効率的という罠

効率的に学びたいという文言をよく見かけるのですが、これってかなり罠なのかなと思ったりします。

効率性を否定するわけでなく、例えば、何か資格試験が100時間かかるとして、それを50時間でやりたいとか。わからんでもないんですよね。時間大事ですから。

なのですが、ここで疑問は、50時間にしたところで、残り50時間を有効利用できるか?ってことです。面白いことに、ここで50時間で効率的にしたいって人に限って、有効利用は忘れていたりするんですよね。これなんだろう?ってことで、一言で言えば「効率化」が目的なんですよね。

もっと言いましょう。効率的にすれば良いと思いこんでいるというわけです。資格を得るのも実際は目的にはならないのですが、本来はその先に何かがあるわけで。例えばその資格で仕事をしたいとか、学習のためにやるとかでもいいわけです。仮に資格を取ることを目標としたところで、効率化することは手段のはずですが、それがゴールや目的になっているわけです。

ここでこの罠に気づけるかは、引いて見るような抽象化、メタ化が必須で、そのためには自分が何をどのようにしているかを考えることなんですよね。

シンプルにいうなら「なんで効率化するんだっけ?」でいいわけです。これに答えられるかどうかで、効率化の罠にハマっているか、それともそうでないかは見極められます。多くは効率的に何かしたいという人は、答えられないはずです。つまり罠にハマっているので、それが手段のはずが目的となっていると。

だから駄目というのでなく、そういう罠にハマった状態でいえば、効率的に学べることが目的となっていて、例えば100時間かかったら効率的でないって言うわけですよね、効率化すると50時間だからです。でもですね、100時間かかってもいいじゃないですか、と僕は言ってみたいわけです。

なぜなら、効率化自体を自身が色々考えて戦略立ててどうこういうなら「意味」があるのですが、そうでないどこからか借りてきた「効率化」なんて要らないんじゃないかと。手垢がついてないというか(笑)別にそれって効率化でなくてもいいわけですよ。きっとですけど。

そんな感じで今回は効率化の罠について書いてみます。

効率化で価値が見いだせるのはわずか

効率化自体を否定していないのですが、効率化効率化と言っているとそれに魂を奪われるんですよね。これ別に効率化に限らずですが、一つ意識するとそれをやっていればいいとなる。会社然り、国会議員然り(笑)ですが、そこに所属していればいいみたいな。そうすると自動的にお金がもらえるというのは皮肉なものですが、わりとありがちなんですよね。

効率化していても、またはしていなくても、ある種の価値、一つのものさしみたいなものがあって、それが善となると危ないんですね。脆いというか。

冒頭で書いたのは、よくある話ですが、簡単にいえば、「プログラミングやWebデザインなどを学んで仕事にしたい」という文脈であるわけですね。つまり、そこで「効率的に学びたい」から教えてくださいというわけです。

読者諸賢ならば、こんなのはないと断じれるわけですが、多くの人は実際には「効率的で学べる」ものがあると思いこんでいます。仮にそういうプログラムがあったとしても、それが効率的かどうかってどこで判断するんでしょうか?かなり危ういですよね。もちろんここで新たに学ぶとか、効率的に学ぶことを否定しないのですが、なぜか「効率的に学びたい」人ほど、誰かが教えてくれるとか、誰かが適切なパスをくれると思いこんでいるんじゃないかって思ったりします。

え、そんなの当たり前じゃないって人は思考の免疫がついていますが、当然ここで「え、そんなのというか、それがあるんじゃないの?」「むしろそれが学習効率を上げることではないのか?」なんて思ったりするかもしれません。なくはないでしょうが、ここで批判的に言うのですが、多くは楽して稼ぎたいだけであって、そうでないケースが稀な気がします。

汗をかいて自分でやってみてどうかならありなのですが、何もせずに、楽して何かやりたい。もっと言えば、仕事になっていないからこそ、ここではお金を得る活動ですよね、そういう活動に仕立てたいと。でも分からない。だから教えて欲しいと。

