顧客を教育するのは止めようというシンプルな話

少し前に、こっそりとキンドル本をリリースしました。クラウドソーシング初心者ワーカー脱出マニュアル: ~クライアントを見極め、サバイブせよ~というもので、電書としては3年ぶりだったかなと。まあこれはタイトル通りで、ターゲットはクラウドワーカー初心者向けとしています。

内容は具体的なノウハウというよりも、マインドセットの方が大事なので、クライアントを見切ることをしっかりしましょうね。それで、最終的にはどちらかといえば、その選び方で仕事が決まるということをくどく書いたつもりです。

今回もそれに関連する話を少し書いてみます。

顧客を教育するのは両者にとって不幸

不幸とはここでは、依頼側も受注側も不幸ということですね。レベルもありますが、明らかに基本的な事ができてないとかは論外として、ここで取り上げたいケースとしては「提供サービスとして逸脱しかねない」状態のときです。

つまり、明らかに見合ってないといいますか、労力と対価が合わない、またはそれに対して持続性もない、つまり悪く言えば使い捨てされるケースです。

この場合は冷静に考えると「そんな客は切ればいい」となるのですが、実際に現場的にいうと「ニュアンスをうまく伝えれば変わっていけるのではないか」と考えがちかなと思ったんですね。

結論的にはこれは筋が悪いと思っていて、よってやめておいたほうがいいと僕は考えているという話です。あなたが苦労して何かをやっても、その労力や苦労は報われないです。例えるなら、評価されない領域でやることを「美徳」といってもいいのですが、それはその見込がある場合にやったほうがいいでしょう。これは「打算的振る舞い」と考える人がいるかもしれません。

10000歩譲ってそうなったとしても、それは見返りがあるのであれば(金銭的報酬でなくラーニングなどももちろん含みます)ありだと捉えます。それらの見込みがない、つまりやり損という状態は控えるというか徹底的に回避すべきです。

つまり、やりとり、仕事として成立していないというわけですが、相手のことをより共感度が強い人なら陥りやすい、そして崩壊しやすい罠かもしれません。

上の本では、それらを僕なりにくどく「顧客を選べ」ということを徹底的に書いたつもりです。それは本書に譲るとして、ここでも同様のことを感じています。つまり、「教育するなどおこがましい」のであり、シンプルに顧客の怠惰に付き合わないといっていいでしょう。

もちろん、その上で、自分がリードしたり、なにか一定の評価や成果が出せないのは自身の責任(そういう顧客と仕事をしたのも込めて)だとは思います。

教育コストは限りなく高い

これはフリーランスでなくても同様です。勤め先にいたとして、ある顧客の担当者があまり動きが悪いとしましょう。その場合明らかにこちらが経験上リードするきらいがあるかと思います。そういうのを顧客という会社同士の付き合いから「柔軟に対応」するのが、ある種のマナーな気がしています。

なのですがこれもどこまでかはケースバイケースでしょう。つまり、あなたは顧客担当者の「教育係」ではないですし、相手企業の先輩でも上司でもありません。

だからこそ限度があるわけなので、あまりにもミスが多いなら担当を変えてということが理屈では言えるわけですね。でもそこまでやるかはおいておいて、ではあなたが良い人だとします。

どこまでその担当者と付き合うかとなります。これはわりと究極の問いかけで、正解はもちろんないです。少しやってみて様子をみて、同じことを何度も繰り返すならより上位の人から言ってもらう、こちらも上司等に相談する。まあそれで解決するのかはおいておいて、少なくとも態度としては僕の考えですが「あなたは相手の教育係ではない」は一貫してもったほうがいいと思います。

もちろんドライに合理的に話をしたり仕事をしているわけではないでしょうから、もっと感情が実際に入るはずだと思っています。けれど、必要以上にやることもないし、もちろん相手に何か共感するならやってもいい。けれど、どこまで仕事としているのか、教育分をもらうわけではないなら、「あなたの仕事」ではないと割り切るのもありだということです。

こういう選択肢を考える事自体がドライと思われるかもしれませんが、ドライな事を考えるけどウェットなことをやる人はいると思っていますし、逆もさもありなんです。つまり、ウェットなことを考えるけどドライな人もいるわけですよね(笑)何も行動したことが全て思考した結果でなく、真逆もあり得ると。ここが人間の面白い所以ですけど、そこはおいておいて、どう振る舞うかが大事だということです。

