チャレンジした分は必ず何か自分の糧にはなるんじゃないか

会社員として働いていた時に、同期(少し年は上)と話していたことをふと思い出しました。

簡単にいえば、何かチャレンジすることで間違っていたとか失敗とか違っていたとかそういう場合、その経験は今後にどう影響を与えるか?またはどう解釈するのかという話です。

その同期は、チャレンジしてミスったとするとやはりそれは痛いので残り時間=残りパイと考えると、パイがなくなるので可能性が減るのではないかという意見でした。

僕の意見は違っていて、何かやると知見が得られるし合わないなら合わないで他に合う目利きみたいなものができる。だから残りの時間=パイはより充実する可能性が高いという意見でした。

どちらが正しいとか間違っている話でもないんですが、あなたはどうでしょうかと。

チャレンジを保守的に考えるか、受け入れるか

まあ一言でいえば、チャレンジ自体は事実というか同じようにやると。そのチャレンジ自体がどうかって話なんですよね。

上のイラストみたいなのは砂時計のイメージです(笑)

上にある砂をAとしています。残り時間とか、色々やりたいことといってもいい。それが時間が経つ、チャレンジするとまあBとして積もるというイメージです。色々意味を見出してもいいのですがそれだけです。

その時、ここでは例えば今我々がしている仕事(システム開発業界で働くこと)はどう捉えられるか。同期はあまり向いてないかも、というところでミスではないがというところでした。僕は面白かったのですが、満足していたわけではないという感じですかね。

それはともかく今、または今後何か仕事を変えていくわけで、そうなるとどうなるか。そのチャレンジが、自分に向いた仕事とか、やり方、起業でもなんでもいいのですがそれがどう解釈できるか。

そのチャレンジをXとしています。それがリスクと感じるなら保守的、Xが可能性を高めるというなら革新的と言えそうです。この意味付けは深い意味はないです。保守的だから駄目とかは思ってないですし、革新的ならいいわけでもない。ただ、その状況や求められるもので変わるってだけです。

例えば、保守業務としてインフラ維持は保守的ですから仕事が思想に影響を与える!ならば、保守的な感覚になりがちです。前提がそうですから。一方で企画的な仕事をする人が保守的では困るわけで、前例をなぞる企画もありえますが(笑)それって新しいものではないわけですから、違うよとなると。

だからどちらが正解ではないんです。あとこれがどちらがいいかも分からない。あなたの、わたしのというところで、ものさしで判断するしかないと。

僕はXをチャレンジとして受け入れて今後が楽しみだなという意見を持っていました。そして20年位経っても考えは変わらないのでやっぱり色々やったほうがいいよなと。

それはなぜかといえば、失敗も含めて経験と知見になるので、無駄はないんです。それが生きてくるのはいつかは不明ですけど、でも無駄ではない。これはある種予感というもので、何か使えるのではないかという「前提」があるか、これはもう思い込みに近いんですけど、そうやって生きている。だから楽しい。理由になってないんですけど、そうやって生きているんだ、という感情ですよね。

そういうのがあるので、楽しいわけです。

保守的に考えると守りがち

保守的のデメリットは、守りに入る考え方です。これは現状維持といってもいい。その場合が絶対悪いわけではない。ただその場合新たな知見、出会いなどがないので、気づけば鎖国状態とか、浦島太郎状態になりえると。

少なくとも新しい人を潰してはいけないはずですが、こういうタイプの人はガンガン潰してきますよね(笑)だからこそ、生態系、エコシステム、付き合う人を変えていくしかないのですが、保守的であるとは潰すのも含めてかなとも思いますよね。なぜなら色々と革新的なことを演る人がいると、ルールが乱れるとか、他の人が影響を受けると。もうこれはたまらんですが、そうやってくるわけですよね。

このまもりに入っちゃうと、新しいことをする人やその考え方も「けしからん!」となるんじゃないかと。

当時その同期がけしからん!とはいってませんでしたが、感覚的に新しいことをやっていこうっていう性質ではなかったかなと。だから、彼にとってはそれは結構つらいことで、そこをあまり顧みずに、例えば何かやるとリスクがあるんだけど、それを回収できる何かが得られると錯覚でもいいので思えないと人ってやらないじゃないですかと。それができる僕が羨ましかったともいえます。手前味噌ですが、そういう人はいそうだなと。

じゃあ保守的な人が革新的に振る舞えばいいかといえばですが、本来そう思ってないのにそれをやるとまあちぐはぐになって崩壊しますので、辞めたほうがいいと。

無茶は辞めたほうがいいけど、ある程度冒険は必要みたいな着地になるわけですよ(笑)

自分にあった仕事なんて実は分からない

大学の友人と話していたことがあってそれも思い出しました。

友人が言っていたか僕が言い出したかはおいておいて(笑)「人は一生で、自分が向いている仕事なんて分からない」という仮説を立てていました。これ証明できないんですけど(笑)少なくとも「合う」なあというよりも、「合わない」なあのほうが多いというか、そう感じると。多分それは、合うものを探しているのだけど理想とか、期待値が高いというか、そんな全部満たす「青い鳥」はないんだと。そういうわけなんですけどね。

だからこそ「青い鳥」が何かは分からない。というか、目の前の仕事とかやっていることが合うかなんて分からないって解釈です。違和感ベースで言えば「これ違うんじゃなかなー」とか思って、どこまで粘れるかって感じですかね。それで粘れないならやっぱ違うなと。それを受け入れようって話です(笑)

そうすると、違うなーってのが増えていって、先の話だとXをやってBが溜まって、Aが減るのだけど、より目利きできるんじゃないかというところと僕は通ずるじゃないかって思ってるんですね。

自分に合うのはこれっていうとかっこよいじゃないですか、と思っている人はそういう幻想を抱きがちです。でも、その人の向いていることをやっていそうって雰囲気でしかなくて、あと本人がどう思っているかも嘘の余地もありますよね。だからあまり「その人が何を思っているか」を知っても、ぶっちゃけあなたがどうかは関係がないというか。

なぜならものさしってその人の、誰かのではないわけですから。僕の、私の、あなたのというところで、その人のものさしで決めるので、ものさしが違う時点で比較の意味はないんですね。だから参考になる点もかなり限られると。

ということで、分からなくても良くて、これいいんじゃないかなーて錯覚して、それでうまくいく、いきそうだならいいじゃないですか。悟りでもないですが、別に正解もないので、そうやって回るのはわりと良いんじゃないかなと思ったりしたわけです。

最終的に知見としてトライしたものは、Bで溜まるので安心してくださいというか、僕はそう言うし考えているってことです。そのBはやはりAで使えるわけですよ。すぐ使えるものではないですが(笑)そうやって使えるかもなーくらいの塩梅というか姿勢、態度といえばいいのですかね、がポイントな気がします。

ライター

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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