一人時間を大事にする

孤独 ひとりのときに、人は磨かれるという本が面白かったです。

気づきをメモしておきます。

ネット検索は材料集めに過ぎない

ネットというのは、考えるための材料、考えを組み立てる際に役立つ素材や視点を検索するのに便利だが、考えそのもの、つまり自分の意見を検索するためのものではない。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 29より

そうなんですよね。ここで著者は明確に、材料、素材、視点の「検索」であって、自分の意見を探すとかではないって明示してます。ネットは手段だけど、それがゴール、目的になっている。ネットで参照したから、それは正しいとは言わないが、そのようである、というだけなんですね。

ここらへんから、そういえばアイデア出しが苦手な人はどうかといえば、この材料集めで止まっているのではないかという指摘を前しましたが、そうなんでしょうね。

だれが検索しても同じ素材が出てくるなら、そこには個性も発想もない。 同じ素材を手に入れても、それをもとに何を発想するかが勝負となる。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 30より

「できる人」は、同じ素材をもとに魅力的なアイデアをひねり出したり、説得力のある説明を組み立てることができる。そこで問われるのは、検索力でなく、思考力である。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 31より

だが、大事なのは、そうして集まった素材をどのように料理するかである。考えるための素材を料理するには、何らかの視点が必要だ。理論が必要だ。それがなければ、素材をもとに自分の見解を組み立てることができないし、素材はバラバラなままである。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 32より

連続しましたが、ここから言えることもまあ繰り返しとなります。

あくまでネットは素材収集でしかない。ネットでなくても情報はそうじゃないですか。雑誌でも本でも一緒だけど、ただ著者が本を読むとか、一人の時間を大事にせよといっているのは、そこに思考が入るからなんですね。

思考がない情報収集をして何か考えた気になっているのがまずいと。それを本著では指摘しているわけですね。

また、検索力は素材の手に入れ方といっていいでしょう。それが駄目とは言わないが、素材だけ集めて検索力があっても、「こう書かれています」では自分の思考ではないですよね。またその検索力は論理的に誰でもたどり着けるし、見られるとなる。特殊なネット検索でそれが誰も見られないものってなかなかないですよね。有料サイトとかそうなると別ですが、ここではGoogle検索などを指していると思われますから。

インプット→考える→アウトプットということを何度も書いていますが、ここでインプットとしてのネット検索を否定するわけではないと。それは便利し、使えるし、良いこともある。ただ、次の考えるを放棄してしまって、まさに「自分の意見」みたいなものが「ネットに落ちている」なんてのは誤っているといっていいわけです。そんなのはないと。

素材を集めた材料を集めた。ではカレーライスはできないぞと。カレーライスという加工、調理、鍋で煮る、最適なバランス(それこそ自分の好みがある)を考えるというならば、材料だけ集めて「並べる」ことは思考をしていない証拠となるわけです。並べたものがある、ただそれだけだと。

一方で、思考とはここでは、「組み立てる」「整理する」といっているわけで、アイデアを出すもですけど、まさにそれこそが思考ということとなり、僕の考えとも合致します。

そして、具体例も挙げて著者はこう指摘します。

たとえば、「なぜこの商品が売れているのか」という疑問に対して、関連しそうなキーワードで検索してさまざまな素材を引き出す。素材を引き出して満足していたら、思考力も発想力も鍛えられない。そこで、つぎにそれらの素材を並べて、なぜ売れているのか仮説を立てる。仮説ができたら、仮説にちゃんと説明能力があるか、例外がないかをチェックする。いろいろと説明できないことが出てきたら、また別の仮説を立ててみる。そして、その仮説の説明能力を検討する。  ひとりで、自分の頭で考えながらこれを繰り返していけば、自然に思考力や発想力が磨かれていくはずだ。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 34より

十分かもしれませんが、補ってみます。

ここでは疑問が最初で、そこから素材を得る。素材を得て「売れている理由は、Xという理由があるからだ」というところで、「Xみたいですよ」だけでは単なる参照ですよね。思考はしていないし、自分の意見ではない。

それは本当にそうなのか、他にも言えそうなことはないか、体験から何か違う気がする、結果論でしかないようにも見える、実際に自分は買ったけどそれとは大分違う分析だな、ということなどが出てくるか、かなと。

ここで出てくるかは、思考しているかといってよくて、すぐ出てくるかは人それぞれでしょう。でてこないと駄目だとかってことでなく、「考えているのか?」もっといえば、「考える時間を持てているのか?」そして、「一人の時間」で「孤独」で考えないのかというところをたどり着くわけです。

