
ChatGPTを使ったAI学習は「浅い理解」しか生まない:最新研究が解き明かす知の危機とは
今回はAIネタです。
学習の際に、ググるのは頭には良さそう
AI利用が駄目ということではないという前提で、頭で考えるって何か、とくに学習するということにおいては、ある程度手間がかかあるとか、頭で比較するとか、やや面倒とか、困難があるほうが良さそうです。
というのは、新しいことって、最初うまくいかないし、ではどうすればいいのか。既存の知識や経験を使ってみたり、または試してまた考えて振り返ったり。その繰り返しじゃないですか。
それをふっ飛ばしてAIで出てきたことをやることは、よく言えば効率的で無駄がないのですが、効率と無駄がないからこそ、非効率で無駄があるゆとりと言ってもいいし、余地が生まれないんですね。
イメージでは、5段階かかるものを3段階でできる、とはいわれるが、実際に3段階でいけたと思ったけど分かったと思ったけど、最終的には寄り道して、ああでもないこうでもないと2段階くらい余分にやって、5段階くらい結局かかるみたいな。だから、無駄なことをやろうとか、非効率が良いということでなく、学習する脳はそういうものかなという話ですね。
リニアに直線的にできることは少ないって感覚の人は当たり前ですが、直線的にやれると思っている人は論理的でそのまま捉えようとするけども、まあ厳しいのではないか。そんな話ですね。
Google検索としてググるはまだまだ残りそう
そういう意味では、ググる、人が検索サイトでググるは、僕は全然やってますが(笑)まだまだ残りそうです。頭の中に残るものが違うのですからね。または定着しないというか。
例えば、僕がリサーチしたものをメモしてScrapboxに書いていますが、これも、AIで調べさせて出させたものでは意味がないんですね。それだと確かにでてくるけども、理解していないわけですね。少なくとも僕は。学習とは分からないことを分かるようにしたり、それらを明確にする行為ですから。AIが分かっているとも思いませんが、答えている、合っているならそれはそれでOKなんでしょうね。
当然この場合、自分がある程度知っていてそれらをまとめる意味でAIを使うのはありというか、自然かなと思います。そうでないものだと結局調べて考え直すはずなので、それをサボり始めたりすると、自分で考えること自体忘れたり、苦手になっていく気がしますね。
AIと学習はまだまだ未知数どうなるか
なので、AIが駄目とか、人が考えるのは素晴らしいとかではないんですが、ただ人が考える社会に生きるので、人間が考えるところに結局戻っていきそうです。回帰するというか。
僕としては、考えることが好きなので、AIに委ねたいとかはほぼないんですね。ただ人が書いたりまとめたり、みたいなのを補ってくれるならありです。補うとは、シンプルに主従でいえば、人が主でAIが従なわけですね。それは文字量や考える量や役割で変わるのですが、うまく使うとは、人が主でAIが従である、ということかなと色々触っても思いますね。そう言われていたとは思いますが。
どんどんAIを使うことは変わらないのですが、学習とAIだと途端にどうしていくか、人が考えることをしたうえで使わないと鈍りそうですね。
筆者プロフィール
- 「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア採択実績数は474件。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介、仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューやお問い合わせはお気軽にどうぞ。
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