間違えるの恥ずかしくないと思うと色々と捗る

東大生ネタですが、こんな記事がありました。

東大生が断言「学びが速い人」「遅い人」性格の違い

東大生に対する評価は一旦おいておいて、賢い人が学習が速い、学びのコツを見極めてそこに集中できるというのは一理あるかな、というくらいで読んでいました。

そこで、今回は間違えるという点は誰もがあるのですが、その反応ですよね、そこを忘れたり別反応で取れれば良いのではないか。ここでは楽しいとか、または「恥ずかしくない」とかそういう一般的に思われる反応を弱体化する、違う反応を強化するみたいなことを書いてみます。

元ネタの東大生は失敗を恐れてない

一つだけ引用させてください。

むしろ自分の考えを聞いてもらって、それに対してフィードバックをもらうことで、自分の思考を高めたいと思っている人が多いのです。

このように、失敗を恐れない勇気、あるいは失敗しても平気な図太さが、東大生の頭のよさをつくっているといえるのです。

東大生が断言「学びが速い人」「遅い人」性格の違い より引用

本ブログでもフィードバックということはわりと多く使っているはずです。フィードバックで検索すれば、結構検索結果が出てくるはず(笑)ここで、失敗というプロセスですが、当然自分の答えらしきもの、アイデアらしきもの、こう思ったをまず出すと。

それに対して「やーい間違えた」とか「違ってる、だっさ」とか(笑)そういうのは最低ですが、そういうのもあるわけですよね、きっと。でもそれらも含めて「フィードバック」があるので、「そう考えるのではないんだな」ということがすぐつかめると。

むしろここではポジティブに捉えて、意見を言わないことで、何も言わないとスタートしないのは明確ですから、言うことで他と違ってスピードが出る。初速が出る。また次の機会に答える。さらにスピードが出たり方向を変えられると。走り出したら止まらないわけではないからですね。他の人はまだ黙っていたり、誰かが答えてやっとスイッチが入って動き出す(笑)遅いわけです。

なぜかといえば、正解を出さなきゃいけない→間違ってはいけない→失敗すると恥ずかしいなどの総合科目?が勢ぞろいして、一気に攻めてきます。自分で自分の首を締めているというわけですね。そうすると、「うう、答えられない」となって、そこで待ちとなります。この瞬間がコンマ何秒の世界かもしれないし、もっと遅いかもしれないですが、その連続が確実にあると。そこで大きな差が開くのだなと僕は感じました。

それを著者は勇気や図太さというところでまとめていますが、これらの表現はどうでもよくて、実践してやっているところがとても良いわけですね。

ここで大事なことは、失敗をすることでもあるのですが、失敗自体は別に誰もがやれば失敗するので失敗自体をどうこうするのはナンセンスなんですよね。だから、失敗の先にあるもの、そもそも失敗とは何かずれているとか、違っているのですから、正解がある課題はおいておいて、多くは正解がないので、失敗が前提なんですよね。

例えば、ビジネスです。ビジネスはこれが正解というのがないのですが、もしかしたら正解のやり方があるって思っている人もいるんですよね。その思想は自由ですが、正解があるなしに関わらず、試行ですね、動いて検証する、試す、アウトプットする、言ってみる。それこそ言い方は色々ですが、僕は思考をアウトプットしていますが、それも間違いが多いかもしれないな、と思うこともありますが、まあそれはそれで指摘されることで磨かれるので嬉しいというのもあるんですね。そこで批判はいいのですが、非難=ただ相手を蹴落とすだけ(笑)はまあ建設的ではないのでスルーというところでしょう。

失敗に対する反応を変える

これは実験的ですが、失敗をしたとしましょう。失敗はなんでもいいねですよね。料理で醤油を入れすぎて濃い味になってしまったとします。でも、その濃い味はどれくらい入れたか、原因は他になかったかを探ると、次はより再現性が高い肉じゃがが出来ると。それだけであって、失敗が悪いとかはないんですよね。評価の仕方でしかなくて、「失敗」と捉える方法でしかないんですが、失敗ってなんでそもそも悪いことになっているのか?