ただただ、自分で考える=一人で考えてみる、本著であるのはSNSとかスマートフォンとか、絶えず情報を浴びているとその時間が相対的になくなることを危惧しているわけですね。

誤解する人がいる気もしますが、スマフォを辞めろとか、廃絶せよ、ネット検索はするなみたいな原理主義ではないですよ(笑)便利な道具もいいけど、たいがいにしてみてはどうかという提案というわけですね。

では、例えばですが「本を読む」と「Web記事を読む」は、ほぼ同義だと思います。ただ読んでそれを参照してこれですかね?では思考は浅いといっていい。上でいう思考の、組み立て、仮説、整理、問いかけ、疑問、ツッコミなどなどがあるかどうかといっていいでしょう。ここでのネット「メディア」を参照することはとくにいってなく、それで考えないのではというところがポイントです。SNSだとそのコミュニケーションで反応するので一人時間=考える時間が奪われているという話になるわけですね。

心の鎧でガチガチな人はこじれやすい

少し毛色は違いますが、できるアピールする人は自己内省力などに課題があるという話も出しておきます。もっとも適切なアピールなら問題ないですが、要するにこじれかなと僕は思います。

さらにいえば、「できるアピール」をするのは、「できない自分」を見抜かれまいとする自己防衛になっていることが少なくない。それなのに、意識の上では目の前の仕事に没頭している同僚に対して「自己PRの時代にセルフ・ブランディングもできないなんて」と優越感を持っていたりする。実際には「できること」が少ないため、地道にがんばる人が苦手なのだ。仕事に没頭している人に批判的なのは、自分にないものを持っていることが無意識のうちにコンプレックスを刺激するからなのである。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 45より

心の鎧みたいなものです。自分は強がっていないと、弱いと思われる。だから強がりで振る舞う。これこそ自己防衛ですよね。また、後半は、自分の地道にやれないことがあるから「地味にやっている人が羨ましい」わけですね。だからそういう人を攻撃するんですね。

攻撃は、自分の感情の反応と言えます。では攻撃の原因は何かというと、自分の内面に何かアクセスしたからと言えます。刺激ですよね。これはある種のこじれといえるわけです、素直であれば「ああ、自分は地道に出来ないんです。素晴らしいと思う」だけでおわるんですよね(笑)

そうでなく、そういうことをできない自分がいて、それを認めるのが嫌というか認めると弱いとか、負けてしまうとかあ、謎の劣等感が発動すると。実際に「謎」は僕の見方で、その人からすると「無意識」かもしれないし、「劣等感」を消さなければという心理な気がします。それでさらに攻撃すると。

正しい反応というのがあるならば、自分が出来ないならそれを直していけばいいだけですから、攻撃する意味はない。そこに憂さ晴らし、出来ないストレスやコンプレックスを観たくない、自分がカワイイのは誰でもですが、過剰になるとこうやって攻撃しちゃうわけですね。

これが習慣化していたり、攻撃癖がついたり、分かっているけどSNSから離れられないなら治療が必要かなと僕は思います。それは恥ではない。実際にホメオスタシスではないですが、治癒としてデジタルデトックスとか、SNSを時間を削減するとか、色々出来ることはありますからね。

他に自分で集中する時間を作って、没頭するとそんなことやる時間がなくなるわけですよね。読書もいいですしね、何か創るのもいい。当然それをSNSでアピールしてみたいな「できるアピール」は不要ですからね(笑)

承認欲求をSNSで満たせると他のパワーが消えるかも

この指摘は面白かったです。パワーとしての欲求が一定だとします。確かに人によって欲求の違いはあれど、多くの人はお腹がある程度満たせればそれ以上食べないですよね。それと同様かはおいておいて、承認欲求が誰しもあると。でも、過剰に満たされたり、すぐ満たされると他でやろうとしなくなるって話です。

ここで発想の転換が必要だ。承認欲求を安易に満たそうとしない。このことを意識しよう。 なぜなら、満たされない欲求が人間を駆り立てるのであって、満たされた欲求はもう人間を動かす力にはならないからだ。  たとえば、カレーライスを食べたいという欲求は、カレーライスをおなか一杯食べることによって消失する。満たされた欲求は、もう人間を駆り立てる力を持たないのだ。  ネットで発信して「いいね」で承認欲求が満たされてしまうと、承認欲求が薄まってしまう。認められるためにがんばろうという気持ちが薄れてしまう。でも、実際にはほんとうに評価されるようなことは何もしていない。これでは何の成長もない。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 61より

