やれると思わないとできない話

ある種の精神性を問う話ですが、「それやれると思うのか?」と聞かれた時とか、「それは多分無理じゃないかな」と否定や批判があったとします。その時の態度として、「やはり無理ですよね、諦めます」という人は文字通りやらないし、諦めるでしょう。

他にも、いけるとか、やれるという応答を期待していた人にとってはがっかりすることだと思います。支持者は欲しいが、とはいえ全員ではなくていい。一人でもいいからというとき、その一人が見つからない、出会えないと不安ですよね。

この時、「やめておけば」といわれて、「やめる」という場合でなく、「いや、そうはいってもやりたいのだ。試してみたいのだ」と思えるかどうかはかなり大事です。これはそういう精神性があれば成功するのでなくて、そもそも何かをやる時に誰もどうなるかは分からないので、あまり「やる」前に考えてもしょうがないんですよね。

もちろん相談が意味がないのではなく、やる前に考えることが全部無駄って極論ではなくて、自分がやってみたいとか、やってみてどうかをみたいならやったほうがいいと。そこを殺す、つまりやらないとか、予め否定するのはもったいないと感じるわけです。とはいえ、これはどこか固定的な指標があって決まっていることではないです。正解はないので、ふわっと「止められてもやりたいくらい」でないと、多くはできないだろうなあということです。

アイデアは売れる話をあなたはどう捉えるか?

アイデアは売れるというお話を昔書きました。このエントリ自体は僕が読みたかった話でもあったんですけど、僕の事例も出して生々しい感じがしますが、今読み返したらめちゃくちゃ良かったんですよね(笑)

なんでぜひアイデアを売りたいのだという人はためになると思いますのでぜひに。

さらに、最後にはアイデアの売り方のスタイルも提示しています。ここまでアイデアを詰めて考えている人は結構稀のはずです。そもそもアイデアを売るということが稀ですからね。とはいえ、あくまで僕も稀と感じているだけで、実際はアイデアを加工してどう売れるようにするかと考えてる人は沢山いるんです。カテゴライズや抽象化でミスっていて、うまくまとめられないだけなんですよね。

つまり、小説家はストーリーアイデアを考えて小説にして売ってるしということです。絵本作家もアイデアを絵本にして売ってるというか。この時多分ですが「アイデア」を強く意識しているかどうかだけなのかと。僕はアイデアを強く意識したいのでそうしているだけですが、人によっては企画とか企画書とか、構成みたいなのを意識するかもしれませんし、文字通り小説や絵本という形を意識するかもしれません。でも、本質的にアイデアを形にするところで、どこにこだわるか、自分らしさや自分を感じるかだけなので、めちゃくちゃ主観的な話なんですよね。

それで、アイデアが売れるし、アイデアは売れるのだけというところを信じるとか信じないかはおいておいて(実際は宗教でなく事実ベースで売れたわけですから)、そこを信じてもらえないなら終わりです(笑)そこはスルーして、次の話としては、ではあなたがアイデアを売りたいとか、売ってみたい時どうするかです。

その時の気持ちとして、大事なのは「アイデアをどう売るか、売れるか、売っていくか」という姿勢です。冒頭の話につながるのですが、多分こういう話や記事を見るでしょう。「アイデアはそれだけでは売れない。形にしないと意味がない。行動に価値がある」「起業アイデアなんて売れない。あなたの経験がないのに売れない」その言い回しは色々ですが、基本的にアイデアは売れないということは見かけられるわけです。

一方でアイデアは売れるという人もいます。どちらが正解かという正解の話ではなくて、事実はこうです。「アイデアを売れる人はアイデアを売ろうとするので、何かしら諦めなければアイデアを売る仕事やビジネスを思いついてそれで実際に売れたりすると、アイデアを売れるという認識を持つ」のであって、逆に「アイデアは売れないという人は色々やってみてアイデアは売れなかったし、形にしてないから売れないよねという認知を得る」だけです。