1万歩譲ってそういうものがあり、そういう心理も分かるというところでも、それでも尚、では何をするのか?というわけですよね。自分で考えることを放棄しているようにも見えるので、1万歩譲ってもやはりモヤっとするわけです。実際に楽したいだけであって、自分で学んでそれこそ「苦労をいとわない」ということはないと。

もちろん苦労すれば何でも得られるとか、叶う!みたいな安易な言葉はないんですよ。でもですね、自分で考えて動かないという人、つまり楽して効率的にやりたいので教えてください、と言ってしまう時点で既に根本的にまずいってわけですね。

つまり、効率的にやる以前の話から入るわけです。これが効率化の罠というか、大きな課題なんじゃないかなと感じたってことです。

そして、見出しを回収するならば、効率的にやって成果だーとか、良い結果だーってわりと限られてて、強いて言えば、同じような事を何度もやることで、かつそれほど難しいことではない、時くらいです。これってプログラミングの自動化の話からの引用でもあるんですけど、そういうのって意外に・・・なくないですか?

多くは難しかったり、一度や数回で終わる。そういう作業性が高いものはかなり自動化されてきている。だからこそ、効率化ってまあ出来てどやれるものでもないんですよね。

あ、それで学習は効率化はまあ難しくて、無駄なことをやるみたいなことは避けられるけど、基本遠回りとか、近道がないんじゃないかなって僕は考えています。

効率化なんて言葉がでたら眉唾

まず効率化するということを掲げる前に、自分がしていること、または把握出来ていることが甘かったりします。現状認識ってことですよね。

それが甘いので、それゆえに課題意識もずれている。単に時間が足りてないから、時間を捻出できないことを、妙な言い訳を付けて、それに対してなかなか出来ないからみたいな事を言ってしまっている。分からないでもないですが、そういう言い訳をしていて何かやるという時点でかなりきついわけです。自走しろとは、自分で考えてやってみる、ある種の癖であって、誰でもそれは出来るわけですから、そっちから入ったほうがいいんじゃないかって提案です。

こういう自分でやってみる、試してみる、考えてみるって、効率化ではないですよね。効率化はそのだいぶ先です。最初はもっと泥臭くてアナログでなんかかっこ悪いくらいのことをどれだけやれるかって手数にあると。それをスマートにちょちょっとやろうとする意識があれば、ここで完璧に打ち砕いておくことを強く強くおすすめします(笑)ここで崩れたら狙いは完璧だったとなりますしね(笑)

心理として、効率化だーってことで動いてしまう人は、そもそも色々とぶれているわけです。効率化なんてものさしはかなり限定的と言いましたが、他にも色々なものさしがあるわけですよ。その価値観といっていいわけですが、ものさしが色々あって、自分もその一つに過ぎないよなーくらいに達観が足りない、または経験や考えが足りてないだけといっていい。これは馬鹿にしているんじゃないですよ。単に足りてないなら学べばいいってだけです。

それを自覚せず、己の勉強のなさを棚に上げて、効率性であるとか、時間がないとかセルフマネジメントのなさを言っちゃうのはやはりまずいわけです。

一番まずいのは、認識が足りてないところでの効率化でしょう。そうすると、猪突猛進で効率化が一つのものさしになってそれで全て測ると。

これが問題なのは、効率化しているかどうかだけで、全く面白くないんですよね。なんでプログラミングやるのか、Webデザインやるのか、Webマーケティングやるのか、僕は当然分からないのですが、それを自分で考えていく必要があるわけですよ。そういうのをどこかに放置して、というかそこに向き合うのが怖いってのはかなりありそうですが、自分で効率化だーといってものさしを謎にかかげて突っ込んでいく。これはもう玉砕じゃないかなって思っちゃうわけです。

