仕事をゼロから作っていく感覚はどういうものだろうか

ちょっとした振り返りネタです。

僕の中で、アイデア出しとリサーチは0から作ったといってもいいと思ってるんです。ただ念の為言っておくと、これ僕が全く何もないところから作ったわけではないですよ。いきなりポコポコ生まれるとか、突然ひらめいたなんて感じではないということです。

そのために、地味に練習して、これいけるかもーそうではないかーの繰り返しというか。本当に0からなのか?は怪しいというか、違うよねという認識です。とはいえ、盛ったわけでもなく、これくらいがレンジとして範囲として「ゼロから作った仕事」としてもいいんじゃないかな、ってある種自分に許し(笑)を出した感じです。オッケー!って感じですね。

例えば肉料理作りたい人が、牛を育てるところからみたいなイメージってしんどいですよね。拘る人はそうなるんですけど。このレンジというか、どこまで遡るか、ゼロベースって何かというところじゃないですか。ただこれは相対的な話なので、正解もないし、人によってはそれは違うってのも承知の上でって感じです。

許すというところでは僕の中でですよ、もっとマイルドにいえば、これは全然仕事を作った事例としていいのではないかと。その金額多寡みたいなのはあるんだけど、問題はそこじゃない。ものさしはそこではないからってことです。

当然そこで一定の売上を作れた方が「見栄え」はするし、オラオラできる(笑)けど、オラオラしたいわけでも見栄えを追求したいとかはない。自分にとっては、アイデアが形になって、実行しているところがポイント。それは文字通りなかったところから創るからです。

実際には色々と学んで試行錯誤するからこそ、めちゃくちゃ地味で泥臭く、時間もかかる。けどそれでいいんじゃないかと、そのペースが絶対ではない。とはいえ自分の中での等身大を別にこれですよというのは何も悪いことじゃない。だからそこは自分を信じて受け入れていくと。

そんなことを書いてみます。

短いから駄目、長いから良いではない

ものさしという話では、期間が長いから良いチャレンジとは言えないと思います。では、短いから良いかというとそうでもない(笑)

つまり、良い悪いってのがそもそも評価していますし、良いからなんなのか?ってことなんですよね。

ゼロから何か作った。でもですね、実際は何かしらソースや参考にしたこと、体験したもの、色々あってだから、厳密にいえば、ゼロからってまずないはずです。

という意味で、話す人、この場合は僕がですよね、「ゼロからやりましたよ」とドヤるまではいいけど、その内実が、ゼロ的であるかどうかをどこまで見るかなんですよね。見ているかというか。

僕は完全オリジナルなんてないという理解です。とはいえ、僕が認知するところでは、完全オリジナルなんて言葉を使う人は、まずいなくて、その時点でって感じはしています。

アイデアは組み合わせに過ぎないと考えるとアイデアの価値がないように思えますがそうでなくて、組み合わせていることが素晴らしいのだと。あとは、分かるように、それを実現する行動がまあ地味で粘らないと形にならないだけです。

形にすることが簡単ならこれらも「価値なし」と言われるかもですが、実際そうなってないので大いなる価値なんですよね。形にすることって。

アイデア出しの仕事はどう作った?

これは何度も書いていますから詳細は省くのですが、要するに思いついたから、やってみようと。でもやってもあまり手応えないよなで、普通終わりませんか?僕は諦めなかっただけです。諦めないというとかっこいいんですけど、ここで美化してないのと、しちゃだめですね。

諦めてない俺カッコいいってのは、左利きのエレンだったかな、夢を実現せずに保持してキープして叶えない俺カッコいいというのに極論同じ思考だと思ってるんです。美化のイメージがですね。死の間際まで「美大に行きたかった」という人がいる。漫画家かっぴーに聞く“第一志望の仕事”の諦め方ですね。

諦めない自体は全然良いと思うし僕もそう考えています。ただ、諦めてない状態の評価ってどうでもいいというか、評価はいらないんですよね。現状こうだ、それで終わりで。それだけを一瞬してあとは、どうすればいいかってところに集中する。集中できてないからこそ、評価しちゃったり、どうかと言ってしまうというか。伝わりますかね?

