自ら考えてビジネスを行う「副業」が少ないのはなぜか

ちょっと最近副業という言葉を見かけるので考えを書いてみます。

結論

色々あるのですが、以下でまとまりそうです。

  • 副業はパッケージ化されており、練習や基礎としてはありだが、型を覚えたら脱却する必要がある(非パッケージ化する)
  • 自ら何か起こして動ける人はいつの時代も少ないので、周りはあまり参考にならないことが多い(パッケージ化された枠や世界にいる人はそもそも話が理解できない)
  • 副業だろうがなんだろうが、入り口として、自ら考えてビジネスを実行しないと金銭的にも精神的にも得られるものは少ない(だから、自ら考えて動いていこう)

となります。

あまり面白い話ではないかもですが(笑)

世の中の副業はパッケージ化されている

まず副業の定義ではないですが、世の中的には、一般的ってことですが、副業といってイメージする「具体的な仕事」があります。これって実はおかしいのですが、例えば「本業」というとき、具体的にイメージする仕事ってないですよね?(笑)

つまり、2000職くらいあるので、私は人材派遣会社に勤めているとか、工事現場で監督をやっているとか、トラックドライバーだとか、これらの数々の仕事を全て具体的に想像できる人はほぼいないはずです。職業図鑑みたいなものがあるわけですがそういうのを「これです、あれです」といって選ぶっていうのもちょっと違いますよね。あまり突っ込むと長くなるのでこの辺で。

というわけで、上のスライドで書いたように、

副業って数として多く認知されているもの、これが社会的なイメージであって正しいとかでないです。それは、パッケージ化されたものです。パッケージとは、コンビニで例えばポテトチップスみたいな商品があるわけですが、大きさとか色々あれど、ポテトチップスをとにかく買えば満たされる。ある種具体的欲求と充足がセットになっている。そういうものです。

分かりづらければ、「あなたが水を飲みたい」なら「水」という商品がある。商品化といってもいい。実際に、労働=労働の商品化というところがあって資本主義が成立しているので、まさにこの考えはザ・サラリーマンなんですよね。

具体的な仕事は何かと言うと、転売とかせどり、アフィリエイトでも、ブログでも、LINEでどうこうとか、SNSとかYoutubeとか、いくらでもありますよね。副業本みたいなものをこれを色々それっぽく説いているわけで、そこには触れませんが、それらを知らないならなるほどくらいですが、本質的ではないのは言うまでもありません。

なぜなら、これらは商品化されたものでしかなく、コンビニでアイス、ポテチ、弁当、唐揚げみたいに選んでいるからです。本質的とはここでは選ばない、つまり自分で考えることを意味していますが、パッケージ化された商品を選んでいることで、ある種充足を狙っています。そこに矛盾があります。

やや言い回しが面倒ですが「副業を既にあるものから選んでいる時点」で罠に落ちているわけです。

これらはサラリーマン的なものといってもいい。つまり、本業がサラリーマンであれば、労働も商品化されているので、あなたは時間を提供して売っている。その延長として、副業もパッケージ化されたものを買う、選ぶ形で選んでいる。これが「世間的な副業」かなと僕は考えたわけです。

ちなみにこれらをやる人を批判するとかはないです。ただ問題は、これらの人が「成功者」として、「あなたもどうですか」という図式があるわけで、これはとても「資本主義」っぽいですが、商品を選んで満足する人が多いので、いわゆる「副業本を読んで副業で成功する」人はごくごくまれでしょう。それでも「稀」でも、成功すると成功者バイアスとして「あの人はよくやったから出来たんだ」となるので、これはもう回収しようがないと。

ビジネスとしての副業

一旦、世間的な副業はそれくらいにしましょう。

次にあるのは、これはそもそも数が少ないのですが、前調べた限りでは1%つまり、100人に一人くらいのレアケースです。副業でビジネス的な視点を持つ人は1%とレアかも

ここでおさらいすると、副業をする人、つまりサラリーマンで何かサラリーを得る本業以外で副業をしている人はわずか1割程度でした。よって10人に一人です。また起業家でもレアケースで、副業としての起業家がいて、これらの人も1割程度でした。よって、100人に一人ということで、この妥当性はおいておいて、肌感ではそれくらいだろうなと僕は思います。少なくとも、ビジネスとして副業する人がゴロゴロいることはないということです。

