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アイデアマンは世の中に必要だ。ダサいアイデアマンでなく、格好良いアイデアマンになろう!

アイデアは・・・育てるものであって、アイデアが最初から完成形ででくることはない。これは、アイデアを生み出したり実現する人にとっては、ごくごくごくごく・・・当たり前のことだと思う。

一方でアイデアは思いつきで、それを散らかすということで「思いつき散布マシーン」(笑)となっていることを「アイデアマン」と言うこともあるようだ。これは至って「はた迷惑」だが、どのようにも言葉を使えてしまうのがいたいところだ。

例えば、「私はアイデアマンで、」という時に、アイデアを出すだけで何もやらないという烙印を押されるわけだ。これはちょっとしんどい。故に使いづらい。なんとなく分かっていた、または想定したが、それはしんどいなと。

今回はアイデアマンとはどういう人で、どういうものかを考えてみたい。そして、アイデア自体が僕にとってはかなりポジティブなものであることも伝えておく。

アイデアとは何か

まずアイデアとは・・・何度も定義しているが、何度考えても面白い。

言うならば、「アイデアとは、新しい工夫や考え、やり方、解決策、課題を解決する、概念、意見など」を指すと思う。守備範囲が広い。だから悪い言葉としては「詐欺アイデア」といえば、誰かを騙すものだ。なんてかくと「詐欺アイデア」を探している人が来るかもしれないが、怖い時代になったものだ。笑い話もでないのだが。

アイデアとは、ロボットの定義ではないけれど、人を助く。何か現状を良くする、豊かさや幸せを感じる、前へ進む、背中を押される、やってみたいと思える、楽しいと思う。何らかのポジティブな要素を含む、という気がする。これはアイデア自体でなく、僕が感じるアイデアと言うそのものに対しての主観だ。だからアイデアが好きだ。これは揺るぎない。

逆に言えば、アイデアでなくても、そういう人を騙す、欺く、苦しませるようなことはやりたくないし、やらないだろう。これは人といっているが、他人でも、自分でもどちらもそうだ。

アイデアマンとはどういう人か?

アイデアマンの定義って意外にないなというところで、僕なりに考えてみた。最初にネガティブなアイデアマンもあるのだが、ここでは一旦無視して、後で考えてみる。

アイデアマンとは・・・

というイメージがある。当然ながら、

というのもある。

良いことばかりだが、確かにこれらを全て満たす人はいないのは確かだ。一部というのが実際だが、それでも素晴らしいと思っている。

アイデアマンという言葉が嫌われるケース

これはいくつか散見されたケースだが、なるほどと思った。端的にいえば、上のような人たちではなく、全く別の種といっていい。という意味で、僕の辞書に「嫌われるアイデアマン」というのはなかったのだが。

あまり出すのも微妙なのでいくつか示してみたい。

などだ。

そういうケースを見ていて思ったのはそれは「アイデアマン」という「アイデア」が悪いのでなく、「マン」つまり、人だ。例えば「実現に興味がない」はそういう人なだけだ。言って満足は、面白くない話を延々として相手が嫌がっているが続ける人は、「アイデア」関係がないだろう。単に嫌われる人だ。

それに「アイデアマン」をつけるのはちょっとしんどいのでここでは明確に否定しておきたい。

つまり、これらのケースでは「アイデア」は思いつき程度だ。思いつき自体は悪くないが、その使い方だ。それを人に話してその会話で満足する。飲み会やくだらない話で盛り上がる時に「日本が箱に収まってー、飛んでいったら面白くない??」みたいな。面白くはないが、面白いと思うならそれでいい(笑)それをつきあわされるのは確かにしんどい。

でもこれは「アイデア」でもない。定義からすると、迷惑をかけているし、そもそも不幸だ。くどいが、そういう状況を楽しめるならいいが、それを一方的にされればいけないわけだ。

また、アイデアと思いつきの違いは・・・実は前、定義していた。タイトルにアイデアマンと入っているが、当然良い意味で言っている(笑)

最後にまとまっているが・・・今読んでも確かにと思う。

思いつきは材料であり未加工。考慮がない。根拠もない。現実性がない。再現性がない。

要するにそのままということだ。アイデアは当然そうではない。思いつきからアイデアは生まれるが、アイデアから同じ思いつきは生まれない、といえば伝わるだろうか?思いつきを成長させればアイデアになる。しかし、アイデアは思いつきにダウングレードできないのだ。アイデアから思いつきが生まれるのは、それを誰かや自分が見直して、「あ、そういえば」と思うことだ。それは、新しい思いつき、新しいアイデアだ。

