企画は水物と言われる理由を考える

一般的に言われる「企画は水物」ということですが、これってなんでしょうか?

実際に企画を考えると際に「ふわっとしてるなあ!」なんてことはザラです。そういう性質=つまりふわっとしている前提で、どこまで実現や現実感を出すか、それが企画の仕事だと僕は考えています。

今回はその「水物」感がなぜかを考えてみます。

企画が水物と言われる理由

ここでは偉そうに書いていますが、「水物」なんだそうだねーというそれっぽい話というよりも、企画を考えるとどうしても「水」になるというか、流れや状況で変わるということです。

依頼側からすると、「なんか企画って曖昧だなあ」とか思っちゃうんでしょうが、それなりに理由があるというところをわかってもらえれば。

1.企画自体は「絶対」や「正解」がない

まずここを押さえておきたいので書いてみます。

例えばお客さんからあるイベントを実施したいので企画を考えてという相談があったとします。ではこのイベントを実施するまでの道のりってどういうものか、というかそもそもイベントのターゲットは?何のためにやるんですか?から考えていくと、その思考量はそれなりのものになります。というか、この思考量が「ほぼない」という人は、基本的にどちらかでしょう。

  • そのイベント実施に慣れており無意識化された当事者であること
  • イベント実施経験が多く解像度が高く何をやればいいか分かる企画者

要は現場のプロか、プロの企画者みたいなことです。両方兼ねることもありそうですが、それ以外でここが「ほぼない」人は、「単に考えてないだけ」というパターンもありえます。

絶対とは必ずです。100%ということですが、確実にうまくいくとか、これをやれば正解なんてありません。安定行動みたいなのがあるとしても、それを多分「前例として昔から、前はこうだったから」やる企画こそ、なかなか辛いものはありませんから。

正解がないというところで、「水」化しやすいです。水とはここでは、器や状態によって変わりやすい。だから、Aだと思ったら、Bみたいなことになると。

コンセプトレベル、メタや概念レベルをきちっと押さえておかないとここはぶれまくります。だから、コンセプトみたいな抽象的なもの、または具体的なキャッチコピーや共有できる事項が大事なんですよね。

ってことに、企画をする人は気づくと思います。そこに気づけないか、その重要性が分からない人はなかなか企画って仕事をしづらいのではないかと。特性もあるので誰しも出来るとは僕は考えていません。

2.現実度を高めるには、何か武器で高める

例えば動画撮影が得意な人は、動画撮影が出来ますというアピールよりも、その企画から撮影まで出来る方が仕事が取れるはずです。なぜなら、発注側としては「撮影」をして欲しいは明確ですが、「そもそも撮影が必要か」という前段階で、相談やそこで受けたほうが話は広がります。

実際に企画段階で掴めるかというところでしょう。実際に撮影ではなくても、他の仕事でカバーするか、別に依頼をあてがうとかでいくらでも仕事が作れます。

さて、企画という時に「何の」企画かとなるわけですが、安易に「企画」と入れておけばいいわけではないのは当然です。

ここでは動画撮影が出来るというアウトプットが出来る人が、企画が出来るのがポイントなわけです。ちなみに動画撮影の企画ができるとは、動画撮影企画書みたいなのを書いたりまたは絵コンテ書いたり、「動画撮影」自体をせずに、メタ化=抽象化できるということです。だから、動画撮影をしなくてもそのイメージが概ね出来るといっていい。

もっといえば、動画撮影が出来る人で企画が出来ない人とは、「指示書」などがあってその通り動画撮影が出来るなどです。もっといえば、動画撮影はクオリティを無視すれば誰でも出来ます。これって何でも言えますよね。

武器で高めるとは、企画が水物という曖昧さがあるために、何か形にするものがないと「高まらない」「現実感がわかない」ってことですね。ここがポイントです。

僕の場合はビジネスアイデアなら、リサーチして高めます。または他のアイデアや実現というところで、経験値があればその解像度は高いってところです。逆にそうでないとやはり弱いわけです。その強みと弱みを踏まえて、企画者は提案するか、企画実現を考えていくと。

ここで言えるのは企画的な考え方を全然やってない人がさくっと企画が出来るとは思えないというところです。少なくとも「これが私の武器!」とはいえなくても、最も時間やお金ややってきた仕事をひとまず「武器」とするしかないと思います。

3.論理的に企画は常にエラーであるため

起業などと同様です。

企画という場合、そもそもまだ起こってないことを、形にしていく。これを2次元の企画を3次元として起こす感じです。まさにペーパーが立体の現実になるってことですよね。

この感覚は論理的にはおかしいです。なぜなら、今ないものが出来るとは、論理的にはないものはないですし、「企画書」にあっても、実現できるわけではないですよね?と言われたら終わりです(笑)

