
AIを扱う事自体がメタ的で、ほとんどの人が興味がない?というか見えてないのではみたいなことを考えてました。
目次
そもそもAIを使うとは?
AI、もうそこのあなたも、今読んでいるあなたも使っている前提で話してます。
使うとは・・・とかの定義がだるいですが、例えばChatGPTを無料でもいいので開いて何か打ち込んで返ってくる。はい、これで使ったことになります。やってない方はやってみてください。
AIの使い方とは?
それで、そういう使う中で、色々とやるのかなと。人によるんですが。
例えば、自分が今抱えていることとかなんでもいいですけど、それを聞いてみる。例えばわからないことを聞いてみる。
知らない言葉とかでもいいですよね。
例えば「微苦笑」という言葉を見かけたので、それを調べてみるために、AIに聞いてみるとかです。
こんな感じなわけですね。ソースといっても、コトバンクしかないのが笑いましたが、まあ実際にソースを見るとこんな感じです。コトバンク「微苦笑」
こういう辞書っぽい使い方をすると、まあ辞書サイトやアウトプットする先に見に行かないわけですよね。これが今の流行りというか、世の中的な流れですね。そりゃそうだと。でも、そもそも見えるのがおかしくないか?というツッコミはあると。
同様のことが、Google検索でもあったわけで、どう回避したかは・・・良く分かってません。結局共犯というと怒られそうですが、Google検索して→サイト見に行くので増える、WinWinだねってごまかし?たのかなと思ってます。人って都合が良いもので、自分もプラスならまいっかとなるわけです(笑)
今回はAI検索、とくにゼロクリック検索(サイトリンクをクリックしないので)が問題となるわけですね。
話を戻します。でこうやって意図を持って、今回なら言葉の意味を得られればいいのでそれで終わると。これはGoogle検索でも同じようにでてきちゃうことも普通なのでgoo辞書が消えても問題ないと思っちゃう人は多いと。ただ、辞書サービスが全消しされたら戸惑うはずです。どうするかと。当然辞書サイト=無料でいいという主張は僕はなくて、コトバンクも有料か広告みないと見えないようになってますよね、当たり前なのですがそうなると。
一方で上の結果は、AIがWeb検索しているという厄介な形なので、AIが学習したものではないと言えるんですね。うーん、このあたりから怪しくなってくると。
いずれにせよ、使うとは、意図を持って、得たい結果を得る。それを一定程度やったと。
そのうえで、例えば「本の見出しを考えたい」なら、その時に使ってみるかといってAIを立ち上げて使うとできるはずと予測できることでもありますよね。多分ですけど。
AIの使い方はメタ的
ここでメタとは、一つ上とか、より抽象度が高いという意味合いです。
- 言葉の意味を得たいので「微苦笑」と入れてAIで調べる
- 言葉の意味を調べる方法
- 言葉を知る
- 知識や情報を得る
- 学ぶとは何か
- 生きるとは?人とは何か?
結構ざっくりですが、こうやって具体→抽象というように高くなっていくと思います。方法は一段高いというか。高いから偉いとか、価値があるって意味ではないです。
ただ、学ぶとはこの抽象度が高くなることだと僕は考えてまして、故に高くなってないと、具体だけで終わるんですね。
それこそ、「わからない言葉」→「AIに入れる」を繰り返す。それこそ、1000個あったら、1000回入れるとかやっちゃう。そこにプログラミングで自動化するとか、リストにしておいて調べてもらうAIエージェントを使うとかっていうことは出てこないはずです。その具体だけのレベルをやっていてはってことですね。
その脱却としては、面白いですが、AIに聞くでやることもできます。
つまり、メタ的にやるにはどうすればいいかを聞けばいいのです。この発想がでてくる事自体がメタ的なのですが、そこを感じてもらえるなら嬉しいです。でないなら、この意味が理解できてないことになります。
このように聞いてしまうわけです。調べ方をどうするかと。
ここでふと、では出てきたことややり方も含めてどうすれば判断できるか?ということを思う人もいるでしょう。
正解はないのですが、辞書と同じで、調べた言葉→調べた意味→分かるところまでやるが原則です。分からないとそこが穴となります。最も暗記するとかは不要です。納得できるように理解することがポイントです。
最近ある本で、等差数列の和の公式の話がありまして、ただこれは参考サイトであってその本ではないですよ。数学とか数列とか苦手な人もいるとおもうが、僕もその一人なので、手短に。ただ、この公式を覚えて使うという意味はあまりなくて、なんでそうなるかを考えておかないと面白くはない。またそれを考えるのが数学とも言える。実際に手計算してやってみると公式は効率的なことも分かると。
そこで、定理や公式さえ覚えておけば学習したことになるのか?というと、まあ違うじゃないですか、という程度の感覚があるかどうか。実際に知識として丸暗記したとしても、それをどこで使うかは実践する、試すしかないんですね。そこが抜けると厳しいですよね。
調べ方の話に戻すと、こういう定理や公式も抽象化されているので、具体的なパターンでやり方をずらずらと過程を覚えるだけでは遅いわけです。むしろその結果が抽象化したのが定理やパターンといえると。それが抽象化のコツですよね。
調べ方とか仕組みややり方は見えづらいじゃないですか。公式があるからで終わるというか、公式を導き出そうとか、または公式がなんでこうなっているか?というのを考えること自体が億劫であり手間というか、面倒というか。
数学の話なので好き嫌いがでそうですが、僕は数学好きでもなんでもなく、ただこうやって考えるのは好きなんですね。上のサイトだと、台形の面積に変形しているのが面白く、そういう視点があるかどうか。まさにアイデアと一緒なんですね。多視点。
で、AIですが、AIをどう使うかは手段としてのAIと考えると、その対応する人、つまりあなたが何をしたいかによるわけです。つまり、あなた自身の鏡がAIのように非常に厄介というか、面倒なわけです(笑)
一方で、明らかにあなた=AIではない、鏡のような存在とは、同じではなくて、比喩です。明らかに違うからこそ、あなたがAIの力をうまく使って、得たいもの、学習したいこと、得たいことをやればいいんですよね。それだけです。
そのために使い方を学ぶ必要があるし、今やっているやり方が「常に正解」とかはないし、アップデートしていけるわけですね。
どうすればAIと仲良くなれるか?