次に、これらの仕事は、非パッケージ化です。つまり先程のように具体的な事例を挙げるの難しいです。あと挙げたところでそれは真似しづらいです。そして、ここで問題は「副業」なのだけど、ビジネスなので、ほぼ起業、自分で何か仕事を生み出す、価値を作り出すところが主眼です。

だから、その時点ですでに違うのですが、世間的な副業がパッケージ化されたものを選択して何かお金を得るみたいな印象があります。それに対して、ビジネスとしての副業は、自分でそれらの価値を作り出してお金なりを得ていくこととなります。

ここに、僕は「断絶の罠」があると思っています。前者の副業が数が多く露出が多いですから、そういうイメージで語られます。多くのまともな人におっては、これらは「罠」に見えるし、多くは罠ですが、だからこそ「副業」のイメージはすこぶる悪いわけですね。記号としての副業はもはや成熟というか、イメージが良くないくらいかと僕は思っていますが、まあこれはイメージの問題に過ぎません。

この罠を認識して、本質的なビジネスとしての副業に行ける人は、レアケースということです。

留意したいのは、ここでは「副業」という縛りを入れていますが、純粋な起業でも、結局成功率が低いのであれば、博打みたいなイメージがあるし、投資もリスク・リターンがあるので、その感覚が正しく伝わらないと、イメージでしか語られないわけです。例えば投資は怖いとか、起業は博打だみたいなことですが、これが未だにそう思われるのはここでいえば「体験者」が少ないからで、罠にハマった人があえてそれを乗り越えて本質にいかないという構造にあるからだと思います。

副業をする人が少ない

ものすごいざっくりですが、多分日本での労働人口は5500万くらいです。多少ずれているかもですがそこは目をつぶって調べてください。

次にサラリーマン、つまり勤める人は圧倒的に多くて5000万くらいはいるかと思います。実際には経営者や自営業者は500-700万くらいで、多分7人に一人くらいかなと思います。経営者っていうのは社長とかですね。

まず、経営者などが少ないのは資本主義社会だからかもしれませんが、実態として多くの人は勤めています。実際には勤め方が正規非正規みたいなものもあったり色々ですが、そこは置いておきます。

それで、そういうサラリーマンが多い中で、副業をやる人は10%程度と言いました。仮に5000万いても500万人程度なんですよね。これって経営者規模と合致するのが面白いですが、まあそれくらいのイメージでもいいでしょう。

この500万人が、世間的な副業者ということになります。そして、レアであるビジネスとして副業する人は1%としましたが、これは算出が難しいです。サラリーマンでありながら、起業家なので、重なるからです。よって正確性はないですが、500万人の世間的副業者のうち1割で50万人、経営者などからでも500万人いても50万人。これらは重なるということで、50万人くらい「しか」いない気がします。

ある種ハイブリッドなわけで、新ジャンルな感じもしますが、そのとおりで、こういう人が周りにいればものすごく面白そうですね。実際にはあ、世間的副業者がいるだけでもレアですが、スーパーレアな感じがします。

この数字というか規模を上げたのは、ここで世間的副業者のイメージが強いのは、数としてそういう人が多いからであって、それで世界が成り立つわけではない。ただそういう人が多いだけでしかない。多数決みたいなものと思ってください。明らかにその意見や考え方がおかしいのにと思ったということはありませんか?その時数で判断するのは危ういはずですが、数が多いと支持者が多い=正しいみたいなことがあります。実はそうでもないかもしれません。という視点が必要です。

ここで、別にビジネスとして副業をする50万人の人が正しいのでなく、レアということです。一方でレアだからどうでなく、本質的に考える人は少ないのだなということが判明するわけです。

世間的副業は初期の鍛錬として使える

僕の考えとして、世間的副業を批判するだけでは意味がないので、これらをどうするかということです。

別にメルカリでお金を稼ぐとかが悪いわけではないですし、せどりしたいならすればいいわけです。FXや株式投資は僕の中ではちなみに副業ではないです。友人に投資をしている人がいますが、彼から「副業」でという言葉は聞いたことがないからです。これらはリスク・リターンがあるのでそれをどう捉えるか、考えるかをもってして出来ることでしかないので、「作業をして得る」とかではないんですね。まあこれらの考え方は色々でしょう。

