不測の出会いを反面教師として学び切る

アンチパターンとして、なぜ駄目かを考えてみました。

特定するのが意図ではないので、そこは触れず、どういう思考でなったのだろうかを推測を交えて考えていきます。

テーマとしては、反面教師から学ぶでしょうか。

ぼやき風な軽い読み物です。

似たような文章が多い電子書籍との出会い

電子書籍自体はkindleで薄い本であっても電子書籍です。この本でありながらというギャップを活かしたマーケティングだーというのはありなのですが、悪貨は良貨を駆逐するという言葉があるように、実はそれによって質の悪い本がはびこる可能性も高いです。

これについては警鐘とか鳴らせなくて、僕自身が質が高いものを書いているかが問われるからですね(笑)自分が出来てないのに人を批判すると揚げ足を取る以上に、土踏まずレベルの自然な「揚げ」状態も取られる世知辛い世の中かもしれませんね。まあいいでしょう。

以前kindle unlimitedで見つけたのですが、ある本群(本が多数ある)を見つけました。ショックなのは、その内容がただ著者の経験値や体験ベースが低いから面白くない本なら「そんな本もあるよね」で終わります。が、なんと著者名が複数あり、大量に本を出しているという事実です。

仮にこれが別の人ならパクリで問題ですが、同じ人ならなぜそれをするのかという感じを受けます。

なお、小説家など作家で複数の名前を使う人もいるので複数の名前が悪いとかペンネームが駄目ということではないんです。問題はその名前を変えてたくさん出すという人がいることにショックというか、衝撃を受けたということです。

独自調べでなんと約200冊。現在も増加中

昨年末あたりに出会ったため、さっと調べたところ200冊も本がありました。1冊あたり1万文字に満たないものが多いです。1万文字というように文字数の多さで何かを言うのでないわけですが、書籍となるとある程度のボリュームを求める人も多いでしょう。これは読者と電子書籍に対する価値観で決まりますから、kindle unlimitedではある種暇つぶしで読む人も多いかもしれません。それらはよく分かりません。

もちろん暇つぶしだろうが、スマホゲームもなんでも、消費されればオッケー文化というのはあって、それが悪いとかという話ではありません。あくまでなぜ量産していくか、そしてその動きは反面教師的に捉えるという考えです。

再度調べなおすと、驚くことに約50冊ほど増えていました。おおよそ9ヶ月で50冊ですから、1ヶ月で5冊のペースです。ものすごいペースと言えますが、ぶっちゃけそこまで全く違うテーマで書くことって相当の猛者です。また同じテーマでも辛いです。濃さがない、薄すぎるカルピスになるというか。

当然内容は薄いわけですが、量産するにあたっては、もちろん出会った時はその本は読んでしまったのですが、いい言葉書くなあと思ったら、ほぼパクられたものだったようです。

パクリとは定義は難しいですが、一方でアイデアに著作権がなくても、自分が考えたものと同じであるかのプロセスが見えないならそのまま持ってきたと言われてもしょうがないですよね。アレンジを加えるとか、解釈をしていくことで、世に出た本から影響を受けてその解釈をしていくことでというのが普通かなと。

ここでいう普通とは、自分の頭で考えてその言葉を書き、メッセージを伝えるということです。借り物の言葉で飾られた文章は人を惑わすことはできても、動かすことはできない。惑わすとは、不覚にもそれで動かされた!と思ってもその人の言葉ではないから、ただの代弁者に過ぎなかっただけなんですね。

その人からの文章を継ぎ接ぎして作られた本だからこそ量産ができます。自分の言葉ではないからこそ作られ、だからこそパクツイじゃないですが「自己承認欲求」を満たすためだけの遊びみたいな。ゲーム感覚かもしれません。おっとゲーム感覚って悪い意味ですが、ここでは「実際に認知を1mmも感じてない、幻想世界でリアルではない」という意味であって、ゲームを攻撃する意図はないです(笑)

量産で間違って読む人からのおこぼれ収益モデル

モデルというほど優れていませんが、ある種下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論です。10冊くらいは常人でも量産できるぞーと思うんじゃないかなと。僕もです。でも、書いていくうちに(正確にはコピーしていくうちに)、これってまずいじゃないか、というか面白くないし、誰が読むんだろう?しかも俺の言葉じゃない(笑)

となると、クリエイターとか何か作ることを楽しいという人はまずやらないでしょう。これは創造的行為でなく単なる作業タスクです。

しかし30,50,100,200次は300冊も書けば、実際にレビューがつきはじめます。内容がほぼ一緒だろうが、同じや着回しであっても、その最初に目が触れた一冊を読む人は客観的な出会いがあるからです。まるで無垢な大学1年制に英会話教材やら宗教を売るみたいなものにしか思えません(笑)