思いつきを振りかざし、それで解決した、貢献したという「テイ」は信頼は生まれない。故に、信頼されているかどうかだけでも分かる。それは厳しいのだ。

自称アイデアマンではありえる

自称して、僕はアイデアマンでー、と言いづらいのはその嫌われるケースがあるからだ。アイデアに対して、構えてしまうというか。それは被害者というか、良くないケースだと思う。とはいえ、そうなってしまったり、そうなっているのを否定はできない。事実だからだ。捉え方を変えるしかない。そういう人もいる。しかし、それは全てのアイデアマンではないことは確かだと。

一方で嫌うほどではないが不思議な人というのはいる。アイデアを出しているというが、そのアイデアは多くが「思いつき」だ。思いつき、というのを否定はしていない。ただ、思いつき→アイデア→企画とあるとすると(正確にはグラデーションだ)、思いつきを示してそこで終われば弱い。アイデアとしては採用できない。

よって、自称アイデアマンはアイデアを出していると思っているが、それを受ける人は「思いつきマン」と思っている。思いつきは悪いわけではないが、なんらその人、話を聴く人、提案される側は役立つとか、何かメリットはないのだ。

ただそういう人を一方的に打ちのめす気もない。そうやって考えたことを示すのは気持ち良いのは実は僕も分かっている。そして全ての行動や発言に「思いつき」を撲滅して言うなとも思わないのだ。むしろバカバカしいものは思いつきでやったものがうまくいくこともある(笑)

そういうエンタメであったり、関係性があれば違うのかなと。一方で、形を作り実際に実現するというところは、そんな「思いつき」程度の甘さはないのだ。思いつき程度でいえば、厳しく見えるのだ。例えば、10階まで階段で上がった。はあはあ息切れする。しかしそれがスタートだ。ただそこで休めば良い。降りなければいい。そしてまた登れば良い。

思いついてそこで満足する人は、まさにそこで満足してしまっている。それを撒き散らすからというところがある。

くどいが、アイデアマンとはそういう意味では、思いつきを撒き散らす人ではない。思いつきで満足する人でもない。それを実現するにはどうすればいいかを考えていく、少なくとも実現にどうすればいいかを思い巡らす程度がなければ言えないと思う。

もしかしたら、自分はアイデアが出せると思っている人がいるかもしれない。自信があるという人がいるかもしれない。なんとなく発明家、個人発明家の人は多そうだ。偏見ではあるが、特許が取れるからアイデアマンだとは全く思わない。それを使ってもらって喜んでもらう、少なくとも自己満足でなく、人に示してどうかまでいって、と考えたい。

アイデアマンの定義をもう一度してみる

スキルベースでいうと以下になりそうだ。

こういう視点でいくと、クリエイターはアイデアマンだが、自分の創作に関してだ。当然、漫画を書いてこうしたいという企画を考えることもあるだろう。それもアイデアマンだ。ただどちらかというと、自分の作品や表現を通す、その表現アイデアや専門的な技術に集中しやすい。だからアイデアマンなのだが、そこを見ない人も多いと思う。見えないといっていい。

ここでいう僕のイメージは、アイデアマンは企画マンだ。つまり、プランナーや問題を解決する人、エンターテナーも近い。お笑いでもそうだ。笑わせるということを色々な手段でやる。何かやるために手段を色々と講じてやる(シンプルに手段を選ばずといってもいい)ことだ。それは企画だと思う。人に喜んでもらうためになにかできるか?これは出来ない人も多いと思う。

もちろん手段や好き嫌い、得手不得手もある。だから経験をして体験をして積んでいくしかない。そこでこれでやったらどうかなを考える。

ライターなら文章のネタや話題を見つける、取材する人を見つけてくるからそのアイデアを考える。デザイナーなら、デザインのアイデアやストック、どう示すとお客さんが喜んでくれるか、設計パターンや心理もそうだ。だから、そういう人たち、アイデアを集める人に取っては、多くはなんでも素材になるのだと思う。

次に、こういう人は実績ベースとして、示せばそれだけでアイデアマンだと思う例を挙げる。

最後は、創作系だとクイズみたいなものがあって、クイズ作家みたいなこともあるだろう。面白いクイズや求められるクイズを作れるか。そういうのも一つだと思う。

放送作家などで、ラジオやテレビ、今だとyoutubeだろうかそういう番組アイデアや構成を考えられるのもアイデアマンだろう。

当然ながら、思いつきがアイデアになる、するには、そのアウトプット(川柳なのか、クイズなのか、番組企画なのか、事業企画なのか、商品企画なのか)によって変わるだけだ。川柳はしたいが、事業に興味はない人はいるだろう。その場合川柳の形や例や自分で作ってみる、そういった学びが必要になる。事業なら事業について学ぶということになる。