不自然はあるでしょうか?いや、めちゃくちゃ自然ですよね。違和感が全くありません。人は、僕もですが、見たいように世界や社会を見るだけです。スピリチュアルっぽいかもしれませんが、人間の心理だと思います。自分を信じてくれてる人は僕を騙すようなことはしないと願っていますが、100%それはないでしょう。何かがあって騙されるかもしれません。見たいように見る。事実はその後で、とても感情的な判断をしがちです。僕もしていますよ(笑)

そういう中で、「アイデアを売れる」と考えている人は、売れるために売るために、何かをやっています。勝手に売れるとかはないです。行動もアイデアを売るために動いているというだけです。非常にシンプルです。世界が自分のルールや見え方と異なる時に違和感を覚えるはずです。アイデアを売れる人は売れるような世界を見て、売れない人は売れない世界を見る。これはごく自然です。そうであれば、自分が選ぶ、つまり信じる信じないはおいておいて、どっちを選びたいか。それだけなんですよね。

アイデアを売りたい人はそっちを選べばいい。売れないと思う人はそっちを選ぶだけである。これも選ぶことにどうかは全くどちらでもいいというか、その人次第です。僕は、アイデアを売る方を選んだだけですね。それだけで、正解とか、間違っていrうとかはない。

ビジネスや仕事としては買いたい人と出合う必要がある

ここまでの話を踏まえて、アイデアを売るには、そのアイデアが欲しい人と出合う必要があります。つまりこの時、売るのであれば、アイデアは商品化されます。求めるアイデアに近いものであれば売れるし、そうでないなら売れないだけです。

例えば、「炭酸水の炭酸が抜けずに持続するアイデア」を見つけたとします。あるかどうかはおいておいて、あるとします。そのアイデアは誰が買うでしょうか?欲しがるでしょうか?

正解は分かりませんが、例えば炭酸水を作っているメーカーは興味を持つでしょう。そうであれば話をしてみてはどうですかと。そこで面倒だから諦める人もいれば、実際のメーカー自体は窓口があるかないかも分からないので、どうコンタクトを取るか。さらにコンタクトを取ったところで、そのアイデアの有効性が問われるでしょう。文字通りアイデアだけでなくどこまで商品化(アイデアを相手が求めるレベルまで検証することなど)できるかが問われます。それを突破して買われるかは分かりませんが、基本的に相手が詐欺師でなく、お金を持っていてアイデアにお金を出すなら買われるでしょう。

一方でそのアイデアを「炭酸水に興味がない」友達がいたとして、そもそも炭酸が苦手などの人は興味を抱かないでしょう。逆に「炭酸を早く抜いて飲みたい」かもしれませんからね(笑)この時、アイデアとしては買いたい人を吟味する必要があるということです。買いたくない人なら「売れない」ので、確かにアイデアに価値はないんですね。

でもこれは、水を喉がカラカラの人に売れば売れるけど、喉が潤ってる人には売れないでしょう。アイデアに限らずなんでも言えるわけです。欲しいと思っている人に届けるというのは、簡単に言えるのですが、相当地味な話です。あまり選択肢はないので、そこでアイデアを考える、非常にメタ的ですけど、考えたほうがいいですね。例えば、宣伝も広告しかないなら、お金がかかるので選択肢としては優れてはいないですね。お金を投下すれば広告すれば売れるとかではないですから。それをやるかやらないかという二択は非常に筋が悪いことが多いです。そうやって追い込まれると良い判断もしづらいからですね。

だからこそ、アイデアを売るなら、アイデアを欲している人に売るべきとごく当然の話になります。逆にアイデアが欲しいという人がいない、見つけられないならアイデアを売るということは出来ないだけです。その体験や経験を絶対とする必要はないのですが、売れる経験であったりそういう売れる世界を見たくないと思えば世界はその通りになるという事実です。逆もまた然りなのは言うまでもないです。