不思議ですが、普通に考えると、学校教育で正解ありき、失敗はダメみたいな、謎の考え方にあるかなと思います。僕の感覚では自分の意見を言うと先生が騒ぎ出すというのがあります。偏差値教育ではないんですが、ある程度勉強が出来る人であると(環境があるのでその生徒だけの気質や努力だけではないと思いますが)、ゆとりが生まれます。ゆとりとは本当に文字通り時間やお金といっていいでしょう。そういうゆとりがあると、「自分のやり方はこれ」とか「そういうやり方もあるんだな」とか、人に対して余裕が生まれるんですね。これって人が余裕があるからでなくて、自分が余裕があるからなんですよね。まあどっちも同時に言えるかもしれません。順序はあまりここではこだわらないです。

一方でゆとりがないとは、お金や時間がないというよりも、学習に対して余裕がないという感じでしょう。ついていくので精一杯である。例えば提示された内容が理解できないなどは僕もわかりますが、それを理解するのに時間がかかるとすると、文字通りついていけなくなる。それだけなんですね。これは誰でもあるかなと思いますが、仮にない人でも想像してください。眼の前の人が何いっているか分からないけど、その人と話をしないといけない。ある種泣きたくなるのですが、文字通り泣きますよね(笑)そんな状況でやっていくとなると、まあ余裕がないわけですよね。

そうすると、失敗したくないとか、自分のやり方、とくに勉強の仕方を見直すなんて視点に行き着かないんですよね。って感じが多いと思っていて、失敗って、もっと粗い話で、試験に正解する、正解数が多い、それが少ない=ダメという感じですかね。

ところがどっこい、失敗数が実は多いのは頭が良いと思われる人で、賢い人なわけです。絶対的に失敗数が多いのでそこからフィードバックされて、修正して磨かれると。つまり単純に試行数が少ないからそのわずかな回数で判断してしまう。それを頭が悪いという言い方をしてもいいと思います。

例えば、1000回やらないと分からないのに、3回投げて当たらないから才能がないや、みたいなことでしょうか。せめて100回はやろうと。やると、多分ですが何かコツが見えてくる。200回目には違うものが見えてくるってわけです。当然その何か、コツはやる前から分からない。ここで誤解してほしくないのは数をやればハッピーで何でも解決ってのはちょっと甘いかと。ここでいう100回やった試行のやり方、例えば投げ方ですよね、それが200回目でも一緒なら、やはり当たる確率って変わらないと思うんですよ。そういう実験ならいいですが、ここではより当てていくとすると、変化がある。それが失敗的な行為からフィードバックを得て修正していくということに他ならないかなと。

だからこそ、失敗的なこれだめなかなというのでもいいんですよね。そしてやってみて、そこから土台というかスタートする。失敗ファーストみたいな感じで、必ず失敗するのでそこは前提とする。そうすると、失敗自体が「普通」になります。

僕なりの目安ですが、失敗って言葉を多く使う人は失敗自体になれてないか、意識しているので、失敗からフィードバックを得てない可能性があるかなって気がします。あえて失敗という言葉を分かりやすく使うのもありますが、今気づけば失敗って言葉をかなり使っていますけどこれは説明のためで、僕は普段から「失敗」という言葉を使ってないです。失敗に対するネガティブイメージがあるからも多少ありますが、失敗だと思考が止まるんですね。慣れれば失敗といってもいいんですが、失敗でなく改善する機会とか、現在地を知る現象、みたいに自分で捉えやすい言葉に変換するというのはどうかって感じです。

何でもポジティブにすればいいとは思わないので、無理したポジティブで精神性が保たれるのもありますが、ダメなものはダメという受け入れないのもまた違うので。ダメで受け入れつつも、そこで終わらずにやればいいだけなら、無理なポジティブって感じではないので。

図太さをどこで出せるか

図太いというのは悪い意味で使われがちですが、粘りとか忍耐とか、とりあえず簡単に結論を出さない。これがいいかなというところです。

ビジネスを立ち上げる、何かサービスを作り社会に出す、自分の不満を改善する解決策を考える、なんでもいいのですが、そういったものを企画といっていいでしょう。これから作り、今はないとか、作ってみないと見えないからです。アイデアを形にするとは、そういうことを指します。これらは基本的にクリエイティブなことですから、逆にいえば、図太さ、鈍感さみたいなものですね、鈍さといってもいいですが、これも悪い意味もあれば、「へ?まだ失敗とかって思わないですよね!?」みたいな感じで(笑)効かないーって感じがいいかなと思います。

そうやって粘ること、やり続けることが普通になれば、あくまであなたの中で普通になるってことで、他の人を巻き込めるかとか環境的要素は一旦起きます。そうすると、あなたの中で効かないーってことになって、多少の失敗的行動や現象もフィードバックになっていくのかなと思います。

少なくともクリエイティブなことは、今までやったことがない、そういった要素が必ずあるかなと。そうでないと全く同じことをあえてやるみたいな意図でない限り意味が見出しづらいからです。自分が工夫してみたことを試すってことが、まさに何かしらアイデアや意図があるのでクリエイティブってことです。こういう図太さはやはり必要で、クリエイティブなことをやるなら、まず答えはないし、正解もないし、教えてくれる人もいないけど、やってみると何か見えてくるのではないか?というのがポイントですよね。

