最初のフォロワーを作るまで走り続ける

これは自分が熱狂して誰か応援してくれるような人=フォロワーを作るまで、走り続けるということです。

走るというとしんどい感じもしますが、マラソンは42.195kmでしたか、これもプロのように2時間でなら死にますけど、例えば歩いてならどうかというと、時速4kmなら10時間かければほぼいけますよね。あと1日10時間でなく、1ヶ月でなら、30日あるので、10時間÷30日で0.33となって1日20分くらい歩いて、30日それをやれば42km歩いたことになります。これもきついなら、半年、1年とすれば、6倍、12倍薄めたことになるので、1年なら1日2分ちょっとでいいことになります。

何を言ってるんだ?ということですが、それくらい地味に自分がやれるところをやり続ける、ある種の熱狂をやろうと。そうするとフォロワーが出てくるのでそれまでやり続けるということを書いてみます。

アイデアトレーニングはまさにそれ

僕が提供しているアイデアトレーニングは、アイデアを出せる体質や訓練を提供するプログラムです。プログラムといっても、シンプルで気づきを書いてメモして僕に送ってもらう、それを添削したり、フィードバックして「そういうメモ」習慣をつけるのと同時に、「アイデア」らしきものやアイデアを惹き付けるという訓練になるというものです。

これだけだと自分でも出来そうですが、多くの人は挫折します。なぜかというと、簡単なものでこそ、自分だけで完結させるのは難しいからです。

サボるのは当然ですが、何か違いや変化がない、罰や褒めもないので、なんか凪なんですね。だからやってもやらなくてもいいやとなる。ご飯を食べないとかをやると明らかにパワーが出ないので食べるわけですが、学習ってそういうものになりづらいんですね。だから試験日を決めて追い込むのは有効なんでしょう。けれど、それでもサボる人はいるし、それと能力が向上するかは別ですからね。

さて、そういうアイデアトレーニングは特に今特定の人から依頼があるわけではないです。一方でこのサービスの需要はあると思っていて、その見込みの人を開拓しようとしています。もちろんそれが0なら明らめるのですが、今まで会話した中で「それ面白いですよね」ということも多くて、多分これは提供の仕方とか、色々といじっていけばいいのではないかということが方向性としてあります。

他の人がこのサービスをやっている、近しいこともありえるのですが、多分アイデアを出すことにおいてそこまでこだわる人はいないんですね。僕が唯一ではないですが、そこまで「アイデアが好き」ではないか「アイデア出しを教育する」みたいな方向性にあまりいかない。もちろんワークショップをやってセミナーをやってみたいなのはありえますが、それだけでなく個人向けのプログラムを作ってトレーニングしてどうかっていうのはなかなかニッチなんですね。ここではニッチだからというよりも、僕が続けられる、マラソンできる理由はそこに好きで、熱狂出来るというのがあるからといえます。

以前、サービス開発としてその履歴を記録していましたが、そこでも結果的に色々半年くらいでも取り組んだ結果、自分が熱中したいこととかでないとサービスとして作れないなということを痛感しました。研究報告書:【実験】半年間でサービス開発はどこまで出来るかはやや長いですがそのことを書いています。

つまり、このアイデアトレーニングのプログラムやサービスがまさに、僕にとって熱狂出来ることなんですね。そして、それをサービスとして提供したいと考えている。現在も進行中で、常にアンテナを貼りつつ、時には緩めつつも、まだまだ走れるなあという感じです。

理由は色々ありますが、あえていえば仕事としてアイデアを出すこと、常に考えることをしているので、その恩恵を得てホットになりやすいんですね。まあこういう仕事や習慣化していることが常に良いわけではないですが、ストレスにならない、苦にならないは強みです。

次にアイデア出し自体は分かっていることはあれど、結局トレーニングはなんかかなり「曖昧」なんですね。つまりやりたい学びたい人と、その地味さからギャップがあって、形にしていくこと=トレーニングをして見せるとか、成長したことも分かりづらいので、なんともしんどい世界となる。例えば筋トレして体の変化があるみたいなことがあったり、大会に出て結果である程度見えるとかがあればいいのですが、どうもアイデアに関してはそういうものがない。多くはアイデアに価値がないと考える人も主流なのか、アイデア自体に価値を見いださない傾向もあります。これは何度も書いていますがアイデア自体は価値はあると思います。で、価値がないという人は、それを実行できないなら口だけであるということは分かるのですが、そもそもアイデアがあればそれを自分でいかようにも形に出来る次の状態に持っていけます。アイデアがないならやりたいこともないに等しいので、常に誰かの支援となります。

