小学館のコミック売上げ販促について考えてみる
小学館が出すコミックについて、その包装を外してお試し版として読んでもらうアイデアがニュースになっていました。ぼんやり読むと、20%くらい売上が上がった(非導入と導入店との差異などを考慮したと思いますが)のですが、一つ引っかかったことがあります。
それは、宣伝効果は分かりづらいので、売上とコストがどの程度だったかです。推測に過ぎませんが、こういう気になったことを調べることで損することはなく、むしろビジネス視点が磨かれると思うので一緒に考えてみましょう。
今回は、そんなビジネスなお話です。
書かれているのは、書店系のネタですが、広告費ってどれくらい使うものか、僕の調べ方が参考になれば幸いです。そこから自社や自分の商品もどんなものかいなと振り返ってもおもしろそうです。あとは単純なビジネスとしての販促ネタとして読めるかな、というところです。
目次
小学館がやった紙コミック売上げアップの方法
日経MJがネタ元です。そこの内容は、日経MJの4面(2018年7月27日付け)
- 普通は漫画などは立ち読みが出来ないように「透明フィルム」が巻かれている
- これらは30年ほど前からあり、汚れや曲げを防ぎ売上を高めたから導入された
- 書店コミック売り場に来る客が少なくなっていて、一つのアイデアとして透明フィルムを外すことで試し読みを促す
- 35作品で最新巻と1巻を1冊ずつフィルムを外して実験した(3月から5月で、36書店で)
- 着想としては、電子書籍でも試し読みをすると売上がアップするという例を聞いていたというところから
- 実験では、女性向け作品では20%の売上増となった
小学館はこれを3,000店舗までやるらしいです。要は書店で試してもらうということですね。あと小学館だけでなく講談社もやっていくようです。
電子書籍であるような試し読みをリアル漫画にしただけといえばそれだけなんですが、実際に試すというのがまず大事ですね。出版社たくさんあるわけですが、何もしないならそのままですからね。
これによって、確かに漫画コーナーにいって本来であれば、
- ポップや売れているなどの書店の工夫、売上げランキングとかも?
- 表紙、裏表紙などあらすじなどの概要があるかどうか
- お試し一話小冊子(昔はなかったようですが最近見かけます。一話だけ読めたりするやつです)
- そして、1巻立ち読み→買うか、最新巻立ち読み→1巻気になるから買うかの試し読み
というように「作品との出会い」が広がる可能性が高まります。ちなみに記事では、1話小冊子→1巻買う、その後1巻→2巻買うという流れもあるっぽいです。まあありえそうですね。
最後の記事のくだりが分からなかったのですが、これらの販促施策は、出版社側の負担だと思っているのですが、最後の段落からは「試し読み用に使うことに書店側が抵抗がある」という記述があります。ということは、もしかしたら書店側が仕入れた本を「2冊」(最新巻、1巻)を試し用に出すということをする話なのかとも読めます。(これは本記事最後に書いていますが、書店側負担のようでした)
どちらか不明ですが、どちらのケースも考えてみると面白そうです。
そもそも本屋のビジネス構造は?
その前に本屋のビジネス構造だけざっくり考えてみましょう。
多分大体あってると思いますが、1冊の粗利は2割り程度。コミックも多分同水準だと思います。
例えばですが、
とかで書かれています。
というわけで、ざっくりでいくと、500円のコミック1冊で、100円の粗利というわけです。で、この100円から人件費、光熱費なり家賃!なりも出すと。かなりキツそうです。
実際には単純にここからどれだけ売ればいいかが見えるわけですね。月に売上300万くらいで、60万の粗利で、人件費が何人かにもよりますが、20-30万だとしても、残りで家賃光熱費等経費も色々あるので払うとどこまで残るかってレベルでしょう。もちろん細かいやり方はあるんでしょうが。
コストに対して効果はどの程度か
単純に費用対効果というのは数字があれば求められるわけですが、実際は「試したこと」が「そのまま関係があるか」が分からないのもあります。そのあたりはややこしいので、純粋にフィルムを取った試し読みが純粋に効果があったと仮定します。そこを疑うと話がややこしいので。
出版社が宣伝コストを払う場合
この場合は例えば小学館という出版社がコストを払います。フィルムを誰がつけるかによるわけですが、印刷工程で仕上げた商品に行う費用を逆に節約できるかもしれません。が、ロットとして考えると多分「1巻」「最新巻」をフィルムつけないものを作るのは指定が細かいため「割高」になるはずですから、多分こういう感じでなくて、仕組みがないなら「巻かず」に、後で手で付けるみたいなことになるのかなと。どう考えても面倒臭そうですが、仮に出版社が払うとします。
