幸せコミュニティを自分でつくろう

ノウハウとかでなくて、自分が居心地の良い人は世の中にいるし、そういう仲間を見つけて生きていきましょうという軽い話です。

幸せは自分が決める

幸せになりたい、という人は多分幸せではないんですよね。

つまり、「(今幸せではないから)幸せになりたい」と願うわけです。お金持ちが「お金持ちになりたい」と言わないようにですね。

幸せとお金の違いというか、幸せ度って見えないですから、お金もまあ見えないんですが一応数字で出せてしまう。その比較の意味があるかはおいておいて、多くの人にとっては、生活していけるか、何か買いたいものが買えるか、困った時に蓄えがあるか・・・あとは稼ぎたい時に稼げるかみたいな話かなと思います。

これらってとても身近というか、普通というか、ごくごくありふれた話じゃないかと。だからこそ、幸せとして、そういう日々の営みが出来るものでいいならば、それこそが幸せなのですが、まあ幸せって可能なんですよね。

多くの人が餓えている、明日も暮らせないとかであれば社会とかで大問題ですが、生活保護であったり、社会保障システムが一応はある(その課題は色々あれど、ここでは一旦割愛です)。そういう意味で多くの人が暮らせている、幸せであるかは分からないですが、良いことではないかって話です。

さて、「幸せになりたい」人は何を望んでいるかなんですけど、僕はわからないです。今の状況に不満があるのは確実です。またはそうでなくてももっと豊かになりたいと願うのでしょう。ただこの時の「豊か」は曲者で、物質的経済的に豊かであって、精神的とかではないんですよね(笑)ここが面倒臭いところですが、「幸せになりたい」って言う人は、物質面であって、精神で望む人は「満足した人生にしたい」くらいで着地しそうです。

結局、前者の幸せになりたい=物質的に満たされたい人は、現状の不満があるか、もっと経済的豊かを目指すと。後者の幸せは、精神的に満足したもの、つまり人生を豊かにしたいほうかなという見切りが僕にはあります。

これらは全く別ですがどこかでつながるところもあります。例えば経済的にお金や収入が0円ならば、自給自足とか何かしなければ暮らせませんからね。

どちらにせよですが、経済的だから駄目とか、精神的だから良いなんて話でもなく、どっちもいいのですが、どちらにせよ自分で決めた尺度やものさしでいるよねという確認です。

人との関わりで満たされることが多い

物質的経済的の話はまあここではスルーします。

実際には、お金を稼ぐとか、何か資産を得るとかに憧れる人がいるのは分かります。なのですが、それらはあとはお金を生み出すか、そのもので遊べる(車とか、家とか、船とか(笑))とかで、それ以上の価値は無いと思います。当然震災があって逃げる時に役立つとか(実際はそこに篭もれるかはおいておいて、または移動できるかも別でしょう)、色々なシーンがあるので、ケースバイケースです。

それらって結局資本の獲得でしかなく、多くの人はこの獲得に失敗というか、一定以上出来ないです。資本家と労働者みたいな話で分けると対等ではないという話になるんですが、実際に対等ではないですからね。システムとしてそうなっていると。これをハックするとかはおいておいて、あとは資本家側のマインドセットにどこまで通じるものがあるか。誤解しがちですが、経営者=資本家と考えがちですが、資本家はどちらかといえば株主などです。

両者、株主であり経営者であることはまあ創業者とか色々ありえるわけですが、こういう人たちは基本創業しているわけで、価値を提供しようとしてきたと。株主は、投資家ってやつですが、どちらかというとその仕組にたいして資本で乗っかる感じです。だから投資家=悪みたいな話でなく、一つの意義として彼ら彼女らは「投資する」ことで、立場があるわけですね。立場とは意味ってことです。投資家がいないと成立しない取引もあるし、お金は大事なのは言うまでもないと。それだけですね。

長くなるのでここで端折りますが、経済的な話って、結局資本主義でいえば、お金の獲得か、その獲得スキルなりやり方ノウハウみたいなところで詰まる感じです。だから面白みってないんですよね。稼げるノウハウみたいな話が好きな人ってやっぱどうかなというところです。別にそれは誰も興味がありがちですが、ゴシップ的というか、本質にはならないので、枝葉を追っかけるのもほどほどにということで。

言いたいことは、後者でした。つまり、精神的に満たされるのってなんだというと、孤独ではない=一人の時間が不要ってことでなく、誰かとつながること、つながりがあること、そういった良い関係性があるかどうかなんじゃないか説です。

極端な事を言いましょう。お金がめちゃくちゃって毎日100万円程度は使っても死なないし、無駄に使ってもいい。例えばですけど、バッグに100万をかけても明日また100万を使えるイメージでどうでしょうか。こうすると、お金=湯水のごとくで、日本でいえば水みたいにひねれば出る。寝れば財布に100万が入っている。という感覚です。そういうお金持ちに間近で知り合いはいないですが(笑)そういう人はまあいるわけですよ。

そういう感覚でいれば、100万を使って何かを使う、買うはある程度やったら、飽きるんじゃないかなと。買えないものがないわけではないが、買っても欲しいと思えるかは別で文字通り「浪費」ですから。浪費が悪いのでなく、もはやあまり金銭的な意味もないというか。プロダクト自体の価値はまた別です。ブランド物とか、貴重なものとか。まあ色々でしょうと。

