機械的なアイデア出しは一定の考えを入れて価値を高める

機械的なアイデア出しやアイデアについて考えてみました。

結論的にはそれらは価値が見出しづらい、価値が著しく低いということです。例外はありますが、それは出す側でなく、アイデアを受け取る側次第で、気付きレベルが高ければ価値となります。

その機械的なアイデア出しとは何か、そしてここでいう価値を高めるにはどうすればいいかを順に考えていきましょう。

最後には大いに脱線して、機械的アイデアだろうがアイデアを出して形にしようとか、何かしてみようというパッション的なメッセージになっています(笑)

アイデアについてのメタ的な価値とか、アイデア出しの価値とか、そこらへんに興味がある人向けの内容です。

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機械的なアイデア出しとは

単純に以下のようなやり方のアイデア出しです。

例:「IoTをアイデアを考えたい」

  • Iot×紙
  • IoT×ラムネ
  • Iot×炭酸
  • ・・・

というようなものです。例えばIoT×紙でぱっと思いつくものはなにか?1つは、紙で充電できるものとかいいんじゃないとか。2つ目に書いた文字の量を勝手にセンサリングしてーとか、3つ目は紙飛行機でめっちゃ飛ぶやつとか。

まあこんな「アイデア」といえるか分かりませんが、一応アイデアが出てきます。これらは連想ゲームであり、これ自体が駄目とは全く思いません。こうやって僕もアイデアを結果的に似た形で出しているからです。

ではこれらの出てきたアイデアをそのまま使えるかというと激しく疑問です。

例えば、紙充電IoT製品、文字量記録紙、スーパー紙飛行機みたいなものがそのまま使えるか。当然、ニーズや誰かが欲しいと言わなければ、後は自己実現や自己表現やアートや趣味です。そのためのアイデアならオッケーですが、ここでは限りなく誰かが使ってくれるようなビジネス的視点を前提としています。

何が不足しているかというと、実際には技術的に可能か、現実に出来るか、そもそもいるのか、などの問いです。ただ一般的にアイデア出しをするときに顧客がそれらを提示できるかはかなり疑問で、また提示されていてもそれらをきちんと読み解くのは至難だと思います。それくらいふわっとした状態でこそアイデア出しの価値がある一方、迷路というか暗中模索なものもあるのがアイデア出しといえるからです。正確にいえばアイデアを求める人が現場をきちんと把握しているかということです。僕もそうですが世界をきちんと把握できるというのはかなり哲学的で、大体は自分の思うように見ているだけです。僕も顧客もあなたも人ですから、このズレがあることをまず前提として把握しておく必要があります。

問いがなければこれらのアイデアはそのまま発散状態でありそのままです。収束してないため使えません。僕自身がそういう発散状態を否定しているのでなく、発散状態は発散であってそのままアイデアとして使えるかは相手次第ということです。ですからこれらの発散でもいいということでなければ、大体は微妙な評価となります。ちなみに、発散的アイデアでもいいなら上のようにキーワードアイデア出しで文字通り無限に、タイピングと知識が枯れて脳が辛くなるまで出ます。

結果的にそうやって出した機械的なアイデアを収束したりまとめると、100ワードで1万個のアイデアを出しても、それらは似た10アイデアくらいに収まるという感じです。なぜなら組み合わせだからですね。

そしてこれらをいくらやっても最終的に見る人、アイデアを評価して実行する人がどう判断して理解して動けるかです。ある種アイデア自体はいくらでもあるけど、見て理解できるか。そしてそれを実際に形にできるかです。

多くの機会的なアイデアは無収束であるとき、まず価値は限りなく低いです。価値が生まれるのは、その見る人が「お、これはそういえばこんなことに使えそうだな」と気づいた時だけです。逆に言えば見る人が気づきが多いものなら、どんな機械的アイデアでも価値となります。

以上をまとめると、機械的なアイデア=価値が低いということは一概に言えないですが、それは相手に依存することになります。相手が一定程度見る目があって、気づけるならこれでいいかもしれません。ただこういう関係ってなかなかないというか、その投げっぱなしでなく考えや練ったものを入れておかないと大体そのままスルーされる感じですね。

この関係があるのは例えば先生と生徒みたいなものであれば、適当な問いでも拾ってくれるでしょう。親子関係でも愛情で包んでくれるでしょう。友人関係でも信頼があればちゃんとフォローしてくれるかもしれません。