同時に、上の記事でいえば、夢の諦め方という感じですね。供養というか。僕の場合は、アイデア出しを仕事にしたいとか、アイデアを出すことって価値になるんじゃないか、そういうお客さんがいるんじゃないかってことを妄想する、仮定することでやってきました。実際はいるし、いたし、感謝されているわけです。その現実がある。

一方で、これをせずに「やりたかったんだよなー」だと、悔やんでも悔やめない。いわゆる後悔すらできない、やった後悔やらない後悔どっちかな?じゃないですけど、やらない後悔ってかなりダメージになるんですよね。やれないけど後悔するってなかなかの熱量だったと言えるわけです。

だから、一生に一度というか、やらなくて後悔するならやってみようと。そういうくらい考えてまたは考えずにですかね、やってみると。それを何度もやってきたと。本当にそれは何度もです。

ひょんなところで思い出したり、または辞めたり。または違う領域でアイデアを出す、いや企画がいいとか。ジャンルが違うから、出し方を工夫するとか。本当になんでも良いけど、とにかくトライすると。数やれば当たるという指標よりも、後悔したくないとか、何か見えるところまではやりたいよなというある種の「もがき」です。もがきなんですよね。

だから、全然かっこよい訳では無いし、見せるものでもない。白鳥式ですね。白鳥は優雅に水面をすーっと走ってますけど、水面下はもがいている。あれ好きなんですよ(笑)どMってことでもないんですが。

だから、綺麗に作るみたいなことではない。泥臭いというか、試して色々やって、脱線して、無駄じゃないか?みたいなことも思いつつも、いやいやそんなことない、こうしてみたらああしてみたら、といって結果的にですよね、明らめられない、ここで終わりたくない、そういう魂の叫び、粘り、これでなにか出来ないのかというところ。そういうものがとてもあったんですね。

これはロジカルでもなんでもない。めちゃくちゃ情緒であり、感情の塊ですよね。なんとかしたい!それだけです。もっと複雑ですけどなんとか、自分の中でも決着つけたいし、駄目でもいいからやってみたいし、すぐ成果でなくてもなんかやってみたいんだよなあと。

ここであるのは短期視点でなく、長期視点でした。成果が出なくてもいいのは、出したくないってことでなく、出ないという短期的反応でも諦めないって意味ですね。長期で出していくためにはむしろ短期で出ちゃダメかもしれないともいえる。反射で動いちゃ駄目というか。伝わりますかね?

そうなると、長期視点とは最初からわりと、地味にいきますか、もがいていきますかという選択肢となるんです。もがいていきますか?というのを選んでそれでやっていく道のりです。

辛いとかはないんですが、短期でオラオラしているとか、そういうのを見ると嫌になるんですよね。自分が間違っているのを認めたくないから。でもですね、ここで他人は他人であって、ものさしって自分が決めるしそれで測ればいいわけですよ。だから、気にしなくていいと。まあちょっと見てもいいけど、ならば、気にするくらいなら、自分の方へ集中しようよと。

そうやって内面が動きまくって結果的に形になってきたのが今です。これって1日とか3日とか、1ヶ月とか半年で終わるなんて思いますか?思わないですよね。仮に思ったらそれはかなり認知が短期に傾いていて、なにかクレクレ君というか、すぐ結果を出してどうこうしたい病ですよ(笑)煽るわけではないですが、そういうのは僕が苦手というところです。

だからこそ僕のシゴトの作り方はめちゃくちゃ長期でやると。今更というのでもいいし、耕していく方が向いているんだろうなと。急いでもそんな変わらないというか、むしろ遅くなるという感覚です。といっても、短期で何か出すシーンは分かるのでそれ自体の否定ではない。ただ本腰入れるって短期での結果ではないんです、長期でやり続けてみたいな方を指すイメージですね。

リサーチの仕事はどう作った?

