ブログを書くという無意識リソースの使い方を考えてみた

ブログを書く上でみたいな話です。と偉そうにいえるわけではないですが、ちょっと700記事になったっぽいので良い機会でもあるので、書いてみました。

記事の書き方みたいな概念的な話が多いですが、意識の話が好きなので、無意識レベルにもっていくまでは好きとか楽しいとかでわりとごまかすとか軽いノリでもいいのでやっていて、なれることが肝心かなと思います。

その上で、無意識で動ける状態を増やしていって=学習とか学びそのものですね、意識的に=出来てないことや考えたいこととして、目標なりこうしたいとかをやっていけばいいのではないかと。

なんでもそうなのですが、一度に全部やるとか、これらを全部やる必要があるのか!と思うとパンクするし、出来ないです。僕も無理です。2年ちょっと前に僕がこんな風にブログを書き続けている絵は(途中色々ペースは落ちてますが)想像していませんでした(笑)

かなり意識レベルが変わってきたので参考になれば幸いです。

ブログ記事は2種類の分かれるかも

本ブログだと、思考考えた系のものと、調べたぞ系と、アイデアこんなのどうでっしゃろ系などで分かれます。調べたぞ系は正直どれも調べているのですが調べては考察を入れつつというのはわりと疲れます。疲れますというのは楽しくないということでなく、調べる+考える+書くってかなり疲れるんだよなというだけですね。

さて、こちらの記事(家買うブログを始めて1年が経ちました)に、アクセスを集めるような意識をした記事と自分がこれ調べたとかこれあとでメモ的になるとかの記事と分ける話があります。

実際はアクセスを集める記事とかって意識的に書くとなんかとても違和感のあるものですし、またアウトプット的な記事でも良いコンテンツや人の関心があったり一定のニーズがあるとアクセスが集まりますから、厳密には切り分けられないものです。

ただ、書き手=ブロガーの意識としては、無意識レベルはコントロールしづらいので、意識的に「アクセスを集めたい」のか「自分メモとしたいのか」でターゲットが異なります。最大のターゲットは自分であるということから、結果的に役立つというのもありますが、これは「こういう人」に役立つのではないか、という書き方もあると思っています。

そんな記事のかき分け方について少し考えてみます。

アクセス向けの記事

アクセスアップとかアクセスを集めたい記事というのはぶっちゃけ結果論でしかないと思っています。もちろん意図して書くことも可能ですが、それも結果が出てなんぼなので、例えばそれらの傾向を踏まえて企画して書いたものが「一定のアクセス」を集められるならば、それは成功しているといっていいでしょう。結果論というのは、あまりそういう手応えがない人が書いたら「記事すごろく」をやっているだけという感覚です。これは悪い意味でなくむしろポジティブにまず書いていくという感覚です。

本ブログでいえば、アクセス数がトップ10に入るような人気の記事がそれに該当します。まとめだったり、アイデア記事だったり、ビジネスモデル分析だったりですね。まとめた記事は一朝一夕でなく、ブログの蓄積とともに精度が増していくものでしょう。雑誌を月刊で出して特集号とかやるイメージが近いかもしれませんね。

アクセスを意識すると、多分以下のようなことを注意しないといけないかなと。

  • 誰に読んでもらうか、ターゲット、読者の顔を思い浮かべられること。想像でもいい。
  • それらのターゲットの課題や困ったことや悩み事が整理されているとか、それが明記されている。少なくとも「これに困った方向け」という表記があってもなくても、意識されていること
  • 解決策が何かしらあること、問いかけとそのアイデアなど対応がされていること。メモとかアウトプット系と違うのはこう考えたけどという感じで終わらない、読者を放置しない、置いてきぼりにしない感じですね。
  • 1記事1テーマのように、テーマと記事内容がぶれがないこと。

