自分が変わって行くことを楽しむ

自分の変化とは成長とかってイメージですが、実際には自分の考えが変わったみたいなことを、自己否定せずに、前は違ったんだけど、今はこうだということを「否定しない」ってことなんですよね。

例えば、食べ物。ビールなんて苦いものをなんで飲むか分からないが、大人になると飲みたいみたいな感じです。というほど僕はビール好きではないですが(笑)例えばですね。味覚なんて分かりやすいかなと。

他にも行動や考え方もそうですよね。例えばものすごく高いものを買うことに価値を置いてた人が、色々あってそこまで求めなくてもいいんじゃないかって変わったりとか。

そういう自身の行動変化について、首尾一貫っていうとちょっと苦しいというか、そうすると間違い?があれば間違いし続けることになりますよね?あとエラーを直して修正するとか、そこから再学習する余地がないことと一緒になると。それも苦しいなと。

そうです。つまり人は間違えるし、間違える人間だという自覚を持って、カジュアルに間違えてもいい。そして同時にそこから学んだり、違いを見出して前との変化を楽しむ。

そういうものがわりと良い年のとり方ではないかと感じました。

今回は少しの変化からじわじわ感じるみたいなことを少し書いてみます。

世界が変わるとは、客観世界の変化ではない

客観世界とは唯一の世界事象みたいなものですが、ユクスキュルなどがいう環世界はそうでなくて、どうやらハトであったり猫、人間、ハエなんでもいいですが、生物毎にまたその生物の個体単位かもしれませんし、世界が別々にあるというそうです。これは面白いですよね。

これって想像すれば当たり前で、小学三年生が全員鬼滅の刃が好きなわけがないわけです(笑)チョコレートを作るのが好きな人が全員お菓子作りを学んでいるわけではない。みんな「同じ」ようにみえているならば、それは幻想だと言って良い。

同じに見えるのは簡単です。解像度として情報が少ないとか、考えてない、観察出来てないからと言えそうです。

ここでは世界とは自分の主観のものが様々にあるとしてそういうものの相互作用で成り立つくらいと捉えてください。

そうすると、世界が変わったとか、ステージが変わったとかって言葉ありませんか?あれって、めちゃくちゃ主観なんですよね。まあ主観でしかない言葉でもありますけど。とはいえ実際に環境としての事実や測れるものが変わったのもあるわけですよ。

ポイントは世界が変わる、人生が変わるといってもいいですが、そういうのって、自らの観察や感覚でしかなくて、どこか勝手に世界をこの世界の客観を変えるみたいなのってやっぱないんですね。当然事件や事故とか災害みたいなものは別ですけどね。

逆に人が概ね嫌がるとか、喜ぶみたいなものについては世界はコントロールし易いとも言える。それを悪意があるとまあ危険なことは言うまでもないと。

変わっていく主観を受け入れる

ここでは否定しないってことです。

煙草が嫌だったのが好きになった、逆もあるわけですが、それを前後を見て、自分を否定しなくてもいいわけです。吸っているのが普通から吸わないのが普通になる時、「前の自分は駄目だった」となるのですが、駄目というよりも、価値を置いてないからこそ「吸わないのが普通」になったともいえる。同時にそれは一瞬で変わる、スイッチのように切り替わるわけではないと。

徐々に変わっていくとか、少し試してまた戻ったりとか、何度も繰り返すことで変わっていくんですよね。

そういう変化、主観を受け入れていくことがかなり大事じゃないかって話です。受け入れることで、Aというものに固執しなくても、AからBになって、Bに今ある。まあ確かにAだったこともあるけれどとなるんですね。

ここでAは駄目だみたいな撲滅し始めるとまた違ってきますよね。なぜなら自分も前Aだったからという罪悪感みたいなのが生まれるからです。だからこそ、A→Bとなって、今Bだけどという現在進行系であり、それが変化する可能性があるということが大事です。

つまり固定した何かでそれが変わらない、固定してしまっていくことが問題なんですね。受け入れるとはそこを柔軟に捉える、またはその余地があることかなと。それは遊びがあるという言葉と同義です。

取り組みが変化すると変わっていく

では僕が最近感じた変わったこと、それを受け入れていくことということを少しだけ書いてみます。

仮説自体を検証して積んでいく姿勢

これは昔からあるのですが、とはいえ再度振り返ると、アイデアを実行してどうなるかというところってまだまだ弱いなと感じています。実際に事業となると綺麗にはまらないので、そもそも仮説時点で少し揉んだら厳しいとか、仮にやってもそれで広がりがないとかってザラにあるわけです。