だから、「終わり」というか、錯覚というと違うのですが、「これは然るべき確率でできそうだ」と実行者が思えないと、関係者がそう考えられないとやはり実行できません。この意味で「エラー」は正しいわけです。決して詐欺とは違いますからね(笑)

そこで、この論理エラーを、情熱だったり、リサーチだったり、事例だったり、仮説検証だったりとかで高めていくしかないと。

一方で性質として、この「論理エラー」は指摘されれば終わりですし、終わりというか「指摘」自体に意味はないんですよね。なぜなら「そういう性質のもの」だからですね。

僕はアイデアを出す時に、常にその性質を感じます。感じた上で、その理解がない人とは仕事ができません。リサーチはアイデアもあるのですが、どちらかというと固めたアウトプットを求める形ですよね。ただ、リサーチしたものが何かしら意思決定に使えるくらいであって、それが論理的に絶対使えるとは言い切れないです。使えるようなものにしていくとしかいえないわけですね。これも調べる前にそこそこイケるぞというところがないと怖くて出来ないと。

そういう意味で、この論理エラーというコミュニケーションとして前提として共通認識があるかどうかとなりまっす。

ここが構築できないのに企画が実施できるか、企画相談が成立するかといえば、まあないでしょう。

4.キリがないため範囲を狭めて確定させるため

キリとは、ゴールというのもあるのですが、どこからの着手でどこまでで終わりかという仕事の完遂というゴールも曖昧です。

具体的には出版企画で考えてみましょう。

出版をしたい人は企画書を作るわけですが、企画書がなければおそらく概念がまとまってないので厳しいわけです。とはいえ作ったところで、それを誰か然るべき出版担当者に見せて意見を仰ぐなどして高めていかないと行けない。

またそれがフィードバックを得ても、そこからどこまで出版されるかは別問題です。

さらに細かい話でいえば、出版は商業出版か自費出版かで全然異なりますし、またその出版したゴールは目的は何か。出版して何をしたいのか。それだけでも全く異なります。

出版するネタがあってまたは原稿があるレベルなのか、それとも何もなくてなんとなく出版したいのか、それとも既にいくつか出版していて新しい企画を練るのか。

結局これらは「キリ」がないわけです。だから、どこの部分をやるか、やらないか。その判断をしていく必要があります。全方位は大きくいえば、決めてないのと同様です(決めないことのリスクはリソースをどこに投下するか分からないってことですかね)。

水って流れが重力やら器やらで如何様にも変わりますよね。でも、今回はこの形でとか、今回はなんか長い感じでとかって変わりますよね。ということは、毎回「違う」わけですし、同じ企画って出来ない(同じ規格を焼き回しているケースがあっても、実際は現実化すると異なりますからね)わけですね。

そういう場合に、一部を切り出した形で実現せざるを得なくなります。スコープとする対象範囲が大きいので、そうなってしまうわけですね。

すると、これもやはり膨大な概念や状態をピックアップすることとなり、やはり水的な感じがします。ものすごく曖昧なところから始まるので、適当に掬っても曖昧ですからね。

5.概念操作をして思考していく理解者が足りない

概念操作とは、アイデアであっても企画であってもいいのですが、そういう実現する前の、または実現しようとする「考え」を指します。それをどう操作するか。つまり、面白いとか情緒でもいいし、企画としてロジックとして固めるかとか。そういうことに対して理解者が少ない印象です。

これは日本で言われやすい「挑戦者が少ない」と似ていますが、実際にはそれが実現したら面白いからやろうという総数が絶対的に少ないと考えています。一方で相対的には「アイデアをそれいいね」と理解したり、何か支援するという仕組みがあれば、それほど「挑戦者が少ないわけ」ではないなとも感じます。

ここで、アイデアを考えた場合、「そのアイデアは多分難しいだろうね」というフィードバックがあるとします。ただその時発案者は「そうはいいけど、これは絶対行けると思うんだけどな」と思えば、そこから出来るとか、然るべき形にしていくことをすればいいわけです。そこを断絶というか、折ってしまって、やる気もモチベもなくなるのが損失かなと感じます。

この理解者ですが、ここは抽象化とか、アイデアを取り扱うとか、具体化とか、そういった状態を楽しめる人を増やすしかないのかなと考えています。

この理解者の数が大き目の言葉になりますが、日本自体のアイデア力に比例するんだろうなと感じています。

しかもこれは大きな企画ではなく、小さな企画とか、大きさは関係なく、市井の企画者の数なんじゃないかなって僕は考えています。

この理解者が足りないために、そこらへんのアイデア(笑)は理解されずに、そのまま放置されたり、扱い方が分からないのでってことでそのままなんじゃないかなと。

6.無形物自体にお金を出せる経験が少ない

これは正直僕もです。ただサービスってサービス業自体って無形ですから、カフェでドリンクを頼んだら、原価だけではないですよね。サービス料が乗っかっています。つまり、店員さんのサービス業足る所以です。これはコーヒーであるとか、分かりやすいからかもしれません。