結局ここまでいくと、なんで書いていて、誰のために、その人がどうなって欲しいとかっていう企画になります。それだけ書いてるのでなく、具体的な内容が求められます。

本サイトでいえばこれは狙って書いた面もありますがまだまだキレ味は弱いですけど、本ブログレベルでいえば、

居酒屋の集客イベントで使える7つのアイデアは、居酒屋アイデアを探している人のために書いています。記事がQA形式なのは公開許諾を得て実際に公開した生の質問と回答というところが説得力をもたらしています。内容自体はものすごくアイデアに溢れているわけではないと客観的に思いますが、ちょうど良い分量というのが刺さっているかもしれません。またタイトルで絞り込みもあるため、本ブログの人気記事です。アイデア系の記事は他にもありますね。

Webサービスを宣伝できるサイトまとめは、Webサービス開発者・運営者向けに書いた宣伝出来るサイトのまとめです。数値を入れてないのは追加変動もあるためですが、この記事はSEO的に成功しています。また、この記事の特徴は自分が困った=自分が最大のお客さんでありターゲットというところから、広がっていって目ぼしいサイトはだいたい見たという地点に到達した上で書いています。だから使ったもののコメントとかも書いていて価値を上げています。こういったまとめ記事は調べれば誰でも書けるのですが、一方でそれだとただのリンク集であり価値が出ないでしょう。体験したとか考え方、どうまとめるかの視点自体で変わってきますよね。

知るカフェのビジネスモデルは広告モデル。創業者のMVPがダントツにイケてた。は、ビジネスモデルの分析です。調べていって面白いと思って書いたメモ記事でもあります。この記事は知るカフェというワードで来る人が多いですが、おそらく知るカフェ自体をサイトを知りたい人は不要です。ただ知るカフェってどういうビジネスかとか、どういうことをしているかという意味ではネットの情報を集めただけでなく、自分なりの考え方を推察して入れています。これによって、ネット情報を根拠にしつつ(取材記事などがある)そこから考えることで、別の記事に仕上がったといえます。

こういったアクセスが稼げる、稼いでいる記事は狙って出来るとは全く思いませんが、調べたことが細かいところで評価されたり、役に立つことが嬉しいですね。

メモ、思考系、自分語り系の記事

もう一方で、自分はこう考えている、自己啓発までいかないですがこんなこと感じました的なもの、エッセイまでいかないですが、メモとして書いています。いわゆるプライベートブログとか、考えたことメモというものです。

これはアクセスはほとんどありません。上に比べて、どういう特徴があるか。

  • 日常生活で気づいたことの違いはないが、根拠とか論理などよりも、情緒や感情、スピリチュアル的なネタになりやすい
  • 書いていて本人が楽しい。こんなこと思ったよという伝えるだけなので、楽。モチベーションになりやすい。
  • 誰のためにとかターゲットはあまりない。自己満足に近い。
  • タイトルもわりと適当(笑)

という感じです。

もちろん、アイデアの出し方などは適当ではないですし、アクセスが集まるような記事もあります。ただ、基本的に自己満足でもいい、考えたことをメモしておいて後で「恥ずかしいこと書いてるなあ」くらいで後で見返す感じです。

ポイントはこの手の記事を書くと、自由というか自分が書きたいことを書いているし、情緒的なので感覚やそのまま出すことが出来るので楽です。楽しいという感じが強いです。もちろんアクセス向け記事がつまらないというのでなく、バランスなのかなと。

例えば、ターゲットのために役立っているかという視点で見返すのがアクセス記事なら、メモ記事はまずは書いていくことで思考を整理したり、スッキリするというのが狙いです。逆に、ターゲットに喜んでもらえることだけが喜びではないので、自分の考えを書きたいのだという時もあるわけで、そういうときはメモを書いたほうがいいわけですね。

記事作成は書いていってバランスを取る

現在の結論的には、どちらの記事も大事ですということです。

アクセス記事は専門性やまとめや手応えなどが得られるというか、まあアクセスあって嬉しなくない人はいないというくらいで。メモ記事は自分が書いておきたいとか、感覚を研ぎ澄ましたりという意味で大事です。

