アイデアを出そうとすると、実はアイデアは出づらいという話

アイデア発想について書いてみます。

禅問答みたいなタイトルですが(笑)アイデアを出そうとするのは全然いいんですよ。ただ、「アイデア」を本当に直接出そうとすると、大体良いアイデアって出ないんですよね。

これは、アイデア出しと言っている僕のイメージで言うと、アイデアを最終的には出すのだけど、実はやり取りは視点移動や連想、発見みたいなのがものが9割、いやもっといえば99%かもしれないなと。つまり、アイデアを出すのは最終調理過程であって最後の仕上げくらいです。その前の99%は地味で、実は仕込みみたいなことが多いって話です。

氷の例えでもいいですが、ひとまずそんな話を書いてみます。

アイデアを出すなら視点に注目する

チームでいいアイデアが出なくて困ってる人は、アイデアそのものじゃなくて、直前にある「視点」に注目しようという記事があって、100%同意です。

アイデア出しが苦手な人とか慣れてない人は、アイデアを出すテーマが与えられると、それに対応する「アイデア」というか事柄って感じですね、を出そうとします。

記事の中にも事例がありますが、ここで躓く、なんか既視感、そういうことではないかもなーと「直感的」に思うのはわりと正しい感じはします。そうです。なんか出しているけど、これではないんだろうな、みたいな。でも、その説明や何が違ってこうしていくとか、ではこれでいったらいいみたいなアイデアは出ないという(笑)

だから、そこで止まるか、今はこれが限界ですとなる。その通りですが、それって多分「アイデア」を出そうとするからなんですよね。

上の中で筆者は、視点に注目したらということで例を上げています。これもほぼその通りなのですが、視点でもいいですし、僕なら切り口といってもいいし、着眼点でも一緒という「定義」です。見方といってもいいし、誰々さんならばでもいいですし、時系列で未来だったらでもいい。そういうのを全部まとめて、視点といってもいいし、切り口といってもいいと思っています。微妙な差はあれど、大方一緒なので。

では、そういう切り口ってどう身につけるかなんですが、これがわりと説明が難しいんですね。切り口を提示するというと、例えば人口減少社会をどうするか?なんてテーマがあるとします。その場合、子どもを産む方向に考えがちですが、産まなくても良いという感覚が保証されれば逆にプレッシャーがかからないなんて考えも出来ますよね。そこまで無理な話ではないはずです(笑)

他にも社会政策とするのか、企業が取り組めることにするのか、様々な切り口が考えられます。どれも一言でいえば、視点、立場の異なり方です。それを一人でやろうとすると負荷がかかるのと、あと解像度がそこまで高くないので、まあ結構大変なんですよね。だから、僕がカバー出来るのはわりと知れているのですが、全方位なんて思わないのでそこは地味に蓄積していくしかないなと感じています。

切り口があれば解決だ、またはアイデアを考えずに視点をまず定義してから考えてみる。そうすると多分アイデアは出やすいです。少なくともアイデア一発でこれみたいなことはないので、ハードルは下がると。

どうすれば切り口や視点は身につくのか?

次にこういう疑問が出てくると思います。疑問にならない人は多分出来る人なので読まなくてオッケーです(笑)

僕は違和感をトリガーにしてくださいなんて言ってますが、これは僕のやり方でしかないです。そうでなくてもいいし、そうであってもいい。まあ使える刺激材料を美味く使えばいいってことですね。

こちらはゲームデザイナーという話の文脈ですが、アイデアを出すとか企画をするなら、同じことかなと思います。ゲームデザイナーに多くの体験が必要なワケ

体験をする、これは一次情報を得るというのに近いですが、感情の解像度が上がるとか、まあ要するに色々知れると、その体験ではこうだなとか、表現が増えるんですね。それがそのままデザインにつながるのは言うまでもない。それがないと、逆に何も作れないか、作ってもリアリティがないので作り込めないんですよね。どこかで似たようなものになるというか。

僕の言葉で言えばこれは観察です。観察をして、社会の解像度を上げていく。例えば社会ってぱっと言われてどう感じますか?特定のイメージを抱けるかどうか?まああまりないかなと思います。社会って言葉は創造出来る範囲もですが、出来ない範囲もある。非常に概念としては定義しづらいです。あえていえば同じ集団生活を営む人たちくらいですが、なんとも収まりは悪い気がします(笑)