僕の考えを述べてみます。

まず、メルカリとか転売とか、ブログとかYoutubeとかなんでもいいのですが、そういうパッケージ的なものはアクセスがしやすく情報が多いですよね。それが正しいのかは自分で確認すればいいので、妙なお金を出さずに自分でやっていけばいいと思います。

それで、そういうものは初期のビジネス経験が足りない時の、練習、鍛錬としてトレーニングとして、練習場としてやったほうがいいんじゃないかという考えです。だから、ビジネス経験がないならまずはそこで積むと。それで型が見えればそこから離脱して、違うものでやると。そうでないなら、一生パッケージを買い続けることになります。

コンビニポテチを買い続けることがいいか悪いかではないですが、買って仕入れるのでなく自分で作って売るほうが本質的だなというところです。

仮にそれができない、つまりサラリーマン的思考であればおそらくこう考えるはずです。「もっと儲かる副業がないか」ですよね。これは例えばメルカリをやっても月3万円の売上でしかなく、利益は1万円程度だった。しかもこれを休日やって潰してこれだからきついとか(実際にこれは駄目とは思わなくて無駄な消費を回避できたとか、承認欲求を得られてストレスが軽減されたとかもありますからね)ってことですね。だから別の商品を探す。

この理論だとその人は永遠の消費者であり、お客さんなんですね。お客さんが悪いのでなくビジネスはそれで成り立ちますが、永遠に買うことから逃れられないわけです。ここを飛び越えるのが先の「断絶の罠」というところでした。ここをエイヤで飛び越えられるほど甘いものでなく、それは中長期で考えて試行錯誤してどうかというところで、ここに甘えとしてこれをやればいいはないです。

逆にいえば、そういった商品群からあなたが好きなものを選べばいい。楽そうでもいいし、できそうでもいい。それを選んでやってみて一体何がどのような仕組みでお金になるかを学べばいいわけです。そうなると、本質的にはあまりおもしろくなかったりすると(笑)僕はそう思いますが、そうやって気づく人は自らビジネスをやらなければいけない!とまではいかないですが、そうでないと面白くないわけですよね。僕もそうです。

というわけで、世間的副業からはトレーニングとして勉強すること。それで型を得たら卒業して、自ら考えたものをでビジネスをやることが求められるといっていいと思います。

これは全く新しいビジネスをやれとかということでなく、例えば、転売でビジネスの本質を掴めるかはおいておいて、差額や仕入れマーケット、人とのネットワーク、商品知識、人の心理などを学ぶのはありで、そこから転じて色々と出来れば「ビジネスとしての副業」だと考えています。

ビジネスとしての副業を考える

最後にビジネスとしての副業とは何かです。

例えば本ブログで人気の記事が、フォトACで稼ぐにはどうすればいいかみたいなものだったりします。

これって考えることをしたいんだけど、フォトACという具体的なプラットフォーム上ではなかなか結果が出ない人が多いという証拠だと僕は考えています。

ここで例えば、フォトAC的なプラットフォームをやるのはなかなか実現性は低いでしょうが、無理ではないと。ただここでフォトACでやるという縛りは、上で言えば世間的副業者の視点でしょう。つまり与えられたプラットフォームもパッケージ過ぎないですから。と偉そうにいっていますが、僕もプラットフォームを使っているので、最終的には自身の哲学、信条とのバランスな気がします。だからそれをやるから駄目という話ではないです。

ただ短期的にも使ってもいいけれど、それで依存した場合思考が止まります。思考が止まるとは、どうすればいいだろうかを考えなくなることです。ここは鍛錬ということがぴったりなのですが、プラットフォームを使っても依存しない、他のやり方を模索して自分なりに検証するというこれは世間的副業者にとってのは「ストイック」に映るはずです。ただそれをやればまた違った結果になるでしょう。

自分で考えて、戦略を練ったり、企画を実行することがビジネスでは、ここのビジネスとしての副業に求められます。あるお客さんと話していて、まさにそうだなと思ったのが、ビジネスとしての副業者はほぼいないんですね。副業から入ることで、パッケージ化の洗礼を浴びて、GoogleはSEO対策で汚染されていて(笑)何も有益なものはないし、ただ提供者は自分の商品を売りたいだけとなっているみたいな感じです。

