人生はマラソンで考えて、長期で続けていくと良さそう

Why-How-Whatのゴールデン・サークルというのがありますが、これは確かに個人の内面で詰めていくと色々見えるんですよね。

例えば起業したい。なぜかと考えると、お金稼ぎたいだけではないとか。色々考えていくと良いわけですね。

ただ、これだと個人、またはサービス側の視点しかなくて、実際にはそこにお客さんの視点が消えていると。そうだと弱いというか成立しづらいので、ここでジャンプして(物理的にでも)、顧客視点に行く必要があります。

お客様視点で考えるんだ!なんて眉唾の人もいるはずですが、でもこれができないからこそ、またはやった振りとかもあるからこそ、ズレるんですよね。仮にその設定や設計や企画がずれていたら、ハマらないわけです。精度や確率の問題ですが、そもそもしてなければ当たることはあまりないでしょうと。

プロダクトアウトを否定するわけではないですが、それはレアとして、またはファンがいるなら別とかです。多くはまずはそれが顧客に接合というか接点があって、ちゃんと提供できるかみたいなことを考えてました。

今回は、そういうところで、どういうところを考えていくと、いい感じに、どうにかして、サービスが続けられるかみたいなことを考えてみます。

IKIGAIチャートは面白いがどうやる?

IKIGAIチャートというのが話題になっていてというところで、例えばこちらの記事なんかわかりやすいかと思います。

逆輸入される「ikigai(生きがい)」~ベテラン世代の充実した働き方を考える

必要とされる、得意、好き、稼げる。それぞれの定義はニュアンスはあるのですが、基本これらは別概念というわけですね。ただお隣概念同士は近しい感じがしますよね。

例えば、起業だーとかビジネスだーというと、必要とされるようなニーズとか求められることってこと。そしてそれがお金になる、対価を得られるというところばかりが注目されます。あなたはどうですか?

一方でナリワイなり、シゴトづくり、僕が言っているのは、どちらかといえば、それを当然否定しないのですが、それだけだとまあ合理的で誰でも良いんじゃないかと思うので、エッジが弱いなと。つまり、得意だーとか、好きだーとか、そういうことを入れないと、持たないですよね?って思ってるんですね。あなたはどうですか?しつこい?(笑)

そして、こういう概念を提示されると、反射的に「分かるけどどうやる?」って反応する人がいると思うんですよ。わかります。でも、ここでやれないと意味がないとかでなく、少なくとも概念としてそういうものがあって、別に全部埋めた「IKIGAI」がなくてもいいわけですよ。ただ、そういう風にバランスを取るといいじゃないかと、抽象化されることで見えてくる点もあると。

そこで、僕はもうちょっと捻って、これって、日本人的には、こう言い換えるといいんじゃないかって思ったんです。

つまり、

  • 必要とされる→ありがとうと言われる、褒められる、感謝される
  • 得意→やってもよい、やれそう、やれる
  • 好き→苦じゃない、キライじゃない
  • 稼げる→お金をもらえた、価値があるね

みたいな感じです。

言葉の言い換えですが、稼げるはあまり変換できないのですが、必要とされるってのは、会社とかにいるあなたでなく、あなたがどうか、って感じの方がいいかなと。

そして、得意や好きも変換してみましょう。

それぞれの言葉が実は続けるというか、行動に関連します。と僕は考えていますってことですが。

  • 必要とされる→嬉しい、楽しい、面白い、やりたい燃料になる
  • 得意→はじめてみようと最初にトライできる、チャレンジできる、まず試せる
  • 好き→続けられる、自家発電で動ける、勝手にやっている、無意識でやれる、リソース管理があまりいらない
  • 稼げる→価値を見える形にする、価値を定義できる、さらなる発展をしたいと思う

って感じですね。

順序は正直ないです。どっからでもいいかなと思います。ただ、必要とされて稼げるからみたいなことをやるとですね、全部同じです。そこに倫理を飛ばす=消すと、詐欺の誕生です(笑)

ですから、そうならないように、道徳ではないですが、倫理、社会を見つつ、どうしていくか。そこに、好きとか得意がある感じでもいいし、そのバランスは人次第なんですよね。