全部はもちろん見ていませんが、良い評価をしている人もいるし、悪い評価をしている人もいました。これもごく当たり前かもしれません。

僕としては、良い評価をした人は確かにそう感じたんだろうけど、著者自身の言葉ではない可能性が高すぎるため、代弁者としては良いんだけどなあというところです。つまり、紹介元や参照元が書かれていれば代弁者となり全く違う価値になるんですが、そうではなかったかと。オリジナルのように書く、でもそれは著者の言葉ではない。よってこれは著書とは呼べないわけですね。

悪い評価をする人のレビューは確かに駄目という感じですが、一方で著名人が書いても同様のことになるかもしれないという感じもします。難しいものですね。

そしてこうやって間違って買ったり、読み放題で読む人がいるとそれらが著者に入ってきます。かなり金額は少ないはずですが、最近見たニュースでは、読んだページをちゃんとカウントしているわけでなく、1ページ目→300ページ目と飛ばしても読んだみたいなことになるとか。それはないとか思いつつ、ガセであることを信じたいですが、一方でそのニュースでは、その行為をしたら著者がお金を出すということから、マジネタっぽいなあと。

要するにお金です。微々たる額であっても、そこから惑わされた人の数(笑)だけ利益になります。ひどい話ですが仮にこのお金を狙わないならやる動機づけが僕には分かりませんでした。

反面教師としてやけくそ的に学ぶ(笑)

問題点は多数あります。一方であえてここから反面教師として学ぶとしましょう。せっかく調べたのだからもはややけくそです(笑)

1.ユニークな取組みを学ぶ

実際にこの手のkindleマーケットで認知を得るのは正しい手法です。しかし、今まで見聞きしたものだと、ランキングで無料でもなんでも入るか、またはメールマガジンなど何か誘導するかしかなさそうです。

そういうマーケティングだーといってやる人でも、頑張って30-50冊くらいが限界でしょう。それを軽く超えてくるスピリットはものすごいなと。違う点に活かして欲しいのだと感じますが、ユニークさはある方なのでしょう。実に惜しいしもったいないですよね。

2.自分のためにやりきる

お金のため、自分のためにやるということをやりきっています。これなかなか出来ません。泥くさくやるとはこういう点がありますが、間違った使い方ですがそういう点はあるんじゃないかと。

他人のため、人のために届けたいといって、それは本当に嘘で(笑)自分のために惑わされてねという。皮肉過ぎますが事実でしょう。

仮にお金のためでないなら、もっと順当なやり方があったはず。少なくともパクる、焼き回しをしたり、たくさんの名前で作るとかってないはずです。

信頼を集めたいとか高めたいなら、むしろ同じ名前で認知をあげていくほうがよく、ストックとなります。また切り口もたくさんある方が良いので、それはタイトルを変えて内容が同じものは、単に釣りでしかないので、ファンが増えそうにありません(笑)

頑張ってみましたがこれくらいしかありません。その行動自体は駄目だけど、行動していく姿勢や意識だけはいいのではないかというところです。

信頼のストックは一朝一夕ではない

親しい人とトラブルになった場合あなたはどうしますか?心を尽くして何か言葉をかける、行動で示す。そのくらいしかありません。僕もそうです。

僕が言った言葉に全て責任持ってーみたいなガチガチな話ではないですが、一定程度責任なり、範疇がありその中で生きているし、信頼とはある種依存や頼める、頼まれる関係でもあります。

またファンとはその人の魅力、人間性、この人なら騙されても文句はいわない(惚れた!)みたいなことでしょう。そういうファンをあえて騙す人は微妙ですけど、それくらいの関係性はあるかもしれません。

露出をして、認知を増やせば確かに露出と認知は増えます。しかし、そこの着地に認知するものが材料がしょぼいならやはり駄目です。コンテンツマーケティングなんてことをえらそうにいえませんが、コンテンツが命ならコンテンツも大事ですから、やはりそこにたどり着いた人が「惑う」だけであって、絶対に次はないです。むしろ、言わないだけでものすごい吹き溜まり(笑)みたいなものが溜まってて一斉に駆逐されるかもしれません。

村上龍が書いてた小説にあるように(確か69)、幸せはぬくぬくと見えるように育っていくけど、不幸はある日突然やってくるというフレーズがあって、その通りです。信頼はそこまでぬくぬくみえないけど確実に育ち、駆逐はある日一斉にやってくるかもしれませんね。

もちろんこのような信頼ストックや信頼残高的な話はこの方には通用しないはずです。信頼を得るということを知っていればこのような悪手はやらないからですね。

やってもうまくいかないときどうするか?

