ビジネスの作り方に正解はなさそう

文字通りなんですけど、こうすればビジネスができるとか、商売が出来るという固定概念をもっちゃうと駄目かもしれないなという話です。

もちろん自分の経験のみしか信じないのも狭いですが、とはいえ言われていることが事実ですといったものを信じるかもまた危ういですよね。つまり検証して試行錯誤しては消えないですよと。

なぜかそれを手抜き始めるとホイホイと怪しいものに惹かれる気がします。ちゃんと自分で考えているならば、手抜きがないので「おいおい、それはないよ」という一笑に付す扱いが出来るからです。

最近やっているサービス開発からいくつかトピックを立てて気づいたことを書いてみます。また一連のものはざっとまとめたいので、気付きが色々あるぞっていう共有となります。

お金をかけずにまず自分で試すこと。自分のアイデアが試せる世界はエモい。

当たり前ですけど、僕が企画が得意とすると、不得意な人がいますよね。その場合不得意な人から企画をもらったほうがハッピーになりやすいです。ただこれも丸投げとかは別なので仕事としてフェアにやれるかは別問題なんですよね。とはいえ、そこを注視しつつどうやっていくかがまさに試行錯誤です。正解はこうですっていうのがないですね。

人によっては丸投げされるのが好きな人もいるっぽいですし、そのあたりも確認していくしかないということですね。

得手不得手があるということはどういうことか。当然解像度も変わります。得意な人=解像度が高いのでより細かく見えます。壁打ちからそれらは明確に、断言出来るので、解像度が低い人のアドバイスは文字通り曖昧です。それが悪いとかいいとかでなく、実際にそうなっていることがわかっていれば、バイアスが分かるし見えるんですね。

だからこそ、解像度が高い人が言っていることが良くわからないなら、それを伝えるなんて仕事もできるし、解像度が低い人から意見を集めることでサービスの手応えが分かったりします。解像度とはここでは何をするかによります。

ここらへんが面白いのですが、パン屋に1年でなりたい人がいるとします。どう定義するかですけど、それをパン屋に10年かかった人にはアドバイスを求めないでしょう。またパン屋になりたくない人やなってない人にもアドバイスは難しいですよね。あとありそうなのは、パン屋の人で最低3年かかるということでダメ出しされるパターンです。これは悪くないのですが、ここで固定概念とどう向き合うかです。パン屋に誰でも1年になれるサービスを作るか、または一定程度出来ると思うなら検証していけばいいとなります。批判されることもあるのでそこへの耐性は一定程度入りそうです。

ただ、世界はオセロではないですけど、仮にあなたが1年でパン屋になれるサービスを作ってしまったら、あとから掌返しで「いや、俺も出来ると思ってたよ」という人はワラワラ出てくるはずです。不信感になるかもですけど、人間ってそんなものかもしれないです。悟りでいきましょう(笑)

実にここまで考えるとシンプルです。あなたが考えた概念、アイデアを試すかどうか。そしてそれをどこまでやってみたいと思うか。そして世に出してみていけるかどうかと感じるか。わりとあなた次第ですが、ここにお金を入れると結局誰かからの支援、融資とか投資とかになるので混乱しやすいですよね。なければ、自分サイズでいいのでやってみると。この実験は小さいと思いがちですけど、非常にシンプルですけど強力な気がします。

自分が考えたものを試す。それってめちゃくちゃ面白くないですかと。これが面白いと思うならこんな記事読んでないで早速何か試してみてください(笑)パン屋に1年になるネタは適当ですのであるか知らないですが、そこで刺さったら文字通り「どうすればできるか」を考えてみるということですよね。

ちなみに、本当に無理な無理ゲーもあるので、そこは経験値が低いと判断しづらいです。たまにこういう無理ゲートラップもあるので、人がいってたのでなく、あなたがどう感じたか、そしてそれを自分で検証可能な領域でやれるかがポイントです。信じ込まされる、無理に営業かけて思い込まされるのは罠ですから、まずお金をかけない、自分の時間でやってみる、小さく小さく試すのがポイントですよね。

これわりとまともな人なら言っていることで、いきなりお金とかなにか言い出す人とくにその発言者に「お金を出せ」という人はまあご想像におまかせします(笑)

誰かの課題を解決するだけでも超役立つ

ビジネスについて悪いイメージがあると勘違いされるのですが、誰かの課題を解決するのがビジネスなんですよね。それを仕組み化したりする。非常に面白いと僕は思っています。