どちらもあるなら、バランスがどうかとなります。こればかりは書き手によりけりだと思いますが、5:5のバランスだとちょっと微妙な気がしていて、目指す方向によって変わりそうです。個人的にはどちらか書きすぎたら別の切り口を入れていくくらいですので目安バランス比率はあまり意識してないです。

記事作成にかかるリソース

どれくらいコスト的にかかるか、とくに時間です。

アクセス記事は記事によりますが、まとめ記事は結構時間がかかります。また豆に更新したりもしていますので、結構かかります。

調べた記事も調べて納得できればいいですが微妙なこともあったり、なんか想定してないことも多いので、なんともです。調べてみただけならそのままですが、テーマによりけりで1時間程度は書いていればかかっていそうです。

一方メモ記事はとりあえずメモから書いていけるので、そこまで時間がかかるというか、文字数が多くなりがちなのでそこが課題ですが、そこまで時間をかけなくてもいいでしょう。

乱暴に、アクセス記事のほうが時間がかかり、メモ記事はそこまでかからないとします。ですが、メモ記事を書くことで整理ができたりするし、調子を整えられるのでなんともというところです。

書いていって見極める

そのネタが誰向けか、自分が気になっただけというのも多いですが、加工の仕方、ネタをくっつけたり、この視点ではどうか、企画的ですが、そういうことが結構あります。

最初はこのネタどうでもいいと思ったら意外に面白いみたいなノリです。

これって書いてみないと分からないので、最初からアクセスorメモみたいな姿勢を決めずに書いてみて、これは特定のターゲットとか誰かに役立つっぽくないなあとかならメモに。これはメモっぽいけどターゲットに役立つではないか、というならアクセス記事に。

という感じですね。

ブログを書くという意味では、基本メモでいいから、書いていってベースは書く。その上で加工出来るかどうかくらいな感覚です。

一定の論理性のチェック

自分の書いたことであまりにもおかしいことならメモでいいやとかもあります。おかしいとは論理がおかしいとか、矛盾しているけどうまく説明してないとか(笑)書きっぱなしみたいなものです。

一方で、アクセス記事ならあまりそれがデカイと信頼されないのでそこは治していきます。冒頭やはじめにで「A向けに書いた」とあるのに、最後は「Aは関係ない」とかあると、なんだかなあとなりますので。そういう記事があったらごめんなさい(笑)

役立つポイント数

1個でも役立つことがあればメモでなくてもいいとかって考えもありますが、第三者の人が見てどうかなので、3つくらいお得というか気づきというか役立つポイントがないと駄目ではないか。そのポイント自体も粒度がいろいろあるので定義はしづらいですが、自分が見てどうかくらいです。

1個ならメモでもいいかなと。3個くらいあるとアクセスしてもらえる記事に仕上げるとかですね。

他者意識のカーソルポインタが大事

普段書いているのがメモであってもなんでもいいので、そこに他者を意識したり、そっちにカーソルをあてていくことで、ターゲットにとって役立っているかが出来るようになると思っています。

いきなりターゲットを意識して書いていくとかが難しくて、書いていて書く土台があるからこそ、では「次に書きながらターゲットを意識して」書いてみると、その人にとってどうかとなります。例えば本記事は多少でもブログを書く人を意識していて、ターゲットとしています。それ以外の人は読んでも面白くないから、書いているブログがある人をイメージしています。それはメタ的には自分のことを見ている感じもしますけどね(笑)

面白いのは、誰かのため、あの人のため、ターゲットのためということだけを意識すると「その人に届かない」事が多いわけで、そうすると手応えが得られない=アクセスがないから、意味ないかなといってブログを辞めるというパターンです。実際には、何かをターゲットに届けるのは大変です。思った人に思うように届くことってなかなかないです。この感覚は「設定をしっかりした」からこそ陥る罠ですね。すぐ結果が欲しい、ターゲットに向けて書いたからすぐ結果が出るでしょうみたいなことです。

