フレームワークは思考の道具であり、目的ではない

フレームワークとくにビジネスや経営を考える時にフレームワークってありますよね。

SWOT分析とか色々あるそういうやつです。

これが悪いわけはないんですが、扱いとして「手段」「道具」でしかなくて、その結論、考え方は適宜あるし、全く別の見解も「結果」としてあるよねという話です。

ごくごく当たり前なのですが、ハマると「フレームワーク図解」を入れることで満足してしまうし、それを求めてしまって、結果「それで?」となりがちです。

道具としてのフレームワーク、思考の補助線としてのツールということで、フレームワークの取り扱いについて考えてみます。

道具や手段なので、目的や結果が大事

何か考える時にその結果が、問いや仮説とずれていれば機能しません。

例えばカレーを作るために材料を買いにスーパーへ行ったとします。しかし、そこでお菓子ばかりを買って帰ってきた。そりゃカレーはできませんよね。

こうやって冷静に考えれば何のことはないのですが、これがまあ起こる起こると。なぜかといえば、最初に仮説やなぜその手段を使うかを明確にしていないからですね。

例えばカレーでもスパイスから作りたいならスパイス等があるところへ行く必要がある。あまり品揃えがなければ、市販のルウになるわけですからこれは異なると。

その仮説の精度で手段も変わると。大きな釘があれば、大きな金槌を使わないとだめだなって直観的に感じるのと同様にということですね。

ここで道具や手段が目的化することを笑うわけでなくて、ダイエットをしたいのにテニスにはまってテニスすることが楽しいみたいなことってありますからね。だから、自己目的化自体が否定されないし、それで充足することもある(例えば図解やフレームワーク自体を使うのが楽しい。これは悪くはないんじゃないかなと)。

でも、それで使うから楽しい、だけで終わると、自己満足でその目的が何かの仮説を検証する、現状を把握する、事業の課題を見つけるとかであれば、やっぱ「楽しいいい!」だけでは厳しいわけです。

材料を装置に入れたら何か生まれるわけですが、とはいえ材料を入れたら勝手にそのフレームワークが考えて出力してくれるほど「甘く」はないだけです。その出力は、整理されてさらに考えるので、実際はマニュアルなんですよね。オートマではないってことを理解できれば十分です。

なのですが、そこがオートマになると思い込まれた手段、ここではフレームワークとかがもったいないというか、言われぬことであるともいえますよね。

思考としてはプロセスがないと使えない

例えば、SWOT分析なら、その強みだとか弱みだとか、考えて「書き込む」までに何を考えたか。調べたか。どう検討したか。

適当にそれこそ、「なおざり」(何もせず)やれば、一応はなんとなく格好が付くことは誰でも出来ますからね。そうではないよねということはやはり担保というか、証左を残すべきで、そういう思考メモはあるよねということです。

そのメモを剥ぎ取って、最終的に整理したのが見える形のパワポなり資料、ここではSWOT分析の表みたいなものだと。

つまり思考の結果が大事であり、その思考を補助線としてツールとして使うのがフレームワークということですね。

考えること、思考、何か生み出すこと。その一連の思考があって、その最中に「ちょっとここで休んで行きなよ!」ではないですが、フレームワークベンチ(笑)みたいなのがあって、別に旅館でも観光スポットでもなんでもいいんですけど、そこで思考を整理する。そんなイメージが近いです。少なくともそれができたから思考が完成するなんて、甘いものではないというか、一部でしかないよねって認識があればいいと。

そうでなくてそれで完成と思った瞬間、単に思考を辞めたり中断したり、どこかを放棄しただけではないかって問えれば素晴らしいと思います。往々にしてそんな感じになりますから(笑)