「だけ」と書いたのですが、誰かのつまり、パートナーのでもいいし、友達でもいいし、困っている人を見かけたのででもいい。その人の課題を解決したら、あなたは価値を提供しているのですね。

くどいですが、「誰かの課題」を解決していることにたまに気づかない人もいるので、そこは自覚的でいいと思います。もっといえばそれが抽出できるか、抽象化できればもっと面白い仕組みが出来るかもしれないですよね。

例えば、最近道を聞かれました。駅構内での話ですが、反対方面に行くには?ということで、分かりづらかったようです。そこを教えると喜んで頂きました。これなんて本当に小さな課題解決です。多分誰でもいいのでしょうが、「おっかない」人や「なんか怖そうな」人には声をかけないですよね。あとコミュニケーションがしやすそうとか。偏見も入るわけですけど、まあそんなもんです。

ここで駅員さんがいればいいわけですが、すぐいるわけでもないので、そうすると近くにいた人で止まっている人、僕はその時自販機前で買おうとしてたので、という感じですよね。

その時のタイミングで使いたいものがあるときに「価値が最大化」すれば、道に超詳しい人やプロの駅員さんではなくても対応できる=価値を訴求できるという話です。

くどいですが、この感覚が非常に大事です。シゴトづくりっぽくいえば、自分の大したことがない認知があることに対して、他人が喜んでくれること。ここがいいポイントってことですね。

自分なりのやり方を試す。アイデアを試すというのが正しい

例えばサービス開発、事業開発色々やり方とかフレームワークみたいなものがあると思います。まずアイデアを出してとか、ないなら探してから始まり、検証して、ニーズあるか、価値を伝えられる物作って、どうなるか。

これらのやり方は確かにそのとおりであるのですが、実際はどうかは別です。フレームワークって枠なので、フレームでしかなくて、中身はあなたが入れるし、入れたらフレームが変わることもあるわけです。膨らんだら中身を減らすとか、少ないなら増やすとか。伝わりますか?

例えば、LPを作らなきゃいけないってなったらどうしますか?誰かに依頼もありですが、その人に伝えられますか?ふわっとしたイメージしかない時です。その場合、自分で作ったほうがいいでしょう。最適解は常に変わるので、最適解なんてなくて、だから「正解」がないてことですね。

例えば、素人が作ったLPはプロが作ったLPよりひどいでしょう。でもですね、上の道を聞きたい話でもいいましたが、「何を求めるか、目指すか、得たいか」次第です。道を聞く場合は、方向さえ、どこにいけばいいかわかればいいので知っていれば誰でもいいんですね。何も経度緯度とか複雑なニッチな場所を聞いているわけではない。同様に、LPも伝わればいい、世界が見えればいい、サービスがつかめればいいわけでして、綺麗にする意義ってわりと後ですよね。いや伝わる意味でのデザインはめちゃくちゃ大事です。ただ多くは、デザイン以前にコンセプトやアイデアや考えがズレていたりするので、見栄え>コンセプトならやっぱり駄目でしょう。

つまり、そのターゲットとするユーザの課題解決的なこと、豊かにするでもいいし、それは何でもいいのですが、それがなければ、デザインは見栄えでしかなく、むしろミスリード(勘違い)となり、最適なユーザー、ターゲットに届かないので、わりと微妙な結果となるわけです。

こういうと「デザインは要らない」とか誤解する人もいますがそうはいってなくて、必要以上のデザインは要らないってことです。では、必要かどうか、その解像度として、ボタンにこだわるとか、レイアウトにこだわるとか、パディングやマージン、画像やフォント・・・まあいくらでもできるわけですよ。論理としてそのボタンの色で世界観が変わってターゲットがずれるならそうすべきです。でもそうは考えないならイジる必要がない。下手すればボタンって書いた文字でもいいいくらいです。

それくらいまで注ぎ落としてどこを訴求すればいいか。まさにこれはデザイン的な減らす考えですが、減らしていってどこまで消せるか。

これは正解がないです。だからこそ、面白いと思えないと辛いのではないかなと思ったりしました。楽しい人はこれをわりとぐるぐるやれるって感じですよね、きっと。

そして、アイデアを試すとあるが、まさに中身です。やり方とか参考にしても全然いいんですよ。でも、それやって自分の考え、アイデアがないとか、そこから生まれないなら、ある程度やってということですけど、やはり何もそこからは見えないはずです。真似や見本をなぞることを悪く言ってなくて、それをやって気づきがあるか、違う視点が見えて試したいことが生まれたか。それです。まさにそういうアイデアや気づきが出てきたらそれを即試すということをしようってことですね。

