アイデアを考える時に思いつかないのは、「考えたつもり」になっているから

金巻さんという方が書かれた本で面白い記述がありました。

メインは外資コンサルが企画をどう作るかみたいなビジネス書でそれはそれで面白いものの、面白かったのはアイデアを発想する箇所です。

ブログタイトルにしたように「考えている」ようで考えてないというのがなるほどなと。つまり、アイデアが苦手だと感じる人向けの調査をしてきていますが、そこでも「考える」ということをしていないか、または「考えている」といっているが、実際のオペレーション的な、実践としての行動があまりないことが明らかです。

考えていると言っている人が考えているわけではない。世の中はそういうことが起こりますし、むしろ通常はそのような構造だとすら思えます。

今回はその考えているけど考えてない、ということについて掘り下げてみます。

考えているつもり、では発想できない

早速著者の主張を見ていきます。

発想には、才能が必要か。ある程度はそうかもしれない。天からの授かりものを受けた、天才的な発想をするひと握りの人々がいるというのも事実だろう。しかし、私は誰にでも、一定の「発想力」はあると思っている。それなのに「発想できない」状況に陥ってしまう理由は何なのか。

それは、「考えたつもり」になっているからだと思う。考えたつもりになっているから、その先に思考が進まない。それだけのことだ。

この「つもり」を失くすことこそが、ここでいう発想力を高める最大のコツだと信じている。  

この「つもり」の怖いところは、多くの人がわかっていながらできないということである。「考えたつもりになっているだけで、実際は考えていないことがある」と知っている。にもかかわらず、自分だけは違う、とか、今のところそれはない、と、それこそよく考えずに思い込んでしまうという(略)

外資系コンサルタントの企画力―「考えるスイッチ」であなたの思い込みを覆す、位置No. 258より、太字は筆者注

これを見てなるほどなあと唸ってしまいました。

まさにアイデアが苦手な人が直面していることで、かつその「考えている」といっているけど、実際はどうかまで詰められてないんですね。よって「考えているけどアイデアが出ない」ということになる。正確には「考えるとアイデアは出る」ので、考えてないことになるんですね(笑)

考えてるかどうかを問わず、「あなた考えてないですね」とは結構言いづらいですよね(笑)僕も躊躇します。

考えれば偉いとか、考えたら正義みたいな中二病みたいな話ではないですよ。考えたいのに、考えられないというその状態がまずいってことですね。

「考えているつもり」というのはとても言い得て妙で、これを直接言うとかはないのですが、その恐れがあるかもね、ということでフックとして示すのはありだなと感じました。

さらに、その原因はなぜか、というところで、著者は知識での反応ということで済ませてきてしまったことを上げています。これは面白い私的です。

我々は、大人になるまでにいろいろな教育を受け、先人が試行錯誤の中で会得したものを「答え」あるいは「知識」として習得してきている。

その一方で、本当の意味で「考える」、すなわち、自分で頭を働かせて考えてみようとするスイッチが切れたまま、気づかなくなっていることもある。むしろ、そのスイッチの存在を消すことこそが、受験指導のコツのようにもなってしまっている。

子供のころだったら不思議に思ったことを、不思議であると知覚できなくなってしまっている。先の例でいえば、「これは解答のある問題」だと思ったまま、脳が勝手に、「来客」「来客からのお願い」「反応」というかたちに整理してしまって、いくら「リアルに想像して」とか「本当に考えてみて」といっても、まったく考えるスイッチが入らない。

ただ、本人としては、いたって真面目に「考えているつもり」状態になってしまっている。フランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースの言葉を借りれば、これは「いつの間にか野生の思考を失くし、栽培された思考となっているケース」(略)

同上、位置No. 281、太字は筆者注

レヴィ・ストロースがここで出てくるとは思いませんでしたが、確かに栽培された思考となっているんですね。

上の指摘からすると、得てきた知識が答え=知識としてストックすると。そのストックがすなわち答えだし知識だと思いこんでいるわけですね。これは自分で考えているという人でも思い当たる節があるのではないかともいえるので、大いにあると。教育だけが問題ではないとも思いますが、まあその通りだろうと僕も思います。

その上で、自分で頭を働かせて考えるということが、スイッチをONにするということであれば、そのスイッチがOFFとなっていて、スイッチを入れられない、入れ方を忘れている状態だというわけです。そもそも「考える」っていうけど、どういうことを言うんだっけ?