ですがなかなかそうは簡単にいかないものです。役立つかもしれないなあくらいがいいのかもしれません。

ブログの意識のチェックポイント

意識とか無意識とか、この感覚は結構意識的に書いていってどうなるかという話なので、すぐ無意識になれますよーとかそういう話ではないです。自転車に乗れるというのが分かりやすいです。

  • 最初は意識的にまず乗る。漕ぐ。漕ぐと進むことを理解。バランスは取れないので補助輪。
  • 補助輪なしで練習。バランスを体でとる、ハンドルで取る、漕ぐなど同時にやるにはコケたり、失敗が必要。試さないと得られない。意識の方向が多いので簡単ではない。
  • 少しずつ意識と動きが連動してきて、補助輪なしでやったらふわっと乗れた感覚を覚える。覚えてしまう。
  • 一人で乗れるようになる。意識して乗ることをしてない。無意識でやっているため、例えば何か考えながらも乗る事ができる。

ブログであれば、

  • 型やテンプレートにはめて、一文一文書いていって、伝わるのだろうかとか、ちゃんと意味があるのだろうかを確認する。文章自体に慣れてないとか、書くことになれてないとぎこちない。全体で伝えるとか、記事で伝える、誰かに伝えるという感覚が良くわからない。肩に
  • テンプレートなしで、自分が思ったことを書いてみる。ただどうもずれたり、よくわからない方向にいってまとまりがなく感じる。書いてみたけど良くわからないし、伝えたいことが書けない気がする。その意図はないがどうもずれて伝わったり。手応えもあまりない。
  • だんだん書くのに慣れていって、ターゲットとかここで伝えたいことは、ポイントはこれ、ここだけは外したくない(他は枝葉だ)とか強調すべきことが分かってくる。結果的にこれは何を言いたいかがわりと言えるようになってくる。書けるようになる。
  • ある程度1記事で言いたいことが1つとか、構成を考えてこうであるとか、論理的にいえるとか、チェックしたりなど客観的に見えるようになる。書くことは無意識になるため、意識のレベルで違う視点で見えるようになっていく。

みたいな感じです。

そういうことを考えていくと、いくつかブログ自体を書くとか、ブログを書く、記事を書くということは以下のことがいえそうです。

  • 無意識レベルでまず書いているとか、書こうと思っているか。書くことに対して抵抗感がないか。もちろんネタがあるとか、メモがあるとかの準備がある上で。
  • 意識的に書くのが悪いとかでなく、燃費が悪い。コストやパワーがかかる。例えば意識して調べることを1時間やるのと、無意識で1時間やって=集中に近い、1時間あっという間に経っているのでは、作業時間が一緒でもかかる負担が相当違う(本来は同じことでも2倍以上の疲れが出る。意識しているほうが疲れるということ。ただ無意識でやっても限度はあるのでこれも実際は疲れていることに注意は必要)
  • 継続のコツという意味では、継続を意識するのではなく、無意識の低コストパワーを使って書き始めや「あ、気づいたら夢中になってたぜ」というモードを使う。そこに調べものや多少面倒(そのままぶつかっていくとまずやらないことなども含む)なことをちょいちょいと入れていくことで、意識的なコスト(燃費が悪い、コストが高い)をあわせることになるので、結果的にバランスのとれたものになる。よって、結果的には記事自体を書く中でも「最初は無意識で書いていって、いい感じに仕上がりや仕上げということで意識的に入れたネタを入れつつ、最後に仕上げる」という波みたいなものができる。この繰り返しとなる。
  • 少し前に、意識意識いっていたのは、意識→行動→重ね→行動楽しい→習慣化→無意識となり習得できたっぽい。あとは無意識なものを意識してまた修正したり、高速道路に乗せたりなんか加速する感じ。加速しなくても、無意識レーンにのればあとはちょっと、つまりテコの原理であったり、宇宙空間でちょっと押すイメージ(無重力だから軽い力で飛び続ける)。摩擦係数が低い氷の上とかでもいいみたいなイメージ。意識を高めると、無意識レベルにもっていけるから、その無意識モードを使ってガンガンやっていく。