なぜかというと、本質思考がそもそも「副業」と相性が悪いんですよね。もっといえば、副業だろうが本業だろうが、共通するのはサラリーマン的思考です。つまり、誰かが何かをやってくれる、自分でリスクを取りたくない、どこかに正解があるのではないか、みたいな感覚です。

これ自体はサラリーマンであればむしろプラスになるのですが、時代変化によってこれもきつくなっているのが今でしょう。ちなみにこれを過度に煽って、副業しましょうとか、起業しましょうとかは、僕の信条ではないです。やりたいならやればいいのですが、このマインドセットは強くて、断絶の罠が簡単に飛び越せないように、本業をやりながらマインドセットは変わらないので、副業でどこまでやれるかというと、マインドセットを逆に強化する、つまりより今の状態をキープするほうが強いんですね。結果的に今に満足しているが、「起業」「ビジネス」的なことも「教養」的にやりたい人が圧倒的なんじゃないかと、僕は考えています。

というわけで、仮にここでビジネスとしての副業をやりたい人がいればどうするかというわけですが、わりと簡単です。楽でも短期で出来るとかでもなくということですが(笑)

例えば、日々の日常生活をしっかり見てみましょう。不満や何か変だなってことはなにか、そこからですね。それを解決するために、例えばお金をかけずに、解決できないか。またはお金を出してもより価値が得られるなら企業も動きますから。そういうところからなんですね。これが僕は本質だと思います。

それが分かる人は、妙な副業、詐欺的なものも多いので気をつけましょう。免疫が弱いとすぐにやられるのもあります。稼げる副業を追い求め続ける人もいるのですが、そこまでいくと依存症やメンタルがまずいかなと考えています。

そういう課題解決があればそこをどうやって実現していくか、調べたり考えていく。それが自然な起業だと思います。そこにですね、モテたいとか、色々な思惑や感情があっても僕は全然良いと思います。ただそれでやる人が心からやっているかどうかだけで、それがないならすぐ辞めてしまうんですね。持続できないだけですから、よく分かります。

つまり儲かりそうだからとか、心やマインドの部分でないならすぐ失敗するということです。

本質とは、そういう小さな抵抗や多少の失敗も学習に変えていって、次に活かすということです。それが世間的副業や世間的副業者にあれば、それは「既にビジネス」だと思います。それがないならば、やはりそれは商品を選んで買っているに過ぎないというところです。

それが悪いわけでなく、自分が望んでいる、選んでいる方向はどちらか。そして現状は後者のビジネスとして考える人は激レアですよという話でした。

当然これは副業でなく、ビジネスをやりたい、やっていきたいと考えていく人も少ないところで合致する話です。

おわりに

副業でなくても、ビジネスはやはり総合科目だなと感じます。アイデアがあってそれでいけるわけでもなく、実現度が高くてもそれが社会によってメリットがある必要性があります。またそれらの持続性という時間軸もあるし、タイミングとしてミスっているとかもあります。

そういう要因、変数が多いので、本質としてビジネスは中長期なんですよね。短期でやりたい人で唯一出来るのはそういう短期ビジネスを何度も繰り返すことですが、ジェットコースター的で僕は無理なので、全くそういうものに興味がないです(笑)

山っ気があって、ガツガツ行動できる、戦闘好きならいけるのですが、そういう人も結構レアなので、そういう人を見かけても「ふーん」くらいでしておくのが良いと思います。決して自分もやってみようと思ってはいけない、遠くの世界の人と眺めるのが吉です(笑)

結果的に副業だろうが、ビジネスとしてはやはり自ら考えて動くこと。そして自分で知見を得て、学んで次につなげていくこと。これって別にサラリーマンを批判しているのでなく、サラリーマンでありながらそういう考えが出来る人はある程度出世(政治もあるのでできないこともある(笑))するし、評価される気がします。それが見合わないなら、外でやるとかもありますけどね。

記事を書いた人

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
ビジネスアイデアメディア「シゴクリ」運営者。まずアイデアを出すアイデアセッターであり、生まれてくるアイデアをビジネス化出来ないかを考え続け、手を動かすゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談やビジネス企画の実績多数あり。毎日生まれるアイデアから世のために貢献していくスタイルです。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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