関係性がない中だと投げっぱなしなものになりやすい(汗

ということは、それらの関係性がないエンカウントした人達で上のようなことってなかなか難しいです。アイデアソンなどの手法は面白いですが、一方でチームビルディングやエンカウント的に出来るものはその場の即興性やゲーム性が強く、そこでのエンタメ的楽しさや出会いの高揚感はあれど、冷静に収束していくとフォローしあっていける関係までは難しいわけですね。そもそもそれをアイデアソンに求めているのが間違いとも言えますが。

またコンペアイデアなどもこれに近いです。相手との関係性がない中で出すので、即興性が強いです。文字通り、アイデアを出して投げていってそれらが顧客側の優秀な人が見て「これは使える」と判断したものが選ばれることとなります。これ自体はコンペとしては当然のプロセスなんですが、実際はその分の関係性が生まれないと多くの人は損をしたと感じます。金銭的な報酬がないからやらないというのも合理的ですが、どちらかといえば非合理つまり感覚的にやった割に感謝されなかったとか、やったけど肩透かしになったと思う人は多分結構いるんじゃないかと思います。

ここでいえるのは、ボランティア的な自発性がありアイデアを自家発電で出せる人でかつ、一定程度問いやお題から学びを見いだせる人でないとこれらのコンペ継続は辛いです。僕はモチベーションという意味でもそれらをやり続けているので分かるのですが、明らかに直接依頼として普通の発注とコンペの違いはこの関係性にあります。相手を知らないだけでこれほど違うのかと感じるということですね。

一般的に仕事でも事業でも、知っている人と関係値を高めていってそこで醸成していくのが良いでしょう。上のようなコンペのみだと引っかかりが見えないとしぼんでいきます。例えば受賞を何回かやるまでとか、一定程度試したら見直すとか、決めておかないと消耗が激しいんですね。残酷というか当たり前ですが、コンペで当選してもそれは一定程度のアイデアがあったから当選したのであって、選ぶ側も一定程度の満足の元で誰かを選ぶのは運という要素もあります。そういうものを見極めた上で確率を高めていきたいかどうかだけでしょうか。

自分で分析をしていてなるほどなと思いつつ、一方でコンペ姿勢というかやる姿勢はおそろしいくらい大事にしたほうがいいことも分かりますね。

アイデアはどう評価されるのか

冷静に考えれば上のようなアイデア出しは誰でも出来るから、価値は低くなりそうです。ただ現場というか実践では誰でも出来るけどやらないものも多いので機械的アイデア自体が価値になるということもあります。

顧客はわがままである

さて、アイデア自体はどう評価されるかを立場として考えると、顧客や依頼側は結構なアイデアを求めます。つまり期待値が高い。アイデアに対して期待値が高いんですね。そりゃお金を払うし、そこに期待するからお金を出すわけです。

依頼側が評価するということは、実行できたり実現できることがまず評価されます。またそのアイデア自体が理解できるかもあります。当たり前ですが、誰が実現していくかで全く評価が異なります。水が欲しい人に水を売るのか、水が要らない人に水を売るのかくらい異なります。

そう考えると、アイデアを依頼する側のリソースや実現可能なことでないと実現性が高くないため、アイデア自体は評価されません。ただ多くは今ないことを未来や将来やりたいからアイデアを求めます。この今ないけど、未来はやりたいというギャップを「未来ー現実」と表現するとき、この「未来ー現実」がアイデアで一定程度埋められるか、ピッタリじゃなくても大まかでもいいから埋められるかが鍵になりそうです。実現性だと今この瞬間という感じもしますが、将来出来ればいいと考えれば今すぐやれるものでなくても良いからです。

まあこれらは言い方は悪いですが、我がままということです。依頼するから、客然としていなくても、そうなりますからね。僕も依頼をするならやってくれるならそれなりのものを求めますし。

顧客が価値を見出すかが分からなくなるくらい考える

顧客側でよく分からんアイデアを一個ずつもんでいくのは大変です。ですから、アイデアを出す側が一定程度揉む、つまりこれが収束ということですが、「顧客の考え方からすればこれはまずないだろう」と思ったり、「これはありえるかもしれないが、良くわからないな」というような状態になります。つまり「分からない」状態です。ここでいう分からないとは何も考えてないのでなく、考えたからこそ「分からない」状態といえます。この状態にいかないのはあまり練られてないと言えますが、これも考える量が多ければいいとかそういうことでなく、あくまで考えてわからなくなったかどうかだけな気がします。