例えば社会問題といっても、どこかで誰かが定義したものではなくて、自分が感じる問題も社会問題ということにもなり得るわけですよ。こういう肌感覚が大事で、自分の興味や関心がどの程度表現できたりするか。そこに尽きると思います。

どうすれば身につくかは愚直にこれを、観察を繰り返して表現するしかないと思います。言語化といってもいい。この感情はこういう言葉で言えるかもなとか、こういう表現をすればいいなとか、これは似てるけど違うぞとか。そういう体験や経験って人を文字通り豊かにしてくれるので、いいんじゃないかなと思うわけです。

その蓄積が視点というちょっとした塊、考えの癖でもいいですが、そういうものになっていくと。だから悪く言えばバイアスになるのですが、良く言えばそういう視点があるとも言えるわけですね。これ、見方の話なので、どっちでも取れますからね。

アイデアは見える、切り口も見えるが、根っこは見えない

これはアイデアの木って絵です。僕が適当に描きました(笑)

根っこ

根っこは地中にあって、見えません。木の根っこも多くは見えないですよね。掘れば見えますけど、人も深く話していかないとここの部分は分からないはずです。

この根っこは何かというと、普段の行動とか、生活での観察、ストック的な地味にやっていること、考え方価値観、やっている仕事とか、普段のコミュニケーションとか全部です(笑)

そういう話は哲学っぽいですが、どちらかというと人自体の形成に近い。環境といってもいい。普段誰かを馬鹿にしている人が対話なんて出来ないですし、仮に「上っ面」だけできてもボロが出ますからね。

ここでは、根っこは見えないこと、そして地味であるが故に、しっかりと固まっていることがポイントです。当然これは先天的に決まるなんてことでなく、後天的につまり今でもこれからでも全然根っこを張ることができると。

切り口

次に切り口は、地上から枝とか、幹みたいなもので、分かれるところらへんです。アバウトです(笑)

ただ根っこではなくて、見えるところ。あと、あとで説明するアイデアの葉っぱみたいな先ではないって感じです。

これが先でいう視点みたいなものです。この部分の切り口を意識すると、つまり「アイデアを出して」→「じゃあどういう切り口でいくかな」と自力で考えられればほぼアイデア出しは出来るといっていいです。ただそれで評価されるかは別なので、まずは視点を切り口を持つ、そこをもってアイデアを出すというプロセスを回すことが大事です。

切り口は見えます。ただ視点とかの概念は見えないので言語化がかなり可能というところです。

発想法はこの切り口提示で、考える人の刺激としてヒントを与えるみたいな手法といっていいでしょう。

ここで気づく方は気づくのですが「切り口」を外部から得ても、そのために根っこから繋がってないと弱いです。弱いというか、切り口だけ、つまり根っこがないのでそのアイデアはリアリティがないとか、何かどこかにありそうなとなるんですね。

切り口だけで存在することはなくて根っこ→切り口という連鎖、またはつながりがあるってことがポイントです。なければ、切り口がいくらあっても「それで?」となって、結果的に根っこなし、切り口なし、アイデアだけを求めてしまうんですよね。

アイデア

最後がアイデアです。アイデアは実は枝葉、葉っぱです。先です。根っこ→切り口→アイデアです。だから、根っこがないと成立しないですし、葉っぱだけ大きくてもすぐ落ちたり枯れたりするイメージです。

一方で、アイデアが実るとは、果実みたいですけど、切り口の数分あるといっていいです。切り口が同じで沢山のアイデアもありますが、1切り口で100アイデアと、10切り口で100アイデアなら、後者の方が豊かな木って感じですね。実際に局面として、ある切り口のアイデアが大量に欲しいなんてありえなくないのですが、僕が見かけるのは、想定される切り口でない、ぱっと出せるものではない、というものです。

クリエイティブジャンプみたいなものですが、そういう乖離、一見すると結びつかないものは、根っこと切り口を考えて出るものですね。

ポイントはアイデア自体は枝葉であること。そしてアイデアも目に見えます。

人は見た目で判断してしまう

この木を誰もが持っていればアイデアのコミュニケーションはもっと楽です(笑)つまり持っていないか、ほぼ考えてないか、こういう地図ではない、ビジュアルではないはずです。学ばないと出て来ないはずです。