全体設計で引きすぎても、具体で突っ込みすぎても見えなくなる

人によりますが、多分多くの人、僕もですが、その好きなところに引っ張られるはずです。僕は0→1が好きなのでそこにフォーカスしがちですし、あと作るのも好きなので作ると出来るので、作ることをしがちです。でも、作ってもそれ伝えないと駄目ですし、伝えても正しく意図が伝わるかの検証もいりますし、そもそも引いてみて全体は噛み合っているか。

つまりここでも、抽象での全体設計と、具体での個別の動きが求められるってことです。どっちもいるので、どっちかやっていればいいはないですね。自分でやるならばです。チームや組織でやって適任がそれぞれいればいいんです。でも、そういうのってかなり曖昧であり、結構難しいはずです。熱量として、デザイナーはデザインをするけど、そのコンセプトを理解していないと作れないはずです。マーケティングもターゲットがふわっと理解しかできないなら施策レベルのアイデアが出ないはずです。開発するプログラマも多分そのコンセプトを理解していないと、何かズレたものが出てくるわけです。

つまり、チームならそのコミュニケーションとして、コンセプトへの理解が求められますし、コミュニケーションコストが圧倒的にかかるわけです。自分でやるのと人とやるのこれは比較しづらいですが、性格、向き不向き、やりたい感覚で決めていくのがいいのではないかと。

一人でやるときは、全体作って個別を進める、はまらないようにまた引いてみてという繰り返しです。それがある程度面白いかどうか、そもそも楽しんでやれているかですよね。

どっちかで世界が回ればいいですが多分両方のバランスで、あとは苦手なところを各所で補うとかそういうことですよね。

自分で試している人は自分の理論がある

最近はこれを感じます。自分でちゃんとやっている、つまり自分で考えて検証してを繰り返している人は、自分なりの理論があります。難しい理屈ではなくて、自分で説明できるとか、根拠があるとか、経験値や考えた証左があるみたいな感じですかね。当然行動量が増えているので、試行回数が多い。失敗も多いがその分学ぶので固まっていくイメージですね。

この理論は実はサービス開発とか関係なく、企画もそうです。仮説を立てて考える癖があるかに近いですけど、なんでこうなっているのだろうか→実はここと関係があるのではないか。そういう予想、推測を立てていって、可能な限り検証している。そこで想像力と行動の展開可能性が広がります。全く考えてないか、考えが浅い人より速い行動と質も高くなるわけですね。

得意パターン、十八番(おはこ)といってもいいわけですがそれにはめるのもいいですよね。ハメていけば展開可能とか。それまでは大変だけどね(笑)みたいなのもいいですよね。その得意技化するのも時間がかかったわけで、大いに自分の武器として使っていけばいいと。

僕なら、新しいサービスを試すことはそこまで意味づけしてなかったのですが、やはり自分が作る上でその体験値はめちゃくちゃ役立っています。ないならストックもないので、世界をものさしで測れないか、ものさしがないとか知らないで明らめてしまう感じですよね。あるから、なんか踏みとどまれるとか、違う視点やアイデアをとなる。

ある種精神論もあるのですが、どちらかといえば仕組みに近いですよね。ストックやインプットとそれらを考えるアウトプットを繰り返すからこそ、やはり一定のリズムやパターンにはめて考えるので思考が楽というか。

抽象と具体もそうです。抽象によりすぎているとなんか見えないし、解像度が低いですよね。その場合具体で動けばいい。具体で動くとなんかこれってどうなんだろとなる。そういうときは引いてみて、図で整理したり、考えをまとめてみると見えてくる。その繰り返しですね。

おわりに

世の中には色々なことが言われたりなんか便利そうなものが溢れています。まあそういうのが悪いとかでなく、基本としてまずそれで自分が考えてみてどうか。分からない、深まらない、なんか動けないならやはり道具が合ってないかもしれないですよね。ではピッタリくる道具があるか?多分ないということです。この場合道具に正解があるという思想が誤っているってことです。

正解はない=そんな自分に最適な道具はないので、自分でカスタマイズする、検証していく、そこでじゃあこの金槌は壊れやすいから丁寧に扱おうとか、この場合は自分で道具作ったほうが多分最適なんだよなあとか、そういうのを蓄えていくことがまさにサービス開発でもあるし、企画でもあるなあということを強く感じたという話でした。

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