GPT-5がコケた感があるのを興味深く感じつつ

GPT-5が出て、話題になっているようです。という話題が、4o、つまり前のモデルが良かったという声でこれは正直驚きでした。
さらっとしか書かないですが、GPTというAI生成、生成AI?に対して何を求めるか。実は、話し相手というのが多くの人(数が多いということであって、すべての人ではない)にとって切実だったと。もっといえば、多くの人は話し相手が欲しかったと。
そして、話し相手はAIでもよく、誰でも良かったと。そういう仮説も立ちそうです。
正確には、人が相手に共感したりするのと違う(AIは主観がないのは明らか)ものでも、それを人は共感だとか、情緒があると「思える」程度の演技が、AIには出来たようです。ようですというのは、僕はAIに主観を感じたりがないからですね。
AIに対してありがとうとかは言いますし、命令形で書くとかはないです。なぜかというと、そういう命令が癖になるからです。これは人によって違うでしょうから、スルーしつつ。
そういう中でも、
- AIは人ではない
- AIは主観がない
- AIは自律性は怪しい(AGIみたいなAIエージェントが目指すのはそれなんでしょうが、眉唾でいます)
ということで、AIに幻滅する人もいるんでしょうね。期待値が高いからですよね。
そもそも、AIが何かできるのに期待し過ぎるのもどうかというのが冷静なツッコミですが、ある種妄想や期待が変えていくのでそれを否定するということでもないです。
とりあえず、4oが欲しい人は旧モデルは選べるので(まだ?)、それを使いつつ、あとは、そういったローカルなLLMですよね、自前で作ったほうがいいかもです。ただそれはコストがかかるし、流石にPCやらGPUやらあとメモリとかですかね、高くなる。多分OpenAIが出すものより高くなるでしょうね、きっと。
今回面白いなと思ったのは、AIを人っぽく使う相手という顕著なニーズでした。いや、あったのは分かるんですが、そのままでいてという感覚は全く無かったので面白いです。
では、AIが変わっていって変化していってそれを僕はどうするか?ですが、まあそれを使っていくというか。単にそれだけな感じですね。そこに創造性は結構怪しいというかそこまでなさそうです。
なので、人と話すとか、人って良いなと。AIのメリットが例えば何度話してもーとかですけど、それが限られる人だからより学ぶとかもあるわけですよね。どちらもうまーく付き合っていきたいですね。
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