著者なりの皮肉だとは思いますが、「受験指導のコツ」として、これは教える側を想定しているのでしょうが、ここでは大人とか教える人が、受験のためなら「考えるスイッチ・オフ」とするといいってことなんですね。実際に考えないと解けない問題もあるでしょうから、深い意味はないとしても、さもありなんというところでしょうか。

それはおいておいて、ポイントは考えようとしても考えられないというところです。ここで「先の例」というのは、インターホンで営業マンが来てそこで何かを売るという話なんですね。詳細は見てもらえればですけど、ここでなにか売るというなにか自体が気にならないか、本当にそれを想像できているか?というところを問う話です。確かにこれを実際に見たかのように、実際に起きるかのようには「考え」ないと分からないですね。要するに著者でいう「反応」をとして「脳内にあるデータベースにある単語や知識」を参照して、「営業は要りません」と答えてしまっている。もちろん営業はいりませんって言うのがだめとかで不正解ではなくて、考えているかチェックとして試すとどうも「考えてない」ように感じるという話です。

そして先の栽培された思考ということとなり、知識を得てそれをただ反応として用いることが考えているといっている。栽培されたので思考であるので確かに「考える」ではあるけど、ここでの考えるとは「野生の思考」であり、自ら頭を使って働かせて想像して考えることのほうを指すわけです。

アイデアを考える=アイデアを哲学する

ここまで言うと見えてくるのは、考えるってなんだってことです。哲学みたいですが、考えろ!っていわれても考え方が分からない。考えるって哲学なんですけど、考えるやり方がある。でもそれはノウハウということではなく、ある種の作法や取り組み方でしかなくて、具体的な手法を指すよりもある種のやり方まででしかないと僕は考えています。

その上で、さらに具体的にと言われたら例えば「今の考えを逆にしてみたら」とか「面白かったネタと混ぜてみたら」とかになるわけです。この時、逆にしたものは常に変わるし(例えば面白くないアイデアなら面白いと思えるアイデアにするけれど、面白いアイデアならつまらなくしてみることになります。まあ実践的には面白くないアイデアにしてみたらってなかなかないですけど、とはいえ思考のバイアスを外す意味では正しい気がします)、面白かったネタというのもストックする知見や感じたもので変わってきます(例えば風車が思い切り回っているのを見て面白いと思う人もいれば見向きもしない人もいます。これが良い悪いではなくて、その興味ベクトルや対象で如何様にも変わるからこそ、あなたがオモシロイと思ったこととなるんですね)。

考えているつもりかどうかをチェックできないかは、わりと出来る気がします。状態としてアイデアが出ない、または同じところをぐるぐるしている気がする=実際にアイデアが出ないので、というのを感じたら、一旦整理しましょう。つまり休憩してその作業を辞めましょう。

その上で、考えてみましょう。考えるとはここでは、抽象化して引いて見たり、別の視点を持ってくることになります。おそらくその視点やストックが著しくなければ、他者の知見を借りて強引にやるしかないはずです。つまり、発想法でもいいし、人と話して「そういう見方あるのか」と援用するようなものですね。ここでパクリといってないのは、そもそもそのアイデアをそのまま使うのでなく、自分が考えるアイデアに対してその知見を入れてかき混ぜる感覚だからです。かき混ざらずに、その人のアイデアをそのまま使うのは辞めましょう。それだと文字通り「あなたは考えてない」ことになりますから。

そして、考えたらアイデアが出るということについては、いつでるか、いつ頃出るかは実は不明です。だから不安になる人がいるのでしょうが、仕事としては期限までに知恵を絞るとしか言いようがないです。それで出たものを評価するだけですね。本当にそれだけです。

その上で、「いつ出るか」が言えないというのはこのアイデアを考える性質上の所以です。それが仮に正しい、事実としましょう。それに対して「そんないつ出るか分からないアイデアを出すという行為が不安だ」という人の心理は、おそらく「1時間考えればアイデアが出るみたいな目安が欲しいのだ」というのでしょう。しかしそれは哲学すると答えが出るみたいな、またはもっといえば「哲学書に人生の答えが書いてある」くらい愚かな気がします。愚かというのは、まさに愚=考えないということを示す意味であって、哲学者が考えた知見は有益だと思いますが、それが答えとか正解ではないわけで、そもそも哲学とするならば「考えようが何しよう」がですが「正解」も「目安」もないんですね。そりゃ社会通念上何かまずいことをすれば、怒られるし、社会通念上良いと思われるなら褒められるだけみたいな話です。その良い悪いも社会や文化や時代で変わりますよね?ほら、正解がない(笑)

