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アイデアが少ないと慎重になり、多いと大胆になりがち

ものとかなんでもいいけど、持っていると太っ腹になる。

時間、お金、アイデア。なんでもいい。

だがしかし、レゴマニアの人がいて、レゴブロックが1000セットあるとする。色々な恐竜とか、建物とかのセットだと考えて欲しい。それでレゴに詳しくない人が「1000個もあるの?じゃあ1個頂戴」というのは、有り得る話だ。

一方でこれは無邪気な感じがする。レゴマニアからすれば、例えば「レゴを持っているし、集めたということは価値があるから。1000セットのうち、価値の集積であり、捨てられるものはない」という意見もあるだろう。確かに。

持っているから、それをくれとは、結構微妙な意見だ。

分かりづらいが、発話者、発言者の立場で変わるのだ。

レゴを持ってる人が、上げても良いよ、ならそれはそれで話は通る。それだけだ。しかし、レゴを持っていない人が、「そんなにあるならくれよ」は違うと。

この立場の違いが理解できない人が増えているのかわからない。ただ、その立場に立たないとわからないということもよくある。だから、より体験と、経験と、想像が求められるが、なかなかそうはいかないようだ。とはいえ、僕もだが、知らない事が多いし体験出来てないと思っている。だから、そういう考えや経験や体験もあるのかなと思う余地、批判されるしするということでもあるが、がある。そこを大事にしたい。

アイデアの話をしてみよう。アイデアを僕が色々持っているとしよう。だからアイデア一杯あるから上げる、共有しようは自由だろう。僕の勝手だ。しかし、「多くあるから別に一個くらいいじゃん。ケチ、ずるい。」(笑)は違う。でもそういう感覚の人がいるならば、それは修正しておいたほうが良いと思う。老婆心ながらだ。である人がこの記事を読んでいる確率は低そうだけれども。

アイデアについていえば、アイデアがある、アイデアが色々ある人は複数あるからこそ、一つに固執しないように思う。逆に固執してこのアイデアは俺のものだという人は、アイデアを出せないということでもある。そのまま考えてもらえばいい。

そしてそういう固執的なアイデアは、揉まれてない、人に言わないから、かなり囲い込まれた、垢抜けてない、社会的でもないものとなりやすい。だから、駄目というのは簡単だけども。

ということになる。

こういう論を立てると、お金を持ってない人はお金持っている人にくれとは言えないことになるがその通りだ。時間もそうだ。お金は資本主義だと強いが、社会主義だと・・・でも結局強いのか。お金を持っている人はその価値を知っているから、価値を守り続けるというのが大きいというところだ。少なくとも資本があってそれを転がしている、何も考えてない、その状態でやっていけた「ボンボン」であれば、確かに色々言われてもしょうがないかもしれないが、とはいえ、それで資産や財産を奪うことはやはりおかしいだろう。

といっても、矛盾するが、社会の格差や不均衡を良しとするのもまた違うし、難しいなと思う。

だからお金は一旦外すのがいい。時間とか、または自分が持っているもので考えて欲しい。それを色々あるからくれっていうのはやはりおかしいのだろう。

また、そう言われて違和感があるのが健全かもしれない。そのうえで、持っているなら、出していくくらいでいい。それらは、前の話ではないが、ギバーとなり、結果的に信頼を得ることになる。一朝一夕ではないが、多分そこは裏切らないと思う。

少ない資源だと慎重に扱うが、それはある種良いこともあるが、固執となると微妙だろう。多くあれば色々と手を打てるが、嫉妬されることもあるし、テイカーな人がくるかもしれないのでまたなんとやらだ。

しかもこれらは多い少ないは相対的な話だ。誰かと誰かで特定したり限定するものではない。だから相対的なものだから、余計ややこしいし分かりづらいところなんだろう。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア採択実績数は474件。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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