?と考えられる。AIいいよといいながら、自分でAIで書かせても、AIで書かれたものを嫌うみたいなのもそうですね。
当然、AIに書かせたものをそのまま使っているかどうかというのが厳密なところなんですが、そのアウトプットの是非ではなくて、AIを使う姿勢のほうが焦点かもなあと思ったりします。
自分はいいけど、お前は駄目。ジャイアンみたいな理論ですけど、ありそうですね。
あなたはAIを自分にはどこまで使って良いとしているか、そして、他人にはどこまでAIをOKとするか?そこらへんは一人ひとり、新しい技術や手段なのでありそうですね。考えてみると面白いかもしれません。
僕は、AIを使ってもいいのですが、結局それなんだろうね?というのがつきまとう感じがしています。AI使った!効率化!すげー!ってみたいな単純に終わるならいいのですが、そうはなってない。というかそうなったら、誰も何も考えてないので怖いですけどね。まだそうなってないのか、そうなるのかどうかも怪しいですよね。
他人がAIをどう使うかを規制できるわけではない。だから、レポート丸々AIのコピペが出来上がる。それはAIが提案してない。人がAIをそう使っているだけ。SNSもそうでした。人がそう考えて(それが毒されるとか、色々あるとはいえ、そこは全部スルーして)、SNSを手段としてうまく使えないのでしょう。それくらい人って、賢くはないかなと、自戒を込めつつ。
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