くどいですが、あなたの仕事の範疇が定義されてない、言われたらやっちゃう、いい人でいたいならどうぞその通り!やってもらえればと思います。悪い意味でなくそのままです。ですが、「なんか舐められてるなあ」とか「こっちが負担ばかりしているなあ」とかだと、まあ何かしらの見返りがないと続かないですよね。わかりやすいのはお金ですよね。お金で解決すればいいというのでなく、分かりやすく解決しやすいというだけです。

担当者の愛嬌があればそうならなかったもしれないし、相手企業がもっと教育をしていればならなかったかもしれないですよね。それは分からないですけど、そんなことって現場で起きてそうですね。

成長し合えるパートナーは限られる

基本的にこちらが出し感が強い、つまり言い方を変えると「奪われる」感じが強ければ顧客として続かないです。下手すれば完結せず、仕事自体が完了出来ない可能性もあります。

次に、それなりにやって単発として一つ終わるはずです。これは一度出来たから次も見込めるということですよね。

注意すべきというか、その通りなのですが、僕自身でいえば僕の実力以上の仕事ってまず来ないというか取れないです。当然自分を成長させないとレベルの高い仕事ってできないだけです。それだけなのですが、極論でもありますが、一度で終わるということはそれだけの力だったとも言えます。理屈でいえば、LTVなどで考える、つまり生涯価値でいえば、次も見込める率が高ければあなたは繁栄し続けるわけですよね。合理的に考えれば。

次に、これらのわりと仕事が出来たぞという先に、「成長し合える」関係性がちらつきます。ということで、3段階くらいあるということですかね。

1.そもそも合ってない、すれ違っている関係。無理がある。どちらか優位。対等ではない。
2.やり取りできる。基本の仕事が終わる。完結できる。信頼が生まれる。少なくとも次やりたくないではない。
3.やり取りが出来た上でお互いが高められる。持続性がある。

上の本では、1はやめましょう、でも失敗というか初心者なら見極められないので1も掴む可能性は高い。だけど、上級者でも仕入先を誤ればやはり掴みます(笑)そして2を増やそうと。そうしていくと、3も出てくるという流れです。

この仮説はくどいですがお客を選べという話です。当然選ぶためにはそれなりに仕事をしてどういう人がいるか、どういう仕事があるかを見極める必要がありますから、初心者では難しい話です。なのですが、初心者であっても、1ばかりやっていれば「仕事って大変だ」みたいになって、「そういうものなんだ」と学習しがちでしょう。学習性無力感か忘れましたが、無力感を学ぶのは筋が悪いです。そうでなく、何か出来る可能性を学習していきましょうということです。

出会う1は反面教師といってもいいでしょう。それらから違うなーと考え、より2に、そして3に高めていきましょうということです。

と、これも偉そうにいっていますが、3に出会えるって結構感動ですし、レアです。なのですけど、いないわけではない。少なくとも1をやっていてはだめですから、2を目指すと。2をやり続けていくと出会える高みという感じでしょうか。

当然これはお客さんだけでなく、人間関係にも言えるかもしれません。自分のことを大事にしてくれる人と、適当な扱いをする人。あなたはどっちの人と付き合いたいですか?前者じゃないですか。それだけなんですけど、そういうのがなぜか仕事になると「消える」のが不思議です。

当然これらはやっている人はやっているはずなのですが、そもそもそんなルールや仕組みや考えがあると思ってなければ、「見えない」ことなのかなと思いました。

ちなみに、僕は解せないことがあればある程度は聞いてコミュニケーションをしますが、それも「大概」であって、常にやるかは分かりません。という感じでも客観的にいって「丁寧」になるのかなと思います。つまり、丁寧な人がそれだけいうことなので、僕がいうバッドケースは相当悪いということなんですね。とはいえ、それも僕の判断の責任というのがまず第一であると考えた上でです。

顧客側の気持ちを知りたいなら発注しよう

いわゆる発注側の気持ちが分からん!という人なら、簡単に分かる方法があります。数百円だと微妙ですが、それでもやらないよりいいのですが、数千円くらいの簡単な仕事を発注してみてください。発注自体の費用としてもいいですけど、どちらかといえば「あなたの学習+納品物」というお得な感じをイメージしてください。

つまり、学習とは発注側の視点が学べるのと、さらに納品物も得られるんですね。しかも受注側が出来る人ならば、そういう人のコミュニケーションすら学べるかもしれません。一石三鳥とはまさにこのことです。