ここで、テーマをどこに配置するかもあるのですが、実際にテーマは水みたいなものですかね。テーマによってどう育てるか、どういう切り口が生まれるか、葉やそれこそ果実でもいいのですが、育つか。しかし切り口が異ならないと違うアイデアとならないはずです。

例えばアイデアを一杯出してもそれが同じ切り口なら、という判断は実はアイデアが苦手な人も出来るはずです。これは抽象度が低いというか、具体的なものをみて「うーん、だいたい似ているな」と思えるかどうかということです。

切り口が異なれば抽象化しても、全く別です。具体化されたアイデアもやはり異なるわけです。最初から異なるから、やはり異なるみたいな当たり前の話なんですけどね。

人は、地上にある果実や枝葉を見がちです。水をやるぞといって「アイデア出し」をしてブレストして、さあ考えてというと、「何かすぐ果実」「葉」が成長して得られると思ってしまうんですね。でもそんなことって木でいえばないですよね?何十年くらいかかっちゃうわけですよ(笑)

根っこがあることに注目できるか。根っことは自分とか、その人自体のことですね。そこを乱暴にせず見ていこうとする。その上で切り口もある。って考えるとどうなるか?

大分アイデア出しに対して感覚が違ってきませんか?そうでもない?

テーマが与えられたら根っこを叩いてみる

じゃあ、僕はどうしているかというと、まずテーマやお題があるとしてどうするかですよね?

実はここですぐ出てくるものというのは、反射、連想が強くて、それ以外はないんですね。そういえばこういうのもあったなとか、面白い事例あったぞ、こうしてみたらいいんじゃない?課題はこれがあるから、こっちかなとか。そういうのは切り口になることもあるし、そうでないこともあります(笑)

だから、わりとそこで出てくるアイデア達は雑です。ラフです。粗いです。その上で、切り口を変えるか、視点を変える。

強力なのは、ターゲットですよね。違う人に売るなら全然違うアイデアになる。言葉でなく絵で訴えかけるという縛りにしても違ってきますよね。

こういうのが出てくるかは実は、根っこを叩いて、お伺い(笑)を自分の脳にしてみて出てくるかどうかです。出て来ないのは、あなたが駄目というよりも、普段の行動やストックがないというだけかなと。それをしていれば出てくるからです。

ありがちなのは、二次情報を漁って何かすぐに使える役立ちそうなものを探すことです。これはヒット率は低くてやらないよりいいけど、一次情報には勝てないはずです。だから、散歩して何か違うことをしたほうが全然良いんですね。そこで見かけた犬や猫から、感情が生まれてアイデアに結びつくなんて、普通にあり得ますからね。

だから「アイデア出し」自体は反射に近く、瞬発性が求められます。その場で出すならですよ。多くはそうではないか、すぐ求めなくてもいいので、普段のストックや粘り強く考えていくことが求められるかなと思いますね。

アイデアを出すなら、根っこや切り口作りをする

そうです。最終的には、アイデアを出すなら、テーマに沿ったアウトプットとして使えそうな何かを出すなんてことをまずは捨ててオッケーです。捨ててオッケーなのは、順序があったりするだけで、考えなくていいってことではないと(笑)

考えるときに、まず自分の根っこがどうかとなります。そこが薄ければまあそのままアイデアは薄いわけで、だから学ぶ必要がある。それだけです。さらに切り口とは、僕でいえば社会にどんな人がいて何を考えているか。そういう想像地図を拡げること、そしてかつその人が何を考えているかを深く考えること。そういう鳥の目虫の目的なものが必要です。

これだけでも一朝一夕ではないって思いますよね。その通りですぐ出来ないので、少しでも出来たり見えてきたらそれでアイデアを出してみる。だから、仕事を色々やったとか、色々考えたりする人はめちゃくちゃ適した仕事かなと思います。

その作業の上で、アイデアがポロっと出る、咲くって感じですね。

ラーメン屋でいえば、とんこつラーメン頼んだら確かに「とんこつラーメン」が実態としてお店から出てきますよね。それがサービスですから当たり前ですが、裏では、当然、出汁を取っていること、チャーシュー等具材を切っていること、麺を茹でていること、が求められますよね。

それらを行ってとんこつラーメンになると。だから、

A:「ラーメンを頼む」→「ラーメンが出てくる」

でなくて、

B:「ラーメンを頼む」→「出汁をつくる」「具材を切る」「麺を茹でる」「仕上げる」→「ラーメンが出てくる」

というプロセスが色々あることはわかりますよね?