誰かの支援をやることが苦にならないなら、アイデアを出すよりも、多分それに集中してもいいでしょう。しかし、誰かの支援をするにしても、「あなたの支援をしたいです。でもアイデアはないです。アイデアを教えて下さい」では、お荷物的といいますか、何で支援するかとなります。ここでは、仮にアイデアではなく「私は税に詳しいので税に詳しいことで支援します」はありですが、ではその支援する税でどのように?となりませんか?となると、結局アイデアが要るわけです。

そんな感じで理由というのはやや強引感はありますが、少なくとも僕は楽しくやっているので、苦にならないストレスにならない、かつこれは社会のためにもなるし、ビジネスにもなるかもなあというところで動けています。それがモチベーション的な部分かなというところです。全部ではないのでしょうけど。

最初のフォロワーはいつ現れるのか

これは分かりません。

ただ、手ごたえが全くゼロならとっくに僕もやめています。一方で手ごたえとはかなり主観的なもので、あと評価も分かれます。

例えば、あるサイトを立ち上げてPVが1000なら続行、そうでないならやめるとします。この1000はなんでしょうか?100で駄目なのか?色々言えますよね。よって、その手ごたえの指標自体を何にするか、その指標をどう判断するかも正解がないです。

最初のフォロワーとは文字通り一人目です。一人目のお客さんと考えると分かりやすいですが、そうでなくもて「えーそれ面白いですよね」という支持者でもいい。そういう支持者は過去に居たのでその点はクリア出来ています。

あとはお客さんということまでつながるかどうかです。これはマラソンであって、やり続けてどうかでしかない。これを出来ないとか、なんかテンションわかないなとなると、アイデアシェアというサービスをクローズしたのですが、そうやってクローズして弔う形となるんですね。

もちろん、クローズせずダラダラやるとかもありえるのですが、ダラダラはあまりよくなくて、マラソンをダラダラすると多分マラソン意識が消えます。あくまでマラソンとは、そのゴールやどこへ向かっているかが、ある程度見えていることを指します。そうでないなら、今回のマラソンは辞めてという判断が大事になるかと思います。

いつは予言できないし、推測もできない。けれど、試していってどうかを検証してく必要がある。これはある種の人にとっては地獄です(笑)なぜなら正解がないのでひたすら大変だからなんですね。一方で別の種の人、僕のような人には待ってました!というネタです。そういうこと、つまり正解がない、曖昧なもの、未整理で、良くわからないものを好みます。そういうもののほうが多くそういうことをどう見える形にしていくかが面白いと思うからです。

もちろん、形に見えるようにしたらどうするかというと、ある程度見えることを大きくする人にパスしないといけなくて、僕がそういうことを上手いとは思ってません(笑)これぞ役割分担や適応性の話となります。

それで、ここでは、0→1とは、マラソンで良くて、それをやり続けられる人という仕組みづくりが大事になると。それがある程度出来るなら、やり続けられるなら0→1の人としてどんどん見せていってアイデアを出して形にしていけばいいということですね。

苦しくてやるのでなく苦にならないのがおすすめ

僕の話ですが、アイデアトレーニングも、アイデア出しも僕が苦にならないから出来ることです。とはいえ好きかというと結構困って、確かにアイデアについて考えるなんて苦行でしかない人からすればそう見えるんでしょう。しかし、僕が好きといってもやや僕の中では疑問というか「そうだろうか?」くらいの余韻が残ったりします(笑)

つまり、苦にならない=好きというよりも、やっていて気にならない、そこまで「あーやってやったぜ」とならない、そういうある種のニュートラル的な状態であるほうがいいと。ちなみに、脳的にいえばデフォルトネットワークというのは、体が活発に動いているわけでもない、ある種のリラックス状態の時でも動くみたいなところがあると。まさにそれは「散歩していたら思いついた」みたいなやつですが、それって思いつくには「脳が動いている」わけです。けれど、意識的に動かすわけでなく、ある種無意識ですが、脳は動いているというのがポイントです。

フォロワーが来ないのでどうしたらいいか?という質問をするとか、そういうことをやり続けるのが苦痛です、ここまでやればいいというゴールが欲しいです(笑)というのは分からなくもないですが、それは続けるということにおいては「かなり向いてない」ことなのですね。そういう行為を選んでいることがミスっていることになります。

つまり、その質問や状態があることがある種のミスであって、そうでないものを選ぼうとなります。もちろん、人によっては、そうやって嫌かもしれないなーとかちょっと向いてないかもなというのをやって、そこから苦にならないケースもありえます。だからこれが絶対ではないのですが、苦にならないものを選べばそもそも気にならないわけです。

無意識で続けられるというのはある種プロかなと思うのでそれがイメージに近いならおすすめです。

まあ、実際には自分が得意なこと、好きなことを続けるというところで良いのですが、さらに細かくすると、得意でも好きでも続かないなんてことは普通にあるわけです。続けるとはまた別の軸だというところでいいかなという話でした。