一方で仮説自体を検証することってめちゃくちゃ価値があるんじゃないかと。そもそもそれが出来る人がいないので、例えばあるプロジェクトが進まないとか、採用されない、評価されないとかも「一瞬」でしかないんですね。または「その時」でしかないという感覚です。

中長期という意識とほぼ同様ですが、この意識や姿勢があることで、取り組みが変わったり、または行動が本当に小さくても変わります。

例えば僕でいえば、この一瞬や「あーこれは少し違うな」と思ったら、距離を置くとかですかね。そうすることで、何度も書いてきていますが、より本質的に取り組みたいものに取り組めると。例えば僕ならアイデアをどう出すかというトレーニング技法ややり方をもっと伝えたいと考えていますが、これってまだまだ見えてないことが多いかなと。やり尽くされてかつ広くできるならもっとアイデア社会になってますからね。実際にはアイデアの実装みたいなものとはずれるのは理解してます。政治とかも入りますからね。

とはいえ、そこを考慮してももっと出来ることはあるんじゃないの?って姿勢で有り続けると。これが変化とか取り組みの強さかなと。

価値を認めてくれる人は一人でも良い

これは誰か一人だけでいいので、他の人からは認められなくてもいいとは少し異なります。ただ、一人から価値を認められることの価値はめちゃくちゃでかいと。そこがポイントです。

もっといえば、

多数の人から認められることが価値

一人の人から認められることが価値

とは、ある種多数VS一人となっています。友人の数とかもそうですかね。これって数の論理や指標やものさしかなと。

そうでなく、自分の充実度や満足度、幸せ度、なんかいいみたいなことを指標にしてみたらということです。

そうすると、多数とか関係なくて、一人とかでも良くて、むしろその一人がめちゃくちゃ語り合った人でなくても、ちょっと話した、ブログで見たとか(笑)そういう人でもいいんですよね。本で知ったでもいい。僕もそういう存在になれればとは念じておきます(笑)相性もありますからね。

ということを意識すると、これも変化していきます。

つまり、多数を追わなくてもいいというか、まず認められることがあるとか、強みを評価してくれる人がいるとか。そういう話になってきますよね?

ある種KPIを変えることで上手く回る事例みたいなものといってもいいかもです。

多数の人と沢山ビジネスしないといけないは、それはそれでいいのですが、それを望んでいないとか、ハマっていて自律的でないとか、誰かにやらされていてストレスとかなら、そこにメスをいれてみるということです。

これもそのやり方が常に正しいとかではなく、僕の意識や姿勢が変わっていって、「ちゃんとこういう信じられる人がいる社会なんだな」みたいな、社会の再認識(笑)みたいなプログラムを自分で一人でプレイしている感じです。その世界観は、エモいです。ドラマとか、仮想のものでなくて、リアルが十分エモいわけです。それだけでもなんかいきてて良かったと思えるというか。

自分を受け入れられる人は進んでいく

最後に自分を受け入れられる人は多分ですが、柔軟です。よって、動いてないなーとか、うまくいってないとか、あんまり調子が良くないとかもあるんですよね。当然です。これは気質がどうあれ誰でもそうです。大なり小なりあると。

その上で、そういう自分を受け入れられる人って、周りがフォローしたり、見過ごさないし、または何かしら応援されるはずです。これは特殊なことでなくて、良い行いをしたり、何か価値をもらったらやっぱ返報性が働く。それだけです。それってDNAレベルであるといっていい。文化もあるとは思いますけどね。

そういうところがあれば、全くない人は多分いないと思ってますが、何かしらリターンがある。または忘れた頃にやってくるというか。

だから、その人は勝手に進むというか、進まざるをえないというか、止まっていると思っていてもやはり進んでいく、結果的にという感じがします。

調子が悪くても進む。それは今すぐに進みたい人にはとても待てないことなんでしょうが、進みたい時こそ、止まった方がいいかもしれないなんてこともあるかもしれないと。それは誰にも正解が分からないので、ある種そういう偶発や違和感を楽しめるといいって感じですね。

おわりに

変化自体を受け入れて行く人は多分ですが、少しの取り組みでいいのでそれが大きな変化になるんじゃないかって気づきや予測の話です。

これってブログ一本でもいいし、誰かに話したことが本当にきっかけでってあるわけですよ。何かを調べたり、体験したとかでもなんでもいいので、そういう1つ1回のことがその後に効いてくると。

僕はそういうのを大事にしたいと思うのと、同時にそういう感覚があるので、大きく変えなきゃみたいな時こそ、小さくやって変えていくとか。小さく変わることで、後からジワジワ変わっていくことを大事にしてみてはどうかという話でした。

ライター

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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