ここで、無意識ってなんだってことになります。実際に無意識って意識的にやって自転車なら乗るためのバランス意識をいくつもやってやっと訓練されてどうかとなります。

ブログも一緒かなと。書くことの意識が高まっていくと、重なっていって、楽しくなって、無意識になる。無意識とは、意識していなくても、「書いている」感じです。もちろん机に座ったりキーボードをカタカタするということをやるのですが、初動が「ブログを書こう」でなく、「こんなメモあったなあ」で始まるスタートです。あとはカタカタ勝手にオートモードで進んでいく感じがいいかなと。このあたりの話は、実はアイデアの作り方でも一緒だったので、要は意識していってなんか疲れたとか、もう書けないとかを繰り返して訓練していって、結局「ブログ書く筋」みたいなのがあって(本当はないですよw)、そこを鍛えるイメージです。腹筋とか筋トレに近い気がします。

ブログ筋は鍛えてもなんかブログを継続している人だとか、書くのが好きだとかになるんですけど、間違ってないけれどやや雑です。実際はそういうのがあっても書き続けるのとは大分異なるからです。無意識とかのモードにアクセスしないとちょっと無理じゃないかというか、意識だけでは出来ない世界かなと思っています。仮に意識だけでやるなら、多分好きじゃないか、書きたくないか、ネタがないか、何か詰まりがあるからです。だからとても疲れるし見合わないし、楽しくないから次がないというかループしないし、循環しづらいから、単発で終わっちゃう気がします。

このあたり説明が難しいですが、意識から無意識って感じです。ただ無意識っていうのを勝手に訓練して出来てしまっている人もいるのでそういう人は参考にしづらいのでスルーで。そういう無意識になってきたら、あとは好きだからやるという意識的に言ってもいいし、このためにやる、人のためにやる、自分のためにやるとかここらへんはなんでもいいんですよね。なぜなら無意識でいけるから。気持ちよく自分も人もなってもらう感じにもっていくだけなので、まさに後付けですね。

もちろん、目標だとかこのためにというのは分かりますが、それを立てることでモチベーションとなるのは、意識→無意識という学習、これをなんとなくですがブログを3ヶ月やれとか、一定量を書いて意識レベルを下げて慣れてその上でという感じかなあと思います。

ランナーズハイみたいなやつ

無意識というのは実はランナーズハイみたいな、ブロガーズハイでもいいし、書き手ハイとかがあると思います。僕自身長文を書いているときに、ほぼ意識はここにありません。もちろん自分が書いているのですが、書いている僕というのを意識していることはなくて、「書いていることが書いている」みたいな感じになっています。

分かりづらいと思いますが、僕が書いているのだけど、書いている自分は意識していると何も進みません。自分は書いているだけで終わるからですね(笑)だから、意識するのは書こうとすること、考えたこと、脳に浮かんでくること、メモから出てくる思考、そういったものががーっとそのままダイレクトに書いています。正確には言葉概念+表現+文脈+流れとかもあるのですが、全て意識しているわけでないです。勢いっていうのは、多分このダイレクトさが一気に流れていく、水の流れみたいに、感じじゃないかと思います。

ハイになる=無意識ゾーンに入ってかついい感じになったといえそうです。これは後で疲れを感じますがやってるときはほとんど感じません。むしろもっとやりたい、書きたい、楽しいみたいな感じでしかありません。文章を書くのが苦手な人は信じられないかもしれませんが、マジです(笑)証拠は自分がそう思うだけなのでアレですが。