すると、出版社の経費が増えるわけですが、実際には売上は良ければ20%あがるので、例えば100冊漫画が売れていたら120冊売れることになる。単純に1冊500円なら、5万だった売上が6万になります。そして、この場合書店の粗利は変わらないので(出版社がコストを出すので)、書店の売上は上がるだけでラッキーとなります。とはいえここでは、1万の粗利が1.2万になるという話です。
書店が宣伝コストを払う場合
今回はこっちのケースなんでしょう。例えば、100冊あって、実際には何セットで買うか変わらないのですが、10巻シリーズを10セットとして100冊として、最新巻は多分多く入れるし、1巻も多めにあるような感じだと思いますが、そこは無視します。1冊ずつ試し読みとすると、98冊は売れるけど、試し読みは売れなくなります。
ここで、書店は粗利として上と同じだとすると、100冊売れれば5万で、粗利は1万円です。しかし、98冊+試し読み2冊だと、49,000円の売上で、粗利は9,800円となります。つまり200円ダウンです。しかし、この施策では2割売上げアップするので、120冊は売れるはずとなります。つまり、細かいところは省いていくと、122冊あったら120冊は売れて、2冊の試し読みと考えても怒られないはずです。そうなると、120冊だと、6万売上で粗利が12,000円となります。
こうやって考えるとよく分からなくなりますが、
- 1冊を400円で仕入れて500円で売って100円を得る
- 400円で2冊は試し読みとなるので、800円が宣伝のためのコストとなる(実際に宣伝広告費にできるかは不明です)
- となると、800円を回収するために、同じコミックでいえば、1冊で100円の粗利だから、800円なので8冊売って回収となる。
- つまり、8冊余分に売れてやっとトントンとなります。
という視点で考えると、100冊が120冊になったと喜んでいる場合でなく、20冊追加で売れるのはいいけど、8冊分はコストかかってるので、純増としては12冊分ということになります。そのあたりが売上増に入っているかは分かりません。
逆に言えば、最大で20%アップであって、平均値で10%くらいであれば、純増は2%程度になります。例えば、100冊売れるのが110冊売れても、8冊分はコストなので、追加で2冊売れたという感じです。宣伝費が回収できないリスクも当然あるわけで、そのためには「売れそうなタイトル」で仕掛けるのが実践的でしょうし、限定的に狙っていく必要がありそうです。
別の視点で考えてみましょう。例えば広告費としてチラシをまく、google広告を出すなどなんでもいいのですが、その宣伝コストでどれくらいの売上が期待できるかです。このあたりは指標があるはずですが、ぶっちゃけそんな指標は無視して、例えば10万使って売上に結びつかないならそれはただの10万のコストなだけで、マイナスですよね。では10万使って10万なら?意味があるともいえるし意味がないともいえそうです。では、10万使って20万売り上げたら?これは、10万稼いだとなります。それくらいのインパクトなりが欲しいという感じです。
とはいえ、このあたりの宣伝と売上の効果は数%上がっても嬉しいというのかどうかなんですけど、実際に利益自体が数%という世界だからこそ、粗利を確実に失う(試し読みで)ことと、それに対して求めるリターンがコスト以上で結果的に売上となるとある程度分かっても、冒険的と感じたり、やりたくないと考える人も多いかも知れません。
ちなみに書店は返品をすればその返品分は委託販売という形なので、そのまま返せます。だからこそ特殊な環境とも言えるし、売り切る、仕入れて売るというリスクを取るというのはなかなか難しいとも言えます。
そういうところまでいけば、出版社側がどの程度コストをまかなえるかですが、そこで書店に「やると売上が上がるから」という体験を積んで普及していくみたいなことになりそうです。
売上が上がるから良いわけではない
言葉のアヤかもしれませんが、実際に売上があがれば何をしてもいいわけじゃありません。例えば馬鹿げていると思うかもしれませんが、人って意外にお金の計算が出来ないことがあります。お金が好きであってもです(笑)
例えば、売上100万で、粗利が2割で20万だとします。じゃあ来月は2倍にしようとします。200万にすればいいと。そうやって粗利を見ずにつまり宣伝広告をしまくるとどうなるでしょうか?