ここで「ほんとうに評価されるようなこと」とは、例えば現実での仕事とかです。別に研究でも趣味でもなんでもいいのですが、リアルの行動や誰かに文字通り真の意味で「認められる」ことを言っていると思います。

それがSNSで「いいでしょこれ」といって、「羨ましい」「いいね!」となると、それで満たされると。そこで話が終わればいいのですが、さらに次の投稿を「いいでしょこれ!」とやり続ける。それって承認欲求解決サービスであって、コミュニケーションを楽しむみたいなことではないですよね(笑)本質的にずれていると。

そして、そういう簡単に満たされると、仕事で真に結果を出すぞとしなくなると。投稿して「がんばってるね」で終わると。まあ極端かもしれないですが、あながち間違ってないかなと思いました。

それこそ欲求の定量がある程度決まっているとそうなるのかなと。

ところで、思い出したのは、仕事で承認欲求が満たされるというか、信頼されたり、あなただからお願いしたいとなると、かなり深いものになります。あまり比較する意味はないですが、SNSでちょろっと(笑)いいねもらって満たされること自体を否定しませんが、その数倍いや、量ではなくてそれがさらに仕事をとか色々やろうって気持ちになるんですね。

もちろん、SNSで承認されることで、そこで人生が変わって良い影響を与えるケースもありえるので絶対ではない。ただそうやって変化出来る人は、そもそもSNSを手段として上手く使ったし、自己目的な承認欲求ツールではないですよね。人生が変わったのは、SNSでの投稿がきっかけであって、そのいいねであるけれど、それで止まって満足しているわけではないですからね。

アイデアを出すには内省すること

最後にアイデアの話をして終わってみます。

  発想を練るのはひとりの時間にかぎる。 これは鉄則である。周囲と遮断された状況でないと、思考活動に没頭できない。つながり依存に陥りがちな現代人は、ひとりになることの大切さに気づくべきである。自分と向き合う静寂の時間が気づきを与えてくれる。どこかで感じている焦りの正体。毎日繰り返される日常への物足りなさ。どこか無理をしている自分。日頃見過ごしがちなこと。どこかに置き去りにしてきた大切なこと。  そうしたことを教えてくれる心の声は、ひとりになって自分の中に沈潜しないと聞こえてこないのだ。

孤独 ひとりのときに、人は磨かれ」ページ: 147より

内省をしようってことですね。一人時間として。

ブレストは誰かとやるみたいな話もありですけど、それでもなお、一人が考えたものを持ち寄れば一人時間が活かせるし、より質が高まるわけですね。

最適なブレストやアイデア出しは以前から考えたものですがやはり、ここでも

「一人で考える」→「持ち寄って揉む」→「さらにアイデアを生む」がベターってことですね。ただし!

これをやるには、自分で考える時間を作る+考えられることというアイデア習慣体質があること、持ち寄る仲間やメンバーが同レベルを最低限やれること(サボらない、誰かが持ってきてくれるとか、考えてこない、持ってこないは論外)、さらに当日集まって話す場合もその中で決めるのでなくさらに良いアイデアを出そうと考える上向きな考えがあること。

くらいは必要で、これが出来る人はなかなかいないか、トレーニングや自律が求められるので、どこでもすぐ出来るわけではないでしょう。逆に少しでもこれができれば創発する組織やチームといってもいいわけですよね。

だから、これが理想とはいえ、一人で考える時間は必須ですよねというところで自分のアイデア出しは大事にしたほうがいいです。当然誰かと出し合うのも大事です。ただこれは誰かが考えてくれるのでなく、一人で考える率を増やした方がいいでしょう。誰かに依存してもしょうがないですからね。

さらに高めたいなら、そこからさらに自分で考えたものでもない、相手やそこにあるアイデアもなく、そこからさらに別のアイデアを出すことでかなりジャンプした、想像しなかったけど良いアイデアが生まれるかなというところです。

おわりに

孤独というところで、一人で考えるというところが面白そうだと思って手にとってみました。かなり面白かったです。

ヒントは上に書いたとおりですが、思考する、一人時間を取って考えること、内省すること、振り返ることが大事ですね。そして思考=アイデアの重要な生成手段となるわけで、あまり触れませんでしたが、遠回り、寄り道、無駄なことも推奨されています。これもアイデアを出せる人では当たり前ですが、そういう遊びを楽しめることがないと出てこないという意味では、目的的になりすぎるときついわけですよね。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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