この時、虚しさってのがあると思います。例えばそういう毎日100万使う時に誰かと共有したい。承認欲求かもしれませんけど、SNSで誰でもいいのでもありだし、知っている人と一緒に食べに行く。だからこそ、お金持ちのボンボンは気さくにおごってくれるんですね(笑)僕はそういう子と友達になった覚えがあまりないですが、まあそういう感じだろうと。

その時共有したいっていう気持ちがまさに、つながりなんじゃないかと思います。だからSNSでメッセージすれば反応してくれるは定義は色々ですが、その人と関係性があまりないならあまり意味はなくて。反応はなくてもあいつは見ているという信頼や長期のやりとりこそが、多分信頼や関係性が濃いってやつかなと思います。

つまり、経済的に詰めていくとどこかで虚しくなって、最終的には精神的な幸せにいくんじゃないか。

そうこれって、コンサルと漁師って話が誰の創作かは不明ですが、言い得て妙な感じであるわけです。気になる人は調べてみてください。

結局、物質的経済的な幸せの象徴や記号としてのコンサルになりたいんじゃなくて、漁師的な価値観で精神的にみたされた状態になりたいしなっていくと。

それを多分多くの人は分かっているけど、目の前の、短期の、誰か、社会の、どこかで、SNSで、メディアで、何かそうなっている、転職市場がー(笑)というように、誰かどこかのものさしでやっているから詰まるんですね。

仮にそういうものさしがあると認めてしまえば距離が取れます。そういうものさしもあるよね、で、自分はどうかってことです。シンプルに自分のものさしが、明らかに漁師的ならそれで測ればいいわけですし、それで満たされた人生にすればいいだけですから、外部の、外の、どこかかの良くわからない、ものさしってその程度の価値しかないんじゃないかと。と思えばいいって話ですね。

コミュニティとは人のつながりということ

僕はたまに思うのは、そうやって人のつながりには恵まれてきたなというところです。とはいえ、めちゃくちゃ知り合いが多いとかはなくて、面白いなって人とは関係性を保つ感じでゆるゆるとつながってきた、くらいです。

だからこれも完全完璧な仕組みとかノウハウみたいなものではないです。時が経てば合わないとか、違うなあという関係性なんていくらでもあるからです。そこを色々あるけれどくぐり抜けた、ある種の時の風化すら感じないところがやっぱ関係性なのかなと。

同級生などをたまにこの文脈で評価出来ると思いますが、一方で話が合わないとか居心地が悪かったという人もいるわけで、そういう人はあえて昔に戻りたくないですよね(笑)だから関係なんてスルーでいいんですよね。それこそ自分でつながりたい人とつながると。

僕にとっての緩やかさと、その関わる相手と合致するかはまあ運というか、あまり考えてないです。マイペースさがついていけない人もいるでしょうし、なんか価値観がズレていくことも普通にありますから。それはもう自然であるし、自分の変化もあるので、どこまで受け入れられるかです。という意味で、こちらが相手に強いるとかがめちゃくちゃ嫌なので、同時に相手がこちらに強いるのも苦手ですね。そういう人とはさーっと逃げていくことは鍛えられました(笑)ある種の生存本能かもしれないですね。

そうやって繋がり方、そういうノウハウでなく、そうやって気持ち良いなという人とつながっていくと、あら不思議!(笑)自分も相手もリスペクトしたり、良い関係である「大人」な関係が出来るって感じですね。これは年齢的には子ども、未成年でも一緒だと思っていて、まあそれこそ「大人」にならないとわからないとか、ずれた感じもありますから、とはいえ中学生くらいでもうそんなの分かるはず(妙な環境にいなければ)なので、自分がいいなを大事にしていくと。そっからスタートではないですけど、大人になればよりそれを丁寧にやり続けることが大事かなと思います。

そうやって作られたつながり、コミュニティは強いというか、これも比較する意味がないんですけど、強いて言えば「自分の中で拠り所になった」りするし、良い時にヒントがもらえたりすると。それってシンプルに自分がもらうばかりでなく、相手に与えたとか、出し惜しみをしないことでしか僕は生まれないかなと思います。いわゆるギバーですね。テイカーからはうまく去ってですね。

人のつながりで満たされる

ざっとまとめてみます。

簡単にいえば、経済的な幸せを追求しても飽きる。だから精神的に満たされるところを目指す。コンサルと漁師でいえば、漁師的な生き方になる。その日暮らしをおすすめしているとかそういうことではなく(笑)

そうやって生きると、お金の価値とか、関係性の価値とかが、誰かのものさしでなく、当然考えることで見えてくるってことですね。自分のものさしで見られるようになると。

そのレベルまでいくと(レベルというと段階がありそうですが、単に考えて生きるってシンプルな話でもあります)、誰かとつながったり、自分が誰かに貢献するみたいな、精神性こそが幸せと感じる。それがいいとか、それでいいとか、色々な評価が吹き飛んで自分の感覚を大事に出来ると。

あとはもう自分がどう動くかだけです。宗教的なものに走るのもありですが、別に宗教でなくても、ビジネスでもいい、趣味でもいい、仕事でもいいし、社会問題でもいい。色々なやれることが人それぞれあると。そういう時の意味性って大事ですよね。誰かがやれっていうんじゃなくて、自分がやりたいと思った。それでやる。だからワクワクするし、楽しいし。それってお金でも、誰かの何かで代替出来ないんですね。

そういうものが僕は価値だと思うし、コミュニティなりつながりってものはそれらの価値としては、細くて長くて大きく自分に影響を与えるものだあとふと感じたので書いてみました。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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