アイデアや企画はもっと分かりづらいですよね。

アイデアコンペとかアイデアの公募でそのお金って一体どう決められるのかって分からないわけです。金額で1万円のアイデアと100万円のアイデアがあって、100倍後者が価値があるとは到底思えなく、そもそもその比較自体が意味を成しているわけではないと僕は考えています。

無形物といえば、さらに相談なども分かりづらいです。アウトプットを明確にしていたとしても、例えば僕ならアイデアを出せるとしていても、そのアイデア自体に「今見えない」から、相談して出てくるものが幾ばくの価値があるかなんてやっぱ分かりづらい。

ただ、これはクリエイティブも近い気がします。動画撮影とか、画像制作、Webサイトなどもそうでしょう。そういったものは、いくらと言われて相場はもちろんあるのですが、相場より高いから安いからでは決められない。なぜなら、依頼者の想定するもの、イメージ、何をどうしたいかに沿うかどうかだからです。

安くても沿うかもしれないし、高くても沿わないかもしれない。この沿うかどうかというところの経験値がなければ、やっぱお金を出しづらい。よって、企画にお金を出しづらいというところになると。ここなんですよね。

ここは企画者はかなり頭を悩ませるところで、だから先程書いた武器、例えば動画撮影とか、実務が発生するところと切り離すか、または一緒にして全体でお金を取ると。Web制作でもディレクションとか企画費はおおよそ全体制作費の1-2割は取るはずですが、それがないってことはないんですよね。費用項目がないから「企画」作業がないのでなく、むしろ根幹です。なんでそれつくるか、どういう人を狙うかがない、制作ってかなり「作業」でしかなく、またそれが「沿う結果」になるかといえば、ないですよね。量産型制作というのをあえて自称する以外はないんじゃないかなというところです。

ここで企画が高尚なものかというと、僕はそうでもないと考えています。高尚でとっかかりづらいわけでなく、日常の中にいくらでもある。ただし、それを丁寧に考えると思考がいるし、わりとカロリーがいると。それだけかもしれないですね。

とはいえ、お金が流れる仕組みがないとやっぱここがきついところだなと感じますね。

7.どれだけ実績があっても常にふわっとしている

僕の経験から書いています。

例えば、アイデアってどれだけ出せば見えるようになるか。個数でいえば、100実現すれば見えるようになるのか?といえば、同じような似ていることならそりゃ上手くなりますよ。これは絶対だと思います。学習意欲がないなら別ですし、強制なら別ですよ(笑)

1000個作ってもやはりそれはそれで自信やメンタルの話で話は別ではないかと感じています。実績があっても、常にオーダーが別、または違う話であれば、「ふわっと」している感が抜けません。

それ故に、僕は0→1を好みますが、これこそが水物自体の正体とすら感じます。毎回違うから、変わるからこそ正解がないからこそ面白いという意味付けを僕はしています。これは明示的に考えればそうなるのですが、逆に水物でないなら僕はとっくに作業感のある定形した固まった「概念」作業ということを嫌ってやってないんだろうなと感じたところでした。

つまり、水物だからこそ楽しいし、分からないからこそ面白いと。そこをやり続けられるのってやはり鍛えるのもありますが、面白がれるところがポイントだろうなと感じました。

改めてどれだけ実績を積んでも、不安は消えなく、または絶対出来るなんて言えないし、思ったことがないんですね。解像度が高まれば高まるほど、多くのことって実は出来ないとすら感じています。出来ないというと大げさですが、その企画時点ですぐに簡単に形にになるなんてものは「たかが知れている」ので、そうでないものが多分価値になると、そんな風に考えています。

おわりに

ざっと7個ほど書き出してみましたが、やはり水物だなと同時に、これでいいんだなとも感じました。

なぜかといえば、僕はやはり変わるものが好きで、頭の中や見えづらいものが好きで、それってなんでだろう?って思っちゃうんですね。そしてそれこそ「言われてない」「言ってない」ことではあるんですが、言語化に慣れた人なら「簡単」ですが、そうでない人には「かなりきつい」ことでもあります。

そういう面での企画ってやっぱり面白くて、形に整理していったら、実はかなり面白いことが出来た。または方向性が異なるが面白い形になっていったとかってあるわけです。

水物だから駄目とか思ってなくて、企画は水物、水物だから企画、相互にそれらは密接であり不可分。それ故に僕は楽しめられるのではないかなという気づきでした。

企画ってなんでふわっとしてるのかなと思ってる人の少しはヒントになれば幸いです。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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