ビジネスモデルキャンバスからビジネスアイデアは生み出せるか

えらく挑戦的なタイトルですが、まあ生み出せる人もいるし、そうでない人もいるという(笑)釣りみたいなタイトルですね。すいません。

枕はそれくらいにしておいて、最近ちょっとこの手のキャンバスに埋めるみたいなことをしたんですよ。そうしたら、まあ面白くないというか(笑)

アイデアを整理するのに「面白い」かどうかって大事だと思いますか?あなたはどうです?多分コレに対して「そんなの大事じゃない」という人は、結構論理派(笑)というか、ロジックがあればできるみたいな感じの人なんじゃないかと。勝手な推測ですよ。もちろん仕組みとか、ロジカルは大事なんですが、そういうことじゃないなーってちょっと吠えてみたくなったんですよ。なので勝手に吠えると。

一番の問題は、書き手がおもしろくないなーというものでも、どうするとおもしろくなるかじゃないですか。最悪なのは、「面白くない」というところがじわじわ伝わって「あーこの書き手は面白くない」と考えているんだよなと。色々楽しんでやってるのとは対象的なものになると。

くどいですが、これはクリエイティブな小説とか、イラストとか、マンガとか、映像とか、広告とかそういうことでなく、「ビジネスモデルキャンバス」というある種のフレームワークに対してです。整理するのが目的だから、整理時の感情はどうでもいいと思いたいのですが、やっぱそれ無理じゃないかなというのが僕の主張です。

つまり、理想はどの局面でも、どこから切っても面白い。だからこそ、面白いビジネスとなる。そして伝える、伝えられる側もどちらも面白い。当然面白さの感覚は色々あるんだけど、そうしないと面白いものって伝わりようがないなと。

というのを僕は別にクリエイターだーとか思ってるわけでもない人が思うので、よほど面白くないのだなということが伝われば嬉しいです(笑)

キャンバスに書くと何かが消える

そもそもこういったキャンバスというフレームワークは、ある種の課題というか、これくらいは考えてねという目安なんですよね。足切りというか。見られているというか。なので、逆にいえばキャンバスがなくても、書いてなくても事業はできるし、ビジネスはできるでしょう。なぜならその類のものとか、自分の中で整理していけばいいわけだからです。その手法は色々あるし、その1つでしかないと。

一番思ったのは、アイデア自体が雑というか思いつきレベルのものだと、まず埋められないってことです。だからそこから磨いていくという形になるんですが(というアプローチしか基本ないというか)、でも待ってください。

アイデア自体は一発で何かではないのですが、一方でそこである程度見えないと、これを熱量といったほうがいいかなと、それがないとそもそも鎮火されちゃうんですね。ただでさえアイデアの熱量は低いのですから。そもそも発火すらしてないこともあるわけです。

そこに冷水、または湿気、または乾燥してない着火剤みたいな嫌がらせ。というのがこのキャンバスなんじゃないかと。つまり、着火するためのアイテムだとか、これを埋めるとアイデアが発火するぞーってことじゃないんですね。

そうです。あくまで、既にある程度あるものを、視点を持って、見方を整理するというところです。なので既にあるアイデアの整形でかつ、そのアイデアはある程度出来ている途上にある、というところです。このあたりのアイデアアイデアといってる粒度がバラバラなのでなんともですが、まあ熱量自体はそうじゃないかなと。

アイデア出しでいえば、発散支援でなく、収束支援ってことです。だから、発散するかなーというところでキャンバスに書くと収束されるので、広がらない(笑)冷たい印象というのを受けるわけですがその通りの仕打ちを受けるわけです。

そしておそらくですが、これを見て伝えても、まあ熱量は増えないし、伝わらないので、できてないですよねーという謎の話が始まってまあ不毛だなと。

ということをおそらく僕は感じていたのですが、言語化してなかったのでしてみたところです。以前からキャンバスが苦手なのですが、おそらくこのフレームワークにまとめたところで、じゃあマネタイズのヒントが見えるかというとそれはない。何かターゲットが新しいものが見えるかというとそれもない。当然現在位置がわからない人には有効ですが、それってキャンバスでやる必要性もないというか、それなら普通に「ターゲットはなんですか」という問いを投げればいい。それを勿体つけてやることもない。

というわけで、僕があえてこれを使うシーンはないと断言しちゃってもいいのかなというところです。

自分が面白くないと思うサービスを作ろうとするのが無茶がある

大きく2つあるのですが、1つは自分が面白いから出して他人も理解してくれて成り立つもの。もう1つは自分はそこまで面白いと思わないが他人が良いというからやるパターン。

自分がどう思うかは実はそこまで大事ではないと思います。なぜなら商品、サービスは人がどう思うかだからですね。

というのは建前です(笑)僕の場合は、自分が良いと思わないならやっぱきついというか、続けられないでしょというのがあります。継続できない、なんでこんなことしてんだろってなりますから(笑)

不思議なんですが、自分が生み出したものではないもので、取り扱うってことですけど、取り扱う商品を自分が良いと思ってなくて売る人がいるんですよね。そんなの売れるのか?って思いますけど、そうやって売る人は多いと。