練られたアイデアは何かに対して解決策を持ったり、突っ込みに強いです。ただ突っ込み想定をしすぎて平均的などこにでもあるアイデアになることもあるので注意が必要です。

ここで言えるのは、無慈悲にアイデアを依頼側は審査するというか、検討するということですね。我がままにアイデアを欲してそれらを評価する。面白いといえば面白いですが、無情です。だから、収束をしても意味がないという見方も出来るのですが、考えたり練ってないものは普通であれば分かるので、そもそも審査レベルに行かない、足切りされることもあるでしょう。

一定程度収束してこっち側でもんで考えたアイデアがどこまで刺さるかは、誰も分かりません。僕もですし、そのお客さんもです。ここまで考えているなら「これでいいや」といって出せるはずです。適当にやってまあ出来ることはまずないですね、経験上(笑)

どうすればアイデアに価値が生まれるか

機械的なアイデアはあまり価値がない。ただし条件や前提を整理して、突っ込みを入れて収束して一定程度考えたものは、価値がある。

ざっくりいえばこのようなことを上で言ってきました。まあ当たり前っぽい話です。

アイデアと行動の両輪タイプが驚くほど少ない

そして、よくあるアイデアと行動の話です。ここではアイデアを実現することです。多くの人はアイデアがあるか、行動しているかのどちらかです。アイデアを出してそれを実現していく人は驚くほど少ないです。なぜかというと、アイデアがあると満足してしまったりして進まないんですね。似たようなものに「考えてはいるけど」というのもあります。行動しないものを考えるのは意味があるかどうかですが大体は意味が薄いです。正確にはやらない言い訳になっていることが多いからです。今すぐやりましょう(笑)自分に言い聞かせつつ。

起業家というのはこういう人達です。生き急いでいるタイプもいれば、なんかコミュニケーションがまずい人もいたり、いわゆる普通じゃないです。普通を求めていること自体どうかという突っ込みもしつつも、普通じゃない。クレイジーでないと出来ない。

起業家というマインド自体がレアキャラです。くどいですが、アイデアを考えるとやらないのにと言われるわけです。そうするとイラっとするので、なにくそといって形にしていくわけです。もちろんこういうのも一つのタイプですが。しかも失敗したらできないでしょと言われるわけです(笑)冷静に考えれば、一方的な評価とか、対等でないとか、関係値がない人に何か言われることっておかしいのですが、そのおかしさはなぜかフィルターにかけられていくんですね。そりゃ起業家少ないのは当然ですよね。

そんな起業家であれ、行動をしているとアイデアがなくなります。実際にアイデアを求める人はアイデアがない人が多いので、起業家は多分求めません。起業家でもアイデアが欲しい人は自分の視点だけではどうかと思うので、他の視点が欲しいとかって人でしょうか。またはやってみたけど違うかもしれないというところだったりでしょう。こういう人は目利きだから、アイデアに対しての前提とか問いかけも適切ですよね。

起業家であればアイデアを実行することって意外に出来ます。というかアイデアを考えてとりあえず形にしていくことが出来る体質こそが起業家だからですね。例えば上で考えたIoT紙充電って紙に電気を流して充電出来ないかというところから始めるわけです。そもそも紙でやる意味は分からない(ただのアイデアだから)のですが、ここで「微妙だからやめるか」といえばそこで終わりです。いけそうだからやるかと思えるかどうかだけですよね。だから、このレベル感でいえば、やれそうなものが一個もなかったとなるか、やってみたら駄目だったとなるか、そのあたりになります。こういったやり取りを無数にしていき、し続ける世界でしょう。

筋の良いアイデアはたくさんの失敗(多くは他人からは見えない)があってこそ

だから筋の良いアイデアというのは、一発目でまず生まれることはなく、何十何百のイケてないアイデアややったけど駄目だったアイデアの先に、これもしかしてイケるかもなアイデアだといえるので、確率的に数%以下、0.1%以下くらいで考えて良いと思います。