同様に、アイデアを考えるも、ある種哲学とも言えます。それは答えがない、考えたら何か得られるとは限らない、考えることがすぐ役立つ有益になるような分かりやすいものではない、むしろ役に立たないとすら思われる。

ここまで考えると、哲学とアイデアはかなり似通っていることが見えてきます。つまり、

  • 答えがない=哲学もアイデアも答えは常に一時的であり暫定的である
  • 考えることが必要=哲学もアイデアも考えないと始まらない
  • 有益と思われない=哲学という概念というよりも哲学者などが考えてきた知見は役立つと思いますが、それによって有益と感じる人はその知見を元に考えた人でしょう。例えば上でレヴィ・ストロースの思考というところは役立つわけです。まさに考えている話ですからね。しかし哲学自体は役立つという積極的なイメージは僕は好きですがありません、むしろ役立たないから学ばないのだ、難しそうとか、こねくり回しているというイメージで終わっているのではないかとすら思います。次にアイデア自体もアイデアが有益という人はいそうですが、これもかなり条件があって、その時に役立つとか欲しいアイデアというようなかなり利己的なものではないですかと。またアイデア自体を考えることは、使える即効性があるアイデアは欲しいけど、そうでないようなつまり余白や余地や考えてきたプロセスは不要って言いそうですよね。これがすなわちアイデアを考えることは有益とは思われないってことです。アイデア自体が有益というのもかなり限定される
  • 概念である=哲学もアイデアも、どちらもモノではなく、脳内の中の思考というわりと概念操作に近い話です。例えば主体的に生きるということを証明することはできないし、受動的だというのもできない気がします。モノではないからですね。見えない概念をどう捉えるか、そういう意味でどちらも見えないし、概念としては言葉やイメージを使って、なんとも曖昧な感じでやると。もちろん脳内の神経物質の伝達であるみたいなことをいえばそれまでですけど、それもまあ脳内の仕組みはまだまだ分からないので、概念形成されたとか、考えが浮かんだからどうかって何かの物質が出たとしてもそれでどうなんだってなりがちですよね。
  • 抽象化や具体化などの操作がいる=上の概念操作とほぼ同様です。ただ哲学でもある種メタ的に自分の考えはこうだ、しかしそれをさらに抽象化できないか、または整理すると別の考え方と似ているなとか、そういう概念のさらに上の概念としてメタ概念みたいなものが出てきそうです。そもそも自分の考えをまとめること、それが一定の固まりとするには一定の思考が必要ですからね。これもアイデアも同様で、ある種のアイデアは別と紐づくとか、問いかけるとか、組み合わせるというのも具体的な操作やイメージではなんとか伝わってもそれを抽象化する、まさにその意味で自分の頭で考えることになると途端にできなくなるんですね。それは能力値でなく、トレーニングや練習なので、それをすれば出来るというところです。

答えがなく、考える必要があり、有益と思われづらく、概念は見えなくて、その概念操作が要る。なんとも超分かりづらい何かになりませんか?(笑)

自分で書いていて思ったのですけどこりゃアイデアを出すことをやるのは哲学者みたいなある種の変わった感じや思想がいるのだろうとか、それは強く思いました。すべての人がそうではないけど、突き抜けたり何かやるには、常にこれらをやり続けるわけですからね。

逆に哲学的に考えることが好きな人はめちゃくちゃアイデア出しは向いているともいえるし、アイデア出しが出来る人は哲学者だよねといってももういいんじゃないかってところまで来ていると勝手に考えています。

アイデアを出すにはどうすればいいか

じゃあ、哲学者みたいに考えないと(笑)アイデアは出せないかというとそれはないですよね。

ただ、多分なのですが、アイデアを考えるとか出すっていうのは、上で言う「考えたつもり」になっている人にとっては、めちゃくちゃ頭を使うことなので、「あー考えるってそういや大変だったな」とスイッチを入れて思い出してそこからやることになるわけです。あと、それを継続するとなると、まあやらないというかなかなかやれないわけですよね。

何度も出していますが、アイデアは、インプット→考える→アウトプットで出ます。この考えるというのが肝ということになりますが、どのフェーズも大事です。インプットさえ、考えさえ、アウトプットさえしていればいいなんてものではないってことです。

そういう意味で考えることが超大事、アイデアを出すにはというところで、かなりヒントになった指摘でとてもありがたいところでした。

そうやってアイデアを出していきたいという方はトレーナーとしてお付き合いするので気になればチェックしてみてください(笑)

ライター

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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