遊ぶ、が一つの結論です。
結局、
- そのものを使っているか
- それを何度も使っているか、回数、量
- 得たい結果や得たいものを明確にしているか
- またはそういうものをAIで得られたか
- 疑問や気になったことを調べたり、学んでいるか(AI関係なく)
- 楽しいか、もっとやりたいか
となっていくと。最初からAIが楽しいとかはないはずです。誰しも分からないので。でもやってみてなにか掴むか、感じることで面白くなっていくと。
僕はwebsimというAIが好きなので毎日のように遊んでますがそれをやれるか。それだけです。別にムリに好きにならなくていいのですね。楽しいか、遊びでやってみるかどうか。
それこそ、大喜利をAIができるかどうか。ひたすらそれだけでもいい。そんな遊びでいいので触る。触れる。そこで慣れていって、少しずつ使い方を覚えてく。そして磨いていく。
そしてAIの使い方を色々なアイデアから遊んで試す。
それが上達の道じゃないかと思います。
少なくとも、ここには、人間側の学びや学びたい気持ち、アイデアや考えが求められるわけですから、AIがどうの手前の話です。
明確に、AIは人のために遊ぶおもちゃであったり、道具として手段としてどうかということがあります。
共生するとか、一緒に楽しむという感覚ではないので、そこだけは大分違うかもしれません。別に使役してこき使ってどうとかはないんですけどね(笑)
AIでなくてもなんでも遊ぶ感覚があるかどうかかなと思っています。
仕組みを見つけて遊ぶ
例えば、AIがバグるとか、おかしくなるって話があります。面白いですよね。プレッシャーをかけるとバグるとかがあるようです。本当なのでしょうか?
でもそういうものが面白いわけで、遊んでみるといいわけですね。試すというか。バグらせるのがいいとかってことではないですよ(笑)
なんでも数式ゲームみたいなのをやるとしてください。これは、適当に入れたわけですが(笑)こうやってっぽくやるだけで面白くないですか程度の遊びです。
本を読んだら賢くなった、格闘ゲームで勝つと強くなった。実際に賢いとか強いとかはすぐわからないですよね。だからちゃんと実際と主観感覚を比べているのは面白いですね。
例えばこれで、実際の成長よりも、主観感覚でプラスに見積もりがちですよねと。だからそれを減らすにはどうすればいいか?もっといえば、実際成長>主観成長、となるにはということを聞いてみました。
数式があるのでそれっぽいですが、全然関係ないです(笑)ただそれっぽいだけ。
言っていることは、バイアスが必ず入りやったことはプラスに見たくなる。それが0にはできないですよと。だから、行動や結果のみを評価して、みたいなことです。ごくごく当たり前の事を言ってますよね。
鬼ごっこの遊びで例えて見てということをいうと、なんかおかしくなってきました(笑)
それっぽいけど、鬼ごっこを、錯覚構造体験の遊びって、鬼役割になって演じるとかなら分かるんですが、、ごっこですよね、遊びってそういう構造があるけど、錯覚構造体験ではないかなと思います。もっともらしいが全く違う。すごいですね(笑)
色々なパターンを入れてみました。全く関係ないですが、ムリに数式にいれてきます。面白いです。破綻気味ですが、AI的にはまだいけるようです(笑)
遊んでみましょう(笑)
手段として使うとは、それを使うことでなく、使って何かを得ること
つまりそれは、ゴールとして他に得たいものがあることを明確にすることですよね。
そうすると、AIを使うことがゴール=終わりでなく、そこからどうしたいか、目標やゴールに近づいてないよね?となるので更に磨くこととなりそうです。
ではゴールが他にない、設定してないと?そうですね、基本的に言われたことをやる、AIを使うことが目的になるので、成長はあまりないですよね。
当然最初はそれでいいんですよね。使ってみるってまさにそうですから。ただそれだけが目的ではないはずです。
遊びはAIで遊ぶとそれで自己充足的になり終わりやすいですが、遊んでいる慣れているのでまたそこから楽しめるよねという感じです。遊びで終われってことでなく、遊んで慣れろって意味ですね。
メタや抽象化に興味がある人とはそもそも?
おそらくですが、潜在的で見えませんよね。見える分かりやすい観察でもない。または見てもわからないので、想像するしかない。ということで、見た目でなく本質が何かを考える人ではないか?と僕は考えています。
本質って苦手な人が多いですが、見た目だけではないと考えることそのものかなと思います。
仕組みや構造、からくり、内部構造。それが好きならこういうことはどんどんやったほうがいい。ただ、仕組みを見て終わるとか、満足とかもあるので、難しいのですけどね(笑)
僕は満足というか、でその仕組みをどう使うかが面白いかなと思います。うまく環境やパターンを自分を促進するように仕込むことですね。
おわりに
ばばばっと書いてみましたが、AIで遊ぶというのがAIと仲良くなり、またAIに慣れて、そこからゴールとして使ってみて何かを得るということが分かりやすい気がしました。
遊ぶとはクリエイティブであり、楽しむことなのでどんどんやってほしいですね。
AIをどんどん楽しんでいきましょう。
筆者プロフィール
- 「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア採択実績数は474件。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介、仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューやお問い合わせはお気軽にどうぞ。
