「起業は意志が10割」でエモかったのは成功の定義の話

守屋さんの新著が出ていたので読んでみた。一言でいえば守屋節があって面白い。前著よりも、サラリーマン向けでなく、起業家向け、起業を考える人向けという印象が強く、楽しめたというところ。

そして、一番良かったのは成功の定義を著者なりに書いていたこと。さらに意志がすべてというのは全く同感で、そのあたりについて書いてみたい。

気づいたこと

顧客解像度を上げていく

顧客解像度をゴリゴリあげていく。実際にこの解像度が粗いとまあ悲しい結果にしかならない。つまり押し売りであり、プロダクトアウト的といっていい。

本書はマーケットアウトという言葉で、顧客から考えるということを強調している。こういっても、勝手に自分の都合で、ビジネスサイドの視点で押し付けてしまう。全くその通りというところで、再度自分のビジネスもそうなっていないか、顧客視点、とくに解像度を上げていこうと感じた。

起業も意志が10割。やる気がある人と仕事をしよう

意志がすべてということだがその通り。起業「は」でなく、起業「も」というところ。面白いことに、何かやりたいんだけど何かアイデアはないかという相談は当然あるし、やれるなら僕も仕事としてやっている。なんだけど、僕は当然「お客さんがやる気がある」ならやるのだけど、読者は不思議だと思うかもしれないのだが「やる気が感じられない人」もいるのだ。

ビジネスをしたい起業をしたいのに、そんな人がいるのか?と思うかもしれないが、ワクワクしてないとか、自分のことではなさそう(なぜ他人事になりえるか分からないが)というケースを僕も経験している。だからそういう人は断っているしやらないことにしている。目利き力として大分見えつつあるがたまに外すこともある。少なくともコミュニケーションすれば見えるのだけど、この「ビジネスしたいけどやる気がない」は文字通り「起業をしたいのだけど、意志がない」ということと同義だ。その人を支援するほど僕はお人好しではない。

だからこそ、意志がないとつらい。誤解してほしくないのは、分からないからそう言っているのと、「本当に意志がない」は別だ。意志があれば多少は動くはずだろう。が、動かない人はいるのだ。自分が考えてないビジネスで出来ると思うだろうか?実際はそれはないのだ。

やる気がないのにうまくいくか?まあそれはないという話でもある。実際になぜかこの甘い思考が消えないのは、人は楽をしたいし、お金を得たいし、悪い意味で「夢を見る」のだろう。実際には、ちゃんと考えて検証した人はしっかりとものを見て判断できるし仕組みが作れる。そうでないのに出来るわけがないのだという確認となった。

仕事のプロの話は前著が詳しい

仕事のプロの話は前著の方が詳しい。要するに、自分で考えて自走出来る方がいいよねということで、少しでもこれも起業でもいいし、チャレンジしていこうねと捉えられる。まさにその通り。

P.95の成功の定義が良い

成功の定義が良い。P.95にある。成功は着手しきれた時、失敗でも十分にやれた時となる。失敗はそれをしなかったということ。この定義はプロゲーマーのウメハラ氏と同一だと思っていて、1日1個でも成長する気づくとか、あと試合に負けるとかそこはいいのだけど、どうそこから気づいて考えられるか。例えば技を考えて繰り出してチャレンジしたかどうか。それをしてないのに負けていればBADと捉える話といっていいだろう。

つまり、成功とは結果を出すことではないのだ。結果が出ないことも普通にあるので、むしろやってもやっても出ない(笑)時に成功か失敗は筋が悪く、学びやモチベーションを保てないからといってもいい。成功と失敗というフレームワークで起業を考える方が筋が悪いといってもいい。これはスタートアップとかでもそうだと思っていてほとんどがうまくいかないのだ。だから結果を出すのは当然なんだけど、出せないことも多い。その時誰かのために何かをして喜ばれたということこそが、モチベーションになる。当然ビジネスなら、その対価としてお金を得つつ、かつそれで組織を強くしつつ、さらに社会的に成長することが求められるから、まあ楽勝なわけがない。なので、そういう時に言えることって、どうラーニングするか、学ぶか、気付けるかだと思う。

ここまで言った上でプロは結果を0割でなく0.01でも、1%でもいいから出す人となる。その率が悪ければ撤退ともなる。厳しい世界だけど、通用しなくなったら別のことをやるしかない。変わらないというよりも、変わって学び続けるからこそ「そこ」に居られるといっていい。

もちろんこの「プロ」とは、トッププロみたいなことのイメージが強い。けれど、トップでも常に勝つなんてない。著者も負け越しているというと驚くかもしれないが(5勝7敗5分とある)、結局そんなものだと割り切ってもいい。トップでないプロ領域ならもっと様々な確率となるし、分野がさらに細分化されたり、どう勝ち負けを捉えるかといってもいい。目安でもいいが、目安にもならないかもしれない。

着手出来れば成功というのは甘くはなくて、それくらいやれないのだ。そこをやったら「俺すげー」でいいと思う。また、うまくいかないことがあってもそれを十分やったらそれは「成功」でいいと思うということ。僕もそう思う。僕の例でいえば、アイデアマッチングサービスは失敗したし、それ以前のものもうまくいったわけではない。ただこれらも成功といってもいいのは、十分やれる範囲ではやったのだ。もちろん今で甘いものだと思えることが成長といっていい。だから、今の選書サービス自体はもっと違う切り口とやり方で磨く必要があると思っていて、これが初めてのサービス開発であったり、学んでいない、やりきってないなら「失敗」していて、着手してないし、やらなかったということになるわけだ。