よくありがちな話に「やってみたけど駄目だった。色々やても駄目だった」という時、「それってやり方が駄目だからだよ」みたいな指摘があります。

実際にやり方が駄目でもその駄目な理由が分からないことが多いです。あとやり方が駄目でなくても失敗することも多いです。

正しいやり方をすればうまくいくのはかなり眉唾です。何が正しいとか、良いやり方かは常に変わるからです。むしろ、やり方以前の考え方やどうやるかの話ではないかと。

例えば、勉強のやり方ってある程度決まっていてそれをマスターすれば大体出来るっていうのはあると僕は思っています。が、このやり方をマスターするまで行かないのと、自分だけではたどり着けないというのがあります。一方で自分で出来る人もいます。この時、まさにやり方として、ビジネスのやり方なり商売のやり方が、勉強のやり方と似ていると。

とはいえ、勉強のやり方も何かゴールなり目指すものがあるし、ビジネスも然りです。だから詐欺的ビジネスがあれば、人を幸せにするビジネスもあって、それらの詐欺VS幸せとかでもないんですが、バランスが取れているのが社会だなと。それは動的であり常に動いている気がします。

最近あるニュースで投資詐欺で捕まったみたいな話を聞いたのですが、この詐欺師は相当魅力的だったかもしれません。引っかかるなといわれても、こういうパターンはどうでしょうか。「投資は人で判断する。こいつは悪いやつじゃない」と信頼を得たらやりたい放題ですよね。倫理観があれば仮にやりたい放題でもやらないのですから、倫理観がなかったで終わる話です。騙される方は被害が出るし溜まったものではないんですが。

これも単に「人で判断すれば絶対いい」ということではないんですよね。文脈や状況によります。急いでいる時には走るし、落ち着きたい時はゆっくりする。全ての文脈に言葉としてのノウハウや知識が当てはまるわけではない。ものすごく基本的なことかもしれませんが、このアテコミや解釈ができなければ全て情報となってしまって使えないのではないかと思います。

蛇足でもう一個いえば、背水の陣でやれば馬鹿力になるということで必死にやります。でもこれも実は背水の陣だから、もう気力なくなって終わるということもありえます。韓信だったか忘れましたが、背水の陣を敷くのは兵法的にNGか筋が悪い中であえてそれを使うという使い手の妙です。慣れてない人がそれをすれば、兵士の士気は下がって逃げるし、そもそも「そんな追い込みをするなんて信じられないからついていけない」というわけですよね。これも文脈や状況次第であるといえます。だから追い込んだけど失敗した話と、追い込んで成功した話は実は均等に見ないと不公平かなと。

話を戻します。うまくいかない時はどうするか。実はこれも正解はないので、今回の話で言えば自分が書いたものがどういう内容だったか、想定した読者に届いたのか、手応えはどうかを一個ずつ見ていくしかないでしょう。そのうえでどうするかを文字通り「考える」しかありません。

考えなしに何か勝手に良くなればそれは運と偶然で再現性はありませんから、「また対応できます」とはいえないし、「次できます」とは言えません。言える人は相当の肝っ玉ですが、信頼がそこで生まれるのかというと皆無でしょう。

魅力がある人は応援しよう

全く逆の話です。

自分がいいなと思った人、店、サイト、サービス、町、家族。なんでもいいんですが良いと思ったら褒める、とか応援する、通う、間接的に支援する。なんでもいいんです。

そういうことをするとものすごくいいでしょう。魅力がない人にそれをあえてすることをするなら、自分が良いと思った人にそうしてください。すると循環が生まれるからですね。

この著者に合うことはないでしょう。しかし万一合うことになっても面白い人ではないことは確かです。それはあえて隠しているなら、あえて「ビジネスのためにやってる」というのかもしれませんが、それは言い訳に過ぎません。ビジネスは色々あるわけですからそれはあなたが考えた質の低いビジネスでしかないわけですからね。

もちろん電子書籍を書いて稼ぐということは悪くもなんでもないんです。問題は内容とやり方でしょう。こういうのはなんでもそうです。仮にうまくいってたらこれは単なる嫉妬になるし、うまくいってないならただの反面教師の材料の二択になるかもしれません。

今回はどちらかといえばせっかく出会って、良くない出会い(笑)だったでの消化して終わるという感じです。

おわりに

僕が面白いと思う人は大体分かってきました。人生生きていれば見えるものはあるもんですね(笑)

  • 何か独自の理論なり、考え方で世の中に向き合っている人。仮に逃げているように見えてもしんがり的な場合もある。
  • 自分で考えて動いて試したことを活き活きと話せる人。
  • 独特の世界観を構築している人
  • 何かチャレンジしている人。そのレベル感は何でも良かったりする
  • 人への愛がある人。人が好きな人

こういう人は魅力的で愛くるしい人です。そういう人とつながっていくことで僕も幸せになるし、僕もそういう人を幸せにできると思っています。

インターネットもそうですが、世の中にはいろいろな人がいます。出会ってしまうことも奇跡ではなくなってきました。それが常に良いことだとは限りません。またそういう自分が望んでないものに出会っても、ぜひ反面教師だーということで、学びポイントを見出してあとは消化して終わりましょう。

実際に他の方も同じことを思わないのだろうかと思って調べたらやはりいくつか同じようなことを書かれている人がいました。やっぱりなあと思う程度で留めておきます。仮に上記内容でわかったとしても、あなたの頭の中で留めておいてくださいね。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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