というわけで、人に対して不快になるは、アイデアマン以前に、ただの迷惑な人になる。アイデアに罪はない。

アイデアを形にできない人に欠けているもの

そう考えていくと、自称アイデアマンで、思いつきを撒き散らすという人に欠けているものは明確だろう。

まず、思いつきをアイデアにしていくということ。アイデアにするとは、現実を見るということだ。現実化するとは?そう企画ということだ。

文章企画で考えて欲しい。誰に届けて何を伝えるか、どう伝えるか。少なくとも「Z世代はコスパだからコスパって書いとけばいいんですよー、流行っているのをつけてさー」なんてのは意味がない。思いつきにも失礼だ。全てに失礼だ(笑)

ではなぜこういう人は現実化をしないのだろうか?現実に親でも殺されたのか??(笑)

そうではない。そういう思いつきをアイデアにすることで、その思いつきが駄目なのがバレる、白日の下にさらされる、明確になるのが怖いのだ。それを回避するために、違う思いつきで散らかすのだ。そこで話を的を得てないから、誰も話を続けないだろう。

漫画家のかっぴーさんの言葉が重くのしかかるのだろう。

夢って追ってるときが一番楽しいから、決定的な結果が出てしまうような本気の挑戦をズルズル引き延ばしにしてしまう。

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そう。それは「思いつき」というバブルだ。夢なのだ。夢自体は否定しないし、勝手に見てくれていいし、むしろそれが原動力ならどんどん考えても良い。しかし、人に言うならばそこに制約やコミュニケーションが生まれるのだ。

少なくとも、実現したいということが1mmもなければそれは、アイデアでもなんでもないのだ。

その「思いつきをまきちらすこと」が一番楽しいのではないだろうか?決定的な結果、例えば何か自分のアイデアをコンペや大会に出すことを極端に恐れているのではないか。そう出すと、「落選」するからだ。落選とは決まってないが、通るかもしれない。しかし、そこでは「採用されない」事実に目を向けなければいけない。

その時まさに、「それを体験しない」ことで、「思いつきを出しているのだ」正確にはその人にとっては「アイデアを出しているのだ」「私はアイデアマンなのだ」と言えるのだ。これはやはり痛いのだ。痛いから駄目ではないが、そこから成長や動きはないのだ。

何も難しくない。そこで実現するために、大きなことをするのではない。少しやってみるのだ。それをやるにはどうすればいい?と問うのだ。そこからまずは始まるのだが、それを回避すれば、思いつきを言うだけのマシーンになる。そしてその夢は冷凍保存され、解凍はされない。

それは気持ち良いのだろう。一生、成長がないが、一生痛みもない。楽園だ。そこ浸ることで安らぎを得るのも人生だ。僕に止める意義はないし、止める意図もない。

もしそれを貫きたいなら、自己満足でやるべきとなる。人に対してどうこうは言わない、自分でそれを作品とかとして出す。でもそこが出来ている人はすでに「そのような嫌われる人」ではないのだ。その時点ですでに変わっているのだと思う。

心配しないで欲しい。思いつきから最初は何でも始める。これいいのではないか?という妄想から始める。そして、それが意外に良かった。チャレンジしてみてあれいいんじゃない?となる。そういうことだ。そこには覚悟だとか、全ての責任は私が!なんていう重たい何かはない。無責任では困るけれども、「言い出した」人が全てやるのもおかしいとも思うからだ(その理屈だと、気付いた人が多い人は全部やらなければいけない、意味が分からないからだ)。

おわりに

ということを書いていてブーメラン(笑)ということもありえる。ただ、流石にそれはない。アイデアを出して喜ばれるし、アイデアを求めて買って頂く。そういうところは全て自信になった。当然、あまりハマらなかったこともある。それは変わらない。

当然、そういう僕でも、自信満々でもない。人に受けるか?つまり刺さるかといえば、思ったより刺さらないよねということのほうが多い。そんなものだ。人が全て理解できるなんてないし、社会も全然思った感じではない。常にズレがあるし、偏見があるし、見えてないことが多い。そんなことばかりだ。

そういう時に、まさにアイデアであり、アイデアマンがなにか色々仕掛けてバラ色とは言わないが、様々な可能性を見出してくれる。それこそ、ヒントを出したり、一緒になって考えてくれる。そういう人が実はどこにでもいると思う。でも、そういう人の評価がめちゃくちゃ低い。思いつきで散らしているだけならだめだが、思いつきでそこからアイデアが出ていることはないのだろうか?多分あるのだろう。そこを評価して欲しいと思う。

社会にはそう、アイデアマンが必要だ。僕もその一人として、プランナーといようが、アイデアデザイナーと言おうが、ビジネスデザイナーもあった(笑)、色々と言える。肩書はなんでもいい、自分がしっくり来る「アイデアマン」として、アイデアを出す、実現してみる。一個でいいのだ。小さいことでいいのだ。それをやっていって、人に撒き散らして終わるダサいアイデアマンでなく、「格好いいアイデアマン」にあなたもなってみないか?

そこはお互いを高めて、学び合える、とても最高の場所だと思う。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア採択実績数は474件。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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