これは仕事でやっていて、あーこれがリサーチなんだなと気づいたことですね。リサーチだからこれですみたいなフォーマットがあってこうすると良いよねみたいな教育があったわけではないですよ(笑)

だから、後付けで「これがリサーチだったんだな」と気づくというやつです。言葉は常に後みたいな感じですかね。事象や経験を後からまとめるとそういう言葉があったみたいな。

そこで意識していたのは、データとか調べたこととか、そういうのがある時、何が言えるか。そういう考察が大事だなということです。同じデータ見ても何も言えない人がいる一方で、色々と考えられる人もいるわけです。違いがあるのはなぜか?分かりますか?

非常に簡単で、データを見て出てくるものがあるかなんです。見慣れているとかもありますけど、そもそもこういうことが起きているということがデータや数字とかから見えるかどうか。想像力といっていい。だから数字は嘘はつかないけど、嘘つきは数字をつくみたいなことが可能になる。嘘つきは想像力を上手く使っているってだけです。嘘つきになろうってことではないですよ(笑)

あくまでデータや数字はそれだけで記号ってことです。記号は記号でしかなくて、意味がない。それを解釈する人、あなた、僕がですよね、それを見てどう解釈するのかが大事。その根拠も言える。これが価値だなと。

こういう考察が苦手な人がいることを逆に知って、ああ世の中の人は考察しないんだなとか、考えないんだなとも思いました。これは薄々感じていましたが、確かに仕事もですけど、色々考える事自体が日常にないと、「そういうニーズ」もですが「そういう世界」や「そういうものさし」があると思わないんだなと。それだけですよね。とくに考えるのが苦手な人をどうこういいたいのでなく、いるんだなってことですよね。

最終的には調べて考えることなんてというと、軽く見ているようですが、実は僕の中では考えることは全然好きなので、調べるというトリガーというか刺激剤になって色々学べて面白いということで、楽しいなあというところです。

当然そこに期待値や色々な求められることがあるわけですが、そこをある程度整理してあげれば、わりといい感じにリサーチが出来ると。

これも、結局リサーチを知らないときにリサーチをしていた時ってことですけど、やっぱり期待値とか何を求めてこれをどう使いたいかってことですよね。そういう最終イメージ、利用をイメージして、そのために今これをやっているというところを意識していました。これは、リサーチだけじゃないですよね?どんな仕事も言えるし、プロジェクトもなんでもそうで、現在地迷子にならないために、そういうのってトレーニングしますよねって話でした。

リサーチはそんな感じで仕事でやっていたことをラベリングしてそこで得たものを整理してあげて、改めてどうですかという感じで示していった感が強いです。

作りかたをあえていえば、日常で回して検証すること。取り込むこと。

ここでノウハウでもなんでもないですが、取り入れ方ですよね。

結局仮説やこれやりたいなと思っても出来ない人が多いわけです。それってかなり無理しているからですよね。実際に何か新しい行動をする、習慣とかそうですよね、かなり無理があります。

だから、少しずつ試す。最初はこれだけ、それでいいならやる。駄目ならまあやめてもいいか。といってやるならそれで大勝利です。大勝利を繰り返してちょっとずつやっていく。本当にそんな感じです。

優雅に水面上を歩けないので、最初は恐る恐るやっていくわけですが、慣れていくと無意識にもがけるというか(笑)

日常とか、生活の中に入れるというイメージは、なぜなら誰もですが、24時間というか、寝て起きてみたいなことをやってますよね。それでご飯食べるしみたいな。その中でどういう立ち回りや取り組みをそこでやるかだけです。当たり前ですが、ゴロゴロ文字通りしていて何か出来ることはないですよね。ゴロゴロ=漫画を描いているとか、生産する人は相当の切れ者ですけど、ゴロゴロってのは何も生産してない感じのことです。

ただこれも意識高くいつでも生産はできないはずです。なぜなら休まないといけないし、有限ってことですよね。時間が。

そういう貴重な時間をどうするか。そりゃテレビ見てぼーっとして疲れたなあーの繰り返しでは文字通りどうしようもないですから。今だとネットとか、ゲームとか、漫画とか、映画とかかもしれないですけど。それはおいておいて、そこはもう環境作りしかないかなと。強い意志とかではないです(笑)