当然くどいですが、やったら何か見えてくるは、何もしないと見えないということです。ですが、やったら何か確実に見える保証はないので、そういうやったら何も見えなかった、ということを怖がるのは分かります。ですが、これすらも失敗でなく、「何かやったら何も得られなかった」ので、得られ方が違うだけかなと、何かやったけどやってなかったかも(笑)という考えもできますから、なかなか失敗って言い切れることってないのかなと。少なくとも僕はそう考えて生きていますと。

何度も粘って腐らずやっていく

愚直にやっていくことだけが大事というわけでもないんですが、まあ丁寧にやるというか、自分を信じて、自分は自分を裏切らないですから(笑)やった分だけ体験になるし、経験になるし、笑い話も生まれるはずです。それを楽しみましょうと。楽しまなければならないというよりも、楽しいなーって思っていると楽しくなるんですね。騙されたと思って試してみてください(笑)

なんでも遊びってやつですね。作業で遊ぶとか、仕事で遊ぶとか、気分転換して遊ぶとか、最後に「で遊ぶ」っていれるのもバカバカしいですがかなり有効です。僕なら書いて遊ぶ、ブログで遊ぶ、話して遊ぶ、色々なことが遊ぶことに直結します。ここでの遊ぶとは、色々と頭のなかで変換させて、どうすると面白くなるだろうかとか、工夫して飽きないだろうとか、何か気づきや発見がないだろうかって感覚を持ってみるってことですよね。これは誰もが出来るはずです。意思とか気合いとか何かしら持って生まれた能力とは関係ないかなと思うからです。

ちょっと失敗して諦めることが悪いことかというとそうとも言えないんですよ。矛盾していなくて、そういう「ちょっとの失敗で諦める」ことで、そういう反応は向いてないってことを明確にするからです。全てのことに対して僕は粘っていると思いますか?それはないんですよ(笑)全てはない。でも、色々やっていると、これは言語化が難しいですが、「これは粘りたいかもな」と「これはまあ諦めちゃうか」みたいなのが分かれます。経験といってもいいし、サボりといってもいい。なんていってもいいのですが、結果として事実ですが、そういう色々やった結果です(考えて終わったとかでなくて)、その結果によって分けられるってだけです。だからやろうとか、だからとりあえずやるって有効な戦略であり戦術なんですよね。

おわりに

東大生の特性から入ったわけですが、やはり上手くいっている人は多分短期的にはめちゃくちゃ失敗しています。見えないくらい。瞬きみたいな感じです。「あっ」みたいな感じで失敗している(笑)それが多すぎるとさすがにたまに「まばたきしたね」と見えますけど、僕もこのブログを書いている間に失敗しているという感じで捉えてください。つまり常に失敗しているので、失敗を意識しなくてもいい。呼吸とか空気みたいなもので、呼吸をたまに意識するのもいいですが、集中しているときに自分の呼吸は無意識になるはずです。それがポイントです。

そのように呼吸のように失敗する、そうすると「あ、呼吸した」なんて言わないですよね。逆ですよね。「え、呼吸してないの?」って。つまり、「あ、失敗した」でなく「え、失敗しないの?」ってなりますよね。失敗してないのに学んだとかはないですし、失敗してないのに深まったもないです。失敗してないのに適切な方向は見えないと。失敗をしろっていうよりも、行動や動いて試すって感じですね。行動や動くことで、失敗がそこにあるので。当然失敗でなく、うまくいくこともあるし、失敗の中にも色々あるので、失敗or成功で片付けるのも勿体ないわけです。むしろ世界はそんな二択ではないし、二元論ではない。もっとふわっとした、どちらでもないものもあるし、どちらでもあるものもあると。ファジーで曖昧な評価こそがこういうところで役に立つ気がします。

というわけで失敗に対する感覚で色々と書いてみました。僕が思うのは、失敗を意識するとあまり動けなくなるけども、とはいえ遠くを見すぎても分からなくなるというのもあります。このバランスが絶妙に難しいですが、最適解なんてないので、今はこんな感じかなーとか失敗モードで、今はこっちかなーってことで色々と検証モードで、次はこっちかなーということで収穫モードで色々と学ぶとか、なんかモードを切り替えたりしても面白いですよね。まあこれもコントロールするというよりも、結果的にそうだという感じが強いかなとも思いつつ。

何か失敗に対する感覚が変わればしめたものです。変わらなくても失敗自体って冷静に考えると「失敗」的なものってあまりないので、失敗が前提となる友達になる(笑)ことですよね。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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