これを意識的に入ること、ゾーンに入るための儀式とかルーチーンとかがあるわけで、最初書き出す150文字とか、1000文字いけば入れるとか多分あります。リズムであり、書くことであり、無意識であり、自分のいるという感覚が壊れていく(正確には溶ける感じです。とくにネガティブな意味はありません)に近いですね。このモードに意識的に入り、一気に書くとか、または意識的に入ることができるなら、多分ブログでなく、何事も達成するために集中してできるし、色々なことが達成できたり、行動力が増える気がします。ブログの話はをしていますが、これは他でも使えるはずです。

ここまでいくと、結局ブログを書くのも、疲れます。集中すれば疲れる。そのために健康であること、睡眠を取ること、ストレスをためないこと、ご飯をしっかり食べること、どこかで聞いたことのあるようなフレーズが並んできます。というところまで抽象化出来るわけですね。これはブログに限らずなんでもそうでしょう。ビジネスや仕事づくりも同じです。何かものすごい負荷をかければ潰れますし、健康的にやらないとパフォーマンスは出ないでしょう。いつも眠くて頭がぼーっとするとか駄目ですしね。

おわりに

アクセスを集める記事とメモを書きっぱなしする記事。それらのバランスや書き方とブログの続け方みたいなことを書いてみました。

最終的には無意識モードに入ってないと、色々できないのではないかという結論です。実際に意識モードでブログを書いてどうとかっていう話は、かなり疲れます。というか楽しさが見えづらいんですね。無意識モードで楽しいということと集中して書けるとかいうことがあってはじめて、目標なりこうしていきたいがあるのではないかと。

理屈やロジックでいくと、目標があるから継続できるとかってのがあります。これはこれで正しい気もしますが、一方で誰もが最初から目標があるのか?というとかなり怪しいです。もっといえば、単に文章とか書くの面白そうではないか、楽して稼ぐではないけど書いてお金になるのは良さそうだとか、自分でもできそうとか、誰かやってるの見たからとかそういう軽い動機づけではないかなと。始めるってそんなものではないかと。全部がそうでなくても。

そういう軽さは否定することはなく、肝心なのはその軽いノリでもいいから「やってみて」どうかの話です。書いてみたけどこうだった。それで?続くかどうか。面白いとか、なんか好きとかがあれば多分勝手に、無意識に、自動的に手が書き続けます(笑)一方でつまらないとか、面白いのはどこ?何がいいの?とか意識して人に聞いたり探す人はそれが見えていません。周りの音が気になって集中できないって時って、だいたい集中できていれば聞こえないはず(限度はあるけど)なので、それこそ集中出来てないだけということが言えます。

もっといえば、意識しつつも、好きとか面白そうとか、なんかいいとかでやってみて意識から行動へうつる。その時に良いフィードバックとしてこうすればいいかもとか、これが楽しいとかの気付きがあれば多分次の行動をさらにする。強化されて意識がより広範囲に集中してできるようになる。それらを繰り返すことで無意識になる。またはゾーンに入るなどになっていく。そのうえでこうなっていったらいいなとか、こうしていこうとか目標が見えたり、「意識スペースが出来る」から考えることができるのではないかと思っています。

つまり、ざっくりいえば、やってみると色々見えるし試していこうよというだけです。くどいですがブログの話なのでブログについて書いていますが、これが自分なりのメモ術とか、クローズドなLINE、Slackとかでもいいですし、テキストファイルを膨大につくるとかでもなんでもいいんですよね。こういうストック自体はブログでなく何か考えたり、アウトプットする上では必須というか出来てしまうことで、それがないと何か書くことはできないと思っています。普段やってないのに出来るわけがないですからね。

何かブログを書く人のヒントになれば幸いです。

筆者プロフィール

シゴトクリエイター 大橋 弘宜
シゴトクリエイター 大橋 弘宜
「シゴクリ」運営者。アイデアの力でお客様に貢献するゼロイチ大好きアイデアマン。ビジネスアイデア相談実績等は200超を超える。好きな言葉は三方良し。詳しい自己紹介仕事実績も合わせてご覧ください。お仕事メニューお問い合わせはお気軽にどうぞ。

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