なぜこれくらいの確率になるかは、

  • 自分が知り尽くしているというものでも、アイデアが現実と合致したり、そもそもリソースがなかったりと様々な出来ない要因があるため。10個全部そろわないと駄目なら、その10個を埋めるだけでも大変。だから、そうならないように手抜いたり省いたり工夫をするけどそれでも駄目なことも。
  • タイミングというのもある。今やっても駄目だけど、昔なら良かった。その逆もある。
  • 単純なやる気、情熱。言われれば出来る程度でしかない。自家発電パワーがない。それらの仕組みを作るのも大変。
  • アイデア自体は良いが障壁がないためすぐ真似される。真似されても良いけどそれ以上継続出来るやり方が見つからなかった。
  • 一定程度粘って筋は良くなったがそれ以上はやはり無理だったし、それ以上にライバルや事業者が強力だった
  • やるモードになってやってみないと、本気出してみないと分からない。あとやらないと学べない。教科書を読んで起業はもちろんできない。

上のように、失敗することを挙げればキリがないです。そして行動できない理由やアイデアが実現出来ない理由もゴマンとあります。

こういう中で、まさに目をつぶって針に糸を通すようなことが、アイデアを実現していくことなんじゃないかと言えます。でも普通は目をつぶらないから、開いてやります(笑)一方で他人にはそう見えても、単に左にあるものを右に移すということをやっているだけという感覚もあります。要はそれくらい簡単に振る舞える領域や一定程度やってしまえばそうなれるというか、他人からみた状況や見える景色と、実際の当事者は異なる景色でしょうという想像です。

アイデアを形にすることを考えてやり続ける

起業家がーという話をしていますが、アイデアの価値自体は誰が決めるか。依頼があれば依頼者が、自分でやるなら自分が決めることです。人がどうこうはあまり関係ないですね。

価値云々が難しいのは、価値自体誰もが価値があるというものがないからなんですね。ある人は水がほしい、ある人は要らない。では水をどちらに提供するか。欲しい人ですよね、要らない人には売りにいかない。

こういった話は冷静に、客観的に言うから分かりそうでかつわかったふりができます。実際はアイデアを求めている人にアイデアを売ることすら難しい。なぜなら多くはアイデア自体を求めているかどうかすら分からないかです(笑)

釣り堀に魚がいないなら、その釣り堀で魚釣りは無意味といえます。ですが、多くは魚がいるかどうかが分からないから釣っている。ではいつ気づくか。周りを観察するか、絶対魚が出てくる何か餌をまくか、これらは調べるということです。調べていって魚がいそうかの確率を高めていくしかない。そして調べるうちに経験を積んでいくしかない。これって泥臭いんですが、まあそれしか本当にないですね。ここを楽しようとして何か得られるということはまずなくて、ただサボっただけならそれだけ魚がいない期間が長くなり、調べることが億劫になって良いことはないでしょう。

価値が生まれるタイミングとは、こうしたら価値になるとかではなくて、どちらかといえば、プロセスを積んでいって「気づいたら価値」となっていたという方が多分正確です。もちろんこれは売れるぞー、喜ばれるぞーというものが売れれば、喜ばれれば嬉しいですけどね。でも常に自分主観で見たものがイケてないのに売れているとかはあるわけで、それは買う人や喜ぶ人が「自分」だけではないからですね。地方の農産物を作ったジュースが高価格で誰がそんなの飲むの?とおもってたら贈答用に買われてヒットしたとかです。こんな話はたくさんあるので、確率は調べて考えて動いてやっていくことで一定程度は上がるはずです。それが80%までいくか、50%くらいなのかは分かりません。そのうえでどうなるかはやってみてどうかだけですから、0か1かの博打でないようにしたらあとはやってみるだけでしょう。

言う価値は1。やる価値は100

行動がすべてとは思いませんが、言うだけの価値は1くらいです。行動してやる価値は100くらい。実際には、アイデアを言うことで価値が1は生まれるということです。そこからやるために100に向けて価値を高めていけばいい。すると行動してアイデアを形にするために動くことになります。というかならざるを得ないというのが実際でしょう。

