それは本当だろうかと疑うことなど

ざざっと最近考えているメモです。

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それは本当だろうかと疑う

疑う癖をつけておくと、本ブログでもそうですが、それ本当かなと思ってそれを調べて、筆者が間違っているかもしれないとか、そういう視点はなかったかもしれないと冷静に捉えることが出来ます。

これはすぐに調べないというのにも言えます。今は手持ちのスマートフォンで分からないことは調べられます。それはそれでその調べたことから知見が広がることもありますが、例えば「梨の成分」を気になって調べたところで、「へー」で終わることもよくあるでしょう。

そうであれば「梨の成分」をいきなり調べずに、りんごと似たものではないだろうか、水分が多いから栄養価は高くないのではないかなど考えたほうが「考える力」はつくような気がします。調べられれば解決すると思いがちですが、一方で考える力をつけたい人は今持てる材料でどうかを考えなきゃだめなので、そこを怠ってしまうような「すぐ調べる」は逆にNGとなりそうです。

実際に考える力や考える癖、もっといえば、そこから試したり検討する。例えば「梨を食べる」ことで成分とかって分からないのだろうかとか。感じる味覚とかですよね。あと調べ方も図鑑を調べたり、オフラインで縛って調べるのもいいでしょう。スーパーで見た情報から何か得られないかも面白いですし、梨を活用したレシピや料理から考えてもいいでしょう。

この時大事なのは「ネットで調べる」こと以外でも、調べたりそれらについて情報を得ることが出来るという、そういう非ネット以外の選択肢があることを知っていることです。ついつい試さない、自分で動かない、けどスマホで解決出来ると思うとやはり思考力は鈍くなります。もっとも思考力が鈍くなろうが手持ちのスマホを使えばオッケーと言う事もできるのですが、「何かが分からない」を解決することは意外に難しくそれはネットにある情報も全て誰かの考えまたは情報でしか無いからですね。

もっといえば、その情報や考えが「誰が書いた」のかが大事になりつつあり、コピペのようなものはやはり価値が薄いわけです。コピペが価値があるのは、限られた情報しかアクセス出来ないなどで、その時「どんな情報でもいいから」というさらに限られたものです。もっといえば情報弱者がそのコピペ情報がコピペと分からないときなどでしょうか。でも、もちろんコピペかどうかなんて分からないですから、どういう書き方や情報があるか、もっといえばその情報が何かの経験や考えた情報や調べた何かがあるかで見切るしかないでしょう。

これらをAIがある程度やってくれる時代はすぐ先かもしれませんが、とはいえAIが集めた情報を持って最終的には人がそれらをどう受け止めるかですので、思考力が0とかではやはり辛いというかワークしないわけです。誰かが考えてくれるから思考しなくていいはかなり乱暴ですが、やはり勘違いをして考えなくても良いという人は多くなりそうです。

調べるとか調べる辞書を持ち歩かなくてもいいけれど、調べた先のその情報をどう解釈してどう得て、どう使うかの判断などは人間が怠ると単に行動しない人となりそうです。

世の中に役に立たないことはない

これという話ではないんですが、どんな雑学であれ、使えないようなスキルや経験でもやっぱ最終的に予防や効率化や人に役立つとか何かあるんですよね。

もっともこの役に立つ確率が高いことを一般的にスキルとか言ったりしますが、例えば釣り堀で魚がいそうなところが分かるのって、魚を釣る仕事をしてないと役立たないと思いがちです。でも、ないかもしれないですが魚を釣って食べなきゃいけないことがおきたり、または魚釣りゲームを企画することになったり、魚の釣り方をなぜか教えることになることって、まあ絶対ないなんて言えないんですよね。

人生は長いので、無駄だったなあ!とかって思うよりも、何かに役立てないのだろうかと考える方がなんか楽しげですし、運も良くなる感じがしますね。

自分の世界に固執することで適応能力が減る

単なるコミュニケーションの話でもありますが、自分がおかしいなと思うことは絶対におかしいとかって100%のベクトルであるとやっぱ色々と受け入れられないことが多くなります。

つまり大体合っているとか大体間違っているとかはあっても、絶対とかはないと。真実は一つでも、捉え方が複数出来る時点でもはや何が真実か分からない。とはいえそれを利用して何かするとはやっぱ違うかなと感じるわけです。

やっていることが小さなことでも世界観が大きいこともあるわけで、単純にやっていることと世界観って一致しないんじゃないかと。それは事業やビジネスの規模が小さいから世界観が小さいってことではないのと同じですね。そう考えると、大きな事業をやっていても度量が小さい人もいるわけで、これらでさえ事業か人か見るのを間違えれば判断を誤りそうです。少なくとも僕は事業より人をみたいですね。

僕が大事にしているのは、考え方が違っていてもその人から学べることはないだろうかというところですね。もちろん考え方が似ている方がラーニングしやすいんですけど、とはいえ異文化や異なる人との出合いがないと気づきってやはり少なくなりがちですから、必要なことかもしれません。

言葉を武器にする

最近改めて意識しだしたことで、また別途まとめるのかなと思います。

簡単にいえば、言葉=アイデアというところで、自分はアイデアを言葉で簡単に表現しているなと気づきました。一方でそれらは言葉を扱うことに長けてないと出来ないし、また「こういう感じのアイデア」といったところで伝わらないので、「これ!」という感じで一発でアイデアを表現出来ないと伝わらないわけですよね。

言葉というのは武器なのですが、武器として認識してない時点で武器でなく、一方で武器だからといってその武器に使われるのでない状態。つまり、武器なんだけど武器じゃないというところがありつつ、一方で意識としての言葉、無意識での言葉があるのではないかと。

そこらへんを考えていくと、自分にとっての武器は言葉だなと思い始め、そこから仕事を再編集していくと伸びるのではないかと。そんなことを考え始めています。

ちょっと分かりづらいと思いますが、自分の中では大分見える感じなので、もっと言語化していきたいですね。

もっと言語化スキルを磨けば、アイデアを端的に表してかつそれらをストックできるし、表現することも容易です。キャッチコピーを作りたいとかそういうことでなく、あくまでアイデアを表現する上で言葉を大事に使っていくということですね。

コミュニケーションでも結局言葉が好きなので、もちろんそれで伝わらないなら別の手段ですけど、それらを行動だったり他の得意なプログラミングというものでカバーしつつ組み合わせていくという感じですね。

おわりに

インプットとしてはアウトプットしてはの繰り返しですね。最近はインプットが不足している感じなのでガンガン増やしてまたアウトプットをどんどんしていこうと思います。

ビジネスって面白い、アイデアの価値ってもっとある。そんなことを自分なりに伝えられないかという思いから、シゴトクリエイターをやっています。一緒に楽しいビジネスを生みだしていきましょう。1記事でも何かヒントになれば嬉しいです。

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