アイデアを売るその先に何があるか

アイデアを売るというのはとても夢があると思うかもしれないのですが、実際にはアイデアにおける商品化やカスタマイズ性が時間がかかるので、労働集約的ともいえます。つまり、僕が売るなら僕が考える時間とインプットが必須で、価格の限界があればというか今時点で、効率的とはとても言えないと思っています。1ヶ月で5分で考えたものが確実に10万で売れれば面白いですし、それが100万分売れるならさらに面白いですけど、こんな話はかなり胡散臭いですよね(笑)それはないですし、そうするには、自分で考えるということでなく、仕組みが必須です。

つまりここからは、仕事=どちらかといえば自分が動いて働くこと、でなくて、ビジネス=仕組みを作る自分でなくても誰かや任せたり生産性を高められること、を目指す方がいいでしょう。そうなって初めて、アイデア仕事がアイデアビジネスになるのかなと感じています。

それは、アイデア発想法をまとめて本にしてそれを売り続ける仕組みでもいいですし(実際は著書などはベストセラーになってバカ売れしてもヒットを何発か飛ばさないと印税で楽に得られる感じには程遠いはずです)、Webサービスを作って集客なり自動化してそこから月額でお金を稼げるというのでもいいでしょう。それらの仕組みは人次第ですけど、実際には自分が動くことを減らしつつ、売上が上がるということをしないとビジネスにはなりづらいわけです。

この時もですが、仕事がだめでビジネスが良いという価値観でなく、あなたはどうするか、僕ならどっちを選ぶかというだけです。実際に仕事で学んだことを仕組み化するとビジネスになるとか、そういうことは普通にあるので、僕は労働集約的な仕事を否定してるわけでもないんです。ただ、それを一生やってどうかみたいなのはありなんですけど、ちょっと違うかなという感覚です。仕組みをもっと作っていこうというだけですけど、そうなるとビジネス的にならざるを得ない。規模の拡大といっても、それは個人のスケールレベルですので、大きな話ではないでしょう。自分の仕事があってそれを誰かに教える仕組みがあって、その教えられた人がさらに仕事を出来る。ねずみ講とかでなくて(笑)ビジネスとしてちゃんと回るのはそういう人材や教育やあとは仕組みですよね、があるってだけの話です。

アイデアを売る先には、アイデアをどうすれば形にしやすいか、形にする商品化とは一体なにか、アイデア自体の価値はどの程度あるのか、コミュニケーションや相談などが価値ではないだろうか、背中を押すことに最も価値があるかもしれないというような気付きや学びを日々得つつ、修正したり検証したりしているわけです。

多分アイデアを売るというのは根本的に無理という人もいるのでしょうが、僕としてはむしろ諦める人が多い中で、ここはできるし、ここまではできるしということを色々試していってどうだろうかを見ていきたいです。とはいえ、アイデア自体を僕が売ることに固執はなくて、アイデアを加工して売る、お客さんに応じた最適なアウトプットをすればいいということはかなりアウトプットというレベルで磨かれています。というか、お客さんが望むことをしたいのでそういうやり取りするんですね。こういうことを出しますけどいいですか?って確認する。くどいくらい確認してすり合わせていく。コミュニケーションのコミュニケーションみたいな感じで細かいんですけど、そういうのをしないと怖くて出来ないからです。望んでいるものと違うというのに恐れるのでなく、イメージを共有してすり合わせていく感じですね。僕も相手も見えないのでなく、どこなら見えるかを確認する感じですね。

そういう仕組みは何か。ある種のコミュニティかもしれないし、イベントかもしれませんし、オンラインブレストかもしれないし、寺子屋みたいなアイデアの学び場かもしれませんが、そのあたりは探りつつですね。もっと別の仕組みがあるかもしれませんしそこはかなり楽しみですね。