実際は分からないですよ。ただ、想像しているだけですが、効率化を考えて動いて学んで成果を上げる人は、そもそもなんで学ぶかというところもちゃんと押さえている人な気がします。だから学びについてメタ認知もしているし、そのやっていることと結果をちゃんと把握しているわけです。両方やっていると。

でも、効率化だけでこれを学べばいい、楽したいだけの人はまあやられるというか、続かないですよね。途中でパワーが足りなくなって、別のことをやる。色々続かないので明らめる。マルチポテンシャライトの可能性もあるのですが、ここではそれではない、というケースで考えています。

そもそも何かすぐ結果を出そうとするのが違和感

最後にこの効率化って今に始まったことではないんですよね。わりと根底にありそうな概念です。

ですが、今もとくにですが、すぐ何かやろうとするのはいけど、すぐ結果を出そうとするというか、出ないと我慢できないのがまずいというか。そういうことを感じているわけです。

結果を出すためには、様々な準備なり取り組みがあって、それが蓄積され重層的に叶うだけであって、いきなりぽんとできるのはラッキーでしかないだけです。それだけなんですが、ラッキーを見たり、またはそういう地道な取り組みの上に成り立つことを「無視」して、結果だけ見てしまうと。その勘違いの連鎖かもしれないなと考えています。

そんなに片肘はってですね、緊張してすぐやらないと、結果を出さないとは疲れますよね。どうですか?疲れてないですか?焦る気持ちはまあ続かないですよ。ちょっとリラックスしていきませんか?ってことですよね。

そうやってがんばらない、ちょっとゆっくりやっていきましょうかね、くらいでよくて、そうやって地道に長く細くやってみると。もちろん、速さとかスピードを否定しているんじゃないですよ。そのものさしがあってもいい。けど、同様に地道にゆっくりもものさしですからね、ということです。

両方あっても、ものさしがあれば困らないだけであって、あとは自分のマネジメントです。どうにかしてやっていくことですよね。そうすると、効率的に学ぶとかってめちゃくちゃ狭い考え方で、別にどうでもいいんじゃない?というか、そこまでしなくてもいいんじゃない?ってなって、楽しんだり面白くやる方向に力を割いた方が僕は吉じゃないかなって思うんですね。

おわりに

効率化マニアみたいな人はいるし、資格マニアみたいな人もいるでしょうからそれはもうそういう持ち味ですよね。そういう人ではないんですよね、ここでの対象は。

もっと、自分の意志とかなくて、なんとなく資格だとか、なんとなくプログラミングだとかITとか勉強しないとな、これ前なら英語とかだったんですかね(笑)で、浮足立ってそれをやろうとしている。副業とかもそうですかね。なんかしなきゃって思っちゃう。

分からないでもないんですよ。人間ってそういう周りに影響を受けるから。でも、そのなんとなくやってなんとなくうまくいってなんとなくーみたいなことってまあないです(笑)なんとなくやると、大体なんとなくやらなくなって終わります。だから、意志が強くいるとかじゃないですよ。

シンプルにやっている意味とか、なんでこれ楽しんだろうなあとか、ついついやっちゃうことを大事にしようってことです。ここで焦るとすぐ終わるので、焦らず気楽にですよね、構えてやっていこうと。それこそが長期的戦略でもあると。そこに気づかないとすぐやって試して結果でないから次みたいな繰り返しです。ってことをある程度やって気づけるかどうかですが、ここではものさしが一つとか、偏っていると気づきづらいよねって話をしてみました。

効率化なんて言っているとか、言っている人がいたら眉唾もので、丁寧に何をしているかどういうことをものさしとしているか、一個ずつ確認してみてください。多くは化けの皮が剥がれるか、単に効率化ものさしで煽って不安になる人が動かされているだけですよね。

思考の免疫というのがめちゃくちゃ大事で、自分で冷静に考えたり、書き出したりということをやっていれば、相当のことがない限り、なんとなくーとかってことにはならないんですよ。そこだけは確かかなと。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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