発注して分かることはもちろん限られるかもしれませんが、あなたが受注側オンリーなら相手の立場が見えないでしょう。よって、少しでも視点を変える意味で、発注してみたら?という提案です。

それによって、見えることもあるのかなということです。当然期待値をあげすぎて「発注側にたてばなんでも見えるのだ!」なんてのはやめてくださいね(笑)

そして発注したとします。そこで得たラーニングはどうでしょうか?多分いろいろな気付きがあると思います。

例えば、案件自体の内容を知らないと発注しづらいし、仮にしても良い納品物を得られないぞということとか、依頼の仕方が曖昧すぎて違うエントリーが多かったりとか、そもそも依頼として前提条件がハードすぎるとか。

まあこれらはやってみてどうかというところです。

教育はどこでやるのがいいのか

さて、教育は止めようということは、局面としてお客さんとあなたでというところでした。そこからいえるのは、その関わりでないところで学べばいいんですね。つまり、あなたが一人でやるなら独学ですよね。お客さんも同様でしょう。

もっといえば、学ばない客がいいのか学ぶ客がいいのか。前者の方が「ホイホイ」奪えるという人は色々考え直したほうがいいですね(笑)結果的にそれはあなたが楽になるのですが、そういう関係はまあ続きづらいですね。仮に解像度が高くても結局その差は簡単には埋められないのでしょうけどそこにふんぞり返る姿勢は中長期的には見抜かれるからです。

とはいえ学ぶ客がどこまでいるかですが、賢いお客は結果的にお客自身もですが、あなたにも学びが提供されるでしょう。もっといえばそれが評価になるし、結果的に「多大」な価値となるわけです。なので、学ぶお客さんを捕まえましょう。くどいですが、学ぶ客がいいのであって、「お客が学ばないから教育してやろう」は違います。

その違いを言えば、素質とは言わないのですが、シンプルに出会ってからのやり取りで判断してください。というかそれしかできないです。あなたは教育係ではないので、あなたがやるのは仕事で成果を出すことですから、その要望が学ぶ客なら適切なパスである確率が高いです。1であればその率が減じるかもしくはない(笑)可能性もありえます。

つまりそのやり取り場面外での学びがそこで見えるわけですよね。もちろん仕事自体から学ぶ姿勢がマイナスになるのはなく、プラスでしかないです。それがあくまで「相手を教育」するということではない、それだけなんですね。お互いが学ぶことで、結果的に高め合う、それだけです。

これらの違いはあまり分かりづらいかもしれませんが、現場としてものすごく大きな違いで分かります。学ばない客がいればすぐ逃げると。これはサバイブの基本となります。一緒に高め合えるなんて理想かもしれません。けれど、本書でも書いたのですが、そういうお客さんはいます。ですので、そこは信じてもらうしかないのですが、そういう人と高めていって当然報酬も貰えるわけですし、良い関係が続くんですね。

どこでやるというところではそれが僕なりの考えです。仕事においては相手に対して教育というのが筋が悪いってだけです。悪手といってもいい。当然、1に対してそういうアプローチを取るのが最も悪手です。2であればそうでもないかもしれませんし、3であれば評価が180度変わって「そこまで考えてくれているのか」となるかもしれませんが、実際に「何かしてあげる」という態度が見えてくるのでまああまり良い感じにはならない気がしますね。

指摘とか、考えをぶつけるのはありかもしれませんが、それも仕事の範疇にどこまで入るかは、結局どこまで高められるかな気がしますね。

つまり、あなたがコントロール出来るのは顧客がどうでなく、あなたが学んで高めていくことということです。こちらが何か介入して顧客をどうこうしようは下策ですし、筋が悪いということです。これは端的にいって「上から目線」に近いことになるはずです。まあ、そうやって言っている僕が上から目線と思われることもあるはずなのでこれくらいにしておきましょう(笑)

そういう高めていくことをしていくと何が起きるか。シンプルに1では見合わないので、最低2、できれば3というようにフェーズが上がるイメージです。1ばかりで埋めていてはシンプルに大変です。2があって3がある。または3を連発している、周りが3のような顧客だらけならば、あなたは成功していると間違いないはずです。ここでの成功とは、顧客と良い関係を維持できていてさらに続けていけるのでどちらかといえばそういう人はそれで終わりでなく、その知恵ややり方もですけど、さらに広げて欲しいですよね。情報商材みたいに売るとあれなので、適した形でやってください(笑)

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