起業したいけど意志がない話

これは、再度整理すると、結局お金を儲けたい=起業をしたいといっていて、そのために動きはないということとなる。

再度書き換えると「お金を儲けたいけど、自分は動きたくないですけど、どうしたらいいですか」という相談をあなたは受けるか?ということだ。実はそういってくれたらすぐ断るし関わらないのだが、そう言わずに「起業したいけど、どうしたらいいですか」というふわっとした問い合わせになるわけだ(笑)

ここまではいいのだけど、上の話は解像度が高い=起業をしたい人がどういう思考が見えているので、見えてしまうのだ。よって、これは「怠惰」ですよねという評価にしかならない。

僕は解像度が高いので、それが見える。つまり、意志がある人は分かるのだ。だから、意志がある人とやりたい。という結論となる。

意志がない人をいかに避けつつ、高められる人やある人とやっていくか。それだけとなる。

読者の中には、「意志がなくてもやれる教育的な」アイデアを僕が持っていると思っているかもしれないが、それはない。実際に僕が神であり(笑)全人類を創造したとかなんでもいいのだけど、自己犠牲と奉仕だけで出来ていればやるのだがそれはない(笑)

少なくとも合わない人と何かをやるのは最も筋が悪い。

おそらくそういう質問や疑問を持つ人は、そういう合ってない人とやることが「仕事」と思いこんでいるか、ビジネスとは嫌なことをやるという謎な理解をしているかもしれない。あとは教育的な視点だと、全人類平等というみたいな思想がある人もいるだろう。極端だけど。それは信条として否定しないしする立場にはない。けれど、それが仕事やビジネスとして顧客からお金を取れるか、価値を提供し対価を得られるかとなると非常に怪しい。自己犠牲ではなく、相手が価値を感じたかどうかなのだ。そこをしっかりと把握したほうがいい。

さて、そういうわけで、意志がない人とはまあ仕事をしないし、やり取りをしない。結局はそうなる。当たり前なのだが、起業をしたり、何か仕事を自分でやっている人でないと経験しづらいのかもしれない。が、実際に不思議な環境や状態があるからこそ、こういう解せないことも出てくるのだ。そこがあるんだなーくらいで見ておくと良さそう。

自分なりの起業をする

結局起業がなにかなんてぶっちゃけ分からないので、学ばないとかやらないとかではない。やってみよう、試してみよう、どうなるか考えてみよう。それこそが起業の醍醐味でありやってみることとなる。

これは起業でなくても、研究でも実験でも、活動でも、趣味でもなんでもいいと思う。自分なりのとはあなた独自の、オリジナルのということではない。あなたが考えて、判断してやってみることを意味している。それが独特ならば面白いけれど、そういうことを目指したいならすればいいし、目指さないならしなくてもいい。それくらい自由な話だ。

例えばこうだ。好きなことでやったほうがいいと僕は思うけど、そうではない苦手なことのほうが集中出来ると思う人もいるだろう。それならそれでやればいい。あとはやってどうか。それであなたが成功したというならそれも一つの意見になる。良いと思う。そのうえで、僕はそれだと「苦手なこと」が気になってそもそもやりたくないと思えて僕はやれなさそうだし、嫌になるのでやらないですよ、というだけだ。

この時、好きなことをやったほうがいいか、苦手なことをやったほうがいいかなんて「正解はない」ということだ。あなたがどう考えてどう判断するかだけだ。

本著にもあるし前著にもあったのは、著者に「AかBかなら、Aかな。Bではないかも」といったら、「じゃあAなんですね」と正解を求める人がいるということだ。質問者の心理も分からなくはないが、著者はAが正解なんていってない、そう著者が判断しただけであり、重要なのは質問者がどう考えるかだ。という話が出てくる。この話が意味が分からない人は、学習が足りないといっていい。つまり、正解なんかがないよねということが分かっていること、それ自体は「自分が判断してやる」こと、「正解がない」からこそ、自分が行動して検証しているかということになる。

それが出来てないなら「正解を求めている」ともいえる。だから、行動が示すのであって、思考やアイデアがどうということはない。優れたアイデアはあるけど、そのアイデアもあなたがどう感じてどう動くかでしかない。

それにおいて、多くのアイデアも行動も環境や制約や条件は様々だが、起業の前に自由といってもいい。自由とは成功が保証されているとか正解があるとは別の概念だ。利己的に考える人は「自由だから自分が動きやすい」としか考えない。実はあなたが自由に動くとは人が自由でないということかもしれないとは考えづらいのだろう。だから動けないのでなく、利己的に捉えてしまってはやはり厳しいということだ。利己的なのに正解を求めることは矛盾している。正解を求める場合は、そもそも他人に判断基準を委ねている。その時点でアウトとなる。

委ねた場合あなたはどうするのか。Aさんが言ったからAだというのか。それはかなり幼稚ではないだろうか。あなたが当然Aさんの意見を参考にしたけど、あなたの判断でしかない。それが出来ない人も僕は仕事をしたくないお客さんとも考えるが、そういう人がパートナーにいたりしても厳しいだろう。

正解がないことに慣れてないとこれらは厳しく聞こえるかもしれないが、そういう厳しい話でもない。正解はないので、あなたが考えてこうだと思うをやっていくだけなのだ。それが支持されないとかニーズがないとか、うまくいくかどうかは別の話だ。でも僕たちは歩みをやめてしまったらそこで終わるのだと思うから、歩み続けること、学び続けることを辞めるわけにはいかないとなるわけだ。

自分なりの起業の型があれば本書を読む必要性はないだろう。ただこれから起業する人やなんか考える軸がズレていたり、怠惰な感がある人は引き締める意味で参考にしてもらって、そこで行動したくなったら速攻本を置いて早速顧客にヒアリングにいったり、アイデアをまとめてみたり、誰かに話していけばいい。もちろん僕も受付している。力になるかは分からないが(笑)

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