だからこそ、日常の中でどう立ち回れるか。それだけです。

僕が逆にいえば、立ち回りとして、普段アイデアのことを考えている、リサーチして調べている。癖があるのでとてもハードルが低く、かつ長期でやり続けられるわけです。持ち味といっていい。そういうのがなきゃすぐ飽きるか、遠くなってしまって意識して力を入れて頑張る!みたいなことになるんです。そうでないんですね。意識せず、無意識で、勝手に動いて、調べていたとか、勝手にまとまっていたとか、それ前考えたことがある部分なので多分楽だわとか、頑張らなくていいというところが大事なんですよね。

ここの部分を勘違いして、ものすごく努力して頑張って、力を入れっぱなしでやろうとする感じの人がいますが、それは逆に無理ですね。僕はやっていませんし、すぐ崩壊します。

例えば、スケジュールを入れるのも、稼働工数を考えるのも自分が100%動いてでなくて、60%くらいで組んだほうがいいです。というか、平均6割くらいしか動けないわけで、体調とかでなくて、色々なことが重なったり、メンタル、他のインプットで時間がないかもなので、そんなもんなんですよね。そうやって、100%稼働で毎日とかは崩壊します。じゃあ4割は遊ぶのかというと、文字通り遊んでもいいのですが、実際はその余白余地があるから動けるし、6割となって集中した結果が出てくるって感じです。

詰め過ぎは駄目だし、頑張りすぎも崩壊します。

だから、意外かもしれませんが、頑張らないことはめちゃくちゃ大事です。肩の力を抜くこともですね。無意識でやれる感は、実際には意識を最初はするし、学習していってそれが慣れてくるまでは当然負荷はかかるし、誰も最初から無意識じゃないですよ(笑)

ですが、頑張るとはあえていえば、この学習して意識→無意識化するところかなと。その中でもいかに楽をするか、飽きずにやれるか、稼働率を減らして動けるか、つまり詰めすぎずにってことですよね、そういう崩壊しない仕組みが大事かなと思います。

最近は減りつつありますが、ITエンジニアやWebプログラマに学習してなりたいみたいな初心なネタがあります。それは全然良いんですけど、学習した結果、面白くないとか、向いている気がしないとかってあるんですよね。それ向いてないというか、少なくとも嫌なことをなんでやるのかって感じですよね。ここで問題はそういうことを志す人が「ITエンジニア」とか面白そうだからやるんじゃなくて「お金になりそうだから」というところでやることがきついってことですよね。それが最初でもいいんですが、文字通りそれだけだと、ビジネスもそうですが、地獄かなと思います。

そうやって我慢して仮にやって何が残るか。僕は分からないです。その解を持っている人はあまりいなくて、なぜならそれは自分で考えて意味を見出すしかないからですね。まあいかにも辛そうだから辞めたほうがいいってアドバイスになりますよね。

あと、そこを乗り越えた先にあるはかなり危ないです(笑)それが詐欺の謳い文句なら尚更面倒です。実際にそこの解なんてないから、なんとでも言えるってのが適切かもしれません。

おわりに

感覚的な、とくに仕事を作るところを書いてみました。情緒性が強いかもしれませが、僕は今でもそんな感覚で仕事を作っています。

面白そうだからやってみよう、楽しそうだな、こうしたらいいんじゃないか。これってめちゃくちゃ大事で、それが1mmもないことはまずやらないです。その上で他の要素があればやればいいというか。

だから、面白くないことをしない、は言い過ぎでなくて、現実的にいって、面白くないことだけをしていると多分死ぬます(笑)精神的に死ぬてことですね。魂が抜けたアンドロイド?ではないのですから、自分が面白いなとか、楽しいなとか、これいいんじゃないかみたいな心が動くことをトリガーにしましょうねってことになると思います。

僕はそういうトリガーを持って生きていますし仕事をしています。そういう人がオモシロイと思ったら一緒に仕事しましょう。お便り待ってますよ(笑)

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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