ここで言いたいのは、言葉の変換や定義によって、実は、このような言い方になります。

「まず得意なことで始めてトライする。好きで続けて自家発電で無意識でやっていく。必要とされることで嬉しさや楽しさを感じて燃料を備蓄。稼げるということで、価値を定義して、実際に生活もしていく」

というような4連コンボではないですが、または4連鎖はしていかないとできない感じです。ただ、1連鎖で同時4消しみたいなのもあるわけで、連鎖出ないとだめではないですよねって感じです。

とはいえ、ここでこのようなプロセスというか、感情や事象がつながっていかないと、結構きついです。分断されるときついというか。

分かりづらいかもですが、これ一つの仕事でやらなくてもいいんですよ。例えば稼げるのはAで、必要とされるのはBで、好きなのはCで、得意なのはDでとかでもいい。とはいえそこまで離れていると、精神と肉体に負荷がかかると思うので、適度に統合するか、抽象化していくほうがいいんじゃないかって考えています。

僕なら、アイデア出しとリサーチは別のように見えますが、アウトプットが別に見えるだけで、抽象化すればどうすれば良さそうかという曖昧の中の模索で、突破口を開く、切り込んでみる、試してみるというところから始まります。逆にそういうチャレンジングでないなら興味がなくて、活かせない=向いてない仕事としています。無理にやるとつまらなくて、やる気が出ないのでやらないと。さじ加減は色々ですけど、そこが大事ですよね。

自分の中でミッションでもなんでもいいので掲げてみる

文脈は違うのですが、掲げてみてそれとズレるとか、ストレッチするならやってみるといいというのは、良い提示かなと思います。

例えば僕はアイデアで世の中を明るくするイメージで動いています。仕事をするし、生活をしています。こういうと、大層な話ですが、実際は細かいレベルでは、対峙したお客さんや出会った人に、何かアイデアをちょっとした提案をいれて楽しんでもらうって感じでしかないです。

それを形式張ってやると仕事となり、または提案や企画となるだけです。このあたりをすんなり理解出来る人は多分ある程度やれている人だと思います。

逆にそこが分からないという人は僕に聴いてください(笑)実際には、抽象化したり、様々な思考があってこうなっているので、勝手に適当におらおらって言っているわけではないですよね。つながりが、自然に出てくる流れがあるんですね。これは当然他の人が僕を見て解像度が低いので理解できないこともあるんですが、そういう場合も、自分の経験から想像して理解出来ることのほうが多いって気がします。

もっといえば、社会を豊かにしたいんですよね。そのためには、アイデアは必須の原材料だ。アミノ酸みたいな(笑)そう考えています。必須じゃない成分なんてあまりない気がしますが、必須成分でなくて、任意成分でも実は後から見たら必要だった系のネタはあるわけですよね。

それこそ、大いなる無駄ではないですが、そういうムダも含めて愛して受容する方が僕は好きな社会です。無駄を笑って効率化した先に悲しいディストピアがあることは避けたい。それだけですよね。

いずれにせよ、ミッションなりちょっと高めの抽象化、デカイテーマを掲げておくと、自分の視点も視座も視界もぐっと見えて広がるのでいいなあと感じていますので、書いてみました。

当然テーマは変わる。全てを愛す

この手の話をすると、1つテーマを決めたら死守するみたいな人もいます。が、これも狭いです。別にそれでもいいですが、そういう「正解」がある話じゃないんですよね。僕はこうだ、あなたはこう思う。それでいいじゃないですか、というわけですね。議論がいるとか、正解がこれって話ではないので。

人それぞれのものさしや考え方があるのでそれに合ったものを目指すと、そうなってきます。違うことが望ましいというか。

テーマとしてやりたいことが変わる、僕ならアイデアとか言ってたけどって話は後であるかもしれないです。ですが、その変更や変化も多分僕は許容するし、受容します。そうでないと、自分を許してないですし、理解してないわけですよ。伝わりますかね?