本当にやれると思ってないならやれない

再度こすっていくと、結局やれると思っている、つまりアイデアを売ってお金にするとか、仕事やビジネスにするということを本当にやれるのだと思ってないと出来ないということです。やれないといったほうがいいでしょうか。

もちろん、これは今出来てないことだから論理矛盾です。ただ、何かをやるとか、起業もですが、論理的にはエラーです。分からないことをどうするか、不安をどう対処するかに近い。新しいことをやるということに対して、どうするかに近いです。不安だからやらないと多分できないので、不安な点はあるがそこまで痛くないところでやっていきたいからやってみる。そこから考えるという姿勢が求められます。

そういう姿勢はすぐ身につくのでなく、じわじわと身につくので、思い立ったら行動ということを思っても、実は多くは出来ない、僕もそうですけど、じわじわと少しずつでもやるしかないんですね。行動すればいいとかってことでなく、まず自分がどう振る舞うかで世界は変わる。そんなシンプルな感じですね。

どこかに答えとか、大きな気付きが転がっているのでなくて、あくまでヒントやアイデアの種くらいしかないです。自分で磨いて育てていく方が多分筋がいいというか、そうしないと「気づけない、成長できない、得られない」のだろうと僕は考えています。

だからこそ、アイデアの話でいえば「アイデアなんて売れないよ」と言われても、「いや僕は売れると思う」といってただ話をしているのでなく、本当にそう思うならやってみたらいいんですよね。そのやる気力がないならもうそこで話は終わりです(笑)実際にそうなのでそれはいいと。でもなんか違うなあと思うなら、違和感を感じるなら試してみるべきでしょう。僕はそうやって生きてますし、そうやって考えてやってます。

「本当にやれると思ってないとやれない」って精神論みたいに聞こえるんですけど、まあほぼ精神論ですけど、事実やれないので、そう思ったらやると。思ってないなら無理しているのでどこかきついです。やれないと思っているからですね。ごまかすのもきついですから、結果的にはどっちかになります。無理しているからストレスになって駄目とか、持たないとかですよね。ここは論理でなくて、感情が良いです。良いというのは、感情的に「なんか楽しい」とかみたいな判断や根拠を大事にして、「なんか楽しいいな、これ」を大事にしてください。僕はいやいやアイデアを出しているなんて言ってないですよね?楽しいからやっていて、そこで加工する、形にする、相手に最適なパスや形にしてみせるが、とても楽しいです。だから、あーだこーだをアイデアについて言えるだけです。

あとこれも心から言っているかどうかの見極め方が知りたい人もいるでしょう。それは近いOSでまとめたように、なんか気になる、なんかやりたい、これやってみたらいいのにとか、そういう意識がなくてもやるようなこと、が多分良いです。そこまで強烈なものはないって人も多いと思うのですが、そういう人こそ「強烈なもの」という定義を他人が見ているもの尺度で見ているのできついんですね。猫の絵を描くのが好きならそれをもっとやってみるとか、ぼーっとするのが好きなら禅とかの世界を学ぶとか、なんでもいいんですね。そこから次や楽しさやアイデアが出てくるかです。多分出てきたらそれはあなたにとっては近いOSなのでどんどん身体が動いたり楽しいから誰にも言い訳しなくても勝手にやっちゃうはずです。

僕もまだ途上ですが、アイデアとか企画とかですね、そういうものを誰かに役に立つということがとても面白いです。そうやって喜んでもらった時に嬉しいと感じますし、だからやっています。もっとやりたいと思うし、高めたいと思っているんですね。楽しさを馬鹿にする人は全く分からない世界かもしれませんが、この楽しい、面白い、好きを否定したところに何かあるかというと、ちょっと辛い気がします。当然楽しいだけ、面白いだけ、好きなだけ、という状態がずっと続くわけではないですよ。少しでもそう感じると色々動くとか、やりたくなるのがポイントです。その上でやりたくないことなんて沢山ありますけど、それをクリアできるのがいいんですね。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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