丸パクリではないが倫理的にどーよという話。

盗む人

最近思考というか考えていることをアウトプットするのが楽しく、仕事柄現状をまとめる、どういうアクションをするかということなのでその範疇です。では、思考をまとめるのってなんだろうということですが、遊びに近いです。ありがとうございます!

さて今回は、丸パクリではないんですが、参考にするにしてもドイヒー(ひどい)という話です。とくに攻撃をしたいとかそういうことでもないので、ターゲットをイメージしながらお読みください(!?)

アイデアを参考にしているとは言えないサイト発見!

アイデアに限らずですが、アイデアに限ってもいいんですが、それらは参考にされます。パクるという言葉は非常に直接的な言葉ですが、参考というより盗作に近いです。盗むってイメージ悪いですよね!

アプリなどゲームをパクられた作者がというのは笑い事ではないですね。それは裁判ケースということで、別に裁判をするかどうかっていうよりもよりシリアスな話としてここでは対象外です。

今回対象とするのは、あるサイトを見ていたら、アイデアが色々載っているんですね。いわば僕のコンテンツもアイデアなので、なるほど、こういうアイデアあるよねーと眺めていました。

そして別のサイトへ。すると、「あれ?これなんか既視感があるぞ」ということで、比較してみました。すると恐ろしいことに1個や2個丸パクリなら可愛いものですが、アイデアのエッセンスである見出しはほぼそのまま。そこに追加したような文章を載せている。どちらも見なければ分からないのですが、コンテンツとしては悪い部類です。というか、見出しからアイデアを考えているが、結果的にほぼアイデアは一緒なので、参考にしすぎ・・・というところでしょうか。数十それが続くわけです・・・。

せめて順番くらい変えたらと思いましたが、順番というか並び方が鍵でもあるのか、カテゴリや並べ方が一緒なので、これは見た感じ真似したほうが明らかに分かるのですが、そちらのコンテンツ、サイトの雰囲気から似非サイトと認識しました。

パクリツイートとかをしたい心理

ここで参考にするって感覚が、もはや崩壊しています。というか、まともに話ができないと考えていきたいわけですが、社会とはまともに話ができないであろう人ともコミュニケーションをする必要性に迫られます。それが社会です。もっといって理不尽や不条理といってもいい。まともに話ができない人とは、ある種のルールであったり、何か固めた論理で話すしかなく、これは相当疲れます。それくらい感覚で回っている人は大変な印象でしょう。

例えばパクリをする人といえば、パクリツイートの話題があります。これはなんとなく「なんでそんなことするの?」って感じになるのですが、パクリツイート側は「有名になりたい」であったり「自分のではないがツイートが拡散すると嬉しい」というところです。

この感覚分からないでもないのですが、引用という枠ではないし、紹介でもなく、流行っているものとか流行るような人をフォローしてツイートする、またはコピーするので、不法占拠に近いイメージです。法が適用されない、北斗の拳状態ですね。

冷静に考えて、では彼ら彼女らがどうかは分からないのですが、まともに社会生活を送るとなると人格として複数ある(本当の多重人格とかでなく)、顔がいくつもあるのが普通だと思いますが、例えば悪いことはできないであろう先生的な立場にいて、パクリツイートをやっているとするとおそらくどこかで矛盾が出てきます。そのスリルを楽しむ人もいるのかもしれませんが(汗)

これらを心理や精神を考えると結構疲れるのじゃないかと思います。そしてどこかで限界やストレスとなって崩壊する。人を殺めるようなことではないから軽微とはいえないわけで、やはりアカンねえと思うわけです。

虚しさの中でもアイデアを出す

アイデアを出していくことで危惧されるのは、アイデアを獲得できる権利、お金または然るべき手続きがないのにそのアイデアをパクるというところです。

ですがこれらのアイデアについては、そもそもコストをかけてない時点で、多くはそのアイデアをきちんと得られません。具体的にいえばタダより高いものはないという表現がいいのではないかと思います。

上のアイデアを盗んだように近いサイトコンテンツを掲げている記事は、その内容はおいておいて、おそらく見合った結果を出せません。それで正義だ!(笑)というよりも、仮に結果が出てしまった場合、次はどうするでしょうか?

アイデアを出すスキルがないのですから、また参考・・・いや盗用します。常習犯ですね。これがいわゆるほとんど価値のないコピペサイトなどの出来上がりだと思いますし、逆にそういうサイトが出てくる時にスルーする、なかったものとするのもグッドでしょう。また良いコンテンツを出すことで、検索エンジンから省いていくのはGoogleっぽい思想な感じですが悪くはないと思います。もちろん万能ではないとも言えそうです。

ここでシゴトクリエイター的にいえば、アイデアをタダのごとくふんだくろうとする人には待ったをかけたり、そもそも話をしない戦術、いやそもそも目利き時点で話になっていかない戦略を立てていくわけです。アイデアの価値を見誤っている、共有が難しそうな人とはお話ができないというか、仮に無理にごまかしてもお客さんになり得ないからですね。

ここではアイデアの話でしたが、これはイラストレーターならイラストの価値、漫画家なら漫画、ゲームクリエイターならゲーム、小説家なら小説、カメラマンなら写真、それぞれのメインとなり得るアウトプットに対して専門的になる必要はないです。しかし、そのアウトプットに対してあまりにかけ離れた理解、または共有事項が少なすぎる、または価値について理解が合致しないのであれば取引、シゴトにならないということです。

この人やこの案件でアイデアを出しても虚しそうである。アンマッチミスマッチというのは付き物ですが、基本来るもの拒まずでありそれこそ「虚しさの中でもアイデアを出す」ことが、なんとなくアイデアを仕事とするならやり続けていく考え方なのかなと感じました。

アイデアは他のアイデアが入っている

アイデア、いやデザインなどもすでにあるもののアイデアが入っています。それはそれでいいと思いますし、アイデアは組み合わせであるので、既存のものを参考にしています。

その性質からオリジナルなアイデアなんて理屈上はありえません。とはいえ、オリジナル性が全くないアイデアもあります。それは端的にいって、人のアイデアを解釈もせずにそのままコピーすることでしょうか。

コピー自体は悪いかどうかはおいておいて、アウトプットをする場合、誰の考えたものかとなるわけですね。多くは自分が考えたといえばいいし、実際はそうですが、コピーしたものはどうでしょうか?コピーされた原作者がいるわけで、このあたりから著作権の話になってきます。

かなり難しいですが、アイデアは法的に特許等を除き、守ることは出来ません。じゃあアイデアはコピーしまくれるか?そしてそれで例えばビジネスや経済活動や仕事ができるか?ですが、それは現実的には厳しいといえます。

理由は先程のコピペサイトの出来上がりでみたように、コピーしてアウトプットすること自体がほぼ人間的な価値を薄くしています。もっともアート活動でコピーみたいなもので模倣に焦点をあてるとかは次元が別だと思います。そこでの価値、人が介在する価値を考えるわけですが、それって「悪巧み」というのを価値とするくらいでしょうか。悪さをする、反社会的なこと、または暴力を振るう、自己をコントロールできない点での憂さ晴らし、愉快犯。分かりませんがそういう心理や精神になっていくのではないかと思います。

いくつか救いようがあるという点では、自分の実力のなさを理解し受け入れているからコピーするのだ。割り切られたらこうなるわけですが、そういう意味では素直とも言えそうです。

アイデアをコピーされても出し続けるアイデアマンは愚かですが共感を呼びやすいわけですが、またそれもどーよと思うわけで、オチはありません(笑)

以上、アイデアのコピー記事を見て思ったことを書いてみました。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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