承認欲求が得られたら終わりでもない

最後にこうやって書いていくと、最初のフォロワーが見つかったり得られたりして、「ほら、言っただろ!」なんていいたくなります(笑)でもそれは言ってもいいけど、それで旅が終わるわけではないんですよね。

むしろ始まりですから。そして、こうやって「自分が提供していたことに対してニーズがあって満たされた」というのは、メルカリやSNSではないですが、あるんですね。承認欲求が満たされると。

でも、それで満たされて終わりなら、もうそれでいいというか、続ける意味はないですよね。中毒というと怒られますが、それをつまり承認欲求を得たいためにやっているなら、話は別です。例えば、ツイパク(人の人気Tweetをコピペして自分のTweetとする行為)はまさにこの承認欲求中毒といっていいでしょう。そこまでしなくてもいいのにやっちゃうと、ついついやっちゃう、そうすると「自分」が誰かに貢献したということにもなるからですね。まあ実際ははた迷惑なわけですけど(笑)

承認欲求は入り口くらいでいいし、当然仕事をして「相手に認めてもらった」は高い承認欲求を満たすことになると思います。ですが、それはそれで終わりでなく、それをし続ける旅です。だから、フォロワーがあったから、それがどうとかって程度ではないですよねってことは分かると思います。

承認欲求を否定しているのでなく、それはだれでもあります。ただ、そういう一喜一憂というだけで終わる話でもない。仮にそれだけを求めて終わるなら、メルカリなり何か簡単なことをやればかなり満足出来るし、実現性も高いですよね。もちろんこれも少額出品でよくて、要らないものを売るだけでいい。それだけで十分承認欲求が満たされるからですね(笑)

最後は自分と向き合うこと

結局最終的には自分と向き合って、先程のマラソンではないですが、自分のペースとなります。苦にならないのはまさに無意識世界となるので、それを作れるかどうか。見つけたり掴んだらそれを淡々とやっていく世界観です。しんどいとかストイックという人もいそうですが、そういう感じでもないんですね、なぜなら無意識だから。あとはやりすぎとか注意で、健康とペースを維持したり、振り返りをしてペースを掴むと。

その時追い抜いていったり、違うことをしていたりという人が出てくるのですが、それらも華麗にスルーすればいいと。そこで気になってしまうのであれば、道草もありです(笑)ただそれで道草を一生しているなら「それまでのものだった」でいいじゃないですか。いいじゃないですかというのは、別に自分が立てた何かをやらないといけないなんてあまりに窮屈ですから。それはある種「他人や社会が掲げたこうします宣言をしてそれをやるのがかっこいい」というのに影響を受けていて、それでないと駄目みたいな苦しさです。そんなことは僕は思ったことはないです。

ある種のこじれとして、そういった社会的な価値観を自分が具現化できないことに苛立ちそれをなぜかネットワーク効果みたいに広げるというわけですが、これは言われれば滑稽ですが、渦中にいるとそのままですよね(笑)

そしてフォロワーがいようがいないだろうが、どこまでやるか、どこまでやらないかも、自分で決めます。つまりあなたがあなたの意志で決めるのであって、それって多分旅とかが一番近いメタファーなんじゃないかと。旅ってイヤイヤするのでもなく、なんか行きたいなって自由意志でやるし、そこでどう過ごすかも、いつ帰るかも自由です。そこの住民になることもできるからですね。

自分と向き合うとしんどいって人は多分自分の向き合い方とか、色々なものを見過ごしたかスルーしすぎて、って感じの人も多いかと思います。

自分と向き合うとは、自分で自分を決めることなので、しんどさとは逆で、自由です。自由とは楽ってことではないので、しんどさよりですけど、それなりに考えて実行するし、旅をしているので、まあ自由が楽で何も考えてない人からすれば「しんどく、つらそう」に見えるだけなんじゃないかって相対的な評価があるだけと僕は考えています。

最後に、今うまくいってないとか、フォロワーがいない(SNSとかでなく)、やっていることが続くか不安だって人もいるかもしれません。それらに対しては、長期で考え、旅的に考え、承認欲求は入り口として、自分の旅を楽しむって考えでどうかってことでした。

承認欲求ではないというのは、僕の場合、別に人から喜ばれることならそれほどこだわりはないのは確認できています。一方でアイデアや発想においては、それをもっと出来る人を増やすと、社会が文字通り楽しくなるんじゃないか、そうやっていったほうが僕もですが、社会も、他人も、日本ってことですよね、が楽しくなるんじゃなかろうかってことでそういう意識でやっています。これは手前味噌ですが承認欲求を単に得たいとか、多くの人から得たいってシンプルな考えではなりづらいはずです。それまでに色々と試行錯誤があった上でですしね(笑)

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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