アイデアの距離感や解像度
アイデア出しやアイデアについて考える時に、便利な言葉として「解像度」があります。アイデアの解像度が高い人のほうがアイデアは出るという意味合いです。距離感も近い方が出ると。
今回は、アイデアの距離感、解像度という点について説明してみます。
アイデアの距離感と解像度
結論的にはこんな感じで、距離感が近い、解像度が高い人が上です。下が距離感が遠い、解像度が低い人です。
これで分かれば以下説明は読まなくてもオッケーです。
アイデアの距離感が近い、解像度が高い人
これはいわゆるアイデアマンと呼ばれる人です。手前味噌ながら僕もこちらです。
まず、「人」はそのまま自分なり、あなたなり、個人です。この人と「アイデア」であるもくもくした概念との距離が近いと、解像度が高くなります。因果関係は多分ないですが、解像度と距離感はほぼイコールとして使っています。
そしてこの人であれば、
- より沢山アイデアのことを知っているので材料が多い
- ひらめきの環境づくりができている
- どこでもアイデアが出せる
ということになります。
近いOSという話を前書いてますが、近いとは物理的なもの精神的なものが近いということです。遭遇回数が多い、何度も考えている、考えてしまう、癖といっても興味や関心が高いといってもいい。ポイントは絵が近い人が絵がうまいとは限らないでしょうし、アイデアが近い人がアイデアがすなわち優れているとは限らないわけです。
なぜかというと、生み出すことがここではポイントであって、その評価(良いとか優れているとか)は別物です。ただ、近いところにあれば、結果的に解像度が高くなります。1000回描いても1回に叶わないこともあるのですが、1001回目は何が起きるか分かりません。解像度が高くあると、これは専門家といっていいでしょう。つまり、より細かい違いが分かるので、そこからいくらでもシゴトなり、自分なりの切り口が見えるしだせるんですね。
アイデアの距離感が遠い人、解像度が低い人
こちらはいわゆるアイデアが苦手な人、アイデア出しなどが得意でない人よりです。得意でないというと多数でしょうが、まあ新しいことを考えるのが苦手という感覚でしょうか。
この人からすると、アイデアの雲は遠く、かつ小さいです。距離感をイメージしています。遠い雲は遠い存在であり、正直「別のアイデア」雲と違いも分からないです。これらが解像度が低いということにも直結します。ぼやけてるんですね。
この人からすると、アイデアというのは、
- アイデア自体があまりない。材料不足となる
- ひらめきの環境がない、作り方が分からない
- アイデアの出し方が分からない
という状態の人です。この状態にいると、何度も書いていますが、アイデア自体が「才能」であり、「得意な人」が出来るものと考えがちです。基本的にそうでなく、練習や訓練や学習で身につけるものが「アイデア出し」と僕は考えているのでこの考え方は支持できません。
とはいえ、このアイデア出しをやりたいとか、沢山やり続けたいは別ですので、苦手意識を減らすという意味で違和感発想法とかやってる感じはありますよね。
アイデアの解像度が高いと即形に出来る
これは若干盛ってますが、基本的に青写真や設計図が出来るとほぼそのとおり出来るというイメージです。企画書がなくても企画ができていて脳内のイメージを持って作れるし話せると。もちろん記憶力勝負ではないので、書けばいいのですが、なくてもできるくらい「解像度がある」という感じですかね。
解像度が高いのでほぼそこでイメージした概念をそのまま形にできるということです。また当然ですが、イメージのブレが少ないので、思いつきレベルのものも、検証や実験を繰り返したりがすぐできます。これによって、あるアイデアを形にするスピードが違ってくるだろうと言えます。
ここで大事なことは、解像度が高い人は低い人に合わせて、伝え方を変える必要があります。最適な言葉や伝え方を選んだほうがいいです。僕ができているとは思ってないのですが(笑)、自分の伝え方はあくまで自分から視点ですから、基本、解像度が低い人が観る視点で考えて伝える必要があるということですね。
例えばですが、アイデアAとアイデアBを見せられてその違いが分かるかどうか。解像度が高ければ一瞬で見抜けますし、難しいこともあるでしょうが、基本できるはずです。解像度が低い人はその違いは分からないはずです。
アイデアの生産量も違っているでしょう。アイデア生産工場があれば材料があればいくらでも作れます。もちろんそれは形にしていくというアウトプットや加工・販売・フィードバックみたいな出口は一旦おいておくのですが、作れないとそもそも加工すらできないですからね。
物理的にもですが、アイデアの解像度が近いことにより、その加工してアイデアを形にするスピードも早くなります。アイデアを沢山持っていると「一個一個が形にできるスピードは遅い」という理屈は言えるのですが、本当にそうかな?というところです。
例えば、アイデアが解像度が低い状態ならそのようになりえますが、高い人はむしろアイデアがあるので逆に早く、かつ適切なアイデアAにBに対してそれぞれの形づくりが出来る気がします。くどいですが解像度が高いので違いが分かるわけですね。これが低いと、Aに対してなのかBに対してなのかすら分からなくなり、最終的にアイデア材料が枯渇して宙に浮く、よくあるのは最終形までもっていけずに終わるわけですね。
そういう意味で出したアイデアを形にするというのは、どんなアイデアもものすごくトレーニングになるんじゃないかと思っています。多くはこれを疑似体験してしまう感じになりますけど、疑似体験でなく、自分でやれることは多くあるので、「こんなことあったらいいなをやりきってみる」のは超大事なんじゃないかというところですね。
アイデアはどこにいくか?
まとめではないのですが、ではそもそもアイデアって何かですよね。僕自身はアイデア自体に特段ポジティブやネガティブもなく、フラットな感じを受けています。
意志ある人が考える×アイデア=継続できるアイデアであり形となる
みたいな感じです。
ですから、自発性がゼロであり、面白そうとか感情が動かない人が仮にいるとして、その人が「アイデアを出す」必要性はないです。もちろん教育としては最初は「こうやって考える」はありですし、僕もそうしています。しかし、アイデアでこれらを全てカバー出来るほど、魔法や強力なものではないでしょう。それはアイデアに対する期待値が高いので、このレベルできっと何かアイデアで出来るだろうというのは、高すぎというところですね。
一方で、アイデア自体が何かできなくても、アイデアのポテンシャル、つまり潜在的な可能性は高く見積もってもいいと思っています。これは矛盾しているのですが、直観的にアイデアの解像度が高い人はアイデアの可能性を低めまたは厳しく見積もるからです。低い人は高く見積もり、極端にいえば魔法の杖のようにすがりがちです。
この間を取ると、フラットでありアイデア自体をどうかとなるのですが、なかなかそうはならないですよね。人って僕も含めてアイデアに、つまり何か新規なことをやることで、問題解決や何かが違う未来を期待したいし、思いたいんですよね。今でも「アイデア」があるというとワクワクするわけですが、「それはアイデアではない」というアイデア(笑)というようなものにも遭遇するわけでそうなると「勝手に」がっかりするわけですね。
僕もそのような期待値に翻弄されつつも、しっかりとアイデアの解像度と距離感から、どのレベルかを見極めていって適切に伝える言葉や伝え方を考えるということをしています。
筆者プロフィール
- 「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介、仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューやお問い合わせはお気軽にどうぞ。
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