あ、矛盾してる?そうです。僕が先書いた「自分がどう思っているか関係なく」て、商品やサービスが売れるという話があるからです。でもそれってどういうケースかあまり分からなくて、誰が売っても変わらない、介在する人があまり関係ないというのがあるんじゃないかなと。まあそれが悪いとかでなく、僕はあまり関わりたくないなと。できればカスタマイズしたり、自分が出るものがいいと。とはいえ、出しすぎて疲れるのも嫌だみたいなところがあるので、そこは兼ね合いですよね。

話を戻します。

この理屈からいくと、自分がターゲットではないからというものがおそらく自分が好きとか思い入れがないものってなりそうです。ただそういう他人のニーズがあるというか。でもこれ自分で検証し辛いので作りづらそうです。このニーズがあるからやるかーって熱が出る人は結構少ないのではないかと。だから錯覚ですよね、これやると喜ばれるならやるぞーってなる。ただ失敗すると自己犠牲みたいになるので、注意が必要ですよね。

自分がターゲットになる、自分が思い入れがある、熱量があってできるということがある。この場合はどんどん進めていけばいいわけです。このパターンだと、ニーズがないぞということがありえます。突っ走ってしまって、あれ受けないな(笑)というのです。これもこれで問題ですが、少なくとも売れないのは事実でも、自分は作れたので満足しがちです。

どちらも良い面はあれど、悪い面もあるという当たり前の話です。

その上で、熱量をどう入れられるか、要はやる気が出て、楽しい!って思えるかどうかなんです。それができるならわりとキャンバスもですが手段でしかない。

だからあえていえば、キャンバスがつまんないなら書いてちゃ駄目なんだろうなと。目の前のキャンバスシートを破り捨ててオッケーです(笑)だから、何も書かなくていいとか、考えなくていいわけではなくて、自分が楽しいとか、こうしていくと思考が深まるぞとか、違う視点が見えるというのは別でやらないといけないわけです。それだけです。

違うたとえでいえば、教科書でないと世の中の勉強はできない、みたいなことです。それは違うじゃないですか?って直感で言えそうです。人の話を聞くだけでもいいし、ふらっと散歩しても色々と社会が分かるからですよね。

このあたりは経験値の話にもなりやすいですが、熱量が下がる可能性が高いものをやっぱできないってだけなんですよね。だからどう高められるかというのが大事で、そこを外さないようにしたいぞと。

面白さってそんなにすごいのか

面白いっていう反応を賛美していますが、まあすごいことなんじゃないかと。色々とホルモンなり神経物質が多分出るし、すごい稼働していてもストレスにならないからですね。もちろん限界はあるから。当然ですが、面白いと思っていればそれ「苦痛」でないですからね。と思わせるような仕組みはあればいいですが、これは基本自分が、つまり人次第なので、そこがズレたり、修正できなきゃ「わりとすぐ過労」になりますから。

だからこそ、自分がこれやってれば幸せみたいなのって「点」でなくて、線とか面で色々広く捉えていってこれなら楽しいなあとか、このポイントが押さえているなら熱量高めにできるぞというのを探究していったほうがいいと。これはいつでも間に合うというか、いつからやってもいいと思います。その時々の発見があるはずなので。

面白さをアイデアの最初とかで軽視すると、まあニーズはあるんだろうけど全然やる気がでなかったりするわけですよ。これが、面白いと思うからやってみて全然ニーズないものが量産されがちなことかもしれないですよね。それはある意味健全だと思っていて、面白いと思ったからやっているんだと。ただそれだけを繰り返していくとどうなるかで、自分だけの世界の拡張では辛いので、そこで折り合いをつけていくのかなと思います。

これって不器用とか、社会の見方とか、迎合する(笑)なんて人もいますけど、そこまででなくて、人のために何かするだけでもすごいじゃないですかと。自分のために生きるだけでも偉いですから。

そんな感じで捉えていくほうがいいかなと。となると面白さって、高次な欲求という感じがしますが、実はわりと原始的にやらないと継続できない材料とか燃料じゃないかなって感じがします。

おわりに

というわけで、結論としては、面白くないと思えるやり方は一旦保留して、自分がやりやすい=ここでは面白いというやり方でやったほうがいいんじゃないかという提案でした。

当然最初面白くない=分からないというのでやりたくない、苦手だからというのもありますよね。それは全然ありえるので我慢がいるところでもありますが、ただ100%面白くないとか、代替的にやるものがあるのになんでこれ?というならやらなくてもいい。それをあえてやらなきゃいけないというのは、自分の思い込みか、そういう何かルールや縛りがあるかなと。

それに従うことを否定しませんが、まああまりそこで従ってもなんか癪じゃないかと(笑)もっと感情を出していってもいいんじゃないかと。アウトプットさえ保証するなら、別にやり方なんでもいいでしょというようなのが横暴かどうかですよね。まあルールに縛られる人は横暴なんでしょうが、こっちは知ったことではないと(笑)

それくらいの勢い、少なくともやりづらいやり方に染まるなら、自分のやりやすい面白い方法でやってみるくらいがいいんじゃないかと。

ライター

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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