「フレームワークで分析してよ」は危ない

全部ではないですが、こういったフレームワークで考えてっていうのは結構危険です。もちろん全ての人ってことではないです。

具体的には、フレームワーク分析として、そのやり方を「言葉」としてはあれど、思考をしたことがない、考えない人です。

つまり、強くいえば、無思考者が思考ツールを使って考えて、というのが皮肉なわけですが、論理的には成立するんです。実態は成立し得ないんですけどね。

それこそ「見た目で、何か整理された、分解、分析があると良さそう」に見えます。それこそ思考したように見えるんですね。

でも、これってなおざりでも出来るわけですから、意味がある分析か、そのアウトプットが分からないと意味がないんですね。

冗談かもしれませんが「SWOT分析したから問題がない」みたいなジョークが生まれてしまうわけです。結果的にSWOTだろうがなんだろうが、それをなんで手段として使ったか、何を見たいのか、そういった観点を網羅したいくらいでしかないですよね。

例えば、SWOTだーといって、自社の強みを弱みを考えてもあまり出てこないならそれって自社分析が足りないか感じられないか、外部との競り合いがないか、そもそも何か視点がズレているか、その分析をしたところでみたいな白けたやり方(笑)になっているか、直観的に嫌気があるってやつですね、そうなれば「なんかSWOTしてみたけど」となるだけです。

SWOT分析が悪いわけでは全くないです。ただその「なんとか分析してよ」ってところで、その分析することが目標になっていれば、まあそれまでという感じですよね。ならば適当に入れればなんでもいいので。実際に強みの認識は主観的なものにもなりますし、機会と思ったら脅威でもあるとかざらじゃないですか。

というわけで、この手の「フレームワーク」を連呼する人ほど危ういというか、それらをなんで使うかを知っていない、またはそもそも自身で考えてないケースかなとも思われます。気をつけましょう。

思考している人は多分道具に頼らない

ツールとか手段ってもちろんそれが大事だし磨くし、投資したほうがいいですよね。けど、そこは本質ではない。画家が絵筆がないなら仕事ができないかというと、実は絵を描けるものを生み出して描くくらいはできると。そうやって思考をしている人なら、つまりビジネスを考える人なら「SWOT分析のパワポがないから考えられないです」とかはないじゃないですか(笑)

という意味で、道具はたまたまそこにある便利なものに過ぎないかなと思います。

本質は思考をする、考えてそれを生み出すことですよね。

これって数学で公理みたいなものを覚えるのでなく、それがなんでそうなるかを考えるのと似ています。僕は数学得意ではないですけど(笑)思考の部分では一緒じゃないかと考えています。

道具としてプロが磨いて使うのは全然良いのですが、今「それ」がないから力を出せませんはやっぱ違うんじゃないかと。そこに絵筆がなくても、水で描けるのがプロの絵描きじゃないかと。もちろんそれをしないと「絵描き」ではないみたいなことでなく、そういう何でも使えるのってやっぱ「道具」がなくてもいけるぞってことじゃないですか。って感じですね。

道具に頼らず道具を磨くって感じですかね。道具の意味が異なりますけど、そういう感じで日々考えてます。

おわりに

思考するというのは、ぱっと見ると簡単にアウトプットができて、楽そうだとか(笑)思われたりするんですが、これって実際に考えてまとめていくと色々とつまづくわけですよね。論理エラーもですが、色々と仮説と違ったり、このリサーチ意味があるのかとか、そもそもまずい気がするとか。そういうのって冷や汗かきつつも、やはり試行錯誤で上手くなっていくと。

という程度には、やはり思考って訓練ですし、その通りで上達もするとそういう話です。

デザイナーにデザインをちょちょっとやっといてーというのがNGなように、プログラマにささっとコード書けば簡単でしょーとか、企画者に「ささっといい感じの企画作っておいて」みたいなのも、まあ良くないですね。良くないというか、本当にそうやっていってればスマートな人とは思われないので(冗談が通じる関係性ならありえるくらいですが)僕はちょっとなーって感じです。

もちろん初学者が何か学んで使いたいみたいなそういうのは全然良いんですが、書いて学んでやっていくと、それで?ってなるのでそこからが勝負というか、自分で考えてオリジナルなやつでいいんですよね(笑)まあ何これって?なるので、ある程度ならしていかなきゃってコミュニケーションは必要ですけどね。

というわけで、今回は思考の道具としてのフレームワークは思考をまさにするための補助具だと。そうやって使えればものすごく使えると思いますよって話でした。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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