嫌なことは直したらいいですが、無理なこともあると。そこを受容するのが愛だと思います。愛の話をしたいわけではないですが、やはり、仕事なり生活なり人生に愛は不可欠でして。そこから色々と世界が変わるし、スピリチュアルや宗教ではないですけど、人間の感情や感覚や情緒がないってことになると、それ機械でいいじゃないですか(笑)

寂しいですよねということで、どんどん変わって、どんどんやっていけばいいと。一つに縛られることはないよねって話です。

イメージはマラソンで、短距離走もたまに楽しむ

人生イメージはマラソンという比喩が良いかなと思います。それも長い長いマラソンです。

そうなると、1日でどうとか、短期で考える視点はおそらく薄れます。そこに固執する人がいればいるほどです。そう焦ってもしょうがないよと(笑)そういうことですね。

短距離を否定しているわけではないです。そういうのも面白いですよね。ボクシングで3分でしたか、それで決着がつくのもいいですが、実は100年かかる闘いも面白いじゃないですか。または、1000年とか、自分が関わりようがないとか、間接的でしかないとかもありですよね。

そうやって考えると、いかに短期で結果を出してというのが馬鹿らしくなります。長期でどう継続してヘタレないか、続けていける仕組みを作れるか、無駄を愛しつつ、どう楽しめるか。

工夫のベクトルが全然違うんですよね。短期思考の人は、こういうのが苦手なはずで、そこに社会や雰囲気で入って規定されると、かなり厄介です。これはシンプルに前書いた心の鎧がしっかりできていて、それで守りすぎている状態かもしれません。もっと人は弱いというか、強くないんですよね。強い人間像みたいなのを捨てることをおすすめします(笑)

そうやって、僕の中ではIKIGAIも、やり甲斐も、まあ人生自体を楽しむというところで、考えて見返してみると、やはり都度都度楽しいことにえいやーとやって生きているんだな、今も生きてますよ(笑)というのが楽しいなと感じました。

くどいですが、日々楽しむのを継続して楽しかったなあというのと、その日だけが楽しければいいみたいなのは同じ日は楽しいですけど、蓄積があるかないかですよね。どうしても1日単位だけでは短いしそこで何かってできないんですよね。だからものさしとして、測る単位が短いなら、ぐっと長くしてみて、そこから考えると色々と見えるかもってことになります。

おわりに

僕にとってドンピシャの生き甲斐が何かですが、これそこまでないんですよね。こだわりというか。自由でいたいなんて青臭いものはそこまでないです。ただ、指示命令を受けてその通りやるとか苦手ですね。直感的に何くそって思いますから(笑)まあこれも性格で、あまり変わらない気がします。

じゃあ、指示あったら全部やらないかというとそれはないですよ。そこは大人ですから、マイルドにどうしていくかを考えるしそこがむしろアイデアを練る余白があるという感じですね。

どうせ生きるなら楽しくという感じが近いです。アイデアアイデア言ってますが、アイデアへのこだわりはアイデア自体へはそこまでないです。シンプルにその人に役立ててくれればそれでいいですよーくらいです。なんかこういう言い方すると、余裕を感じないですか?別にあなたが感じるから、そう感じてもらうために言ってるわけではないですよ(笑)それは深読みしすぎです。

心からそう思ってやっているので、そういうアウトプットになるだけ。その通りです。役立つことで、喜ばれて生きる。多分なんですが、多くの人が考える、生き方ってこういうところかなと思います。あと、自由とかってのもこういう概念を自由というのだと思いますしね。

事として、Aをやると幸せだとか、こういうBという感情になればいいって規定するのも小さいですよね。枠を設ける必要がないというか。もちろん何かやりたいなら決めてやるのも有効ですけどね。そこも使い所だと。

そんな感じで、自分のことを考えていきつつ、どうすると続けられるか、考え続けていけるかみたいなことを書いてみました。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

ビジネスアイデア相談

店舗への集客アイデア、Webサービスのアイデア、起業・複業アイデアなどビジネスアイデアに関して幅広くご相談可能です。

「もっとアイデアがほしい」「個別に企画の相談に乗って欲しい」「この施策をどう考えるか」という方は、ぜひお気軽にお問い合わせフォームからご連絡ください。