例えば僕が良いアイデアを考えたけど自分ではやる気もないし、やれるリソースもないとき、それらのアイデアは価値は1に近いです。誰かやれそうな人やそういうアイデアが欲しい人がいることを知っているなら1でなく10とか大分価値が上がります。この見方良いんじゃないかと思っています。アイデアは価値0じゃないってことです。1はあります。

コストとしてはそういうコミュニケーションコストが生まれます。発明アイデアでもなんでもいいですが、試すことが必要ですし、誰かに説明していく必要があります。それらの伝えるコスト、説明するコストは結構馬鹿になりません。あなたが話すならあなたの時間を人の数だけ、資料を作るならその時間が、無限にかかりそうですからね。

アイデアに限らずですが、言うことを全くやらない人ってまずいません。何かやってます。いや実際はいるかもしれませんが(笑)だから人は「言うってことはやるんだよな」というカウンターを常にしているんじゃないかと思います。「言ったねえ」という程度ですべてを観ている人は稀でしょう。

言ったけどやれてないこと探しもまあある程度はあってもいいですが、それをただ突いているのも滑稽です。なぜなら僕もそうですが、言ってやってないことのほうが多いからです。発言が多ければ多いほど、アイデアや生まれる企画が多い方がより「出来なかったアイデア」「実現できなかった企画」が多いからです。そうなるとどうなるか?

普通は謙虚になります。謙虚とは、自分の力のなさを感じたり、一人では何も出来ないとか、有る種の無です。悟りです(笑)一方で出来なかったからこそ次に生かして何かできないかという文字通り多少の粘りがあれば学びや気付きとなります。

謙虚とは資質みたいなものかもしれませんが、一方で一定程度経験して自分の力が大したことがないと思ったり、失敗を一定数して出来ないことが分かっていれば横柄になったり、人に対する態度は紳士的になるのではないかと思います。これもならざるを得ないという感じです。仮にそういう経験をしてまであまり変わらないのであれば、多分経験した失敗や成功も含めて何も学んでいないということにもなります。人はそういう環境や状況から学べるはずです。100%学べなくても学ぶからこそ変化するんじゃないのかなと。

おわりに

大分最後のあたりは脱線気味でしたが、アイデアを出すだけでなく考えていけばアイデア自体の価値も跳ね上がります。そして行動して検証していけば相当の価値です。それを実際に形にして事業化できるのが起業家といえますし、事業化できなくても形にするだけでも企画家ですし、あとはスタイル次第です。

アイデアを出して行動をして形にしていくのが難しいのでなく、単にそうすることが奨励されてないというか、一部のコミュニティでしかそれらはホメられないからというのが実際でしょう。ある程度やったことをフィードバックしていい感じでホメてくれるとか、支え合えることができれば大体のことは、やりたいアイデアによりけりですが出来ると思っています。

出来ない場合は一個ずつ潰していくか、やり方を変えていくか。まあこれらも考え方次第なので、全てはアイデア次第とあなた次第という感じになります。非常にシンプルです。

タイトル自体は、機械的アイデアを磨けみたいなことになっていますが、実際には機械的アイデアでもなんでもとりあえずアイデアがあれば考え(検証、調べる、試す、行動する)を入れれば価値があがるっていうのが着地点です。これをいくつかやるだけでも全然違う景色と違うアイデアになる。やって損はないでしょう。ただ面倒くさいとか、なんでそこまでやるんだろうか、自分はそういうの好きじゃない。合理性でなく感情との戦いな気がします。そもそも考えたことをやるのって、企画ですし、苦手な人も多いはずです。何かやってと言われて任せられる人ってやっぱり少ないし、少ないのは実際に考えて形にすることが面倒だと思う人が多いからですね。

ということは、考えて形にできる起業家でも、企画家でもなんでも、やったらそれだけで価値があがります。アイデアだけでなく、あなたの価値も上がるんですね。やらないと凪ですけど、やれば波風立って何か生まれるかもしれませんから、ワンチャンは常に狙いたいものですね。

ビジネスって面白い、アイデアの価値ってもっとある。そんなことを自分なりに伝えられないかという思いから、シゴトクリエイターをやっています。一緒に楽しいビジネスを生みだしていきましょう。

0から仕事をつくる実践記

クラウドソーシングでアイデア出しをメインにシゴトづくりを3年してきた気づきをまとめました。

企画やアイデアをシゴトにしたい人の一つの参考にしてもらえれば嬉しいです。

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