ここでいう、Aはブラックボックス的といえます。中身を考えてない、考えなくて良い。これはこれで全然良いのですが、アイデアを出す時にこれはないわけです。少なくとも、Bのように「テーマをもらう」→「根っこを叩く」「切り口を見つける」「アイデアを出してみる」→「使えそうなアイデアが出る」というのが実際です(笑)

これを、人が見ると「テーマを出すとアイデアが出てくる」と思いますよね。これは間違っていると思っていて、世界はAでなく、Bで動いている。でも、Bで慣れていればAのように見えます(笑)これは熟練度とか、解像度の問題でしょう。

全ての人が、Bのようにアイデアを出せるようになれとは思わないですし、そういう仕事をしろということではないです。

ただ、少なくともA的にブラックボックス的な思考ではアイデアは出ないはずです。もっといえば、使えると思えるアイデアは出て来ない。なぜなら、粗いからですよね。

Bのように考えて積んでいけば基本的にアイデアは出ます。あとは切り口の幅を拡げるとか、より深掘りするかってだけの力の入れ具合の話になるはずです。

アイデアトレーニングなどは地味

アイデアトレーニングも提供していますが、これは地味です。だから逆にいえばすぐ身につかないけど、筋トレみたいにやればまあ身につくよって世界観です。1ヶ月あれば相当変わります。ですが、マッチョになってムキムキになれるわけではない。仮にそういう手法があってもなっても、短時間で身につけたことって忘れがちですからね。TPOありますけど(笑)

そこで僕の立場として、正直に言ってしまいますが、隠すこともないので、アイデアトレーニングをしてすぐ身につくぞとか、こうすれば絶対大丈夫なんて言わないです。保証するようなものではない。成功というか、必ず変わるとか、絶対できるなんて、ちょっとドラマや漫画の世界ではないかって感じで軽くディスりつつ、まあ言う人がいてもいいけど、僕はしないです。

別に騙すわけでもないですが、それくらい地味なんですね。だから総合力なり、速攻できるものでもない。そういう性質が僕には合っているかなとやはり思ったわけです。

セルフトレーニングでできる人は多分アイデア出し、企画が出来る人です。色々なところで身につけられるので、完全セルフではないと思いますが。身につけたいけど、誰かサポートして欲しいなら、僕は全然やりますので、お気軽に問い合わせしてください(笑)

地味だからつまらないのでなく、それを楽しんで面白がれるようにしたいと思います。ただ、面白いとか、楽しむ心が全くないとさすがにきついので(やる気がない人をやる気にするプログラムではないです)そこはご容赦ください。

とはいえ、誰もがアイデアマンになればいいとまでいわないですが、やりたいなーとか、ちょっと面白そうじゃんと思ったら、学べるとかアクセス出来るところまではあったほうがいいっていう世界観がありますので、そんなことをしています。

そうやって働きかけて一緒にアイデアを出せるようになったを実感できるって結構趣深くないですか?僕はそう思うのでやっていると。

おわりに

アイデア出しでハマりがちな、結論としてのアイデアを急いでしまう話から、根っこ→切り口→アイデアという発想の順番の話をしてみました。

解像度を上げるには、根っこの部分で色々な体験も必要です。逆にいえば体験がネガティブでもそれは活かせるわけで、あとは気持ちとかメンタルの持ちようです。見えないからないなんて世界でなくて、見えないものを大事にしないと、まあアイデアはでないって話です。

逆に言えば、見えないところで色々練られて、ポンポンアイデアが見えるところで出るのは「マジック」のように思えるのでしょう。ですが、僕に限定していえば、それはないです。単に色々見て収集して加工しているだけです。だから楽しいのですが、疲れるのはちゃんと疲れてますよと(笑)

アイデア出しに対する考えが色々と深まってくれると嬉しいです。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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