読者を馬鹿にしているわけでなく、仮に宣伝費で20万使ったとします。すると、200万達成しても、粗利が変わらないとすると40万の粗利となりますが、20万使っているので粗利は20万となります。つまり、売上100万と同じといえます。これではどちらがいいか分からないですよね。
売上を上げればいいと考えるとそこを見誤ります。といって、粗利率が高いものを考えてそればかりを売ろうとすると「売上」が少なくて絶対額としての粗利が確保できず、商売継続が難しくなります。売上があればいいわけではないけど、なさすぎても駄目。もうどうすればいいのよって感じですよね。
売上と宣伝費という経費、粗利というごくシンプルな話ですが、これだけでも見誤るという感じです。数字を信じればいいわけではないですが、数字から判断していけるかどうかもかなり大事だと思います。
書店としても、出版社もですが、売上をキープする、または下げ止まりを防止する、または何か改善がないかは必死だと思います。しかしこれらも恒常的に効く施策となるかはやっていかないと分からないわけです。その間により電子書籍が試し読みしやすくなったりすれば「負ける」かもしれないですし、効果が薄れるかもしれないですよね。あとどう見るかによりますが、「試し読みができる」から、リアル書店で読んで、あとはネットで買うという流れが普及したらできるリスクもありますよね。
例えばブックオフなどでは100円の漫画コーナーは全部読めるのですが、かなりの人が常に立ち読みをしています。あまりその漫画を買っている人を見たことがないのですが、それは偏りがあるとしても、「人がいる」という活気や防犯上の理由という意味では意味があるかもしれません(コンビニが窓際に本・雑誌を置くように)。でも売上に寄与していないなら、単なる立ち読みで終わっているとも言えます。これは新刊書店ではないので単純な比較は出来ませんが、ここは「作品の出会い」ということをコントロールしていくことが求められます。なかなか簡単ではないものの、この施策がどうなるかはまた見てみたいですし、店頭であれば読んでみたいと思います。
再度公式情報を確認
最初に言えよということですが、小学館のプレスリリースがちゃんと出ていました(笑)
ここから引用すると、
プロジェクト参加書店には、試し読み用コミックスのための透明
カバーと試し読みをアピールするポスターなどをお送りし、店頭展開及び売上データの開示とアンケートへの協力をお願いしました。
(同ページより引用)
となっていて、あくまで小学館側は、試し読みに使う透明カバーを使って書店が「試し読みに協力してくれるなら使って、自分で巻いてね」(でもその本は売れないリスクが高いし、ボロボロになる可能性も高いですよね)、あとは試し読みをしてるよ「ポスター」を送ると。その代りに売れたかどうか教えてねというところでしょう。
ここから関係性は分かりませんが、商品を作ったメーカーが小売店に自社商品を売るのに、目立つ什器とかを自社持ちでやらずに、小売店にお願いするのは、委託品という微妙なバランスの関係なのかもしれません。例えばスーパーなどでメーカーが目立つ什器を入れて売上げアップを狙うとかは多分メーカー持ちのはずです。小売店は売るのが仕事だけど、より売れるならやりたいし、それこそ現場から売れるものを作りたいはずですから。
出版社が出せるコミックにおける宣伝費はどれくらいか
いやーそう考えると、MJに書かれていた出版社側が試し読み用の本を別に用意するとかは欲しいというのも合点がいきます。出版社側のコスト構造として仮に1冊200万くらいかかるとすると、そのうち広告費がどこまで出せるか。それはタイトル1つにつきということですね。出版の原価構造、こうなってますはかなり面白いですが、自費出版ということで広告費という項目はありませんでした。
本の宣伝費や広告費はいくら?では、本の定価10%前後が目安としていて、そこでいえば、500円のコミックなら50円までとなります。となると、出版社側も試し読み用の本を用意するとなると、1万部コミックを作るとして売り切っても、500万売上になるものの、7割程度が出版社だと考えると350万。ここに50万の広告費があるとしても、何冊試し読みにするか。そのあたりの細かい計算はスルーしても、結構たいへんそうかなと思いました。
違う視点で、小冊子の試し読みは、例えば出版社向けに印刷会社さんが売っているわけですが、 出版社様ご支援「書店試し読み本」では、100部で約26,000円、1000部で約86,000円です。出版社が取次を経由して卸している書店数がどれくらいかは分かりませんが、普通に考えれば全タイトルは無理で、売りたいタイトルに対してこの小冊子を置くというのが考えやすいです。書店は1万店舗程度はあるはずなので、仮に全店舗に1冊ずつ小冊子をおいたら、最も少ない12ページで、3000部で14万かかります。3倍すると42万。試し読みだけで考えるとすでにある50万の広告費を使い切ってしまうので、辛い感じです。
同時に心理的には書店の現場では作品の出会いは増えるがリアル書店のデメリットはそういう試し読みができるとそれで売れるけど他の売上はどうかという点です。つまり、他漫画が売れなくなるかもしれないし、他タイトルを売れなくなる可能性もあります。これはそういうリスクもあるかもしれないわけで、バラ色に売れまくるだけというのもありますからなんともです。
どこまでリスクを取って広告を出すか。ここでは試し読みをやるかという話ですが、多分推測に過ぎないですが出版社側が試し読みだけのものを広告として作るのも結構コストかかって売れるものならいいけどそうでないものに対して「仕掛ける」のはきついだろうなあという印象です。
おわりに
ごちゃごちゃ書いてきましたが細かい数字はぶっちゃけどうでもいいです。調べたりしつつ、どうだろうかという当ての精度をあげたり、考えるのが大事です。といって全然違いすぎるのもあれですが、ひとまず僕が小学館の人間であれば、この施策はいけるからまずは広げていくのは妥当といえるし、そうしているわけですよね。
それで次は試し読みが定着した時に何が起きるかです。試し読みが出来ない本は売れないということになりかねないかというのは多分考えるはずで、そこは分からない。といってもやらないわけにはいかないという鶏肋的な心境なのが実際でしょう。売れているタイトルを売るのか、ブーストをつけるために売るのか、作品の出会いというのは良い表現ですけど、実際には買ってもらってなんぼというだけですからね。
書店側が今回はコストを払って、つまり少しは売れるはずだから試してみたというところでやったわけです。売れた感じがするからやっていくと。一方でそれは劇的に売れるというよりも、売上が2割増えても、試し読みで使えなくなる本が確実に増えるので買取となるとコストがかかる。そうすると純増は10%ちょっと。1割増えるのは嬉しいけどそのためにどこまでやりきれるかみたいな現場の葛藤があるのかなと。1割とは、売上が300万→330万になっても、粗利は60万→66万という世界です。もちろん増えるのは嬉しい。あとは経営的にそのための手間だとか細かい話でしょう。売り場に立ち読み客がいることで買いづらいとか、何かあるかもしれませんし、純粋に手放しでいけるわけではないでしょう。
出版社側も直接売れればいいですが、どちらかというとメーカーであるからこそ、小売店舗の現場で売るというのはやはり小売には勝てないはずです。書店ありきであるからこそ、そこで協力してもらうしかない。とはいえ、試し読みコストをそこまで出せるかというと実際にカバーやポスターだけでも、頑張ったのかもしれないといえるし、ここらへんはもう担当者の踏ん張りという感じもしますしね。
そう考えると、このニュースが色々と面白く感じます。葛藤があるなかで、どこまでやるか、やれるか。売上が下がったどうしようかといって何もしないわけにはいかないからですね。
今回お伝えしたかったのは、ビジネス構造や仕組みなどがあればまた違って見えるし、さらに気になることなら突っ込みが激しくできるということです。そこで現場担当者や企画をした人の息遣いや葛藤まで見えれば、もしかしたら単純にプレスリリースではない、取材記事でもない、違う観点からの発見が見えるかもしれません。
副産物としては、小冊子試し読み本をメニューとして出す印刷会社さんがいることを知ったり、コミックは売れれば安定だけどその売上も全体的に下がってきてまずい(1995年約6,000億円が、2017年では3000億まで下がった)ということの理解が深まった点です。確か電子書籍はそれをカバーはまだしきれてないはずで、とはいえ確実に市場が出来ていって今後どうなるかというところでしょうか。
そして広告コストを考えるとなんでもできるわけでなく、コストをいかにかけずに売るか。もちろん必要なコストはかければいいわけですが、そこをどう売上によってまかなえるか。他の売上を作れるとなるわけですね。
次書店に行く時は見かけたら手にとってみたいと思います。
本記事が広告なり、書店なり、販促キャンペーンなりのきっかけになれば嬉しいです。
筆者プロフィール
- 「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介、仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューやお問い合わせはお気軽にどうぞ。
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